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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第六部:『姉』であり『弟』である日々 2011年4月~2012月11月
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2.初デート?

 鏡の中の美少女に向かって、笑顔とウィンク。

 世界で一番好きな顔と同じ面差し。自分でも見惚れてしまう。

 この一週間で貯まっていたストレスが浄化されていくのが分かる。


 営業用のスマイル、軽い笑い、謎めいた笑い、身内での笑い、笑いをこらえた表情、大笑い、苦笑い、照れ笑い。『笑顔』だけでも様々に。

 はにかみ顔、照れ顔、すまし顔、ツンとした顔、呆れ顔、誘惑顔……

 僕の意思通りにくるくると表情を変える、美しい少女。


 今着ている服にメイクが微妙に合っていないな……

 服を変えるか、メイクを変えるか。

 ちょっと考えて、明るめのリップグロスを当ててみる。

 うん、いい感じ。


「何、雅明?」


 そんなタイミングでドアが開いたので、鏡越しに声をかけてみる。

 ……返事がない。

 ちょっと悪戯心が湧いて、くるりと振り向いて上目遣いで見上げてみる。


「もしもーし。大丈夫ー?」


 立ち上がって近づき、目の前で手を振ってみたりもする。

 この“義理の兄”……今は『弟』か。彼と一緒に暮らし始めてはや1か月。

 『美人は3日飽きる』という期間の10倍が過ぎて、もう“瀬野悠里の”の顔に耐性がついていたと思っていたけれど、そうでもないのか。

 しばらくぼうっと()の顔を見つめたあと、漸く再起動し始める。


「……あ、ああ。いや大丈夫大丈夫」

「そう? 何か私、変なところあったりする?」

「いやいやいやいや」


 ぶんぶんと頭を振ってみたりもする。


「こんなに可愛かったっけ……?」

「あら、ありがと。たぶんメイクのおかげだと思うけどね」


 小声で呟いた独り言を拾って部屋から退出しようとする『弟』に、声をかける。

 『お姉ちゃんに勝った』という優越感。笑みがこぼれてしまって自分でも驚く。


「雅明、今日暇?」

「いや、特にすることは決まってないけど……」

「そっか。じゃあデートしよ」

「うん。………で、で、デート?!」

「そ。俊也とは昔よくやっていたし、一緒に外でお食事とか、買い物とか」

「ああ、そういう……」


____________



 今着ている服はカジュアル系。

 せっかくの初デートなのだし、ガーリッシュに変えてみるか、と考えてみるものの、着替える時間が勿体ないなと思いなおす。

 そうするとメイクの手直しも必要だし。

 鏡を覗き込んで、チークの色だけちょっと手直し。


 目立たないシンプルなイヤリングとネックレスを追加して、全身鏡で確認してみる。

 透け感のあるオフホワイトのブラウスにハイウエストのデニムスカートを合わせ、ダンガリーシャツを羽織った少女。

 上半身だけなら男性でも着そうな衣装だけど、ブラジャーに詰められたパッドで緩やかに盛り上がる胸、努力の積み重ねで作り上げた身体の曲線、姿勢や表情できちんと少女──それもかなりの美少女にきちんと見える。

