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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第六部:『姉』であり『弟』である日々 2011年4月~2012月11月
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1.新しい家族◆

「どう? おかしなとこない?」

「うん、どこも問題ないよ。すごく綺麗」


 鏡の前、ドレスの裾を翻してくるりと回る少女に言う。

 高校生らしく控えめな化粧をし、目立たないアクセサリーだけを身に付けた姿。

 少し背伸びをした若々しい美少女、という感じがよく出ている。


「そう? ありがとう。……俊也も着てみたい?」

「まあ、それはね」

「服、交換しようか?」

「今から? 時間もないし、混乱しそうだから、またの機会で」


 お姉ちゃんの纏う、シックな黒のドレス。

 シンプルなデザインが、優美な身体のラインを引き立てる。

 このドレスを着た美しいひとを抱きたい。そんな欲望が湧いてくるのを抑えるのに苦労する。


 そしてまた、この黒いドレスを着た自分の姿を夢想する。

 その上で、この人に抱かれて、ペニバンに貫かれる姿も。

 抱いたのはたった一度だったけれども、抱かれるのはもう何度もしてきたことだ。

 股間が反応しそうになる予兆を覚えて、笑みを浮かべてそれを鎮める。


「そう? ……まあ、またの機会に」


 同じく笑いを浮かべるこの人に、自分の心の動きが読まれていない気がしないけれども。



 お父さんにせかされて家を出たあと、呼んでいたタクシーで移動すること暫し。

 とあるホテルに到着する。

 待ち合わせの人はもうすぐ来るとのことなので、それまでの間ラウンジで待機。

 やっぱりお姉ちゃんは他の人の視線を惹き付けるよな、と改めて思う。


「ねえ、例の人ってどんな人?」

「先入観は持ってほしくないから、あえてノーコメント。君たちが感じるままに捉えて欲しいな。それを結論にするから」

「むー。せめて名前くらいは教えて?」

「それくらいなら良いか。ジュンコ──サカイジュンコさん」

「あっ、哲也さん、こんばんは。今日はよろしくお願いします」


 名前を呼ばれたから、というわけでもないだろうけれども、ちょうどそのタイミングで声を掛けられる。

 この人もお母さんと同じくEurasianだったりするのだろうか。

 全体的に色素が薄く、白い肌と灰色の瞳が印象的な、たぶん二十代後半くらいの女性だ。


 身に纏う落ち着いたワインレッドのドレスも良く似合う。

 つい注目してしまうけれども、生地も仕立てもセンスも良い衣装。

 ……真っ先に思うことが「僕も着てみたい」というのは、男としてどうなのだろうと思うけれども。


「あら? マサアキ君は来なかったのか。それともトイレかな?」

「ごめんなさいね。あの子ったら恥ずかしがって結局辞退で……こんな綺麗なお嬢さんがたに会えなかったと知ったら悔しがると思うけど」

「そっか。まあ、仕方がない。……紹介するね。こちらが悠里で、こちらが俊也」


 僕らの紹介に合わせて、軽く会釈をする。

 僕のところでちょっと驚いた表情を見せたのは、僕を女の子だと思っていたせいだろうか。

 今はタキシードを着ているのに。


「で、こちらが先ほど言ったジュンコさん」


 柔らかい笑みを浮かべながら折り目正しく会釈をする。


 ……それが、僕たちとの新しい母親になる女性との出会いだった。



 計画停電はひとまず終わったものの、自粛ムード・節電モードが続く中。

 以前来たときはプラネタリウムの星空のようだった地上の眺めも、今は光も疎ら。

 お客さんも僕たち以外には殆どおらず、半ば貸し切りのような状態だ。


 静寂を楽しむのも良いのだけれど、今日の趣旨とは離れてしまう。

 どう切り出したものかと少しだけ悩んでいるうちに、お姉ちゃんが先に口を開いた。


「ジュンコさん……と呼んでもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論」

「ではジュンコさん……私たちのこと、どのくらい教えてもらっていますか?」

「それが、全然。お子さんが2人いるというだけだったから。こんなに大きくて綺麗な子たちでびっくりしているところ」

「なるほど。私たちも同じで、ついさっき名前を初めて教えてもらったくらいです」

「そう。……一応の確認なんだけど、悠里さんが女の子で、俊也さんが男の子で良いのよね?」

「はい。見ての通りですね」

「ユーリーって確かスラヴ系の男性名だから、これで男だと言われたらどうしようかと思っちゃった。そうよね。こんな綺麗な男の人普通居ないものね」


 その言葉に、思わずお姉ちゃんと顔を見合わせて苦笑する。

 しまったやっぱり入れ替わりしておくべきだったか。


「ジュンコさんもお綺麗ですよ」

「こんなイケメンでおばちゃんを誘惑しないで。思わず『お義父さん、息子さんを私にください』って言いそうになっちゃった」


 これは皆も笑うしかない。

 この食事会の趣旨が変わってしまう。


 運ばれてきた料理を食べながら、話は続く。


「悠里さんと俊也さんってやっぱり双子なの?」

「いいえ。勘違いされることも多いんですが、私が18、俊也が16歳の2つ違いですね」

「そう……って悠里さん、マサアキと同じ年なんだ」

「えっ」


 流石に驚く。

 この人の息子さんだから、いいところ10歳くらいの子を想像していた。

 歳の離れた義弟が出来るのかと思っていたら、まさかの義兄なのか。


「俊也さん、今『この人何歳だろう?』と思ったでしょう」

「いえ、そんなことは……」

