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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第六部:『姉』であり『弟』である日々 2011年4月~2012月11月
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3.初デート!

3.初デート!


「こんなところ、友達に見られたらどうなるか……」

「そうね。女装した弟と遊んでたとでも言ってみたら?」

「いやいやいやいや。こんな美人な男いるわけがないだろ?」


 また存在自体を否定されてしまった。


「いや……でもあいつなら……。なあ、俊也を女装させてみたことあるんだよね? どんなだった?」

「まあ、だいたいこの通りかな」

「そんなに似てるんだ?」

「気になるなら自分でお願いしてみたら? 『一緒に女装するなら喜んで』とか答えてくれると思うよ」

「それも嫌だな」


 あ、これでも気が付かないのか。

 まあそんな会話を繰り広げつつひと駅分の移動。

 人通りの多い駅にて降りる。


「それにしても、もうちょっと落ち着けない? せっかくのイケメンが勿体ない」

「いや、だってさあ……なんか色々見られてない?」

「そう? そうでもないと思うけど。まあ気にしない、気にしない」

「なるほど、見られ慣れすぎると気が付かないのか……」


 いや『気が付かない』というわけじゃないんだけどね。

 少なくとも男の格好で歩くときよりは視線は強く感じるし。

 それでもモデルのために気を張っているときに比べると圧倒的に視線の量は少ない。

 そんな微妙なラインというくらい。


 あえて意識して視線を感じてみる。

 視線の『質』もいつもと違う気がする。

 少なくとも、好色な、自分のことを『女』として見る、鑑賞するような、まさぐるような視線はぐっと減っている。

 その代わりに『微笑ましい若いカップル』と見做す視線が増えているような。


「どうしたの?」

「いや、変なところがないか改めてチェックを」


 デパート入り口の大鏡の前で立ち止まり、2人の姿を確認してみる。

 鏡の大きさが違うから見え方は違うとはいえ、家を出る前に確認したのと同じ男女カップル(本当は男男だけど)の姿が見える。

 2人ともデニムの上下で合わせたペアルック。

 違和感がないところに違和感があるような、奇妙な感覚。


「ん? どうかしたの?」

「そっか、なるほど。……きちんとカップルに見えるのって珍しいなって」

「どういうこと?」

「うーん。これまで色んな人と一緒に歩いたことがあるけど、そのときはだいたい『私とそのおまけ』って感じになっていたから、『ちゃんとしたカップル』に見えるのってあんまり記憶にないかも」


 きちんとした恋人になった相手はまだいないけれども、男役としても女役としてもそれなりにデート経験自体はある自分のこと。

(お姉ちゃん相手を除けば、男役より多分女役のほうが回数は上なのがあれだけど)

