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約束 教団篇


アイツと出会ったのはもう数年ほど前の事だ。

岡山の県北から逃げるようにして南千住に来た俺は、何処で何をするべきか、何ら具体性を持たないまま日々を過ごしていた。具体的にはそれらを考える余裕が無かった。魑魅魍魎が跋扈する南千住で食い繋ぐには、時間も力も無かった。

アイツに会うまでは。





「くさそう、くさそう、きたない」


道端に蹲っている土方の奴みたいなアイツを見て、俺はただただそう叫んだ。身体中血まみれで、恨みの込めた呪詛のようなクソザコボイスですすり泣くアイツは、見ていて堪えた。ボロボロの空き家に運んで、アイツの口に食べ物を運んだところで漸く目を覚ました。


「腹減ってんだろ。ほらウマい棒食えよ、サラミ is GOD」

「……要らねえよ」


アイツは無口だった。今でも変わらないが、あの頃は本当に口数が少なかった。まるで何かを語るという事を恐れているみたいに、ひたすらに無口だった。

夜になってアイツは動かない身体を這わせて空き家から出て行った。けどそう遠く離れてない場所で気絶したように眠っているのを次の日見つけた。当然空き家まで連れ戻したが、目が覚めるなりアイツは『ガイジやんけ』と罵倒してきた。


「人助けのつもりならいい迷惑だからな? 偽善ってレベルじゃねえぞ」

「は? 仲間助けてるだけだし。お前ツンデレ伯爵かよ」

「……仲間?」


驚いたようにそう訊き返してきたアイツに、俺は自信をもって答えた。


「仲間に決まってるじゃねえか、絶対に」






「雑魚の塊やんけ!」

「ガイジやんけ!」


迫る芝田を片っ端から薙ぎ払い、岸田と腸流は暴れ続けた。糞の奴と銀の奴が織り成す舞踏会は、散らされる氷の滴のように美しく——そしてきたなかった。

獣扇杯耶までの距離はそう遠くはない。しかし走り寄るには大量の芝田が行く手を阻む。ならばこそ、その障害を吹き飛ばし、道なき道を作り出すのがこの二人である。はち切れんばかりに筋肉が躍動し、芝田を彼方まで吹き飛ばす。


「ヤメテヤメテヤメテ」


火花を散らしながら芝田は機能を停止していく。しかしそれでも、芝田の数の暴力は萎える様子を見せない。


「ザッケンなよクローン兵……! 無限湧きはマズいですよ!」

「いや辛いんやが」

「やあやあ、欧↑州↓の→」


死角を突いた一人の芝田が腸流に斬りかかる。上へ下へそして右へ。息を尽かせない妙な語感の良さが腸流を襲う。


「芝田おまえ中学の時からその技使ってたな?」

「ヤメテヤメテヤメテ」


しかし度重なる戦いで腸流はこの芝田の動きも、それぞれが決まった枠組みから抜けれられていないような印象を受けていた。皆が一人の芝田の動きをまねているようにしか見えない。そしてそれが分かってしまえば、次に出る攻撃なんてものは簡単に予測できる。息をのみ、神経を統一する。今度は俺の番だ。


