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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第六部:『姉』であり『弟』である日々 2011年4月~2012月11月
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4.古都へ

「ただいま」


 もう何十回目になるか分からない、お姉ちゃんの代理でのモデルからの帰宅。

 最初に長時間履いて死にかけた頃に比べてかなり慣れたとはいえ、未だに苦痛なパンプスを脚から外す。

 お姉ちゃんに合わせた靴じゃなくて、自分用の靴ならもうちょっとマシなのだとは思う。

 足の形も可能な限り一緒にしておきたいから、同じ靴を履いて合わせておく努力は必要だ。


 それでも流石に、色々無理が来ているのは分かるのが悩ましい。

 まあ、未来のことはともかく、今の自分は『瀬野悠里』なのだ。

 モデル撮影と移動に疲労困憊状態の状態を出さないように、できるだけ綺麗に美しい動きを意識しながら脱ぎ終える。

 ついでに靴箱に揃えて入れてシューズケアも。


「……お帰り、お姉ちゃん」


 と、声に振り向くと、ちょうどトイレか洗面所から出てきたところらしい雅明と視線が合う。

 「ただいま、雅明」と返事をするけれども、なんだか凄く驚いた様子でこちらを見つめている。

 取り敢えずそれ以上のやり取りもせず、そのまま自分(お姉ちゃん)の部屋に入り扉を閉める。


「お帰り、悠里(・・)

「……ただいま、悠里(・・)


 案の定、受験勉強中だったらしいお姉ちゃんがそこにいて。

 くるりと振り向いて声をかけてくれる。

 幾分奇妙な挨拶のやり取りも今更だ。

 荷物を置いて、藤色のサマーカーディガンも脱ぐ。


「うーん。ブラのラインがセクシー」

「馬鹿言ってないの」

「で、何かあった?」

「……悠里、今日その格好で雅明に会ってるよね?」

「うん、会った」

「じゃあ、やっぱりバレたかな」

「なるほど。玄関で会ったのね」

「そういうこと」

「……ま、今更だよね」

「確かに今更か」


 純子義母さんと雅明に対しては、こちらから意図的にバラさないけど隠さないという方針を建ててはや数ヶ月。

 義母さんのほうは割とすぐにバレたけれども、雅明は未だに気付いた様子がない。

 同居していて入れ替わりに何ヶ月も気が付かないっていっそ逆に凄いのかもしれない。

 それも興味のない相手どころか、あからさまに好意を持っている人物に対してである。


「まあ、バレたらバレたで」

「そりゃそうか」


 気を取り直して、着替えを続行する。

 淡いブルーのロングスカートを脱いでベッドに腰掛け、白いシフォンブラウスのボタンに手をかける。

 まだまだ残暑厳しいこの季節。向けてくれた扇風機の風が心地良い。


「でも、雅明って無意識レベルでは割と最初から気が付いていたよね?」

「そうなの?」

「うん。私と、私のふりをした俊也で明確に見る目が違ってたし」

「……それは見落としてたかな。今度から気をつけてみるか」

「なんというかな、私を見る時は『愛している』って感じで、あなたを見る時は『恋している』って感じ」

「へぇ」


 まあ、さっき気付かれたのなら確認する機会はないか。

 ……そう、思っていたわけだけれども。


____________



「雅明から告白された」

「……やっと? というか、告白する勇気ないと思っていたのに、ちょっと意外」


 という会話があったのが、年度も上がった春の出来事。

 例によって私が悠里としての撮影を終わらせてきた帰りのことである。

 ……そろそろ私のほうが撮影参加回数多くなっているんじゃないだろうか?

