3-4.たぶん、一生で一番濃密な一週間◆
合宿編だけのゲストキャラ
先生:吉川香里。演劇部顧問。そこそこ美人だが31歳独身。
高2:伊達涼子。中学からのクラスメイト。
中2:高峰舞美。身長147cm。半分マスコット的扱い。
「何か、ちょっと意外ですね」
「ん、何が?」
最後の夕食であるバーベキューの準備を皆でしながら、そんな会話。
今話しかけてきたのは高峰さん。
中学2年で、不参加者含めて演劇部では一番小柄。たぶん150cm切るくらいだろう。
小動物的な感じの可愛らしい子だ。
「いえ、瀬野先輩って何でもサクサクこなしそうなのに」
「つまり、私は料理が下手って言いたいの?」
「いやいやいやいや、そんなわけでは」
「良いのよ。自覚はしているから」
そう言って苦笑する。
お姉ちゃんもそうだけど、私たちは昔から家事が苦手だった。
家政婦の鈴木さんに一時特訓してもらったこともあるけど、結局身につかないまま匙を投げられたこともある。
化粧ならなんとかモノに出来たのに、この差はなんだろうか。
「悠里ちゃんの手って、観賞用だからね」
「何よそれ」
「いや分かります分かります」
「……まあ、『使用用』ではないのは確かだけど」
涼子ちゃんの言葉に苦笑しながら、少し手を掲げて指を開いたり閉じたりしてみる。
「やっぱり綺麗ですよねえ。本当に芸術品みたい」
もともとの素質が大きいことは確かだけど、本来はやっぱり男の手。
女性の手としてもかなり美麗な部類に入るお姉ちゃんの手に似せるために、かなりの苦労を積んでいる。
ごつくならないよう、研究して日常生活でも気を使って手入れして。
これが男の手と見破られることもなく、『美しい女性の手』だと思っている相手に素直に称賛され、思わず口角が上がる。
「マニキュアとかしてる?」
「いや、今はしてないかな」
「こんな綺麗なピンク色に光ってるのに、本当反則」
「手のひら小さいですよねえ……やっぱ、私のほうが大きいのかぁ」
そう言って高峰さんが手を重ね合わせてくる。
指先までの長さだけなら私が勝っているけど、掌だけなら一歳年下の女の子より微妙に小さい。
「私も私も」
「もう、脱線しすぎ。料理の手が止まっているよ?」
「むぅ」
お姉ちゃんと私の手。
見かけだけならさほど差がないけれども、感触まで一緒かまでは分からない。
たぶんお姉ちゃんとの手を触ったことのあるはずの涼子ちゃんに触られたら、そこでばれる可能性もある。
ちょっと無理やり目に言ってみたけど、誤魔化されてくれたようだ。皆でせっせと料理に戻る。
「瀬野先輩に聞いてみたいことが」
「ん? 何? スリーサイズなら言わないよ?」
「いや、そんなんじゃなくて」
私なんかよりよほど手際よく人参を切りながら、高峰さんがまた話しかけてくる。
「あのですね、何を食べたらそんな美人になれるのかって」
「うーん、普通、だと思うけどな? 野菜多めにバランスよく食べて、腹八分目に」
「なるほど!」
「あ、でも高峰さんはまだ成長期だし、『腹八分目だから~』と言って食べる量を減らしすぎないように注意してね」
「らじゃーっす」
「ちょっと意外」
「何が?」
「いや悠里ちゃんがそこまで親身になって説明してるの初めて見たかも」
「……どうかなー。高原の空気のせいかな?」
「なんか新鮮。いつもと違って親しみやすいかも」
「親しみやすい?」
「うわっ、眩しっ、キラキラオーラ全開やめて。親しみやすくないです。恐れ多いです」
「むぅ」
誤魔化せた……よね?
