4 見知らぬ街角にて
「ちょっと、どこ行くんですか?」
「うん、そこまで」
『この格好で外を歩きたくない』と文句を言うユウコを引き連れて街中を歩く。
「ほら、やっぱり。(コソコソ)だって思いっきりバレてるじゃないですか」
「そんなことないと思うけど、なんで?」
「だってほら、すれ違う人がみんなボクのほう見てますよ。変なキモイ(コソコソ)が歩いてるって、思いっきり注目されまくりで」
「キミねぇ。胸のおっきなすげー美人が道を歩いてたら注目浴びて当然だって」
「不審な目線と、みとれる目線の区別つかない? 皆セクスィーぶりにメロメロじゃん」
「ホントホント。ユウコは美人。自信持って、胸を張って、まっすぐ前を向いて歩いて」
不承不承、といった感じで、でもアタシのアドバイスを意識しながら歩き始めるユウコ。
ヒールのあるブーツを履いたから、今までメンバー中一番背が高かったサーシャと大体同じ背丈になっている。慣れないヒールで流石に歩きにくそうだ。
アタシが今163cmで、素のユウコがそれよりちょい低いくらい。ちなみにリサが150cm少し、サーシャが160代後半くらいだろうか。
と、見覚えのある制服が前から歩いてくるのに気付く。
「げっ、斉藤? 逃げようよ」
「大丈夫。おどおどしなきゃバレないから」
小声の会話で思い出す。ファミレスで騒いていた斉藤とかの女子3人組なのか。なんと奇遇な……と思いかけたけどそうでもない。アタシら、最初のファミレスのあたりをうろちょろしていただけだから、今まで会ってないのが不思議なくらいだ。
「チビ連れてったのあいつらだよね?」
「聞いてみる?」
「やだよ。馬鹿が感染る」
そんなことを姦しく話しながら、すれ違っていく彼女たち。
「ひょっとして、あの真っ黒いのがチビとか?」
「ないない。それはない」
通り過ぎたあとそんな会話が流れてくるのを聞いて、ユウコが「はあぁ」とため息をつく。
「ね、大丈夫だったっしょ?」
仮にメイク前の雄一郎を連れて来て今のユウコと並んで立たせたとしてもそれが同一人物だと分かる人は少なそうだけど、でもこの自信はどこから出てくるのやら。
「ここでいーかな」
ビルの間の狭い路地で立ち止まり、そこから繋がる駅前広場を指さすサーシャ。
「他人から美人と思われるかどうか、ということで。あそこに5分立ってて、男性からナンパされたらウチらの勝ち、されなかったらウチらの負け。どう? 簡単でしょ」
「無茶言いますね……知り合いに会ったらどうするんですか」
「さっきのでバレないって分かったっしょ。だいじょーぶだいじょーぶ。5分だけ我慢すれば、キミは解放。おまけに美人の彼女ゲットだよ? どう。諦める?」
その言葉に暫く悩む妖艶な偽美女。少しのあと、アタシらのほうに視線を走らせて、「分かりました。乗りましょう」と頷く。
「でも、見本とか見せて貰えません?」
「それも面白そーね。よし乗った。じゃんけーん、ぽん」
却下されると思ったアイデアだけど、サーシャはニヤリと笑い即座にじゃんけんを始める。結果、サーシャが1番勝ちでリサがドベ。
「じゃ、まずリサからGO。一番時間かかった人、罰ゲームね」
「あいよー」
手をひらひらと振りながら、広場に向かうリサ。じゃんけんで1番負けた人だけがナンパ待ちに参加じゃなかったのか。
通行人から不審な目で見られつつ待つこと3分12秒。男を連れたリサが戻ってくる。
「あらサーシャじゃん。何してんの?」
「なんだヨッシーか。リサみたいなのが趣味?」
ガタイが良くて背の高い、ヨッシーとかいう男性。サーシャと知り合いだったらしい。
2番手ということで、交替で広場に出て、駅ビルの壁に背を向け立ってみる。さっきの路地はちょうど死角みたいになっていて、広場を通る人はまず意識しないのに、横を見れば様子が丸見え、という少し面白い配置。
位置についてから20秒もしないうちに、背広の男性が声をかけてくる。
「君、すっごい可愛いね。スタイルもすごくいいし。……芸能界に興味あったりしない?」
内心していたぬか喜びが、あっさり覆ってずっこけそうになる。何とか追いやるのに結構かかってしまった。今のは時間の計算に入るんだろうか。
