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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第二部:横浜線に乗って行こう 2009年4月
7/47

2 女装がばれる

「フロントの男の子、すごいびっくりしてたね」

「入るとき、あいつ俊也クンに気のある素振りしてたもんね」

「清楚で大人しそうな美少女が、ギャルに化けて出てきたらそりゃ驚くか」

「……あの、それなんですが、出来れば『俊也』って呼ぶの止めていただけませんか?」

「うーん。そーだねー。……じゃあ、こーしよ? 俊也クン、これから敬語禁止。1回破ったら、1回『俊也』って呼んであげるから。どう?」

「……ええ、わかりま──うん、わかった」

「もっと砕けた調子でいーよ。ねっ、『トシコ』ちゃん!」


 なるほど今日の僕は、『トシコ』ってギャル系の女の子なのか。どこまで出来るか、不安と同時にワクワク感を覚えている自分がいた。


 “瀬野俊也”という男性ではなく、『トシコ』という名のギャルとして、カラオケを出て街角に立つ。

 今日は陽気だとはいえ、春先のまだ寒い空気がむき出しの生足を容赦なく攻めてくるのが少しばかり辛い。

 女装を始めてから少し驚いたことだけど、スカートは意外に温かい。今日着て来たサロペットスカートのような、きちんと裏地のついた長いスカートだと蒸し暑く感じることすらある。

 でも今穿いているような短すぎるスカートだと、保温性能なんてものはどこにもない。


 最初に『俊也』と一緒に外に出かけた時より更に短いスカート。吹き上げてくる風が吹いたら、黒い小さな女物の下着に包まれた存在にダイレクトに外気が当たるのだ。

 ポンチョやソックスのような、男性基準では頼りにならなさすぎる遮蔽物。そんなものでも本気で欲しくなってくる。


 色々な意味で心細くなっている自分に、くるりと振り返った理沙さんが陽気に声をかけてきた。


「とりま、サンダル買いにいかねばだ」

「これじゃダメ?」

「そのコーデで、スニーカーはダメっしょ! 論外」


 下着に衣類、化粧に香水、アンクレットまで含めたアクセサリ類一式。理沙さんが持ってきた女のもののアイテムで身を包んだ僕だけど、唯一靴だけが履いてきた男物のスニーカーのままだ。

 近場の店に入って、適当に安物で女性用のサンダルを購入してみる。


「それじゃ、私はここまでかな。また夕方に荷物持ってくるから、その時また会いましょう」


 店を出たところで、履き替えたスニーカーをビニールに包んで、ほかの荷物も入れたボストンバッグに突っ込んだあと、詩穂さんがそんなことを言った。


「ほいじゃーねー。あーとん」

「……そういう予定だったんだ?」

「てか元々来ないハズだったんだけどね。どうせなら、ってことで荷物持ち頼んだだけだし」


 『やじうま兼、解説役』って、本当なのか。去っていく詩穂さんに手を振って見送る。


「ま、あのオバサンのことは忘れて、れっつごー」


 理沙さん──リサに手を引かれて、街を歩き出す。いつも見慣れた街並みとは違う、それでも十分に大きな街並み。行きかう人も当然多い。

 男でいるとは当然違う、『瀬野悠里』でいるときとも大きく違う視線に少し戸惑う。

 いや、一番違うのは『視線』じゃなくて『視線の不在』か。“ギャル系の外見をしている”、というだけで、目を合わせないよう、目を向けないよう、不自然な方向を見ている人の多いこと。


 そして同時に、逆にガン見してくる人も多い。しかめ面で見てくる中高年女性とか、エロそうな目で見る中高年の男性とか。付け根近くまでほぼ丸見えになった太腿から、ふくらはぎ、足首からつま先まで、今までになく視線が粘りつくのを感じる。男が男の脚を見て、何が嬉しいのかと思うけど。

 こうもジロジロ見られると、脚の付け根にある、短すぎるスカートと小さな布に隠された『あるはずのない物』の存在に気付かれそうで、どうにも落ち着かない気分になってしまう。


