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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第二部:横浜線に乗って行こう 2009年4月
8/47

3 『女の世界』を纏う時

 一瞬ギクリと反応しそうになるのを、なんとか押しとどめる。

 それでも、表情や顔色に出なかったかどうかは自信がない。


「男のくせして、あんな女の格好して恥ずかしくないのかね?」

「少しでも羞恥心があれば、あんな短いスカート穿けるわけないよね。頭おかしいよ」

「ホモなのなかな? ああやって男漁ってるんだろうな。ああ、キモキモ」


 傍若無人な会話が続く。

 リサはぐりっと頭を回して声の主を確認したあと、「にひひ」と笑って、横に座るアタシの顔をじっと観察している。視線がイタイ。

 アタシも体をひねり、大騒ぎしている連中を眺める。部活の帰りだろうか。地味目のブレザーの制服をたぶん校則通りに着た女子3人組。髪も黒くて短く、化粧もしてない……ってそれが『普通』なんだけど。

 そんな彼女たちの視線の先にいるのは、ありがたい? ことに“僕”ではなかった。

 更に身体をひねってみる。一瞬しか見なかったけど、それでも充分『女装させられた少年』と分かる存在が、一人ぽつねんと席に座っていた。


「女装男って、存在自体が犯罪だよねー」

「ほんと、他の客に迷惑だと思わないのかね」


 続く嘲弄の言葉たち。

 同じく『女装男』である自分としては、居心地が悪いのは否めない。


「なんのつもりか知らねーけど、てめーらのほうがよっぽど他の客に迷惑だっつーの」


 サーシャの苦い顔での言葉に、(少し意味はズレるけど)思いっきり同意だ。

 ……と、何やら考えていたリサが、指をパチンと鳴らして立ち上がった。

 直接文句でも言いに行ったのか? と一瞬思ったけど違ったようだ。少しの間のあと彼女が連れてきたのは、女装させられていた少年のほうだった。女子連とは違う紺色で地味なセーラー服を着て、ビクビクと怯えながら立っている。

 男としては小柄で細身だけど肩幅はそれなりにあり、脚は脛毛が生えていてがに股だ。つるんとした男臭くない顔で、『こういう女子いるよね?』と言われれば、いなくはない気がする。それでもさっき見た一瞬でわかった通りの、『普通に女装した少年』そのものだった。


「サーシャ、ちょい奥につめて。アンタもさっさと座って」


 そう言ってリサはサーシャの隣、アタシの対面に腰掛ける。なるほどこの配置なら、リサが女子連に睨みを利かせられるし、この子を視線から庇うことになる。展開に戸惑っているのか、女子連も流石に小声で囁くことしか出来てない。


「いや、いつまでもボサっと突っ立ってないでさ」


 セーラー服の少年に、重ねて着席を促すリサ。自分も「どうぞ。座って」と手で席を示す。

 彼はアタシの顔をじっとと見つめたあと、急に俯いて「すいません」と呟いて席に座る。顔に似合って、『低めの女子の声』と思えなくもない、微妙な音程の声だった。

 お尻に手をあてもしない、男丸出しの仕草で腰掛ける彼。案の定、スカートがひどい状態になっている。股も普通に開いていて、きちんと膝を並べている自分とは大違いだ。『普通の女装した少年』ってこんな具合なのかと思ってみたりもする。

 あっち行ったりこっち行ったりで、なかなか真っ直ぐに進まない会話。その中で聞き出したところによると、今度高校3年になる彼=西原雄一郎は普段からイジメにあっていて、今の女装もイジメの一環だという。向こうにいる斉藤とかいう女子連に呼び出され、彼女らの中学制服を無理やり着せられて。


「じゃさ、そのセーラー服は趣味で着てるんじゃないんだ?」

「絶対に違いますよ! なんで男なのに好きで女の格好するんですか。ボクは変態じゃないんです。斉藤さんたち、さっきまで『女装はキモイ』だのなんだの騒いでボクを晒しものにしてましたけど、正直あれ言ってる内容自体は同感なんですから」