いつどこに地雷が埋まっているか分からない会話は、やっぱり辛いです。
「……きれいだねえ」
「うん」
夕食のバーベキューも終わり、今は買ってきた花火をやりながら涼む。
私は手にした線香花火のことを言っていると思ったけど、感じる視線を見るとそうでもないかもしれない。
今、4分の1くらいの人間が浴衣を着た状態。
かく言う私も濃紺地に白の朝顔の柄の浴衣姿。
花火じゃなくて、その浴衣に包まれた体のほうを見て『綺麗』と言われた気がする。
目をあげて確認する気にもなれないけど。
せっかく同じジャージで埋没出来ていたのに……
今朝、ジャージ姿で混じるときにはドキドキしていたのに、半日ですっかり馴れてしまっている自分に気が付いて内心苦笑する。
女性の中で過ごしてほぼ一週間。
男同士とは異なる点、男に見せる顔とは違う顔、思考原理の差に戸惑うことの多かったこと。
これまでも『女同士』で遊ぶ機会はあったけれども、こうも長時間密着して素のままで接していると、また別の側面に出会う。
内心驚いても、それを表に出すとそこで私が男とばれる可能性もあるから、平然としたふりをしないといけない。……気取られていない気がしないけれども。
少年の演技をしても少年と分かってもらえない外見で、それなりに女性になる練習や経験を積んできた自分。
男と見破られやすい手にしても、『美しい女性水準』にまで出来たし、もし疑われても胸を出せば『疑ってごめん。あなたが男なわけないよね』と逆に謝られる自信はある。
それでも匂いや思考を含め、どこかで見破れやしないかと不安になることだらけだ。
本当、男と疑われることなく、女性として生活している先人たちってどうしているのだろう。
常に気を使って、女性以上の女性を演じる生活。
名前も、立場も、学年も、性別すらも偽って、周囲を騙し続けながらその中に溶け込む数日間。
とはいえ、それにストレスを感じているわけでもない自分に驚く。
買い出しの時に実感した、男性からの視線のほうが圧倒的にストレスを覚えさせるものだった。
そういうもののない、この合宿生活のほうが楽に呼吸できている気がする。
いっそのこと、進学先に全寮制の女子高を選んでしまおうか。そんな誘惑に駆られるほどに。
線香花火が落ちたので、立ち上がって背を伸ばす。
花火でハイになった時にやることと言えば男子も女子も変わらないようで、両手にジェット花火を持ってぐるぐる回っている子が見える。
確かバレエをやっている人だったようで、回転ぶりがやたらと堂に入っているのが違うけれども。
何となくツボに入って、クスリと笑う。
「やっぱり瀬野先輩、絵になるなあ」
「浴衣が、ほんっとーに似合ってます」
「なんか美しく魅せるコツなんてあるんですか?」
お姉ちゃんからの事前情報では『あんまり関りがないから』と言われていた中等部2年の3人。
夕食の準備あたりから、ぐいぐいと接触しにくる。
この人間関係は合宿以降も継続するわけで、お姉ちゃんごめんなさい、と心の中で手を合わせる。
「うーん、こういう感じ?」
「ををっ」
「うわぁ」
「まさかまだ変身を残しておったとは……」
北海道旅行、白無垢を着た時の指導を思い出しながらポーズを取ると歓声が上がる。
何事かと振り向いた視線が集中して、少し恥ずかしい。
「……なんかこう、そそりますなあ」
「そうそう、わかりみ」
「ほの暗い夏の夜、紺色の浴衣、絶世の美少女、ほのかに羞恥心をたたえたあでやかな笑み……」
「そしてやぶ蚊」
「それは嫌ぁ」
「虫よけスプレーあれだけ念入りにしたのに、もう幾つも刺されちゃって」
きゃっきゃと華やかな笑い声があがり、話が流れていく。
その間にもおねだりされて、高峰さんたちにポーズの取り方を教えていく。
「これ……意外にきついんですねぇ。つりそう」
「まあ、慣れかな。和装は特に普段使わない筋肉使うしね。私も最初は筋肉痛に悩まされたし」
「先輩でもかー」
「そんなたゆまぬ努力がこの美しさを」
「先輩! どうやったらそんな風に『女の色香』を漂わせることが可能なんですか?! 処女には不可能なんですか?」
『女の色香』て。
「瀬野先輩、こうですか?」
「頭の上から糸で釣られている感じをイメージしてもっと背筋を伸ばして。……そうそう。そして、片足を少しだけ後ろに」
「おおっ、随分良くなったじゃん」
「でも瀬野先輩には全然及んでないな……」
「そりゃそうよ。指先の形とか、首の形とか、視線の置き方とか、呼吸の仕方とか、そんなところにまで気を配って初めてプロのモデルになれるんだから」
「はぇぇぇ」
「すごいっすー」
「といっても、私もまだまだ修行中だけどね。一流のモデルさんたっちて、本当に凄いから」
目を閉じて、北海道旅行での水瀬さんたちの姿を反芻する。
いつか自分も彼女たちのようになれるのだろうか。
夏休みの後も女性として生活して、女性ホルモンの投与も初めて、本格的にモデルの道を歩いて、彼女たちに肩を並べられるようになりたい、という誘惑に駆られる。
『女性としての夏休み』もようやく折り返し地点。
いつの間にかそれが自然になっている気もするし、そうでないような気もするし、自分でも良くわからない。
男子たちの間に同性として混じるのと、女子たちの間に同性に混じること。どちらが楽で自然かもう分からなくなってしまっている。
とはいえ、それはこの一週間一緒に過ごした相手が『良い人』ばかりで、いじめや嫉妬をさほど受けずに済んだからだ、ということもあるだろう。
実際に女性として生き始めたらもっとずっと大変だろうことは、お姉ちゃんの言葉の端々から理解させられている。
まあ、まだ時間は長いしゆっくりと考えれば良いか。
瞼を開けて、空を見上げる。
日もすっかり沈み、都会では見ることのできない満天の星々が瞬いている。
「やっぱ絵になるわー」「もう大女優感ある」
そんなことを言っている周りの子たちに微笑んで、再び女の子たちの輪の中に戻ることにした。