「13世紀欧↑州↓の→」

「ヤメテヤメテヤメテ」


寸分違わず先の連撃が芝田に雪崩れ込む。腕を十字にクロスさせ防御の姿勢を取るが、奇妙な笑顔のまま地に伏せた。


「岸田、こいつらの相手は俺一人で行ける。彼女の所まで突っ走れ」

「まーじー? 堂々と援護する宣言できる奴は信頼できるってばっちゃが言ってた」


そんな掛け合いの中でも遠慮なく芝田は二人に襲い掛かる。猛攻を往なしながら、腸流は岸田に微笑んだ。


「あと……死ぬんじゃねえぞ」

「かしこまりー!」


岸田が立ち塞がる芝田に向かって突き進む。目指すのはその先、愛する彼女。

駆け抜ける彼の肩に芝田の手が追い付く。しかし岸田は振り向かない、彼には変態変態糞土方のやべー奴がついている


「来やがれ共産の豚。コミュニスト共め」


拳を振れば糞が閃く。撒かれた糞は芝田に覆い被さり、そして停止させる。やったぜ。

数秒走れば視界にあの汚物が入る。変わらず荒い息で呼吸を繰り返しているが、今の岸田には、それが助けを求めている彼女の様子にも見えた。


「俺が英雄デビューしてやるよ!」


獣扇杯耶目がけて岸田が跳ぶ。粘膜状の柔らかな表皮の感触と、異常ともいえる激臭が岸田の感覚を壊していく。


「くさすぎるだろ……! うんちぶりゅぶりゅうんちゴートじゃねえか!」


どうやったら彼女を救えるかなんて、彼には分からない。方法や理屈なんて物は岸田は理解しない。だからこそ、彼は理屈抜きで、彼女を救おうとその腕を獣扇杯耶に突き刺した。

引き千切られるような感覚に岸田は顔を歪めさせた。木霊する絶叫が部屋に響き渡り、鼓膜を、神経を、激しく揺さぶる。


「こんなんで諦めたら……貧弱ちんぽだからな……!」


掻き分けるように獣扇杯耶の体を削り屠っていく。もっと深く、底の底まで、目指す先まで、フトスギルッピ

手の先に感触があった。獣扇杯耶に比べれば冷たく、しかし温もりを残した何か。遠い昔に触れた小さな欠片。恐らくそれはきっと——やったぜ。

残された力全てを振り絞り、彼は彼女に手を伸ばした。






腸流と組んでから数日、アイツと轟扇組の支部を襲った。食う物に困ったのと、腸流がどうしてもしておきたいと引かなかったからだが、結果としては俺らの圧勝だった。

貸金庫に詰まった金とヤクを見て、俺の心は最高に熱くなってた。まるでスケベビデオを見た時のように、興奮を隠し切れてなかった。


「So, good……カネだよ、カネ。こんだけあれば食うもんに困らねえぞ腸流」

「…………」


アイツは昔から化けもんみたいに強かった。轟扇組の末端のちんぽ共にとっては悪夢のような物だっただろう。ただ、何を考えているか分からないのは俺も轟扇組も同じだった。ビッグマネーを前にしても、アイツはただ黙って俺の方を見ているだけだった。


「……この金とヤク、燃やしちまおう」


本当に何を考えているか分からなかった。ただ、その表情は、何処か既視感のある表情で——その表情が、俺に向けられていると気付いた時、無意識に俺は首を縦に振った。



「俺は轟扇組に大事な人を奪われた」


燃える金を瞳に写しながらアイツは呟いていた。忘れられない顔だった。


「轟扇組が全部、俺の全部を奪っていった。愛する人も、愛する心も、愛する未来も……全部掻っ攫った。轟扇組が憎い、轟扇組に関わる物全部が憎い! ……でもどうすれば良い? 轟扇組をぶっ飛ばせばシャムさんは生き返るのか? そんな訳、ない。『俺復活~』って阿保みたいな声で戻ってきて欲しいけど、そうはならない。俺にはもう、何も無い。何も出来ない」