「まあねぇ。確かにそーゆー似合ってない女装は、アタシもハズいと思うわ」

「ふむ。その言い方だとトシコちゃん、『似合ってる女装ならOK』ってタイプ?」

「うん、そだね。ま、大体そんな感じ」


 返事しつつ、自分の言葉に内心『ああ、なるほど』と納得する。

 さっきから──いや、カラオケにいた時から覚えていた違和感の核はそれなのか。“僕”は、『女の格好をすること』自体を恥ずかしいと思ったことがないんだ。『女に成りきれてない、中途半端な女装』なら恥ずかしいけど、そうじゃなくて皆に女性と認識されてる状態なら、恥ずかしいと思う要素のほうが思いつけない。


「ふむー。じゃ、リサとはちょうど逆なんかね?」

「女装で恥ずがってるからいーんじゃん。羞恥心ゼロの女装なんて、価値ゼロじゃん」


 少しぶーたれた感じで、リサがコメント。……なるほど。『アタシ』の扱いが徐々にぞんざいになって行っているのはそれが理由か。


「どっちも変ですよ。女装なんて似合ってても似合ってなくてもキモイだけじゃないですか」


 そう思っているなら、チラチラとアタシの太腿を覗き見るのは勘弁してほしいかも。短すぎるスカートの奥、女物の下着に包まれたモノがばれそうで少し冷や冷やしているのだ。


「じゃ、仮にさ。トシコちゃんみたいな感じの女装男がいたとして、あの斉藤みたいな女とだったら、付き合うならどっちがいい?」


 相変わらず『アタシ』が男だと見抜いてからかっているのか、判断に苦しむサーシャの台詞。


「馬鹿馬鹿しい。こんなきれいな男の人が居るわけがないじゃないですか」

「そーかね?」


 とリサ。ニヤニヤ笑いが酷いことになっている。


「そりゃそうでしょう。昔からボク、『女みたいだ』と虐められたり、女に間違えられたりして嫌な思いしてきたのに、それでもいざ女装したらこんな感じですよ?」

「アタシは、じゅーぶんカワイイと思うけどな」

「小さい頃から『可愛い』って馬鹿にされ続けてきたんで、勘弁して欲しいんですが」

「バカにしてないよぉ? 第一『カワイイ』は褒め言葉じゃん」

「だから、その言葉自体が大嫌いなんですってば」


 と、サーシャが目をキラリと輝かせ、身を乗り出してやり取りに割り込んできた。


「……そうだ。雄一郎クン。キミさ、いじめられっぱなしでいいの? 見返してやりたいとか考えたことない?」


____________



「……やっぱりやめません?」

「なんだよ女々しいなあ。男なら一度言ったことは貫かないと」


 ここはリサのダチ(やっぱりギャル系)が店員をしているコスメショップ。軽く紹介を済ませたあと、雄一郎を店の椅子に座らせる。

 男なのにスカート丈のやたらに短いセーラー服を着て、ギャル系の女性4人(?)に囲まれて女の園である化粧品店にいるというシチュエーション。


「うーんこのピチピチ肌いいねえ。化粧映えしそうだしカワイイし。うん、お姉さんにまーかせて。君を世界一の美少女にしたげるよ」


 戸惑い、ビクビクしている彼に、店員さんが自信満々で言い放つ。


「あ、『カワイイ』感じじゃなくて、『カッコいい』感じにメイクできない?」

「サーシャはそういうのが好み? もちろん出来るよぉ。じゃ、世界一の美女コースで」


 本人の意思を確認することなく、一人のやや女顔だけど普通の少年を題材にして、この世に新しく美しい女性を生み出す作業が始まる。


 自分がメイクしてもらった時とは、大きな流れは一緒でも段階ごとでは違う化粧の手順。BBクリームで剃り跡を隠し、ファンデを重ねて艶やかな肌を作り出す。吹き出物もあるくすんだ男の肌が、瑞々しく血色良い若い女性の肌に変えられていく。


 蛹の中にいた蝶が、外の世界に触れ煌びやかな翅を広げるのにも似た光景に見惚れる。


 化粧の匂いが、己を柔らかく包み込んで染め上げていく感覚。細い女性の指先や刷毛の穂先やパフが、幾度も優しく丹念に自分の顔を撫でていく感触。そしてその度に自分のすべてが、つややかに、あでやかに、色づいていく様子。

