大食い大会
祭りの喧騒は空高く、まだ日は中点にも達していない。幾人もの芝田が屋台番を務め売り込みをかけている。それを求めて出店を回る者達は数多くその中にもやはり芝田が混在している。
彼らの目的は出店の番をしている芝田への買いだし、或いはサクラといったところか。同じ顔同士で自然に会話している彼らの数は、他の客の数と同数まで迫るかと思わせる。
「ハルくんは上手くデートできてるかな?」
「うん、あれで逃げ帰ってきたら許さない」
夜寸の本気とも取れる言葉に鬼瀬は苦笑する。「デートの定石なんて知らないですよ!」とはハルの言であるが、負け戦に友人を見送れないほどには彼らの情は厚かった。
結局服からタブーまで二人の先生がみっちりと詰め込むこととなった。もっとも二人の知識も本で得た知識でしかなく、実践的なものかと言われれば返答に淀むだろう。
幸か不幸か、既に因果の鎖―――ハルに言わせれば運命の赤い糸だったか―――で結ばれたハルたちは余程のことがなければ離れないだろう。その状況は奇しくも二人の書籍から得た、有り体に言えば恋愛脳が導き出したシミュレーションと合致した。
その短期講座のために奔走した疲れを癒すために三人は屋台を見て歩いていた。
「二人ともバカだよね、あそこまで本気にならなくとも」
「うん、後悔してる」
「日々頑張っているハルくんには幸せになってもらわなきゃね」
これまでならばきっとハルがいた場所にいるのは傘波良である。夜寸と同門である彼が今まで共にいなかったことの方が驚愕の事実だ。
だがこの祭りの中、もう一人いるべきはずの彼の姿が見えなかった。傘波良と夜寸が共にいるのならば同門の我刃がいてもなんらおかしくはないだろう。
他の者と回っているのかとも考えられたが以前彼とともにいたチェックシャツの男や例の子役、独立した芝田達とも連れ立っていないようだった。
もちろんここまで芝田が大勢いればその中の誰かと回っているのかもしれないが、彼と仲良くしていたのは芝田達ではなかったはずである。
「まあどっかで会うんじゃないかな、余計なこと気にしてちゃ楽しめないよ!」
「うん、それもそうだ」
彼らはその言葉の通りにいない人を気にしても仕方ないと,再び笑い合いながら人ごみを縫って歩き始める。
ピンポンパンポーンと鐘を鳴らしたような音が鳴り響いた。
「大々会を再開するンゴ。瓦礫の撤去に時間がかかったことは許してクレメンス」
「解説はぼく芝田、実況は虎さんが担当してくれるんだよね」
奇麗に整えられた会場に再開のアナウンスが流れた、解説席に座るのは虎と芝田である。先ほどまでの芝田二人組は黒焦げアフロのままに担架で運ばれていったようだ。
虎の普段からのだらけた表情は成りを潜め虎柄のつけ耳とスーツをカッチリと着込んでいた。虎耳といえば聞こえはいいものの、果たしてそれは虎柄の猫耳としか形容できないものであった。
愉快でかわいらしいその造形は得てして虎の雰囲気と相まって和やかな空気を演出している。そしてその隣にいる芝田、彼は他の彼らと同じ顔と奇妙奇天烈な衣装を身にまとっていた。
「祭りにあった格好になるのは運営側の義務なんだよね。こういうのお色直しっていうのかな?」
「違うンゴ……芝田君それじゃあ新郎ニキになっちゃうんやな、喜劇なんやな」
芝田の服自体はどこにでもあるようなパーカーだったが、彼が被っているものこそが問題だ。まるでおとぎ話に絵描かれるような魔女のとんがり帽子である。
その恰好は大鍋に向かいぐるぐると呪いをかき混ぜている姿を想起させる。
もちろん彼の姿は仮装であり、轟扇祭のメインイベントである大々会の解説を務めるに相応しい衣装に、彼が言うように”お色直し”をしたにすぎないのだろう。