 いやそもそも最初は私が読者モデル希望で、お姉ちゃんはそれに巻き込まれただけだからそっちのほうが正しいのかもしれないけど。


「私、ちょっと意外だったんだけど、告白されたのが()なんだよねぇ──愛里じゃなくてさ」

「……なんだか懐かしい名前」


 『愛里』というのは、私とお姉ちゃんが一緒に出かける時に区別するための呼び名で、そういえばここ1年くらい使ってない。

 雅明に入れ替わりのことがバレたら悠里と愛里の両手の花状態でお出かけ、ということも考えていたけどそれもなく。

 そう、そろそろ同居して1年になりそうなのに、『これは流石にバレるよな』と思ったことは何度もあるのに、それなのに未だに気付かれていないようなのだ。

 一体それもどうなのだ雅明くんよ。


 それはともかく。


「まあ、おめでと」

「うん。ありがと」



 問題はむしろ、いつまで続くかどうかだと思うけれども。

 未だに長続きしたことのないお姉ちゃん相手だけに。


____________



 ちょっと意外なことにこの交際はそのまま続き、そして完全に意外なことにお義兄ちゃんは未だに気が付く様子もなく。

 『これ気が付かないふりをして僕たちをからかって遊んでいるのかな?』という疑いすら深くなってきたとある夏の日。


「お待たせー」


 そんな言葉とともに、雅明の部屋のドアをノックする。

 しばしの沈黙。


「もしもし?」

「……」

「もしもーし?」

「……うわっ、やばっ」

「何か、おかしなとこある?」

「いやそうじゃなくて……いや、可愛すぎるって」

「あら、ありがと」


 自分の姿を見下ろして見る。

 ダークピンクのワイドパンツに、ベージュのぶかぶかなカーディガンを合わせたコーデ。

 カーディガンが萌え袖状態になっているのがポイントなのか? 