 あれが自分だったら──そんな羨望が、かすかに心の中で渦巻くけれど。


 アイメイクは普通よりは派手目に、でもアタシらよりは少し抑えめで。グロス艶めく真紅の唇も色っぽい、『格好いい大人の女性』の顔ができあがる。ウェーブのかかったハニーブラウンでセミロングのウィッグを被せ、右目を少し隠すような感じに流して整える。


「ここまでの美女になるとは思わなかったなあ。素材良すぎ。店に写真飾ってもいい?」

「ウチの言った通りっしょ? キミは斉藤たちよりも──いやあんな奴らとは比較にならないくらい美人になれるって」

「雄一郎……いや、『ユウコ』って呼ぼうか。凄い綺麗。嫉妬しちゃう」


 皆の賞賛の中、どこまで演技か分からないむっつりした表情で座っている『ユウコ』。確かによく見れば、鼻の形や輪郭あたりは男のパーツだ。

 それでも化粧前とは違って、“一目で男と分かる”ことはなくなっている。むしろかなりの美人と言っていい。


 『──化粧は、魔法だ』


 この春休み、何度も思い浮かべた言葉を改めて痛感する。


「ああっ、唇舐めちゃダメ」

「だってなんかヌメヌメして気持ち悪いですよ。変な味もする」

「それくらい我慢しなよ。あーあ。見事にはげちゃって。……ごめ、塗り直しお願い。ウォータープルーフのほうがいいかなこれ」


 彼がその『魔法』に慣れるのは、大変そうな気がするけれども。



「いや、こんなとこ入れないですってば」

「男なんだから、ウジウジ言わない」

「男だから嫌なんじゃないですか」

「おっすミユ。一番でかいカップのブラってどれ?」

「あらリサ、お久しぶり。それにサーシャ……って、あんたら知り合いだったの?」


 サーシャと言い合うユウコを尻目に、次に移動した下着店にずかずか入っていくリサ。

 今度もまた店員さん(こちらは非ギャル系)とは顔見知りらしい。無理やり試着室に押し込まれ、セーラー服を脱がされてトランクス姿にされて黒いブラジャーを付けさせられて、その中にパッドを山盛り突っ込まれて。……なんだか結局、彼をイジメる人間が増えただけのような気もしなくもない。


「……これ、穿かないと駄目なんですか? そもそも入らなそう」

「ダイジョーブ、ちゃんと伸びるから。あと、こっちのキャミもね。着終わったら呼んで」

「これ、どっちが前なんですか?」

「小さなリボンがあるほう」


 とかのやり取りを挟みつつ、カーテンが開く。

 ブラジャーの二つの膨らみが、黒いインナーキャミソールの胸の部分を大きく盛り上げる。メイクも衣装も扇情的なそんな外見なのに、仏頂面のまま羞恥に顔を赤くしているユウコ。


