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終わらない始まり

初最終話です。

「アハハッ!! そうです、これです! これこそがカニゴラですよ!!」


轟扇組本部の屋上に高笑いが響く。顔を腫らし、服を血で染めながら、森は町を踏み潰さんとするカニゴラにカメラを向けていた。


「流石ですよ織江君! 君と林組長はもう本当に最高です!! 予想外な事態が多々起こりましたがこれで最高のビデオが撮れますよ……撮れんですよ! もう南千住はお終いです、僕の動画が例のアレを押し上げて一位になるんです!!」


横にいる織江は只々カニゴラを見ていた。正確にはカニゴラの前足の一つを。あんな足の動き方にしたつもりは無い。ましてやあんなナンセンスな――


「……織江君、アレは一体なんですか?」


その異変に気付いたのは織江だけではない。浮かべていた笑みを引かせ、森が織江を問い詰める。

しかし織江こそ何が起きているか情報を把握したかった。分かるのは前足に貼られた茶色の物体だけ。

彼等は轟扇組の組長が何たるかを知らなかった。ほんの僅かでも林組長という存在が何を意味し、彼を仲間にするという行為にどんな意味があるかを知らなかった。それが彼等の最期のジョーカーすらも引き千切ったのだ。


「……多分、ガムテープだと思います」


カニゴラの足が豪快に捥げていく。倒れ込むように地に伏せ、ガムテープによって損傷したカニゴラにダメージが加速する。ガムテープの粘着が排熱を妨害し、正常な動作のプロセスを一から十まで全て狂わす。林のガムテープは森の計画を、南千住の危機を、全てを歪にした。正常な動作の反対とは即ち、異常な終了である。


「――あぁそんな。僕の、僕のカニゴラが……」


闇の底から這いずり昇り姿を現した鐵のカニゴラは、数歩歩いたところで爆散した。様々な欲望を、執着を、陰謀を乗せた森の最後の悪あがきは林の手によって再び地獄の底へと“落ちガニ”となって叩き落された。

燃え盛るカニゴラの残骸を、森は震えながら見つめていた。ひらひらと舞って来たガムテープが森の頭の上に張り付くまで、彼は震えていた。


「織江、君? 君は一体何をしたんですか? 大事な、大事なカニゴラにどうやって手を加えたんですか?」


怒りに呑まれる寸前の所で、森は耐えることが出来た。そして溢れるようなその怒りをぶつける先は、今まで通り織江だった。織江はただ目を合わせないようにする。


「君は、君だけは許さない。僕のカニゴラを……許さない。織江君、僕が怒ったらどうなるか、分るでしょう? ね?」

「死ゾ」


靴音が二つ、響いた。轟扇組幹部の一人、福木がタブレット片手に屋上に姿を見せた。

そしてもう一人。


「いやぁカッスは流石だなぁ……こんな活躍されたらエッセイに執筆しちゃうんだよなぁ……」


極彩色のチェック服を靡かせながら、凪楼鎧似が福木の横に着く。織江は、森の最期を確信した。


「カニごろぶっ壊したのは其処の人じゃなくてうちらの組長の功績なんだよなぁ……林組長舐めたら頭に来ますねぇ!」

「林クンが……? 何をそんな、有り得ない。あの無能に僕の仕事を手伝う以外の何が出来るって言うんですか」

「無能に仕事を手伝わされたら失敗するのは当たり前だよなぁ、こいつ相当変態だな」


福木が指を鳴らし、鎧似が“なろう”を起動する。そう、彼は何かの“なろう”を呼び出そうとしていた。この世の英雄であり、主役を呼び出す。


「“ハーメルンの笛吹き”からNコードへと転生……originタグを検索、末期の筆運びを確認……転生せよ!」


其処には確かに人の形をした者が居た。しかし、それは人間ではない。誰かがこれになろうと意志を持ち……否、今呼ばれた者は“なろう”ですらない。好きな物を、好きな様にしてやろうという狂った欲望が、ハーメルンの笛を吹く。彼はそこから呼ばれた。


「どうして、どうしてアナタが……」


森はついに言葉を失った。向こうの世界の主役が、この世界に産み落とされた。鎧似の力はこの異世界の者を転生させ、そして彼等を愛する事によって現象へと認識される。彼の愛という認識によって、ハーメルンの笛の主役ですら確率的な事象(コンティニアムシフト)となり、森の前に現れることが出来るのだ。

そしてこれはあの“彼”のハーメルンだった。



「どうして十六夜 白が此処にいる――!?」

「知らないですよ」






「カニゴラ爆散してて草」

「ともあれこれで一件落着なんじゃないかな。フンッ、組長には頭上がらないんだよね」

「無能のカッスがおおとりとかウッソだろお前wwww信じらんねえ」


ようやく、教団の旅が終わった。教祖は愛する恋人をその手に抱いた。静かな温もりと、そして声が僅かに響いた。


「――」


そう、喋れない筈の彼女の声。


「彼女が喋ろうとしてる! ドァハハハwwww 俺が声援かけてやるよ、ブルンブルン」


うっすらと目を開き、喉元に触れてから彼女は生まれて初めての声を、この世に紡いだ。


『ぬわあああああん疲れたもう』


「彼女語録喋ってて草」

「多分自らの意志を表現するのに自分の体に宿っている例のアレを使っているだけなんだよね。まあ何て言うのかな、こういう事もあるけど気にしちゃ駄目なんだよね」

「やったぜ。喋れる彼女とかもう負ける気しねえわ。一緒に糞まみれになろうや!」

『オッスお願いしまーす』

「まるで聞いてないんだよね」


意識を取り戻した彼女とじゃれつく岸田の旅も終わったのなら、当然それを見守る腸流の旅も此処で終わりである。友の為に、そして今は亡き恋人の為に、全力を賭した彼の旅も終焉を迎えようとしていた。


