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一対の神

 光差せば影となり、影がなければ光もない。全ての因果は表裏一体、釣り合わぬほどの幸福には帳尻合わせの悲劇が迫る。轟扇祭の会場は広く、それらが白日の下にさらされることは単なる偶然だったのかもしれない。

 乱反射する光につられた、何の関係もない南千住の闇は聖典の到来により一時的な目覚めを得た。数々の小さな綻びと同じような、比べるべくもない邪悪が目覚めたのだ。


「縁ちゃんはどこへいったのかなーってネカマはネカマは迷子を捜すよ!」


 甲高い声を上げながらあたりを見回すネカマるは日当たりの悪い路地裏にいた。先ほどまで一緒に歩いていた縁田は人ごみにもまれ「ありゃー」と流されて行ってしまった。一人になったネカマるは彼を探しているうちに路地に行きついてしまったという訳である。


「こんなところにいるとも思えないけど、縁ちゃんならワンチャンやりかねないし捜すよー。つらい!w」


管を巻きつつも彼の声音からは本気で嫌がっている様子は見受けられない。

縁田が自由奔放なのはいつも通りで、そんな距離感が心地いいからこそ今日の日も彼は縁田と共にいたのである。なお自由さでいえば、年端もない少年を見かければ所構わず妄想に耽るネカマるが自分のことを棚に上げていると言わざるを得ないだろう。

実際のところ側から見れば手に負えないのはネカマるの方なのだから。


「やっぱり縁ちゃん見つからないなー、むしろそこらにショタカップルでもいればそっちの観察に全傾するのにって、ネカマはネカマはギャグ漫画よろしくこんなとこまで探してみようかな」


自己分析に拘っていた思考から現実へと戻り、野良猫を探す要領でゴミ箱をのぞいていた時に異変は起こった。

金属がぶつかり合うかのような異音が路地裏に鳴り響く。

ネカマるの手元のパンフレットにはこんな音のするスケジュールは載っていなかったはずだ。よしんば見落としていたとしても、入り組んだ日陰から聞こえてくるはずもない。

となればこれは何らかの異常事態である、後ろから聞こえる楽しげな声とどうやっても繋がらない破壊音は彼に選択を迫る。だが聞こえた悲鳴がその選択の意味を持ち去った。


「ウェェェェェェェェェェ!?何で僕追われてますウェ、僕美味しいじゃないです!?」

「あ^はぁ〜、これは明らかにショタが助けを呼んでるよってネカマはネカマは音に向かって猛ダッシュするよ!」


年若い悲鳴のようなその声は、しかし彼の耳にはしっかりと少年のそれだと見抜かれていた。ならばネカマるがこれを見捨てて逃げることはあり得ない。ただ単に少年に釣られて異常事態を忘れたというのも否定しきれないが、ここにおいて彼は駆け出した。

絶え間ない叫び声を追って迷路のような小道を進んで行く。遊戯隊の他の面々に比べて、彼はただ一人特殊な力を持っていなかった。縁田や伊門のように武の道に通じているわけでもなく、あるのは人脈のみ。そんな彼でもこと少年のこととなれば話は別だ。確実に声を聞き分け反響する音に惑わされず進んでいく。

近づくにつれ大きくなっていく破壊音にさらに足を速めその発生源へと向かう。

路地を曲がった時、怪音の主が明らかになった。


「‥‥っ!」

「ウェッ?君たちはウミサチヒコ、ヤマサチヒコ‥‥カワバタヤスヒコがいまっせん!?」

「アノサアノサアノサァァァァ!」

「ゑ?ゑ?ゑ?」


異様な雰囲気に息を呑みネカマるは声を殺した。ひらけた視界には眼鏡の男と虚ろな目をした男、いや果たしてそれを人の枠組みに入れていいものなのかは議論が分かれるところだろうか。

並び立つ化け物の体長は3メートルを超え、その背中にはくっきりと鬼の顔が浮かび上がっていた。二体のあげる声は咆哮のように聞くものを総毛立たせる。

対するは白い髪をした少年である。眼鏡をかけ大事そうに本を抱えていた彼、だがネカマるはその本に隠れた乳首透けシャツを見逃さなかった。


「あ^はぁ〜、ショタ乳首尊い!いいゾ〜これ‥‥あっ」


思わず出た感嘆の声に化け物が少年が、そしてネカマるまでもが固まった。彼の方を見た怪物は無感情な視線を寄越したかと思えば、少年に向けて手を振り上げた。口をついたとはいえあの異様な怪物の気をひくのは自殺行為にも等しいだろうが結果的には延命になっただろうか。様子を見て、その後どうするかを考えればよかったと後悔してももう遅い。こうなってしまった以上あの少年を見捨てる選択肢はない。終わった後に自分が追いかけられるだろうことを除いても、やはりネカマるが少年を捨ておくのは不可能なのだ。

存外動きの鈍い二体の間を抜けて少年の前に走り込み庇うように少年を抱えた。


「早く逃げなきゃヤバいってネカマはネカマは催促するよ!これは決してショタに手を出したいわけではないのでセーフ」

「逃げた先でゥゥゥゥゥなことをするわけですね!前門の神、後門のしょたこんでオワオワン!」

「しないよ!YESショタNOタッチが原則だよってネカマはネカマは無実を主張するよ!というかそんなことより早く逃げなきゃ!」


まるで掛け合いのようなふざけた台詞を吐きながらも、ネカマるはここからどうするかを必死で考えていた。先ほどの足音から考えるに少年を連れて逃げるのは恐らく不可能である。またこいつらをどうにかするほどの力は彼にはなかった。


(あれ?私詰んだ?詰んじゃった感じかな?)


振り上げられたまま止まっていた拳は奪われた時間を取り戻すかのごとく二人に向かっていく。血管が浮き、はち切れんばかりに膨張した拳は常人を血煙に変えるなど造作にないだろう。

どこで選択を間違えたのかと鈍化する時間の中でネカマるは思案し、やめる。この少年を見捨てることなど己にはできなかったし、悲鳴を聞いた時点でこの結果は待っていたのだろうと。


「まだ祭りも続いてるのに少し脇道にそれるだけで災難だって、ネカマはネカマはおどけてみるよ」


それでも悲壮な顔は見せまいと笑顔で少年に声をかけ、そしてその声は眼鏡の男が壁面に叩きつけられる音でかき消された。


「ニャニャニャニャン、邪魔するなって言わなかったかな」

「ゑ?言わなかったと思うけど‥‥ゑ?」


煙の中から出てきた眼鏡の男は眼前の真っ赤なコートに真紅のマフラーの男に忌々しそうな目を向ける。


「あのさぁ!一つ言っていいかな!お前達にはもううんざりだって!」

「ジャジャジャジャンプのタンコ本がそこにあるんだからさ、うっぜぇよ」

「あれは‥‥あれは‥‥!」


マフラーをなびかせて、手の甲に赤い紋様を光らせて、誰にも頼らずに彼は二体の化け物を相手取る。地獄から響くような咆哮を上げて彼らだけは滅せんと力を解放する。


「あれは‥‥MAX無頼!」

「積年の恨みここで晴らす!ガア”ア”ア"アア"!!!」


魔物を打倒するのは常に人であるという、だがこの怪異を滅ぼす彼は果たして人か悪魔か。伝承の荒神を力でねじ伏せるべく、彼は無頼のまま人外と成った。

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