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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
35/47

3-2.男だと認識してもらえない夏合宿

合宿編だけのゲストキャラ


高1:平久ななせ。身長が高くよく男性役をさせられている。

高1:江戸川妙子(妙ちゃん)。第四部2で直接会っている人。

高1:槇原千恵(千恵ちゃん)。ヒロイン役の小柄な美少女。合宿には不参加

 ぐるっと回ってエチュード2回目。

 今回のルールとして、


・くじ引きで引いた役はほかの演者にも見せない

・演技中、自分の役名を口にしてはいけない

・演技終了後に観客に役名を当ててもらう


 というのが追加される。

 さっきのでも結構大変だったのについていけるのだろうか?


 組み分けを行う最初のくじで引いたのはA組。一番初めか。

 続けて役割用のくじを引く。

 引いたものを見ると、『少年』。


 ……瀬野俊也という少年が瀬野愛里という少女を演じ、その瀬野愛里が瀬野悠里になりすまし、その瀬野悠里が『少年』という役を演じる。

 それもジャージ姿の少女たちの中、一人だけワンピースという女の子らしい衣装を纏った状態で。

 なんともはや混乱したシチュエーション。


 一瞬思考が止まりかけたけど、考えてみれば“瀬野俊也”の『素のまま』を演じれば良いのか。

 また演じやすいお題で助かったとほっとする。

 あまりに自然に少年を演じすぎてばれてしまう可能性も頭をよぎるけど、お姉ちゃんの少年演技を考えれば大丈夫だろう。たぶん。


 ほかの人の配役は──ってそうか。今回は見せてもらえないのか。

 たぶん『少女』役がいるのだろうから、その人を見つけて恋愛劇に持ち込めば良いのかな。

 そんな風に幾つかのパターンを脳内でシミュレートしながら、再度演技用のスペースに移動する。


「じゃあ、スタート」

「あー。ここですかな? 殺人現場というのは」

「はいっ。探偵さん」


 『警察官』か『探偵』か一瞬迷ったけれども、口調から探偵と当たりをつけて反応する。

 『してやったり』という表情を見ると正しかったのだろう。するとこれは探偵ものか? 『少年』であるところの自分は、探偵の助手とかそういう立場になるのだろうか。

 そうなると『探偵さん』を名前で呼ぶべきだったと後悔するけど、今更巻き戻せない。


「おや? 死体なんてどこにもないじゃないですか」

「えっ、そんな! さっきまでちゃんとあったのに! ねえ? あなたも見ていましたよね?」

「はい。さきほどすっと消えマシタ」

「死体が、消えた?」

「おや? 地球人は普通そうなるんじゃないですか?」

「ならないってば」


 思わず素で突っ込んでしまう。

 しかし『地球人は』、か。ということはこの子は『宇宙人』役なのかな。混沌な取り合わせだこと。


「ふむ……それはそれで興味深いとして、ではアナタ。そちらのアナタは、そうですね。いつから居ました?」

「いつから?」

「済みません、言い換えますね。殺人が行われる前、行われた後、死体が消えた後のどれから居ましたか」

「ええと……つ、ついさっきよ。探偵さんが来るちょっと前。死体があったことすら今知ったばかり」

「ふむ……では、逃げていく犯人の姿などは見ていませんか?」

「そういえばここに来るとき、何かキョロキョロ見回しながら去って行く人がいたけど……」

「ほほう。それはどんな人でしたか?」

「知らないわよ。私、人間族の見分けなんかつかないもの」


 この即興劇、自分の役を理解して貰わないといけないルールだったことを思い出したらしく──僕は大丈夫なのかな? 不安だ──これ見よがしに耳の上あたりをいじりながら、『人間族』という言葉を強調しながら返す最後の1人。

 『少年』『探偵』『宇宙人』……『エルフ』、かな?