 その程度には容姿の整った相手だ。今日は男性メイクのおかげもあるけどそこそこ整った顔立ち、私たちとほとんど変わらないくらい長い脚。

 今日はスニーカーだからまだ差があるけど、ヒールのある靴を履いたら逆転しそうな身長がもうちょっとあれば良いのに。


 さて、気を取り直して自分のチェック。

 メイクも手直しする必要はなさそう。服も問題なし。ちょっとだけスカートの裾を手直ししてみる。

 すんなりと伸びた白い脚。

 一筋の脛毛もない、ゴツゴツとしたところもない、このまま女性の脚タレすら出来そうな脚の間に、男にしかないものが隠されている。


 まあそんな『些細な問題』はあるけれども、どこからどう見ても美しい──それもとびきりの少女の姿が鏡の中にある。

 軽い微笑みとウィンクを『彼女』に残して、いざ店内に……って。


「お待たせ」

「……」

「どうしたの? 入ろ?」

「……」


 雅明、ぼっとした顔で立ち尽くしている。

 今日はお客が少ないから良いけど、以前みたいな混み具合なら大惨事だったかもしれない。

 服を引っ張ったりしても反応がない……と思ったらやっと反応が。


「体調の問題?」

「……いや、やばいって。もう、破壊力ありすぎ……」

「何が?」

「自覚ないのか……笑顔でウィンクとか、心臓止まるかと思った」


「ふふん♪ なるほどなるほど……私の恋人になったら見放題だけど、どう? 立候補する?」

「しない。心臓が持たない。その笑顔、あんまり見せないように気をつけてね?」

「まあ、さっきも他の人に見えない角度にしてたし、そこは気を遣っているから」


 なんせ、“瀬野悠里”の魅力なら、世界で一番“僕”が知っているし、思い知らされているのだから。

 そんなことを内心考えつつ、店内に入る。

 記憶にあるよりも空調の効いていない店内。このご時世だから仕方がないとはいえ、夏場になったら大変だろう。



 勝手知ったる『私たちのための』空間。化粧品店が並ぶコーナー。

 震災以降で来たのは初めてだから、店内の空き具合にはちょっと違和感。

 香料の匂いや展示されている見本類の色鮮やかさがいつもよりダイレクトに飛び込んでくる。

 私たち(・・・)女性を美しく彩るための場所。それがこのフロアだと改めて思う。



 居心地悪そうにしている雅明の抗議の視線を背後からなんとなく感じつつ、そんな彼を引き連れて歩く。

 途中、いくつかのコスメカウンターを覗いていると、


「なあ、こういうところってやっぱり高いんだよな?」


 と後ろから声がかかる。


「うん、まあ、それなりにね」

「だよなあ。普通高校生なら100円ショップとかだよね」

「肌に使うものだもん。良いものを使わなきゃ。この美肌が失われたら、全人類に対する犯罪だと思わない?」

「なんつー自信。……でも納得してしまいそうな自分が悔しい……!」


 幸い軍資金は貯まっているし、ここは使ってしまうのがノブレス・オブリージュだろう。

 とはいえ途中では買い物することなく、目当てのコスメカウンターに。

 初めて一人で女装外出したときにメイクを教えてくれたお店。それ以来なんとなく贔屓にしている場所だ。

 最初に来たときにいた店員さんではないけれど、何度か接客してくれた記憶のある綺麗なお姉さんだ。


「いらっしゃいませ」

「またよろしくお願いします」


 何度か高い化粧品を買った上客だからだろう。

 接客用の作り笑いとはまた違った笑みが迎えてくれる。


「そちらのかたは、初めてですね。彼氏さんでしょうか?」

「はい、入籍しました」

「……はい?」

「ぶっ。ちょっ、おまっ」


 お姉さんの表情が面白くてひとしきり笑ったあと、種明かしすることにする。


「私の父と、この子の母親がこの間入籍したので、今彼は義理の弟です」

「なるほど。……なるほど。おめでとうございます?」

「ありがとうございます」

「今、わざと勘違いさせる言い方したよね?」

「まあね」


「それで、今日はどのような」

「うん、この子に似合う化粧ないかってね」

「だからなんで俺を女装させようとさせようとするのさ」

「お姉さんも、似合うと思いますよね?」


「はい。……はい?」

「いや絶対女装なんかしないから」

「まあ、それは今度ということで、とりあえず減ってる分の補充と、あと新作でお勧めのものがあれば……」



 そこを起点に、デパートの中を色々回ってみる。

 女性向けの衣装を試着してみたりとか、下着コーナーを覗いてみたりとか。

 ぶつくさ言いながら付き合いもノリも良い相手に会話も弾む。

 傍から見ていると完璧に男女のカップルだろうな。そんなことを内心思いつつ、『彼女』の立場を楽しみつつ。


 途中目に入るウェディングコーナー。

 展示されている純白のドレスが眩しい。

 男姿でいるときと違って、立ち止まってじっくりと眺めても問題ないのは素晴らしい。

 幸い胸は露出しないデザイン。それを纏ってポーズを取る自分を思い浮かべてみる。


「どうしたの?」

「私も女の子だからね。やっぱりウェディングドレスは憧れだもの」

「なるほど。……また俺に着せたいとか言い出さなくて良かった」

「あら、着てみたい?」


「勘弁してよ。……お姉ちゃん、モデルやってたよね。着る機会とかないの?」

「ただの読者モデルに普通そんな機会ないってば」

「そういうもんなの?」

「そりゃあね。……あ、でも白無垢なら着たことある」


「へえ。綺麗だったんだろうなあ」

「そりゃもちろん」


 あの日のこと、私の体を包む滑らかな肌襦袢の感触、締め付ける帯の窮屈さ、ずっしりとした白無垢の重みを思い出す。

 モデルもしている綺麗な女の人たちに囲まれて、この身が男だと気づかれないかと少しドキドキしながら。


「お客様、少しよろしいでしょうか」

「はい、なんでしょう?」


 この場を立ち去ろうか、と思ったタイミングで、ドレスを飾っているコーナーの受付の女の人が声をかけてくる。

 返事せずに去ったほうが良かったかな、とも考えたけれども後の祭り。


「いかがでしょう。ウェディングドレスに興味がありますか?」

「まあ、それなりには」


 本当は無茶苦茶あるけれども。


「もし宜しければ、ご一緒に衣装だけ着て撮影してみませんか?」

「……」


 なんとなく、二人同時に顔を見合わせてしまう。


「どうする? 俺は正直嫌だけど、ドレス姿見れるなら付き合っても……」

「うーん……」


 正直心惹かれる誘いではある。

 タキシード姿の雅明の隣で、純白のドレスを纏って微笑む自分を想像してみる。


 まあ、無理か。

 今胸は詰め物だし、男の体とバレるだろうから色々面倒そうだ。


「……少なくとも、今日は無理なのでやるとしてもまたの機会とさせてください」

「ありがとうございます。宜しくお願いします。写真を飾って良ければモデルということで、謝礼を差し上げますので……こちらにご連絡いただければと」


 そう言って名刺を差し出す受付の人。

 まあこれ、もしやるとしても私じゃなくてお姉ちゃんなんだろうなあ。

 あの時『発作』を起こさず、女性のまま夏休みまで終えていたら。

 それどころかそのまま男であることを辞めて、女である一生を選択していたのなら。


 自分でも無理だと分かっているのに、ついそんなことを考えてしまう。

 愛想笑いを浮かべつつ名刺を受け取り、そこを離れる。


 結局、2年後には婚礼衣装を一緒に纏うことになる私と雅明。

 ふたりともウェディングドレスを着ることになるとはこの時には……少し考えていたわけだけれども。

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