闇を見た。それは俺もついこの間見た世界で一番醜く残酷な闇。暗くなった夜空に燃える火が綺麗だった。この日の回りなら、闇は来ない。


「何も出来ない訳はねえよ。俺もさ、俺も大事な人を、持ってかれた」

「お前も……?」

「全く、なんで神様はこんな巡り合わせをさせるんだろうな。やっぱGOは神だわ」


今考えれば変な話だ。俺が彼女を奪われ、腸流が恋人を殺され、そしてそれぞれの片割れと出会う。相当に頭のイカれた脳味噌チンポの神様の仕業か、それとも――


「なあ、これはきっと運命だったんだ。俺とお前が背負った闇、それをもう二度と誰も見ずに済む為の運命……そうは思わねえか?」

「……知らねえよ」

「いや、お前はもう知ってる。闇の深さを、悲しさを。目を背けられるもんじゃねえよ」


闇の中に煌々と光が伸びていた。闇を払い、俺たちの進むべき道を照らした。


「俺は教団を作る。闇を見た俺たちが、闇を消す為の教えを広める教団。そして俺たちが背負った闇すらも払う、光ある教えを広める為の」

「岸田の……教団?」

「俺のじゃない、俺とお前のだ。お前も教団をやるんだよ!」

「……俺のメリットは?」

「あるに決まってるだろ! お前の闇を消してやるよ~絶対にだ。約束する」

「約束……?」

「あぁ、約束だ。俺らが見た闇も全部、教えで吹き飛ばしてやる!」





「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」


掴んだその腕を抱き寄せ、岸田は獣扇杯耶の中から彼女を引き上げた。その腕に感じる体温を離すまいと抱き締めながら、汚物から転がり落ちる。


「訳が分からないんだよね。ここは一時撤退――エラーなんだよね。マスターユニットが喪失なんておかしいんだよね。総統が――森さんが倒されるなんてそんなの草、草、草……」


囲いに囲んだ芝田達は静かに腰をたたむと、まるで息絶えたかのように心臓の鼓動すらも止めた。久し振りの静寂が、岸田と腸流の耳に届いた。


「お前……」

「わりいな、わったー。なんか闇から戻って来れたわ」

「良いんだよ、最高かお前」


岸田はまだ目覚めない彼女を背負い、そしてその鼓動を感じ取った。取り戻した、やってやったぜ。

しかし、それを阻むように、地鳴りが彼等の部屋を包む。部屋だけではない、轟扇組を、南千住を終わらせる筈の震え。


「腸流……!」

「すぐに地上に戻るガイジー!」



「やあやあ、何とかなったみたいだね」

「芝田残っとるやんけ! 芝田残ってるじゃねえか!」

「岸田くんちょっと落ち着いてよもう~その芝田くんは我々の味方ですウェ!」

「ソダヨ。俺と田中瑠もこいつとその陰陽師に助けられたから安心しろよ~へーきへーき、ヘーキだから」

「まあそういう訳なんだよね。あと一歩のところで森を逃しちゃったけど、芝田を観測し続けるマスターユニット『ガバテラス』は奪還したんだよね」

「禿げガイジ高専乗っ取り失敗草。じゃあこの揺れは何なんだよ……!」

「多分アレなんだよね」


轟扇組の本部、そしてその無駄に広い敷地から巨大なカニが姿を現す。ビルを越える背丈のあるその姿はまさしく異様で、そして禍々しい。


「小麦の塊やん」

「恐ろしいスタンドじゃあ↑な?」

「あれなんなん? うんこ? うんこか分かった」

「日 本 一 心」

「ガイジやんけ!」

「軒並み違うんだよね。アレは糞雑魚ハゲの残した最後の置き土産、カニゴラなんだよね。本当は起動する前にどうにかしたかったんだけど、激ヤバ注意ってやつ?」

「我々に勝ち目はありません、死んでしまいます…………ん?」

「おっどうした田中瑠大丈夫か大丈夫か?」

「徳川様、あのカニゴラ足を引きずっていますよ」


言われて皆が視線を凝らす。確かに、足の一本を動かない内に無理矢理動かそうとしているように見えた。そしてよく見ると、その動作は段々と顕著になっていく。歩くにつれ、カニの足は苦しそうに脱力していく。


「アッヒャ! どういうことだよおい!」

「起動したという事は調整の全てが完璧だったはずなんだよね。織江さんが工作を挟むには監視が厳し過ぎる。森の経過鵜を知っていて、監視を掻い潜り、カニゴラに近付き、秘密裏に工作を仕掛けられる人間…………まさか、まさか」

「おい変態糞アンドロイド。もっと詳しく調べられねえのかよ」

「androidじゃなくてネクサスにしようと思う……徳川様、足に何か巻かれてますよ?」

「おーええやん。なんなん?」


田中瑠の眼鏡が引き絞られ、より鮮明に彼に資格データを与える。その間に、芝田は一つの確信を得た。全てを知り、全てを守る為に、カニゴラにアレを巻き付けた人物を。


「まさか……そういう事なんだね。貴方は腐っても轟扇組組長だったんだね」



「あれは……ガムテープですよ、徳川様」


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