「実際に口にしないだけ紳士さんだな。まだ若いのに。……あなたたちのお父様と私、年齢ほとんど変わらないから」

「それは、全然見えないです。肌も本当に若いですし」

「まあお世辞でも嬉しい」

「お世辞だなんて、まったく」

「これこれ、俊也くんや。人の交際相手を口説こうとしないでくれまいか」

「顔だけじゃなくて性格まで本当イケメン。……お義父さん、やっぱり息子さんを私にいただけませんか」

「おかしい。僕の嫁の話をしに来たはずなのに、いつの間にか息子の嫁の話になってしまっている」


____________



 それからとんとん拍子に話が進み、5月の後半には無事入籍。

 6月半ばくらいにはうちに引っ越してくる形で純子義母さんと雅明義兄さんが同居することになった。



 で。


「ごめんください」

「ただいま、で良いのよ?」

「うわ、広っ……」


 引っ越し当日になって初めて出会う、雅明義兄さんのものだろう。

 これまで何度か聞いた純子義母さんの声に加えて、初めて聞く少年の声が届いてくる。


「おじゃましま……」


 少しのあと、落ち着いたワンピース姿の純子さんに続いて、リビングに繋がるドアをくぐる、初めて見る義兄。

 挨拶の言葉を中断させて、ぽかんとした顔で僕たち──というか、お姉ちゃんの顔を見つめている。


「ほら、雅明、ちゃんと挨拶しなさい。……ごめんなさいね」

「あ、いえ。慣れていますから」

「……慣れちゃうんだ。流石美人は違うなあ」


 今日はメイクも衣装も控えめだったから大丈夫かと思っていたのだけれども、そうでもないようだった。

 しばらく瞬きすらせずに凍り付いている。


「もしもーし。大丈夫ですかー?」

「……あっ、いえっ。大丈夫です」


 お姉ちゃんの呼びかけに、慌てたようにようやく再起動する。


「でもここまで派手なのは流石に久々かも」

「そうなんだ。……じゃあ、雅明くん、紹介するね。僕が君の義理の父親になる瀬野哲也。で」

「私がその娘の悠里です。雅明くんの誕生日はいつ?」

「あっ、その……12月1日です」

「ふーん。じゃあ私の3か月半分だけ姉になるのか。これからよろしくね。新しい弟さん」


 そう言ってお姉ちゃんがにっこりと微笑むと、また固まってしまう。

 これ本当に一緒に暮らしていけるのかな。まあすぐに慣れるとは思うけど。


 今の隙に、義兄を観察する。

 純子さんの息子さんだけあってわりと色白だけど、髪は黒い。眉毛も睫毛も茶色いし、たぶん髪だけ染めているのだろう。

 瞳の色はやっぱり色素が薄い。琥珀色というのが近そうだ。

 顔立ちは『イケメン』という分類とはちょっと違うけど、目鼻立ちは整っているほう。


 脚も結構長い部類で、あと5cmも身長が高ければ男性モデルもできただろう。

 まあ、それは本人のやる気次第だけど。

 ただ外見的には十分目を引くものがあるのに、全体で見るとごく平凡な感じという、少しちぐはぐした人物。

 それが「瀬野雅明」の、僕の最初の印象だった。



「お姉ちゃん、今フリーだよね?」

「恋人いるか、って意味? それならフリーじゃなかった時期って殆どないけどね。どうしたの?」


 その後なんだかんだで初対面の挨拶を終え、家の案内を軽く済ませる。

 引っ越し荷物の片づけの手伝いを申し出たけれども断られ、僕たち2人でお姉ちゃんの部屋に籠ってみる。


「あれ、確実にお姉ちゃんに惚れていたよね。告白されたらどうする?」

「受けるよ」

「あれ、意外にあっさり」

「まあ、告白するほど勇気があるなら受けてもいい、って話ではあるし、そもそも私の恋人になって長続きするかどうかのほうが問題だし」


 なるほど。

 告白を切り出す勇気が持てないというのは十分ある話だし、お姉ちゃんに(女装した僕にも)告白した人は多々いるけれども、確かに3か月以上交際を続けられた人も(少なくとも僕が知っている限りでは)存在しない。

 気まぐれなところの多いお姉ちゃんについていける男性はなかなかいないのだろう。

 一時期交際して別れた人と一つ屋根の下暮らすのは気まずそうだけど……お姉ちゃんなら気にしないか。


「女装……」

「んー。女装ねえ。確かに意外と似合うかもね」

「なんの話?」

「え? 雅明を女装させたいって話じゃないの?」

「いやいやいやいや。そっちじゃなくてさ。僕の女装はこれからどうしようかな、って」

「それは前話した時の通りで良いんじゃない? こちらからばらさないけど、無理にばれないようにはしないし、気付かれた時には打ち明けるで」

「それなんだけど、僕もう女装やめようかなって」

「俊也……。自分でもそれ不可能だって分かっているでしょ」

「そりゃまあ、そうなんだろうけど。でも希望くらいは持ってもいいじゃない」

「それはそれとして、雅明に女装が似合うかどうかって話だけど」

「最低だよこの人。新しい弟が出来たその日に女装させる話をしている」

「特に女顔って感じはしないけど、意外と女装させたら似合うタイプだと思わない?」

「……まあ、僕たちより化粧映えするタイプだから、実際やってみたら化けると思う。断言はできないけど」

「そっか。そこは同じ意見か」

「あと、手とか首とか、男ばれしやすいところが中性的なのはアドバンテージあると思う」

「さすが、女装のプロは見ているところが違う……」

「何その『女装のプロ』って」

「うふふふふ」

「まあ、とにかく本人が女装を嫌がっているのにさせたりしないでね?」

「どうしよっかなー」

「無理やり女装させないでね?」

「そこはまあ、私の彼氏になりたいというのなら、覚悟を決めてもらいましょう」


 酷い話であった。

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