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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
34/47

3-1.避暑地のご令嬢(♂)

合宿編だけのゲストキャラ


先生:吉川香里。演劇部顧問。そこそこ美人だが31歳独身。

高2:堀畑加絵。現部長。

高2:伊達涼子。中学からのクラスメイト。

高1:平久ななせ。身長が高くよく男性役をさせられている。

高1:江戸川妙子。第四部2で直接会っている人。

「ふぅ」


 昼前の駅口、蝉しぐれの中ため息をつく。

 吹いてきた風にたなびく髪を押さえつつ、あたりを見回す。

 周囲の視線が痛い。この恰好で行くことを命令したお姉ちゃんをつい恨んでしまいたくなる。

 昨日まで居た札幌と比べても気温が高くないのは救いではあるのだけれど。もしそうでなければ頭が蒸れて大変だっただろう。


 同じく周囲を見回していた女性と視線が合う。ちょっと緩めのパンツスタイルで、見た感じ30前後の割合美人な人だ。

 確か『演劇部の顧問の先生』の写真にあったのと一致する顔。


「先生、済みません」


 軽く手を振って歩み寄ると、少し驚いた表情をしたあと、片手を軽く挙げて答えてくれる。

 良かった、人違いじゃなくて。


「あ、ああ。瀬野か。びっくりした。んじゃ乗って」


 言われるままに、大きなワゴンの助手席に乗り込んでシートベルトを締める。


「瀬野、熱は引いたのか?」

「まあ、だいたいは。でもまだ本調子じゃないので、ランニングとかの参加は無理ですね」

「……オーライ。分かった。じゃあ行くよ」


 今のところ、事前に想定していた問答でなんとかなっているけど、いつボロが出るか気が気でない。

 漫画や小説のような『入れ替わり』はやっぱり無理なんじゃあ、と心細くなる私を乗せて、車は走る。



 昨日の夜、札幌からくたくたになって帰ってきた私に下されたお姉ちゃんからの命令、『やっぱり私の代わりに合宿に参加して』。

 抵抗空しく言いくるめられて、先ほど合宿先まで到着したところだ。

 3泊4日の演劇部合宿の1日目を消化したあとの、2日目昼からの合流。

 来るまでの間に写真を見て部員の顔とプロフィールと簡単な対応方法を頭に叩き込んだけれども、どこまで通用するものか。不安しかない。


「しかし瀬野、なんかいつもと雰囲気変わってないか?」

「そうですか? この恰好のせいですかね?」


 『早くもばれたかな?』とぎくりとする内心を押し隠しつつ、半ばごまかすために自分の姿を見下ろしてみる。

 ほとんどマキシ丈の白いワンピース。頭には超ロングのウィッグをかぶり、屋外ではつばの大きな帽子を被った『避暑地のお嬢様スタイル』だ。

 どこにこんなお嬢様が存在するのかは知らないけれど。

 おかげでここに来る最中、終始視線を浴び続けて大変だった。駅でもすさまじく浮いていたし。


「どうだろ? それだけじゃないと思うけど……それにしても瀬野、また凄い恰好で来たな」

「ああ、これですか。割と後悔しているところです」

「いや、似合っていて良いんじゃないか?」


____________



「ほい、到着」

「ありがとうございました」


(な、なんとかばれずに済んだ……のかな?)


 適当に会話をしつつ、町中を抜けてとある別荘の前に到着。

 なんでも今年は、後輩所有のこの別荘で合宿を行うのだという。

 中高一貫女子校の演劇部。全部員のうち半分以上が参加しているらしい合宿。

 中等部1年から高等部3年までの女子ばかり十数人が寝起きする中、残り2泊3日分をその一員として過ごす。しかも『瀬野悠里』として。


 まあ3泊4日の札幌旅行は無事切り抜けられたのだ。

 なんとかなるはず……なればいいな。

 札幌旅行のほうではあっさり私が瀬野悠里ではないことが見抜かれたり、男ではないかと疑われたりしていたけど、それは気にしないようにして。


 「お邪魔します」と頭を下げ、先生の後に従って廊下を歩くと、前方から賑やかな声とカレーの匂いが届いてくる。


「おう。ただいま。瀬野連れてきたぞ」

「お疲れ様です。ありがとうございます。瀬野さん、大丈夫?」

「ええ。途中からになって済みません」

「……え、どちらさま?