 なるほど。エチュード1回目と違って、チーム単位でくじを作っているわけじゃなくて、全体でくじを作って混ぜて引かせている感じなのか。

 でもそうすると……


「ふむ……これは密室殺人ですね」


 と、突然何を言い出すのかこの『探偵』さんは。


「密室って、死体が消えたほうは問題ないんですか?」

「いや、エルフさんがいるなら、死体を見えなくするとか簡単に出来るでしょう」

「それが出来るなら、密室状態で人を殺して逃亡してまた戻ってくるのもできるんじゃ?」

「わっ、私じゃないわよ?!」


 その後、

 死体は魔王復活のために生贄に捧げられたという驚愕の事実()が発覚し、その魔王は宇宙人を依り代にして復活を果たし、それを勇者の血統を引く僕が覚醒して討伐完了、世に平和が訪れた──というところで10分の持ち時間が2秒ほどオーバーして終了。

 なんかもうグダグダで済みません、という感じだったけど受けていたからいいや(現実逃避)。


 演技終了後の役割当てで、


「探偵さん」「まあ正解にしとこう」

「魔王」「違う」

「宇宙人」「正解」

「エルフ」「正解」

「残り瀬野先輩か。なんだろ……分からない」「はい次」

「お姫様」「正反対」

「メイドさん」「そっちじゃない」


 結局、私の演じた『少年』だけ正解者なし。

 少年が少年を演じただけなのに分かってもらえない……なんとも理不尽な気分。

 まあ白いワンピにベリーロングの髪型がハンデになっていたのかもしれないけれど。


 『本当に自分は少年なのか?』

 席に戻り、B組の準備を待ちながら、室内にある鏡に視線を走らせる。

 まあ確かにちっとも少年には見えないけれども! 外見だけなら少女だけども! 自分が男であることを忘れていることも多いけれども!

 何か奇妙なモヤモヤを抱えつつ、エチュードは終わった。


____________



        <<平久ななせ視点>>


 昔から、人目を惹く存在だった。


 初めて目にしたのは、中等部入学式の日。

 腰まで届く長い髪が印象的な、1学年上の先輩。

 よく手入れされた日本人形のような黒髪と、幼さを残しつつ整った西洋人形のような面差しをした人。

 私たちの学年でも時折話題に出ることもあり、『瀬野先輩』という名前もその頃知った。


 時折通りすがりに見かけるくらいで、でも接点がなくて。

 そんな人が、高等部進学をきっかけに演劇部に入ってきたときは、だから本当に驚いたものだった。

 『演劇部で一番の美少女』の座をあっさりと奪われた千恵ちゃんが少し荒れていたことを思い出す。

 髪をばっさりカットしていて、最初誰か分からなかったことと、あの黒曜石のようなきれいな髪を間近で見れずに残念に思ったことも。


 後輩が別荘を貸してくれるということで、お試し的に学校以外で行うことになった、その演劇部の夏合宿。

 もともと参加予定だった瀬野先輩は、熱を出してお休みという連絡があって、少し残念に思っていたら、わざわざ途中から参加してくれて。

 で、2日目の昼に現れた先輩は、いつも以上に美人だった。


 懐かしい記憶にある通りの黒のロングストレートヘアに、白のワンピースというスタイル。

 うっすらと施された化粧も相まって、いつもと印象が違いすぎる。

 ほかの子たちも同じ印象を受けたらしく、食事のときもほとんど全員の注目を受けていたっけ。

 さっきのエチュードで目の前でやられた『妹姫』役とか、鼻血ものの凶悪さだった。


 んで、その演劇部合宿2日目午後の部。

 中等部組と高等部組に分かれて、秋の演劇の練習の時間である。

 といってもこの合宿はメンバーの3分の1くらいが参加してないから、出番がかぶっていない人が代役をしつつ進める感じ。

 特に主役のヒロイン役である千恵ちゃんが不参加なのがつらい。


 で。


(うわ、ちっちぇー)