「アタシらそんなことやんねーの、しっしっ」

「あんがとー。リサ、何度も何度も、もーもうしわけ」

「まったくしつこいよなあ。ヤになっちゃう。もー、エロオヤジ全部滅んじまえてーの」


 これで何人目だろう。

 援助交際目的で声をかけて来る男性の数が、段違いなのだった。

 そのたびにリサ(正直、この呼び方はまだ慣れない)が追い払ってくれたけど、自分一人だったらどうなっていたことやら。


「いつもこんな感じなの?」

「まっさかー。今日はトシコがいるから特別だね。トシコこそ、いっつもこんなん?」

「そーんなことないよぉ。無いこと無いけど、こんなにはナイ」

「そっかー。でもあるにはあるんだ」

「まーねー。……制服着てるときとか多いかな」

「あの制服かあ。あれ有名だし目立つもんねえ。めんこいし」

「……? んー。何か勘違いしてる?」

「え? ……ああっ。メンゴメンゴ。ナチュラルに間違えた。でも制服ってそれじゃ……」


 一昨日理沙さんが僕たちの家に遊びに来たとき、部屋の中に飾っておいたお姉ちゃんの学校の、高等部の制服。その日、その場で着替えさせられたりもした。

 『制服』と聞いて理沙さんの頭に浮かんだのはその服みたいだけど、それはお姉ちゃんの制服であって、僕の制服じゃない。

 僕の制服というと、詰襟のことだ。


「うん。そーゆーこと。珍しくもないよ?」

「むむー。まーいっか。プリクラ撮ろ、プリクラ」


 この手のお話はお気に召さなかったのか、あるいは僕の顔色を読んだのか。話題を途中で打ち切って僕の手を掴んで、半ば強引にプリクラコーナーに引っ張り込んでいく。


「大丈夫? ここ女性専用ってあるけど」

「何か問題でも? トシコちゃん、女の子だよね?」


 はい、そうでした。

 少し意識から外れていたけど、今の僕──じゃない、『アタシ』は女の子なのだった。


 備え付けの鏡を覗き込む。

 派手な豹柄のトップス。大きく開いた左肩の上で、強いウェーブのかかった金髪が躍る。この鏡じゃ見えないけど、デニム地のウルトラミニから生脚が伸びている。下着だって上下ともに女物で、胸はないけどブラジャーもしている。

 瞬きするたび風が起きそうな付け睫毛に縁どられた、大きな目。カラコンを使うのは初めてだけど、思った以上に印象が変わるものだと感心してしまう。


 いつも使っている化粧品が、『無香料』と書かれている割には匂うので気になっていた。でも今の化粧に比べれば確かに匂い抑えめだと納得してしまう。そんな女らしい匂いが周囲に漂う。

 『ギャル』と呼ぶには微妙に違和感はあるけれど、『女の子』──それも『飛び切り可愛い女の子』としては違和感の欠片もない。

 そんな美少女が、どこか面白がるような表情で見つめ返していた。


____________



「目でけー。エイリアンみてー」

「リサ、ひっどー」


 大笑いしつつ往来を歩く。

 『デカ目機能』か何かそんな機能を使って映った写真は、ほとんどホモ・サピエンスのレベルを飛び越えて異常に目が大きくて、見ていると自分でも笑いがこみあげてくる。

 プリクラ自体がほとんど初体験なのに、それも『女性専用』のところに入って色々撮って。春先なのに、買ったアイスを舐めながら往来を歩く。“瀬野俊也”には出来ない、やらない行動も、『トシコ』ならやすやすとやってのけてしまう。

 そのことに内心嫉妬している自分を見つけて、戸惑ってしまうけれど。


「おー。リサめっけー。やっほー。その子が今話題のトシコちゃん?」

「やほー。サーシャ。うん、この子がトシコ」

「どもーっす。トシコっす。……って、アタシ話題になってるんだ?」

「うん、リサっちがお姫サマ連れまわしてるって。ういういしくていーねー」


 『体が細い』とよく言われる僕たち姉弟。それよりも更に痩せていて、見ていて少し不安になるくらいの体型の、ギャル系の女の子が陽気に声をかけてきた。

 その“サーシャさん”に引き連れられて、少しだけ歩いて3人でファミレスに。


 カラオケの中で一緒にいたのは、既に男だと知られていた相手2人。でも今は、男とばれたらまずい相手。

 この短さのスカートで座ったら、正面から見れば膨らみが分かりそう。不透明な机の存在に感謝するしかない。募る不安を無理やり押し隠して、スカートを押さえながら女らしく椅子に腰かける。

 もうほとんど何も考えなくても出来るようになった動作だけど、男には女にないものがついているし、骨盤の形も違うのだ。膝を揃えて綺麗に座れていることを、少し意識して確認。