 ジャージ姿で食事の準備をしていた女子集団に頭を下げて挨拶するも、なんだか戸惑われている感じしかしない。


「悠里ちゃん、そのヘアスタイル懐かしいなあ」

「ええっ、ひょっとして瀬野さん?」

「ええ。そうですが」

「いやどこの女優連れてきたのかと。なんかいつもと違いすぎない?」


 「そんなに違うかな?」と呟きつつ、身をよじって確認する。

 なるほど、ここであえて『いつもと違う恰好』で登場することで、『違和感を持って当たり前』にすることで、逆に『小さな違和感』を感じさせないようにする作戦だったのか。

 ……って本当か?


「悠里ちゃん、中学時代はこんな髪型だったもんねえ。それウィッグ?」

「もちろん」


 今話しかけてきたのは伊達涼子さん──涼子ちゃん。うん、ちゃんと顔と名前が一致した。

 中学時代から何度か同じクラスになった人で、演劇部内では名前で呼び合う唯一の人だ。つまり、一番の要注意人物ということでもある。


「綺麗なウィッグだねえ。それ人毛?」

「うん、一応」


 手櫛で撫でるとするりと抜ける。

 男装の邪魔だからと高校入学前にお姉ちゃんが切った髪で作ったウィッグだ。今は割と涼しいから良いけど、腰までの長さがあるから重いし暑いし蒸れる。

 ちなみに今話しかけてきたのは堀畑部長か。高校2年でお姉ちゃんと同学年、ただし同じクラスになったことはない、と。うん、ちゃんと思い出せている。

 見回してみても、写真で覚えた顔と名前が一致していない人はいない。


 『溜まっていた疲れが一気に出たみたい』

 『医者からもらった薬を飲んでぐっすり寝たからもう大丈夫』

 『でも本調子じゃないから、トレーニングは基本見学で』

 『インフルエンザじゃなかったみたい』

 『心配かけてごめんなさい』


 と設定(・・)を説明して、この合宿のこれまでについて少し聞いたくらいに、昼食の準備が整う。

 私も席について、皆と一緒に「頂きます」の挨拶をする。

 ……私以外の全員がパンツスタイルやジャージ姿なのに、自分だけワンピースなのが少し落ち着かないけど。

 私が瀬野悠里じゃないことがばれないように、“瀬野悠里”の姿や札幌旅行で一緒したモデルさんたちの姿をイメージしつつ、スプーンを運ぶ。


「……?」


 ふと気が付くと、皆の視線が私に集中している。


「どうかしたかな?」

「いやどうもこうも。瀬野さんってこんなに美人だった?」

「なんかもうこう、オーラが眩しすぎて」

「『お嬢様らしい』ってこういうことなんだなあ、って。うちらお嬢様失格どころか蕪や大根並みじゃねえかという自覚がががが」

「良くわからないな……ウィッグと服とメイクの影響かな」

「そう、その仕草がもう……」

「いや前にお嬢様役やった時、『綺麗だなあ』とは思ったけど、さすがにここまで破壊力なかった……よね?」

「自覚がないから分からないけど、むう。……モデルやっているからその影響かな?」

「それか」

「なるほど」


 やりすぎだったみたいでヒヤリとしたけれども、なんとか誤魔化せたのかな?

 今後もこの方針でごり押ししよう。あとで、お姉ちゃんが大変になるかもだが、そこまで気にしていられない。

 あそこで首をひねったのは、前に直接会ったことのある江戸川さんか。彼女には気付かれただろうか。

 十数人の女子の中、一番『女らしく』あるよう演じ続けながら、とりあえず食事を済ませた。



 食事をして、後片付けも終わって皆で小休止している最中、


「あの、瀬野先輩」


 と江戸川さんから呼び止められる。

 (予想より早かったな……)と内心思いつつ、人気(ひとけ)のない場所に移動するようお願いする。

 素直に従ってくれた時点で、すでに半分勝利確定とかほっと安堵。あっさり皆にばらすつもりはないということなのだから。

 他に声が漏れないように顔を近づけると、女の子の良い匂いが漂ってくる。


(何かな? 皆の前では話せない話?)

