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勇者から誘拐犯にジョブチェンジ

 

「勇者様! アリシア様は特別な存在です! 身柄を魔王に渡してはなりません! 絶対に!!」


 騎士の一人が声を張り上げ、イタルにアリシアが『聖遺物』であることの裏付けをしてくれる。


「ここは私たちに任せてください! 勇者様はアリシア様をつれて遠くへ!」


 騎士の一人は死亡フラグを立てながらも「あんた強いんでしょ? 戦ってくれてもいいよ?」みたいな視線を、ちらっちらっイタルに向けてくる。


 期待されている。自分がやらなくちゃいけない、みたいな雰囲気。


(いや被害妄想かもしれないけどさ。そう見えちゃうんだもん)


 あぁ、世界が汚く見える。そんな自分が嫌で仕方がない。やべぇ死にたい。


 そのためには――今イタルに震えながらしがみついてくる聖遺物――アリシアという少女が必要で。


(……とりあえずこの子、さらっとくか?)


 当初の目的はそれなわけだし、こんなとこで止めたら苦労が水の泡だし、もうすでに迷惑もいっぱいかけてるわけだし。


 止まるに止まれない典型的な破滅ギャンブラー思考で、イタルは走り出そうとした。


「勇者様……?」


 その時、アリシアがイタルの腕の中でか細い声を発した。


 アリシアもまた、イタルに勇者としての行動をイタルに求めている。そんな気がした。


 覚悟を決めていたはずなのに、脊髄反射で揺らいだ。


 この衝動に従って、いつもいい人間であろうとしてきた。


 だけど――だけど、最後くらいは。


「……悪いな。俺が死ぬためだ」


 ぽつりとこぼしてから、イタルは聖遺物の少女アリシアを抱えて脱兎のごとく走り出した。


 背後で兵士の声がする。


「勇者様、なぜそちらに!? 馬車は向こうですよ!!」


「いや待て! 勇者様には何かお考えがあるんだ! 任せよう!」


「俺たちはここで足止めをするぞ!」


(なんかポジティブに信じられてる……)


 気まずさを覚えながらイタルは足を動かす。


「はっはっはー! いいぞいいぞー!」


 聖遺物の奪取成功を確信したのか、魔王が上機嫌に叫んでいる。


(いやお前は最後までちゃんと計画通りにしとけよ……くそ。魔王の仲間だと思われるのが怖くて、今は注意できねぇ……)


 どうせそのうちばれるのに、この期に及んでまで非難されたくはないと思ってる自分がいる。


 そんなへたれっぷりからまた自己嫌悪に陥っていると、アリシアが声をかけてきた。


「勇者様、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」


 どうやらアリシアは完全にイタルを信じ、それどころか心配までしてくれているようだった。


「ぐっ……」


 イタルはまた良心の呵責にさいなまれる。


 いくら自分が死ぬためとはいえ、こんないい子を巻き込んでしまっていいのか。


(――いや、ちょっと俺が死ぬのを手伝ってもらうだけだ。そしたらすぐ帰すし)


 自分に言い聞かせ、イタルはアリシアに笑いかけた。


「ちょっとだけ、ちょっとだけだから……」


「え? は、はい……?」


 今度は不思議そうにこちらを見上げてくるアリシアを抱えながら、イタルは走った。




 ―――――――



「こ、これはどういうことですか!?」


 一時間後、イタルと魔王は町はずれボロ小屋に集まった。


 計画通り、聖遺物の奪取には成功。


 その聖遺物――アリシアは魔王製の特殊拘束縄でぐるぐるにされて叫んでいる。


「なぜ勇者様が襲撃犯と……! もしかして勇者様、この者に操られているのですか!?」


「うるさいから口に詰め物しちゃうか」


 魔王がアリシアの口に、ゲル状の小型スライムのようなものを突っ込んだ。


「んむぅー!? んぅー!?」


 口に詰め物されたアリシアが、涙目になってじたばたとあがく。なんかエロい。


「よーしここまでは計画通りだ。じゃ、とりあえずこのまま魔王城まで逃げようか」


「おいちょっと待て」


 意気揚々としている魔王にイタルは待ったをかけた。


「この子が聖遺物だって知ってたのか?」


「ん? どんな形をしてるかは知らなかったよ。でも、見たら一発でわかるでしょ?」


 平然と魔王が答えるのでイタルは少し面食らった。


「見たらわかるか? 俺には普通の女の子にしかみえないが」


「え」


 魔王が一瞬、ちょっと引いたような声を出してから続けた。


「――まぁいいや。とにかく夜のうちに魔王城まで帰ろう」


 何か不穏な気配を感じ、イタルは事を急ぐために確認した。


「なぁ。この場でさくっと(俺を)殺すことはできないのか?」


「んむ!? んんー!?」


『殺す』という単語にアリシアが過剰に反応した。


(……もしかして俺の自殺を止めようとしてくれてるのかな?)


 イタルはアリシアのことを「いい子だなぁ」としみじみ思った。


 ここは一言、俺の自殺こんなことにつきあわせた謝罪をしておくべきだろう。


 イタルはアリシアのそばしゃがみ込んで、言った。


「悪いな、アリシア」


「んむぅー!?」


 アリシアのくぐもった悲鳴が、ぼろ小屋の中で反響した。

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