古き益荒男
「†結論から言わせてもらえればこの世界は歪んでいるの†、もしかしてお気づきでない?」
突然現れた男は岸田にそう話しかけた。落ち武者のような髪型と眼鏡が印象に残るその男は、屋台を見て回っていた岸田たちの前に文字通り音もなく表れたのだ。
「なんだこのおっさん!?おっ頭大丈夫か大丈夫か?」
『…………』
祭り気分の抜けきれない岸田は茶化すように言葉を返す。実際のところこんな得体のしれない男に話しかけられ、ましてやそんな絵空事を信じろというほうが無理な話だろう。
だがその一方で震える彼女を背に隠してもいた。言葉の真偽はともかく落ち武者然としたこの男に彼女はおびえていたからだ。
「お゜や゜ぁ゜?そちらのお嬢さんの方が物分かりがいいみたいですねぇ。怪異が武者におびえてるだけかもしれないの†」
「は?クッソ可愛い俺の彼女がバケモンとか目ガバガバニキか?」
「あなたがそう言うならそれでいいの†、重要なのはあなた方が”どちら”につくかという一点なので」
彼女には決断を迫るその真意が伝わっていた。言外にお前は敵かと、何よりもその眼が問うていた。教え諭そうというのではなく、敵になるならば斬るのでもない。お前を斬る口実が欲しいと喜悦に歪んだ唇はそういっているように見えた。
だが”まだ”である。最後の一線を踏み越える前ならば斬るに値しないのか、それとも単に見逃してくれるのか。そこまでは分からずとも、彼女は確かにこの落ち武者と事を構えるのを避けようとしていた。
だから前へ出た。両手を広げて敵意のないことを示しながら岸田と落ち武者の間に立ちふさがった。
「彼女はこちら側につくそうですがねぇ、キヒッ。あなたはどうするんですか?まあ答えはもう決まってると思うの†」
『暴れんなよ、暴れんなよ』
だがその意思は岸田には正しく伝わらず、彼女はその選択を悔いることになる。
「ざっけんなよ彼女、独断専行はまずいですよ!」
だから彼女の体は背後から膨れ上がる殺気に硬直し。
岸田の胴は横一文字に両断された。
「ここまで言っても聞かないなら斬って捨てるしかなかったの†、あなたは委細異存ありませんよね?」
そう投げかけられる言葉の意味を理解できず、色彩を失った世界と溢れ出る朱に彼女の思考は後悔に染まる。
話せばわかる、なんて言った奴は結局地に伏したのではなかったか。
自分が日和ったせいで大事なものを失った。やっと手に入れた平穏と、幸せに満ちた明るい日々は彼が掴み取ってくれたものだったはずなのに。
凶刃の主と、そしてなにより己自身に沸き上がる怒りとともに振り返り男を睨みつける。
『頭にきますよ!』
だが落ち武者の殺意に満ちた双眸に正面から向き合った瞬間、彼女は圧倒される。
ここまでの隔たりを前に意識を失わなかっただけでも僥倖だと理解する。
「†彼は理解力は足りなかったみたいなの†、怪物であるあなたよりも根性はあったみたいですねぇ」
膝が笑って歩けない。歯は噛み合わず啖呵もきれない。それでもせめて岸田の方へと這っていく。
しかしそこで気付く。岸田から流れ出た血の量はこんなにも少ないものなのかと。だからあり得ない想像をしてしまう。
「やはりある程度以上の悲劇は起こりませんか‥‥全くもってなろうパワーとやらは非常識ですねぇ、ヒヒッ」
そんな悲劇の否定が繰り返し起こるなんてありえないはずなのに。
「さては狂人だなおめー。俺の彼女馬鹿にしやがって、貴様許さんぞ!」
血だらけで、満身創痍で、それでも彼女のヒーローは二本の足で立っていた。
ふらつく体でなおも落ち武者へと近づく岸田に再びの斬撃が襲い掛かり、幾度となく彼の体を切り飛ばす。
だがそのたびにそんな事実などなかったかのように、彼の身体はギリギリ立っていられる程度に修復されているように見える。
「物理的な干渉で破壊できなくもなくもなくもないの†、地力ではなく相性の問題のようですねー。これはやっぱり後回しにした方がスマートに行きますか」
ブツブツと小声で呟きながら落ち武者は岸田をあしらう。片手間でこなすようなその仕草だが、満身創痍の岸田を相手取るには十分に過ぎ周囲に近づけさせないでいた。
修復されるとはいえ死に至る程の破壊には相応しい痛みが伴う。それを押さえつける岸田の精神のなんたる強靭さか。
立ち上がり歩くたびに敵との距離を縮めていく。その心中には1つの疑問があったはずだ。己を守る正体不明の力は果たして背に守る彼女にも働くものなのかと。
だから岸田は立ち上がることをやめず。
だから落ち武者は手段を変えた。
「とりあえずぶっ倒す!コブシで!」
途切れた猛攻の隙をつき岸田は踊りかかり、その意識は嗤う落ち武者を最後に再び闇に落ちる。
『大丈夫か大丈夫か!?』
落ち武者が取った選択は至極単純であった。妬敗奴四天王がなろうパワーとよび、いま岸田を不死身にしていたそれは彼が言うように悲劇を否定する。
よって岸田を気絶させ投げ捨てるという手段をとったに過ぎない。
彼女の足元に放られた岸田はただ意識を落とされているに過ぎず、悲劇と呼ぶには程度が足りないだろう。
「性質から言って宇宙人あたりが適任だと思うの†、対症療法にしかなりませんが存外うまくいっているのではないでしょうかぁ?」
『‥‥‥』
「おっとそのまま大人しくしていて頂きましょうか!ヒロインの退場なんて悲劇の最たるものですから」
彼女を手で制しながら、それにと続ける。
「メインディッシュが到着したみたいですからねぇ、キヒッ」
落ち武者の腕が上がり焼き直しの必殺が放たれる。彼女は今度こそ岸田の前に立ちふさがり迫る死をに真っ向から睨みつけた。
しかし振り抜かれた小太刀は彼女もそして岸田にも傷一つ残さなかった。
「"断架空牙"」
落ち武者が呟き、先の岸田と同じように今度を世界がずれた。
比喩でなくただ文字通りに全てが横一文字に断ち切られた。否、世界のみが断たれたのだろう。
その鋭利な切り口から一人の人型が現れる。男とも女ともつかぬ卑屈な笑みをたたえたそれはただ一言囁いた。
「‥‥辛いんだよね」
彼と彼女の平穏な間奏は幕を閉じ、第二幕が始まる。世界の守護者たる一撃で歪んだ世界の鍍金は剥がれ、ついに間隙に潜む鬱屈が表舞台に上がる。