「いいねえ。いいよ。これだよ我輩が求めていたのは」


 リサは喜びのあまり、ヨダレを垂らさんばかりの勢いだ。

 ただ格好がより女性的になったせいで、逆に男らしさが強調されている気もしなくもない。むき出しになった肩も腕も首もやっぱり男性のもので、何より今一番目立つのが。


「……脛毛はどうにかできないのかなぁ」

「剃れっていうんですか? それは流石に勘弁してくださいよ」

「あ、そこまでは言わない。剃れる場所なさそうだし」


 慌てて手を振るアタシ。少し皆で考えたあと、黒いストッキングを2枚重ねて穿いて、これでこの店での完成形。


 ブラが体を包む感覚。

 ブラの紐が伝える重み。

 揺れる胸。

 キャミソールの薄くて柔らかい布地が肌を撫でる感覚。

 一見頼りなさそうなストッキングが、優しく締め付ける感覚。

 男物の下着にはありえない、肌触りの良さ。


 全身女物下着の彼を見て、自分が最初に『女の世界』を纏った時の感覚を思い出す。


「ユウコちゃん、どんな感じ? 下着まで完璧に女の子になった気分は」

「最低、ですね。恥ずかしくて死にそうです。……で、さっきの『賭け』はどうします?」

「ウチとしては化粧の時点で、もう勝ったつもりだったんだけどなあ。まだ勝敗がついてないつもり? じゃーいいや。次の店まで持ち越しで」


 『雄一郎が他人が見ても男とバレないくらいの美人になれるか』というのが、ファミレスでした『賭け』の内容。

 美人になれたら、彼はサーシャの言うことに1つ従う。美人になれなかったら、アタシらのうちから1人、彼が指名して恋人に出来るというもの。



 ケバめの化粧に髪型、巨乳で持ち上げられお腹が出そうなセーラー服。コスプレものAV(見たことないけど)みたいな状態の()雄一郎少年。サーシャの案内で『彼女』を引き連れ、今度は古着屋に移動する。


「相談なんだけど、服を1日だけレンタルって出来ないかな?」

「んー。フツーはダメだけど、サーシャの頼みだからなあ。クリーニング代だけもらえればいいや。何かあったの?」


 事情を簡単に説明して、皆でユウコの服を物色する。


「リズリサがあるとは思わなかったな」

「嫌ですよこんな服」

「つべこべ言わずに着て」


 とかの会話のしばらくあと、試着室から変な生き物が出てくる。


 レース飾りのついた少女趣味な花柄ワンピース。衣装は可愛いと思うけど、でも今の派手な化粧となんともチグハグだ。胸が全然入りきれてないし。


「リサ、実はわざとやってない?」

「にひひ。テラカワユス」

「まいっか。次はこれでよろ」


 次に着替えて出てきたのは、ピンクのキャミソールドレス姿のユウコ。確かに顔とは合っているけど、これで外を歩いたらまるっきりキャバ嬢だ。あと肩がごついのが分かりすぎ。


「あちゃー。メンゴ。いけると思ったんだけどなあ」

「もう分かったでしょう。どんな服だろうが似合うワケないんです。もう終わりにしません?」

「んー。分ぁった。トシコちゃんのチョイスでラスってことで」


 つまりこれで美人にできなかったら賭けに負けなのか。なんか無駄な責任が出てしまった。


「……ほほぅ。こりゃいーね」


 服を渡して暫くして、黒豹の柄の長袖のトップスに、黒いフェイクレザーのタイトスカートを合わせた衣装のユウコが出てくる。

 正直、想像していたよりもずっとハマっていた。

 ただそうなると、端々に覗いている男らしさが気になってくる。赤いスカーフで喉仏と太い首筋を、黒いレザーのジャンバーで肩幅とお尻のラインを、手袋で指先を、幅広のベルトでウェスト周りを、膝下のブーツで脚の筋肉を誤魔化す。ついでに耳には大きめのイヤリングをつけて、ウェストに金色の鎖を巻き付ける。

 色々置いてある古着屋だなと内心感心しながら。


「背筋はしゃんと伸ばしてね。頭の上から糸で吊られるイメージで、両方の肩甲骨を真ん中にぎゅっと寄せて。……うん、いけてるいけてる」

「おおぉー。本当にモデルに見える」

「もうチョイ男っぽさ残してくんないかなぁ。これじゃアタシの楽しみ半減じゃん」


 確かによく観察すれば、男と分かる要素はまだそれなりにある。でも多分それは前提知識があるからで、街で会ってもまず『ケバいけど美人な女性』としか認識できないと思う。


「この子本当に男の子なんだ? どっからどう見ても女だよね。それも普通に美人じゃん」


 今まで他の客の対応していた店員さんも参入してくる。


「どう? ユウコちゃん。賭けの負けを認める?」


 鏡に映る黒ずくめの色っぽい(偽)巨乳美女の姿を、改めて観察する西原雄一郎少年。


「駄目ですよ。今ボクが女に見えるって言ってる人、皆サーシャさんの身内じゃないですか」

「ほうほう。じゃあ、他人の証言が必要ってことだね。良く言った」


 ぐずる彼に、サーシャはなぜかニンマリと喜んだ。


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