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幕間の災厄

あの日あの時、もしも無頼に力があれば何も失うことはなかったのだろう。だから今度はこちらの番、裂いて嬲って叩き潰して奴らの屍を晒しそれを持って葬いとしよう。




誰しもが自分の領域というものを持っている。パーソナルエリアとも呼ばれるそれは、自分と他人が傷つけ合わないように存在しているという。越えてはいけない一線を定義し、人間関係の緩衝材となる反面その内側に入る者に対する不快感は跳ね上がるとも。

個々人で差異はあれど彼は自分のそれが極端なものではないと思っていた。ストーカーなどと世間で騒がれてはいても自分と結びつけることはせず、あくまで他人事のように考えていたのだ。そう、多少の追っかけは有名税のうちであると。しかしその考えはこれまで彼の積み上げてきた名声や栄光、その一切合切とともに崩れ去った。人の尊厳を一顧だにしない、奴らの立ち振る舞いは彼を破滅へと追いやったのだ。

他者の領域に無遠慮に上がり込み、土足で踏み荒らす。深淵のごとき虚ろな笑みは、程なくして彼の心を染み込むように蝕む。いつしか彼を取り囲んでいた暖かな喧騒は、荒涼とした孤独へと変化していた。

削られた精神はもろく鋭い仇敵を打つための荒々しい牙となる。研ぎ澄まされた信念とは似ても似つかぬ己が身をも焼き尽くさんとする呪詛にも似た確殺の意思。ただその復讐の狂気をもってして無頼は神殺しの放浪者となった。


「ついに出会えた‥‥海幸彦も山幸彦も俺が滅ぼしてやる、ア"ァ"ァ"ァ"!」


高層ビルの屋上で轟扇祭を睥睨する無頼は、その常人を遥かに凌駕する感覚で怨敵の気配を感じ取った。

見て取ったわけでもなく、声を聞いたわけでも無い、だが確かにここに奴らがいると理性を殺した本能が叫んでいた。

他の誰が見逃そうともこの無頼だけは見逃さない。祭りの喧騒と彼の激憤に突き動かされるように燃える瞳は奴らの痕跡を追って行く。それが路地裏の一角に向いた時、無頼の口角がニィッと釣り上がった。右手を掲げあらん限りの声で叫ぶ。


「令呪をもって無頼に命ず!かの仇敵に殺到し、それを滅せよ!」


それは肉体への強制命令権。まだ彼がMAX無頼と呼ばれていた頃の残滓。あるいは運命に課せられた偉大なる命題。

凶弾は放たれた。ギリギリまで引き絞られた大腿をバネに己自身を撃ち出す。空を裂き、つんざくような大音響を鳴り響かせながら飛翔する。

そして着弾。杭打ちのように伸ばされた足が寸分違わずヤマサチヒコの腹にめり込み、そのまま壁に叩きつける。

硬質の金属のような手応えとすぐに立ち上がり何某かを語る非常識さに人と神の隔たりを認識させられ、それでも無頼は獰猛に吼える。


「お前らが超スーパー化物だってのは分かってんだよ……だからその差を埋められるまで削り続けてやる。今のでまずは一回、お前らの薄ら笑いをはがすまで何回でも削りとってやる」

「俺の俺の俺のこと倒すってさ、無無無無理でしょ?」

「ゑ?ゑ?」


大地を抉る衝撃の余波を受け無頼のマフラーがたなびく。土煙は一瞬で取り払われ傍観者の視界を確保した。


「MAX無頼?ってどこかで聞いた名前……数年前に消息を絶った有名人だったよね?どうしてそれがあんなふうなアクロバティックな動きをしてるのかな?ってネカマはネカマはショタくんに尋ねてみるよ!」

「ユーチューブのチャンネル回してるときに見たことがありまっす!きっとそぉーとぉ―頑張ったんだろうね!」


先ほどまでの緊張感はどこへやら、携帯端末で検索をかけたネカマるは無頼の素性を知る。だがごまんと出てくるそれらの顔写真とは形相があまりにもかけ離れていた。果たしてどれほどの地獄を見ればここまでの変貌を遂げるのだろうかと戦慄するほどに。

場違いな二人を置き去りに彼らは睨みあいを続けていた。だがあまりにも一方通行なその憎しみの視線は”合い”というには無頼のそれが勝ちすぎているだろうか。


「彼らは僕が封印したはずですウェ!まさか封印が解けた……飛んじゃった、記憶が」

「肝心なこと何も分かんないじゃん!というか早く逃げないと巻き込まれちゃうよってネカマはネカマは催促するよ!あ"ーもうショタの前なのに余裕がないよー!?」


ネカマるの叫び声が路地裏に響く。その余韻が途切れ刹那の静寂が訪れると共に再び山の神が地を這った。

察知される事なく至近からの踵落とし、その一撃で神に土をつけた。だがその偉業になんら関心を示さずに無頼はウミサチヒコに向き直る。


「ア"ァ"ァ"!」


獣の如き咆哮と共に無頼が躍り掛かる。腰だめに構えた正拳が撃ち出され、まともに食らったウミサチヒコはよろめく。鮮やかともいえる無頼の殺陣は、しかし一つの疑問を呼ぶ。もしも今ほどの連撃で圧倒されるのであれば彼らは既に滅ぼされ神などと呼ばれていないはずだと。