気を取り直して、顔を回して目のあった男性に愛想をふりまいたりもしてみる。生まれて初めて訪問した街。酷く短いスカートを穿いて、生足を殆ど全部晒して、ギャルメイクで、今まで嫌でたまらなかった男性からのナンパを心待ちにしている。僕はいったい、何をしているんだろう。
──って、素に戻っちゃダメ、ダメ。アタシはトシコ。世界でいちばんカワイイ女の子。けど、いつもならウザいくらい来るナンパ男、今回に限ってやって来ないのは何故ナノダ。
内心じりじりして時間を過ごすことしばし。
「おねーちゃん、今おヒマ?」
とやたらに能天気な声がかかってきたときは、小躍りしそうになってしまった。
「見てのとーりよ。ナンパ?」
「いや、愛の告白ス。一目惚れしました。付き合って下さい」
深刻さ皆無、どこまで本気か分からない言葉に思わず吹き出す。
かなり痩せ型、容姿は中のやや上、外見はチャラ男そのままの人物の手を引いて路地へ。
「最初、スカウトが来て追い払うのに時間かかっだけど、あれノーカンにならない?」
「ならない、ならない。きっかり4分41秒がアンタの成績」
「ね、これどういう状況? 6P乱交? それとも“ビジンキョク”とかゆーやつ?」
美人局、とか突っ込みをいれつつ、サーシャを見送る。
「あ、オレ、アカギ・リュウセイね。赤いお城に流れ星って書くの。おねーちゃんの名前は?」
「アタシはトシコ。……それ、ひょっとしてソウルネームとかいうの?」
「いやモノホンの本名。かっこいいっしょ。でもいー名前だね。アカギ・トシコかぁ」
「結婚前提のお付き合いッ?!」
そんな会話の最中、そこそこイケメンな眼鏡の男性を連れて戻ってくるサーシャ。
「1分18秒だね。とゆーことで、トシコ罰ゲーム決定ー。どんどんぱふぱふー」
「……あー。そういうこと」
アタシの顔をマジマジと見て何か納得したあと、キョロキョロ周りを見回し始める眼鏡君。そういえば彼、アタシが広場に立っていたとき、チラチラと視線を向けていた男性の一人だ。
「カメラはどこですか?」
「カメラって?」
「芸能人にギャルの格好をさせて、ナンパに何分かかるかって番組じゃないんですか?」
「ぶぶー。アタシらパンピーだよ。ナンパされるゲームしてたのは、当たりだけど」
「メイクで分からないけど……少なくとも彼女は芸能人ですよね?」
そう言って、アタシのほうを見る眼鏡のちょいイケメン。
「仮に当たりでも、今日はオフだから普通の女の子として扱ってくれないかな? ダメ?」
「分かりました。……何だかドキドキしますね」
「そういえば君さ、何でアタシには声かけてくれなかったのさ。おかげでドベじゃん」
「こんだけ完璧な美人に声かけるんですよ? 余程自信があるか、バカじゃなきゃ無理です」
『バカじゃなきゃ無理』というところで、流星の顔を思わず見て納得してしまう。
「うん? そう、オレいつでも自信まーっくすだから」
何やらポーズを取っているし。
「じゃーラスト、ユウコちゃん、いってらー」
もはや完璧に目的を見失っていたけど、そういえばこれは、『西原雄一郎という少年が、他人が見ても男とバレないくらいの美人になれるか』という賭けの結果を決めるナンパなんだった。
この賭けに負けたら、アタシが『恋人』として指名されるんだろうか? 男だとばらせば諦めてくれるか……
そんな心配をするヒマもなく、むっつりした顔で男連れで戻ってくるユウコ。最後に来たのは、ヨッシーと並ぶ長身に引き締まった細身の体、細いストライプの入った仕立ての良いスーツにノーネクタイのカラーシャツ。チョイ悪系のかなりのイケメンだった。
「53秒。やったねユウコちゃん、秒殺だよ。それに……」
4人そろった男性陣を見回すサーシャ。つられてアタシも見回す。
デカいヨッシー、おバカな流星、眼鏡君、チョイ悪系と並んだ4人の男性陣。
「釣り果でも1位だね」
身も蓋もないサーシャの言葉に、リサと2人でうんうんと頷いてしまう。
「ってことは、女の魅力、ユウコ>サーシャ>>アタシ>>>トシコ最下位で確定かぁ」
「真っ先に芸能スカウトされたんだから、アタシが一番でいーじゃんっ?!」