 『女の子らしく』ということでパフェを注文してみたりしたあと、改めて自己紹介。


「ウチは、藤村サーシャ。まー、いわゆるDQNネームってやつ? トシコちゃんの周りにはこーゆーのって、あんまりいないかにゃぁ?」

「んー、……そーでもないかも? クラスにもいるし。あと、サーラって親戚もいたかな」

「へー、そうなんだ。お嬢様学校って、そーいうのあんまいないと思ってたけどなぁ」

「お嬢様……、ってそんなんじゃないっすよ。別にフツーの学校っす」


 その言葉を口にしたあとで、カマをかけられていた事に気づく。

 正直、外見に引きずられて判断していたみたい。これは、気を抜くと凄い勢いで個人情報がばれてしまいそうだ。


「あ、そーなんだ。メンゴメンゴ。ときにその『親戚のサーラさん』ってDQNネームじゃなくて、マジモンの外国人?」


 いつもなら別にどうでもいいけど、女装中に身元バレはやばい。できれば女装なこと自体、ばれないようにしたい。かなり口が滑ったと、今更ながら後悔してみる。


「あー。アタシね、今日ここに来たことがバレちゃうと、もう二度とこっち来れなくなっちゃうんだ。だからゴメン、そーゆー詮索はナシにしてくれないかな」

「うっはー。そんなセカイのお方ですか。じゃー、当たり障りのない質問にしなきゃだね。……そだね、ならまず第一問。トシコさんは処女ですか?」

「ケホっ、ケホっ」


 『当たり障りのない』質問の最初ががそれかと、少しむせてしまう。


「ほほう♪ その反応、処女ですなぁ」

「……残念ながら、処女じゃないっす」


 自分は童貞であって、処女ではないんです。

 リサも店内に鳴り響く声でケラケラと大笑いして、「そーよねぇ。トシコは処女じゃないよねえ」とか言っていたりするし。その言葉だけで分かってしまいそうで、冷やりとしてみる。


「ほうほう。じゃあさ、初体験はいつかな?」

「そこらへんはノーコメントで。つか、そもそも何でアタシの質問タイムになってるのカナ?」

「いやいやいやいや。こっちのみんなさぁ、トシコちゃんに興味津々なワケよ。ひょっとして実は某有名アイドルじゃないかとか、そこら辺まで含めてさ」

「うふふ。そこ、重点的にノーコメントで」

「むー。こりはなかなか。じゃあ、この質問はアリかな? トシコちゃん何の目的で来たの?」

「目的、かぁ……」


 今日は理沙さんに無理やり連れまわされているだけで、最初から目的なんかない。何事もなく解放されるのが目的と言えば目的だった。

 ──でも、『やりたい』ことならある。


「サーシャとリサの『フツー』が見たいかなぁ。いつもどんな風に遊んでるのか、いつもどんなことを話してるのか、どんな風に物事を見てるのか、とか」

「なるほどー。それさ、ひょっとして、ドラマの役作りのためとか?」

「うふふ。ご想像にお任せ。初対面の子に処女かどうか聞いたらギャルっぽくなるのかな?」

「んなわけねー……って、実はあるんか?」

「まぁ、それでギャルっぽくなるんかと言えばノーだけど、割と普通の話題ではあるのかな」


 「まぁ、トシコちゃんのせっかくのリクエストだし」と、サーシャさんとリサさんの間で『普通の会話』を繰り広げてくれる。今までセーブしていてくれたのだろう。意味不明な単語だらけで幾つかの話題が同時展開して、あちこちに話が飛びまくって、相槌を打つのもやっとなくらい。


 知人の話

 ファッションの話

 最近見たTVの話

 落ち目の芸人の話

 生理の話

 モデルの話

 化粧の話

 おっさんの話

 イケメンの話

 恋愛の話

 ……


 普段の中学の友人に比べると、やっぱりいろんな意味で『大人』な話題が多い。

 中学生と高校以上の違いもあるだろうし、同学年でも男と女だと女性のほうが大人びている気がする。


 一昨日の、『普通の女子高生』同士の会話も思い起こしてみる。

 違う面も多い。人生経験の種類も違う。でも──それでもやっぱり、ギャルも『普通の女の子』の一員だし、『普通の人』の一員なことが、段々と腑に落ちてくる。平凡な事実が嬉しく思えて、茶々を入れつつ唇に笑みが浮かぶのを止められない。


「あれ、女装男かよ。まったく勘違いしてキモイったらありゃしない」

「うげぇ。ひょっとして、ばれてないと思ってるのかねえ。あーヤダヤダ」


 そんな会話を楽しんでいたのに、唐突に大声が店内に響いてきた。


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