「二年間もお前らを殺すことしか考えていなかったんだ。一対の神なんて呼ばれていても超ハイパー対策を練った俺に勝てると思うなよ?」

「ねぇショタくん?無頼さんはなんでこの圧の中であんなに動けているのかな?頑張ったとかじゃ説明付かないレベルだよね!?ってネカマはネカマは重たい口を動かして質問するよ!」


無頼と睨みあっている間高まり続けた神威は、いまやネカマるに立っていることすら許さないほどの物理的な圧力と化していた。白い髪の少年は不思議とその圧に耐えているようであるが、胸の本を抱きかかえたまま立ちすくんでいる。

圧倒的な神威、異形といえど神に分類されるであろう彼らは人の子に畏敬の念を強要する。あるいはそれは祟り神を遠ざけあがめる感情とも似ているだろうか。

それが答え、彼らの前に立つ者は人の身である限りいかな武勇を誇るものであろうと最初に抱いた恐れや忌避感を増長され果ては動くことすらできなくなる。力とは別質の隔たりは立ちふさがるものの戦意を砕くのだろう。

だが果たしてその中で飄々と立つ無頼に畏れの表情は伺えない。浮かぶのは復讐に湧く狩人の顔。陳腐な表現をすればどちらが化物かわからないと、そう評されるのではないだろうか。


「アノォ~?ゑ?ゑ?」

「ゥヴォッ!?!?」


起き上がろうとするヤマサチヒコを踏みつけながらウミサチヒコに追い打ちをかけていく。振り上げられた腕の関節をはじき、砲撃を放たんとする顎を無理やりに閉じさせる。全ての初動を叩き潰し、先の先をとる無頼の動作は明らかに一つの頂点を極めたものだった。

これこそが彼の言う対策なのだろう。強大な力を持つが故の判断能力の低さ、慢心などではなくただ力の代償としての知脳の欠如。その弱点を無頼は先手を取り続けるという形でついたのだ。


「あいつらは南千住の池沼だね。このドンパチを、いわゆる拳を交えることがゼェンゼェンダメですウェ!だめだね、ピーだね」

「アスペはアドリブに弱いってことだねってネカマはネカマは露骨な解説をつけてみようかな?」


言うは易し。力を溜めていたヤマサチヒコが一気に飛び起き、上の無頼を吹き飛ばした。ウミサチヒコを蹴り、空中で姿勢を立て直さんとする無頼に二人の剛腕が迫る。


「アノサアノサアノサァァァァ!」

「ゑゑゑゑゑゑ!!!」


だが


「ただの化け物風情が、一度動けたからって調子に乗るなァ"ァ"ァ!」


無頼が技術でもってして二体を圧倒していたのは事実であった。先手を取り続けるという事は全ての動作を見切っているという事、一撃も貰わないのであれば力の格差があっても立ち回ることは可能であろう。

だからこそ彼らは読み違えた。膂力という一点であれば確実に捻り潰せるであろうと、そう無頼を過小評価した。

それぞれ一本、両腕を突き出し真っ向からたたきつける。圧壊するかに思われた拳は大気を震わせる轟音とともに大質量を打ち返した。たたらを踏んだ神の隙を無頼が見逃すわけがない。ひときわ大きく踏み込んで壁を打ち抜きながら二体を吹き飛ばしていく。

土煙がすべてを覆い隠し無頼の咆哮だけが響き続ける。神威の圧力がついに立ち消え、ネカマるは自分の体が自由になったことに気づいた。


「まだまだあいつらは続けるみたいだし報告するなり救援を呼ぶなり、どっちにしたって早く轟扇祭に戻ろう!ってネカマはネカマは急かしてみるよ!」

「ゥゥゥゥゥゥ……」

「しょうがないから担いでいくよ!実際これは不可抗力であって私がショタコンであるという事実とは無関係!」


声をかけても反応の薄い少年に一言断ると、ネカマるはお姫様抱っこの形で彼を運び始めた。凄惨な傷跡が残る路地裏を背に駆けていく、まるでその非現実から逃げ出すように。




因果に惹かれた狂神はそれ以上の狂気をもってして追いやられた。だがこれはただの雑音。幕間に差し込まれた即興劇である。主役が真実から目を背ける限り祭りは続き、破滅の足音に気が付くものはまだいない。


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