 その千恵ちゃんの代役を押し付けられた、瀬野先輩と向き合わせになって立って、改めて思う。

 背丈は私とほとんど変わらないのに、なんだろうこのスモール感は。


 同級生から『顔ちっちゃい』『きれい』『かわいい』と褒められることのある千恵ちゃんよりも、さらに一回りか二回り小さくて整いまくった顔。

 大きくむき出しになった、狭くて薄い肩。シミ一つない、きめ細やかな肌。

 ワンピースの肩の部分と、白いブラのひもがそれを飾る。

 枝毛などない絹糸のような黒髪との対比がまたすごい。


 そんななんとも清楚かつセクシーな存在が、腕を伸ばせば届く距離にいるのだ。

 軽く伏せられた長い睫毛、毛穴の存在を微塵も感じさせないきめ細やかな頬。

 なんの種類かは知らないけど、たぶんフローラル系の香水の良い香りが漂ってきて、さらに心拍数を高めてくれる。


 これまでの練習で何度も聞いて半分頭に入っているのだろう。

 右手に持った台本に時折目を走らせる程度で、ヒロイン役をこなしていく瀬野先輩。

 彼女の恋人の少年役である私には、あまりに刺激が強すぎる。


「悠里ちゃん、せっかくだからもっと感情こめてー」


 そんな私の内心を気付かぬ先輩方が、無責任にアドバイスしてくる。

 いや代役の台本読み合わせだからどうでも良いのでは、今『愛してる!』とドストレートに表明するシーンなんだから、それ感情こめて演じられたら私の心臓持たないかも、とか思うのだけれども、言葉にできない。


「瀬野さん、好きな人を思い浮かべながら演じてみて」


 と、そんな先輩のアドバイスが届いたのか。

 少し考え込んでいた様子の瀬野先輩の印象ががらっと変わる。

 表情、ポーズ、仕草。そして何より瞳の輝き。

 さっきまでと同一人物だと思えない。


「……好きだっ。君のことが大好きなんだっ」


 気を取り直して、何度目かになる自分の役のセリフを繰り返す。

 その言葉に、満面の笑みを浮かべて目を潤ませる先輩。

 そして、柔らかそうな唇をゆっくりと動かしてセリフを返す。


「うれしい、です。ありがとう。……あたしも、大好きです」


 その言葉に、頭が完全に空白になる。

 どれだけの時間静止していたのだろう。

 しばらくして、ようやく頭が動き出す。

 呼吸も思考も完全に停止させてしまうほど、輝きに満ちあふれた存在。

 さっきまでもきれいだきれいだと思っていたけど、それとすら段違いにきらめいている。


 いつもは『カッコいい女性』という感じの瀬野先輩が、今私の目の前ですっかり『恋する乙女』に変化している。

 自分はレズではないと思っていたけど、これは惚れてしまいそう。

 白いワンピースがちょうどウェディングドレスのようだ。


「……あ」

「ちょっと、ななちゃん?!」



「……いやあ、『興奮して鼻血が出る』ってリアルにあるもんなんだねえ」


 私が鼻血を出したので、一時練習は中断。

 皆さんご迷惑をおかけして申し訳ありません。


「そういえば瀬野先輩、さっき『好きな人』って言われて、具体的な誰かを思い浮かべましたよね?」

「えっと、」

「ああ、やっぱり居るんだ」

「ノーコメントで」

瀬野先輩(・・・・)、さっきの『貸し』を使用します」

「えぇーー……まあ、それじゃ」


 困った表情を浮かべながら、妙ちゃんに耳打ちする瀬野先輩。

 しかし『貸し』ってなんだ。いつの間にそんなものを作ったのか。


「ああ、なるほど」

「えっ、誰?」

「私ら知っている人?!」


 ありそうでなかった瀬野先輩の彼氏の話に、年頃のお嬢さんがたが色めきだつ。

 私も一応『年頃のお嬢さん』の端くれである身として、耳に意識を傾けざるを得ない。


「うん、まあ知っているといえば確かに良く知っている人」

「江戸川さん、そこまでの貸しじゃないと思うんだけど」

「え? ばらして良いんですか?」

「えぇと、それは……はい」


 これだけ隙の多い瀬野先輩とか、初めて見た気がする。

 病み上がりのせいか、合宿のせいか、気が緩んでいるのか。

 普段と違って妙に可愛いし。


「瀬野先輩にばらされて困る秘密があるのか……」

「どんな秘密?」

「実は男の娘とか?」

「どこから出てきたそんな変なアイデア」

「それだけはありえんッ!」

「瀬野さんが実は男なら、あたしら何なのよ」

「……いかん、総突っ込みだ」

「で、本当のところはどうなの?」

「いや秘密は秘密ですので、そっちは守秘します」


 グダグダになって結局流れてしまったけど、瀬野先輩の秘密に恋人か……しかも、あれだけ惚れているような。

 どんな男なのかマジ知りたい。

 あとで妙ちゃんに聞いたらこっそり教えてもらえたりしないかな?

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