「続きましては大食い大会!」
「今度も素晴らしい戦いを見せてクレメンス!」
壇上には選手が続々と集結してきている。先刻の大会とは打って変わって片手では数えられない数が揃っていた。先ほどから続いて参加しているのはユキを除いた三名である。度へともなく消えた我刃もいつの間にか戻ってきていた。
「女の子だから大食い苦手なのもしょうがないね♂」
「大食いって食べ放題ってことだろ?まじすげぇわ。ところで何喰うの?」
ファッキンアス太郎は口を開けたまま、あふれ出る食欲の具現ともいえるよだれをたらし続けていた。
そして新たな参戦者は三人、彼らの登場に会場は色めき立っていた。林に並び立つ人気を誇る彼らの参戦に。
「私はプロだ!大食いなんて余裕だわてへぺろだわ。ライムさーん見ててくださーい!」
「ンアァァァ↑大食い大会やりますねぇ!俺以外雑魚だから雑魚、みんな死ゾ」
「行きますよ~イクイク、彼女ばっちり見とけよ見とけよ~」
ハル、福木そして岸田が参戦した。これまで相見えなかった三者が対峙し一体どんな激闘が繰り広げられるのかその期待は無尽蔵に膨れ上がり、会場の熱気に昇華される。
「選手が出そろったところで今回のルール説明なんだよね。大人気チョコレートのGABAを制限時間5分以内にどれだけ食べられるかを競ってもらおうかな。リタイアした人は失格だから最低ライン5分間は食べ続けてね」
「芝田君これ一日にいっぱい食べすぎるとやばい……」
ルール説明をする芝田に虎が何かを伝えようとしていたが、彼はそれに耳を貸さない。祭りの喧騒にもみ消されてしまったのだろうか。各々が席につき皿いっぱいのGABAを前に気合を高めていた。
「ルールも説明し終わったことだしさっそく始めていきたいんだよね!みんな準備はいいかな?よーいドン!」
「始まっちゃったし気にしても仕方ないンゴ……なんでも実況略して”なんj”やで」
切って落とされた火蓋とともに各自はすさまじいペースでGABAを食べ始める。思い思いの戦略で咀嚼を続ける中、最初に動きを見せたのは、いや最初から動きを見せなかったのは我刃である。
「あかん我刃うつむいている!?GABAの前でうつむいているぞ我刃!」
「ンーッ!ンーッ!ガバガバ言われるのつらいんだよね」
我刃はGABAとガバを誤認し勝手に落ち込み、うつむいたまま寝に入ってしまった。大会最初の脱落者は彼となってしまうのか。会場中が彼を不安がに見つめる中、もう一人まったくもってGABAに手を付けていないものがいた。
「福木選手はなぜかタブレットを見たまま一切食べ進めていないんだよね。失格になっちゃってもいいのかな?」
「今無理」
周りが食べ進める中、我刃は俯き、福木はタブレットを操作している。戦う気のない二人はかたや鬱病かたや子役といった具合に己を貫き通していた。
「我刃の奴GABAじゃなくて苦渋くってるな……」
「腸流君それじゃ大食い大会じゃなくて大舐め大会になっちゃうだで。アッアッアッアッ」
外野の野次が飛ぶ中、戦いに参加している四人はさらにペースを上げていく。ハルと岸田は自分のパートナーにいいところを見せようと、いつになくやる気を出していた。無意識のうちに追いつき追い抜き際限なく加速していく。
対するアス太郎もGABAをかきこみながらぎらついた眼で周囲の臀部を視姦している。
「ワイ、ハル選手と岸田選手の喰いっぷりに感化されておなか減り始めた模様」
「馬鹿なこと言っていで実況してほしいんだよね。そうじのおにいさんとか呼ばれてたからすごいと思ったのに見当はずれってやつかな?」