「じゃー、男女4人ずつ、8人そろったところで」
ぱん、と手を叩き、皆を見回しつつサーシャが宣言する。男6人、女2人でしょ、という突っ込みを口に出来ないところが辛い。
「今日はこの8人で遊びましょー」
____________
「ついてばっかで悪いんだけどさ。ちょいおトイレに行かせて?」
自己紹介と馬鹿話をしながら8人で歩くこと少し。到着したゲームセンターで、皆──
無口な超美男美女カップルのユウコ&京介
40cm近い身長差のにぎやかコンビのリサ&ヨッシー
ヲタ会話で盛り上がるサーシャ&直樹
それに流星
──を見回しながらアタシは言った。
「オレ、一緒に行っていい?」
「女子トイレに? いいわけないっしょ。すぐだから待ってて。……で、ごめ。ユウコは一緒に来て」
「んだね。ウチもついでに行っとくわー」
『女子はなんでみんな一緒にトイレに行くんだろう?』という昔からの疑問。女の子の振りをしている今、図らずも自分自身で実演するハメになるとは。
男女4人(!)で一緒に女子トイレに入り、中を見回す。幸い他の人はいない様子。
「……で、あのさ、ユウコ」
<<男性陣>>
「あー。本当に誰なんでしょうねえ。トシコさんって」
「あんま考えないがいいと思うよ。サーシャの知り合いだし、適当言ってるだけかも」
「──あの、すいません。眼鏡かけてもよろしいでしょうか?」
「別に断るようなことじゃなし好きにかければ? てかキョースケ、敬語似合わねーなあ」
「でもこの中じゃおれが一番年下ですし……では失礼して」
「京介、女子組トイレに行ったら急に喋るようになったな。無口なタチだと思ってたけど」
「知らない女性と一緒にいるの慣れてないから、無茶苦茶緊張してたんですってば」
「へぇ、意外すぎ。……って、あははははははははははははっ」
「さっきまで二枚目俳優みたいだったのが、なんで急に食い倒れ人形になるんですか」
「いや、眼鏡なくても、おれはこんな感じでしょう?」
「いやいやいやいや。そりゃあない。お前さん、鏡見たことないの?」
「裸眼0.1以下なんで、眼鏡のない顔は……。皆さんの顔も初めて見えました」
「そっかあ。俺らのツラはどうでもいいけどさ、女子連を見れないのはもったいないよな」
「このあとプリクラとか写メとか撮るでしょうし、あとで見てびっくりするといいですよ」
「どんな顔なんですか? ……まあ、戻って来たら見ればいいだけですか」
「あー。女子の前で、その眼鏡をかけるのだけはやめとけ。忠告しとくわ」
「確かになー。同感」
「今のうちに、軽く女子連の感じだけででも教えとく?」
「ですね。ユウコさんは、化粧はケバいけど凄い美人です。あと胸が大きい」
「けど、ああいうメイクするの初めてじゃないかな? 普通の女の子をつれてきて、あんな格好をさせるのってサーシャがやりそうな気がする」
「京介さんとユウコさんが並んでると、ハリウッドの美形男優・女優のカップルって感じでしたねえ。ぼくなんかが一緒に居ていいの? って気分に」
「いや直樹さん、めちゃハンサムじゃないですか」
「サーシャが最初にこの4人じゃ京介が一番男前って言ってただろ? もっと自信持ちなよ」
「お次は我が愛しのトシコちゃん。世界一カワイイ女の子」
「その言葉が大げさじゃないくらい、ルックスもスタイルも凄いですよねえ。おまけにノリと性格までいい。あー。なんでぼく、あの時声かけるの躊躇ったんでしょう」
「知るか。トシコちゃんはオレんだ。誰にもやらんぞ」
「スタイル良いっていっても、胸は真っ平だけどな。あれJCか、下手すりゃJSじゃね?」
「そういえばさっき直樹さん、トシコさんがどうのって言ってませんでした?」
「ああ、こいつずっとトシコが芸能人の変装じゃないか? って疑ってるんだ」
「芸能人って言っても、A○Bクラスじゃないですよね。もっと上のほう」
「A○Bっていうと、リサがそんな感じかな。混じっててもばれないと思った」
「サーシャさんとリサさんも十分美人ですよね。あの4人本当にレベル高い」
「へえ……そんな中に居て、おれ浮いてたんでしょうねえ」
「いや、京介が一番合ってるって。なんなら今から写真撮って見てみるか?」