第9話
熱中症には気をつけてください!
「じゃあ、さっきの女の子とは何もないの?」
「はい。神に誓って」
「うん…………わかった!弟君を信じる!」
我ながら綺麗な姿勢で正座して、懇切丁寧な説明をすること1時間。ようやく姉さんは信じてくれた。姉さんのジト目は可愛らしく、割と好きなのだが、如何せん背後に漂うオーラが恐ろしい。姉さんが家に来た当初、着替え中なのに、ノックもせずにドアを開けたときも、こんな感じだった。あの時は……
「やっぱり顔が変な事考えてる時の顔だ……」
「ち、違うって!」
「本当に?」
「そ、それより、はやくここから出ようよ。なんか恥ずかしいし……」
さっきから、小さな子供達がたまに覗きに来て、おままごとだとか、夫婦喧嘩だとか、からかってくるのがかなり辛い。いや、悪い気分はそこまでしないのだが。
しかし、怒りが収まった姉さんはぼんやりと何かを懐かしむような表情で、ぼんやりとした暗い天井を見つめていた。
「なんか懐かしいな……」
あれ?本当に懐かしんでいるようだ。
暗がりの中に僅かに見える小さな微笑みに、とくんと胸が高鳴る。
もしかして、何か素敵な思い出があるのだろうか。…………例えば、こんな遊具の中で…………
『あたゆ君、おとなになったら、わたしがおよめさんになってあげる』
『う、うん……わかったよ。……ちゃん』
頬に触れた少女の唇の感触に、すごく顔が熱くなった。手足は自分でもわからない感情に震えていた。
……まあ、こんな思い出ないんだけど。
「小さい頃ね。私も男の子達に混じって、こんな遊具の中で、秘密基地ごっこしてたんだよ」
「そうなんだ。意外」
「ふふっ。結構ヤンチャしてたんだよ。他には男の子達に混じって、よくスカートめくりとかしてたよ!」
「いや、それはおかしいような……」
「この前も月乃ちゃんにやってみたんだけど、ものすごく怒られちゃった……」
「二人の不仲の理由が明らかに!」
「う~ん、料理中だったからかな?」
「いや、いつやっても不機嫌になるから止めようか」
「じゃあ、弟君がしてあげれば……」
「論外だ!」
「そっかぁ。まだ月乃ちゃんと仲良くなる為の道のりは険しいんだね」
「自分から険しくしてる気が……」
「そうかなぁ。スキンシップは大事だと思うけどなぁ」
姉さんはふわふわの髪を指で弄りながら、残念そうにぼやく。
俺に対しても、最初はそんな感じだったっけ。
遠慮なく背後から抱きつかれたり、ソファで寄りかかってきたりとか。最初はこれなんてエロゲ?なんて考えたりもした。頼み込んだら、ようやく止めてくれたけど。さすがに自分が抑えられなくなるかもしれなかった。
しかし、やっぱり……
「弟君、行こ♪」
いつの間にか外に出ていた姉さんが手招きをしてくる。
「はいはい」
膨らんだ妄想を、自ら萎めながら、俺はよたよたと外へ這い出た。
姉さんの隣に並ぶと、春の温かさに溶け合うような淡い香りが鼻腔をくすぐってきた。そんなに年も違わないのに、そこには彼女を大人と周りに納得させるような何かがあった。
「おい、俺を忘れんなよ」
ちっ。せっかく忘れかけてたのに。
お祓いは明日にしておくか。面倒くさいし。
こいつがいても面倒くさいけど。
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