「でもとにかくUVカット重視で、あんまり『可愛く』はないと思うんだけどな」

「そうなの?」

「うん。あざとくしようと思えばもっと出来るし。それに、これでその状態なら撮影本番に耐えられないかも」

「……そうなんだ。大丈夫かな?」


 そのまま大荷物を担いでもらって家を出て、タクシーと電車を乗り継いで南へ移動。

 今日は大学の夏期集中講座に行ったお姉ちゃんの代理での撮影。

 集中講座が入ることが分かっているなら撮影の予定を入れるなと言いたいけれど。

 あるいは撮影があるから集中講座に逃げたのかもしれないけれど。


「今日、なんの撮影だっけ」

「言ってなかったっけ? 神社の初詣のポスター」

「神社ってなんとか八幡宮……だっけ? あそこ?」

「いやいやまさかまさか。もっと小さなところ」


 まあわざわざ専用のポスターを作って配るのだ。来る前に調べたけど、そんなに小さいというほどではない。


「でも初詣って……こんな時期に?」

「こんな時期に。まあ、いつもは春先に撮影するそうなんだけど、去年のドタバタもあって色々ずれて」

「あー……」

「でポスター作って配布したりすることを考えるとこの時期がタイムリミットなんだって」

「なるほど……」


 まあ大変なことが今からでも簡単に予測できる、辛めの仕事だ。

 お姉ちゃん、どっからこんな仕事を引き受けてくるのだろう。割と謎である。

 そんな会話をしつつの30分ほどの小旅行ののち、燦々と太陽光の降り注ぐ駅前に降り立つ。


「……こっち来るの何年ぶりかなあ」

「俺は、前来たのが中学校の遠足だから……5年前? そんなもんか。なんか懐かしい」

「私も……」


 私も中学校の遠足だっけ、と言いかけて少し焦る。

 “瀬野悠里”の通っていた学校の遠足まで把握していないけど、都内の中学校の遠足で、多分こちらまで来ることはないだろう。

 ……いい加減バレたらこんな変な苦労もせずに済むのに。


「遠足で来たことはあるけど何年の話だったかな……。ま、ちょっと早めだけど食事済ませましょう」

「どこ行く?」

「近場で軽く……あそこで良いか」


 目についた古い喫茶店に入る。幸いというか店内に他の客がいる様子はない。

 陽のささない奥の席に座ると、店長?さんがお冷を持ってきてくれる。

 「オーダー決まったら呼びますね」と戻ってもらって、取り敢えずサングラスを外してカーディガンを脱ぐ。

 むき出しの肩にかかる冷たい空気が心地良い。手袋も外して、さてメニューは……って。


「どうしたの? 雅明」

「……」

「またこれか」


 ひょいと肩をすくめて、雅明が持っていたメニューを摘み取る。

 それでも微動どころか瞬きすらせずに、私の姿を凝視している彼。流石に天丼過ぎないか。

 無視してメニューを見る。あんまり期待はしていなかったけど微妙なラインアップ。

 この中からだとサンドイッチセットかな、と決めたくらいにようやく雅明が再起動してきた。


「雅明、何頼むか決めた? あ、カレーは匂い付くから禁止ね」

「……カツカレーもだめ?」

「何言っているんだか」


 そんなやり取りのあと、オーダーも済ませる。


「いい加減見慣れてもいいんじゃない? そう毎回毎回固まらないで」

「いや、でも……」

「裸だってもう何度も見ているんだし」

「でもさ。さっきまでふわっとした露出度が低い服だったのに、一気にぴっちりした露出度高めの服とか、落差が凄くて」


 まあ、こっちもそれを狙っていたところはあるけれど。

 袖のないオフショルダーの夏用タイトニットのトップス。言われたとおりに全般的に露出度が高くて、ボディーにフィットしている。

 これで色がオフホワイトじゃなくて黒か赤なら、かなりセクシー路線だろう。

 肩にかかるブラのラインから(パッドの収まった)胸までを視線をさまようのを感じて、少しわざとらしく両手で胸を隠して見る。


「なぁに?」

「あ、いやごめん」

「まあ、別に今更と言えば今更だから良いんだけどさ」

「いやいつも思うけど、肋骨小さいな、って」

「なんか変なところに注目された」


 まあ地味に男と女の体で差が出るところで、色々手を尽くして大きくならないようにしているから、その成果を褒められると正直嬉しいけれども。


「……なんだろう。いつもより可愛く見える」

「あら、ありがと」


 にっこり微笑むと、真っ赤に染まった白い肌を掌で覆い隠している。

 効きすぎか。


「……さっきまでの格好って、暑くない?」


 オーダーしたセットが運ばれてきたので、気を取り直して食事をとりつつそんな会話。


「そりゃもう、暑いに決まっているじゃない」

「そりゃそうだよな」

「でも、撮影前に陽に焼けるわけにはいかないし」

「なるほどねえ。モデルも大変なんだ」

「こんなの、別に大変なうちには入らないわよ。どんな職業でも、お金を手に入れるって大変なもんだし」

「そりゃそうか」

「モデルにしたって、我慢大会か拷問みたいなのもザラだし、モデルを苦しませるのが目的になっている監督とかも時々いるし」

「うへぇ……」

「そういう苦労も知らないで、『モデルって綺麗な服着て笑っていればお金貰えるんだよね?』とかよく言われるのが腹立つ」

「……」

「そういうのがなくても、『美貌やスタイルを維持・向上するにはどうすれば良いのか』『もっと魅力的な表情やポーズは出来ないか』『どうやれば服が魅力的に見えるのか』とか考えなきゃいけないこと多いし、綺麗に見えるポーズを保つのってたいてい大変だし……ってごめん」

「いや、いいよ。でも、そうだね……」

「うん?」

「それでも、モデルが好きなんだなあ、って」

「……うん。そうだね。本当にその通り」


 不意に図星を差されて、思わず笑顔でそう答えてしまっている自分に少し驚く。

 ……でもなあ、それでも今日の仕事は流石に……


____________



「御免下さい」


 食事も済ませ、ちょっと移動して撮影予定の神社の社務所の呼び鈴を鳴らす。


「おお、おお、よくいらっしゃいました。瀬野さんですよね?」

「はい、そうです」

「うわぁ。本当にこれは美人さんだ。さ、お上がりください」

「お邪魔いたします」


 さて、そのお仕事開始である。


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