「ホラホラホラホラ」
「どんぐらい食べればいいかとか予測できんだよね!」
だが次の瞬間二人の手が止まる彼らの視線はそれぞれ彼らのパートナーへと向かっていた。彼女らは祭りに乗じた浮ついた格好をした芝田にからまれていた。
「二人ともキレイどころさんですごいんだよね。女の子だけでいてもつまらないし僕達と一緒に祭りを楽しまないかい?いわゆるナンパってやつなの……」
「お兄さんゆるして、待ってる人いますし……」
『まずいですよ!』
彼らがそんな状況を見て黙っているはずはない、音より早く芝田に到達しその拳を振りぬいた。吹き飛ばされた芝田はピクピクと痙攣したままに、先ほどの担架とは違った台車で運ばれていった。致命的なエラーを生じた芝田は轟扇祭の管理者のもとへと運ばれていくのだ。
「僕NTR趣味無いから、おっすダイジョブかダイジョブか」
「やっぱりライムさんから目はなすとかないわ。まあライムさんはあんなのになびかないよな~?」
「両選手は席を立ってしまったので失格とするんだよね。実際さっきみたいな人の恋路を邪魔する芝田は馬にけられて死ねばいいからご協力感謝するよ。今後もどんどん参加して、どうぞ」
芝田の言葉を背にパートナーとの会話に花を散らせながら彼らは去っていってしまった。選手が次々に脱落していく様に会場は冷めるかに思われたが、ヒーローがヒーローと言われる所以を目の当たりにした観客たちのテンションは最高潮に達していた。
「ヒエッ、残る選手はもう二人やで。アス太郎とハヤカスとか考えられる限り最低のドラフトやな」
「食べるペースを見るに明らかに接戦とは言い難いんだけど最後まで勝負はわからないんだよね」
「暴飲暴食!暴飲暴食!」
とてつもない速さでGABAを消費するアス太郎の皿はすでに底が見えつつあった。一方林はまだ半分といったところで、あと一分という時間で巻き返せるとは到底思えない。しかしそれでもどんでん返しは起きるものである。
「アッ!……飽きた、やめよ」
「なにいってだこいつ、適当に投げ出すのは絶許ンゴ。これじゃアス太郎じゃなくてカス太郎やねせやね。これでハヤカスの優勝とかいかんでしょ」
「チョコ食べ過ぎて頭痛くなってきたわ、じゃまたあとでな」
アス太郎と林の両名が辞退を告げて壇上を降りる。実力者四人が脱落し壇上に残っているのは我刃と福木だけとなった。
「ファッキューカッス!これじゃあ全員失格で終わりンゴ。しょーもない結果だったけどみんな次の大会も楽しみにしててクレメンス」
「3,2,1、試合終了!やっぱり虎さんは節穴だったんだよね。大食い大会優勝は……福木選手でした!」
「なんでや!あいつら参加もしてなかったやんけ!」
確かに虎のいう通りに壇上を降りた四人は失格、他二人は参加するそぶりすら見せていなかったかに思えた。
だが試合終了が告げられる直前、福木がタブレットから視界を外さないままにGABAを一粒口へと運んだことを結果判定担当芝田は見逃していなかったのだ。
「は~切れそ~、優勝者が一粒とか喧嘩売ってるんか!?」
「やっぱり俺が最強ゾ、他は雑魚定期」
「ということで役立たずの虎さんは頭を冷やしておいてほしいんだよね、それではみなさん!次の大会もお楽しみに~」
わめく虎は芝田達に連れられ何処ぞへと連れていかれた。タブレットを見つめたままの福木に大喝采が送られ、その隣で我刃は俯いている。
やはり祭りはバカ騒ぎに限る。エラーにナンパにカタルシス、参加者にしか分からない祭りの喧騒をこそ楽しまなければ損である。はてさて狂気の宴が終わるには、なにをどうすればいいことやら。