「俺復活~」


しかし目の前に現れたかつての恋人の手によって、彼は新たな旅路を歩む事となる。自分で気付く前に、腸流はシャムの胸元へと飛び付き、涙した。


「生き返りたいな~って思ってたらなーんか生き返っちゃいましてね~不思議ですね~」

「そんな事より俺はシャムさんの事が好きだったんだよ……!」


新たな運命が、始まろうとしていた。






「おい鎧似、お前なんか余計な“なろう”も作っただろ」

「えぇ? 馬鹿だなぁ、あの生き返りたいという“なろう”は彼が自分で叶えたものだから。“なろう”のエキスパートであるこの私がちょっと手伝っただけってそれ一」

「やっぱ鎧似やんけ。まあ良いけど。それで、織江さんはどうする?」


ハーメルンによって森が彼方まで飛ばされ、残された織江は全身の疲れを揉み解していた。疲労で身体中のあちこちが痛む。


「元轟扇組だし、轟扇組に戻ります。自分たちの代よりも随分と面白そうですし。でも今はシャワー浴びて寝ないとつら……」

「了ゾ。まあ轟扇組なんて来るもの拒まずだし多少はね? じゃあ鎧似、事後処理は任せるゾ」

「これめんどくさいから嫌い、なんだよなぁ……ハァッ!? 気付いてしまった。“なろう”

読みながら事後処理すればいいじゃん。天才かな?」







「――せめて、獣扇、杯、耶は。殺すんだ、よね」


廃ビルの屋上を、芝田は這い蹲る。マスターユニットの束縛から外れ、自らの意志で動く芝田は一人ではない。もう一人、常に森の後ろに付き、森の為に尽くしてきたこの芝田も、自らの意志で、狙撃中片手に廃ビルを這っていた。


「射程、内。森、さんの為に」


芝田の眼下では、喜びを分かち合う岸田の彼女が居る。せめてアレを殺せば、なんとか――



「うわあやべえ……カニゴラ何処行っちゃんだろ。外出てきた時にはもう居なかったし……」


林は僅かに慌てていた。急いで外に出てみても既に街中を歩くカニゴラの姿は見えない。どうにかして一目見ようと考え、林は高い所に行ってみるという発想に落ち着いた。すぐさま近くにあったビルの階段を駆け上り、屋上の扉を打ち広げる。

南千住を包む風が林を撫で、いつもと変わらぬ光景が広がっている。僅かに焦げ臭いような気もするが、林は特に気にしない。


「何処にもいねえじゃん……まさか森さん最後の最後で失敗したのかな……ん?」


林が駆け上った先の屋上で、芋虫の様に体を伸ばす芝田が其処に居た。彼は自分が知っている限りで最も信頼できるその仲間に声を掛ける。


「芝田くん、カニゴラ見てない?」

「…………」

「芝田くん?」

「……フンッ」


また、無視かよ。

林の心臓が僅かに鼓動を早くする。どんなことを言われても動じず、自らを貫いてきた組長。その鋼の心が、無言によって揺らいだ。前にも無視された。そしてまた、無視された。この俺に。この、林組長に。


「こんなん草不可避なんだよね」

「――え?」


気付けば林は芝田の体を力一杯蹴っていた。そして気付いた時には芝田ははるか遠くの地面に向かって、吸い込まれるように落ちていった。


「お、おいいいいいいいい!? 俺やっちゃたよ……どうしよう、俺ヤバい事やっちゃたよ……え? どうしよう、俺。逮捕されるのかな……」





「あぁあ皆さん! 其処に何かが落ちてきました!」

「こいつは何だ? そう、死に掛けの芝田だ! ご立派ァ!」

「徳川様ノリノリで草。誰が落としたのだよ」

「あのビルから落ちて来たんだよね……やあやあ、あのビルの屋上に居るのはどう考えても我らが林組長なんだよね」

「最後に残った芝田を倒そうとしてた臭い」

「なるほどサッケを殺そうと……」

「違うだろぉ? 林組長カッコいいっすね……グノシ^~」

「流石組長なんだよね。日本一なんだよね――」





「あれ、なんか皆の“なろう”が逆流してる……?」


凪楼鎧似は何よりも事後処理に重宝されている。皆がこうでありたいという“なろう”を繋ぎ合わせ、最善の結果にする。それが凪楼鎧似の能力の使い方だった。

今この鎧似が感じたのは、ある種の意志の流入だった。彼が作ろうとしていた姿は“平和で幸せな終わり”しかし、人々の流れが僅かに揺れ動いている。


「なんだこれは……たまげたなぁ。カッスへのリスペクトの意志が集中してるガイジ!」


林への尊敬が、世界に組み込まれようとしている。轟扇組が望む世界と、平和でいたいという世界と、林を持ち上げる世界。これらが複雑に混ざり合い、交錯し、一緒くたになろうとしていた。


「まあ良いや、ほっとこ。それよりも“なろう”を読むガイジー!」


世界は作られる。欲望のままに、渇望のままに、世界が包まれていく。

世界は変わらず、ただそうであるように、動いている。


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