 ぎりぎり下品にならないくらいの長さのスカートから覗く、すらりとした太腿・膝・ふくらはぎも合わせれば尚更に。


 あとは持っていくものを確認して、メイクとか入れ替えて……ああそうだ。お姉ちゃんに一応連絡入れないと、って。

 そんなタイミングで雅明が戻ってくる。


「あ、雅明、早かったのね……って」


 互いの姿を見て、2人同時に固まる。


「ちょっと待った。仮にも『瀬野悠里』と一緒に歩くのに、その恰好はないでしょ」

「……ええっ」

「まずは顔洗ってから寝癖を直してきなさい」


 『お洒落に気を使わない高校男子』というものは確かにそんなものだろうし、この人は外出する時もいつもこんな感じではある。

 でもこれで本気で『瀬野悠里』と並んで歩くつもりだったのか。

 洗面所に向けて去って行く姿を見送って、まずやるべきことは……お姉ちゃんへの報告か。

 iPhoneからLINEを起動し、メッセージだけ作る……


「……こんなんで良い?」

「もちろん失格。ああ、世話が焼ける」


 予想外に早いタイミングで戻ってくる雅明。少し慌てつつ見上げると……あんまり変わっていない姿がそこにあった。

 むむう。

 とりあえず文面中途半端な気もするけど送信だけしておいて、埒が明かないと半ば引きずって洗面所に移動する。

 温水で洗顔したあと、シャワーで軽く髪を洗う。


「……何をどうやったらあんな寝癖がつくのかな」

「ん?」

「細くて柔らかくて素直だし、よほど変なことしない限り寝癖つかないと思うし、ついてもすぐ直ると思うんだけど」

「あんまり気にしたことないから……」


 ドライヤーで乾かしつつ、髪を漉きながら、そんな会話。

 指ざわりが無茶苦茶良くて、指の中するすると躍る。手入れがいい加減なせいか痛んでいるのが勿体ない。

 うまく手入れしてやれば、大多数の女性から羨望を受けそうだ。

 校則の関係で黒く染めているという髪。今は根本から少しだけ色素の薄い地毛の色が覗いている。


「さて、次は箪笥見せて」

「ええっ? いやいいけど」


 あまり入る機会のない義兄の部屋に入る。

 この人が住み着く前とは完全に違う部屋の様子と匂いに戸惑いつつ、箪笥を漁る。


「お、いいのあるじゃない」


 とりあえずデニムジャケットを確保。

 自分が着ているダンガリーシャツとちょうどペアルックになりそうだ。

 白ブラウスとペアになりそうな白シャツも、と探してみたけど良さそうなものはなく、考えてみるとあまりに重複させすぎるのもあれだしとな、無地の白Tシャツで我慢する。

 あとはまあ、ボトムスは最初に着ていたジーンズで大丈夫か。


 『着替え終わったら私の部屋に来て』と言い残して、お姉ちゃんの部屋に移動。

 化粧台を漁り、メンズメイクの準備を整えたところで、雅明がやってくる。相変わらず早い。

 着こなしはいい加減極まりないけど、まあこのコーデならそれも問題ないか。


「じゃ、こっち座って」

「……何するつもり?」

「メンズメイク」

「ええ? 別にそんなことしないでも」

「その顔で、瀬野悠里様と一緒に出歩くという犯罪行為をさせるつもりはありませんから」

「なんだよ、それ……」


 ぶつくさ言いながら、それでも私の前の椅子に腰かけてくれる。


「雅明って化粧映えするタイプだからね。一度メイクしてみたかったんだ」

「女装でもさせるの?」

「したいの?」

「いやまさか」

「そっか、残念。女装したいときにはいつでも言いに来てね」

「いやいやいやいや」


 指先でそっと顎を辿る。

 髭が金髪で肌の色と似ているから目立ちにくいけど、思っていた以上に無精髭だらけだ。

 女性用の顔カミソリを当てて、そっと髭を手入れしていく。他人相手にこんなことをしたことないから慎重に、慎重に。

 髪同様に柔らかくて簡単に処理できるから助かった。


 緊張感が伝わったのか一言も会話を交わさずに髭剃りを終える。

 剃り終わったつるつるの顎を撫で、微妙な顔をしているのが妙におかしくて笑ってしまう。

 とたんに口元を押さえ、くるりと後ろをむく雅明。


「どうしたの?」

「……お姉ちゃん、それ、やば」

「んー。なんのことかなあ?」


 いや本当は分かっているんだ。

 “僕”だって至近距離でお姉ちゃんから笑顔を向けられたら同じような反応をするだろう。


「じゃあ雅明、目を瞑っていても良いから、もっかいこっち向いて」


 少し待ってかけた声に素直に従い、こちらに向き直る雅明。

 ……ふむ。

 まずは目の下の隈をなんとかするべきか。

 BBクリームで荒れた肌をカバーしたあと、目の下にコンシーラーを置くように塗る。


「凄い隈だけど、睡眠不足?」

「うん。3時までゲームやってたから……」

「呆れた。大丈夫? 受験生でしょ」

「大丈夫大丈夫。そんなに難しい大学受けないし」


 どうなのだろうこの人は。

 気を取り直してメンズメイクを施していく。

 お姉ちゃんが男装して瀬野俊也を演じる時のイメージをベースにして。


 男としてはやや小さめの顔。

 エラの張っていない丸顔で、顎も尖ってはいないが角ばってもいない。

 眉骨も出ておらず、鼻も大きくなく、鼻と唇の間も近い。

 もうちょっとのっぺりとしていたら女装に理想的な顔だったわけだけど、そこまで望むのは酷か。


「雅明って、やっぱり女装しやすい顔しているんだね。女装において障害になりやすい場所、全部クリアしている」

「お姉ちゃん、男を女装させるのが好きなの? 実は俊也も女装させたりしているの?」


 『今、あなたが見ているのがそうだよ』

 喉から出かかった言葉を押し止め、曖昧に笑う。


 鼻筋が通っていて、目鼻立ちのバランスも悪くない。

 二重瞼にするか少し悩んで、少し重たげな一重……じゃなかった奥二重を持ち上げてみる。

 瞳は綺麗な琥珀色で、黒目の部分のサイズが普通の人より微妙に大きい気がする。計る気はしないけど。

 寝不足のせいか微妙に充血している。これなら二重にしないほうがいいか。印象またガラッと変わりそうな気もするけど。


「……はい、完成」


 化粧映えする顔だとは思ってはいたけれども、想定以上だ。

 男性モデルのトップ層には及ばないものの、平均水準を上回る美形の男子がそこに居た。

 ……本当はもうちょっとワイルドな感じにしたつもりだったけど、生まれ持った童顔が微妙に強調されて、どっちかと言えば『可愛い』寄りに仕上がってしまった。

 まあ、これはこれで良いか。良いことにしよう。


「やっと終わった?」

「うん」

「長かった……」

「そうは言っても20分程度だよね? メイクとしては普通普通」

「女の人って大変なんだな……これを毎日とか」

「まあね。でも綺麗になれる快感ってあるから、半分趣味みたいなものだし」

「お姉ちゃんくらい美人なら、そりゃね……」

「まあ、それは良いとして、ほら自分で確認して」


 お姉ちゃんの部屋に置いてある全身鏡の前に立たせる。


「……なんか変くない?」

「どこかおかしいと思うところある?」

「いやなんというか……『これ、俺?』的な違和感がどうにも」

「それも雅明だよ。せっかく磨けば光るもの持っているんだから、磨かないと損じゃない?」

「いや、俺はいつものでいいや……」

「そっか、残念。でもまあ今日くらいはいいでしょ? 付き合ってよ」


 そう言いながら、鏡の前、2人並ぶように立つ。

 ファッション誌から抜け出したような、初々しい高校生美男美女カップルだ。

 特に『彼女』の美しさは群を抜いていて、改めて惚れ直してしまいそう。


 ちょっと大人びた『彼女』と、少し幼い感じの『彼氏』がアンバランスな感じがする。

 私の化粧を変えてみるか、と考えてしまうけれども、これはこれでおねショタぽい感じが良いか、と思い直してやめておくことにする。

 でも本当は2学年年下の“弟”である“僕”が『お姉ちゃん』役のおねショタとか、ねじれた関係だと少し面白い。


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