(えと、瀬野悠里先輩じゃなくて愛里さんですよね?)


 ふむ。

 まだ確信を持てなくて鎌をかけている状態か。すっとぼければ誤魔化せる状態とみた。

 でも疑われてあれこれされるより、素直に言って味方にしたほうが良いだろう。幾つか考えていた返答のうち一つをそのまま口にする。


(うん、良く分かったね。お久しぶり)

(やっぱり。……その、瀬野せんぱ……悠里先輩ってそんなに具合悪いんですか?)

(ああ、新型インフルだって。もう熱は引いていてほとんど健康体だけど、ウィルスがまだ残っているからって自宅待機中)

(なるほど、良かったです)

(まあ、そんなわけでこの合宿の間、悠里お姉ちゃんのふりをしているから、ごめん、皆を騙すのを手伝ってくれないかな)

(だま……分かりました。貸し一つですね)

(うん、その貸しはお姉ちゃんから取り立てるようにお願いね)


____________



 さて、そんな一幕を挟んだ休憩のあと。


「では、これからエチュードを始めます」


 と部長さんからの宣言が入る。

 エチュード、即興劇。場所や場面、人物の性格etc.だけを設定しておいて、あとは役者がその設定に演じるアドリブ劇。

 お姉ちゃんから予め聞いておいて良かった。


 さらに部長さんから今回の『特別ルール』が入る。


・最初のくじで決めた3~4人の4組に分かれて、持ち番直前に引いたくじで決めた役を演じる

・持ち時間は10分間。そのあと、見ていた人が『良いところ』を褒める

・2セットを予定


 最初のくじを引いて、私はC組。3番目か。

 演技順が1番目だとやり方が分からないから、これはありがたい。


 A組の演技が始まる。

 アドリブだけで演じられる即興劇。この組には最高学年の前部長さんがいることもあり、なかなか演技力も伴っていて楽しめる。

 10分があっという間に過ぎて、見終わったあと感想を求められて、ちょっと焦ってしまったりもしたけれど。


 次の組は最年少の新入部員の入った組。

 とちって焦っているところを皆でフォローして、見ていて微笑ましいという感想と、上手いなという感想と。


 ぶっつけ本番で誰かを演じる即興劇。

 たぶんこのエチュードの経験を豊富に持っているだろうお姉ちゃんの真似を、自分ができるかどうか。

 ……あ、でも考えてみれば、これまで散々重ねてきた『お姉ちゃんの真似』が『誰かを演じる即興劇』そのものなのか。

 そう考えると、大丈夫な気がしてくる。うん、大丈夫だと良いな。大丈夫だと思うことにしよう。


 私たちの番。

 ほかの皆と同じジャージに着替えようとしたら、『せっかくだからそのままでいて』とストップされた状態。

 ジャージ姿の3人と白ワンピースのままの姿の自分が並んでくじを引く。目立ってしかたがないのはどうにかならないか。


 それをともかく、引いた私のくじは『妹姫』。

 他の3人を見せてもらうと、配役は『姉姫』、『メイド』、『訪問客』。

 ふむ……


 北海道で着せてもらった18世紀貴族のドレスと、それを纏った自分を思い出す。

 あの時は驚くくらい評判が良かったし、それでなんとかなるかもしれない。

 演技用のスペースに移動して、意識を切り替える。

 あのドレスの肌触りと重みを、体の上に再現するように。


「わぁ……」

「すごっ」


 良くわからない歓声を受けながら、『姉姫』役の人と並んで演じる場所に立つ。

 平久ななせさん、高等部1年生。私より少し背の高い女の子で、よく男役を演じているという人物。

 中等部1年から演劇部だから、高等部1年から演劇部に入って今高等部2年である『瀬野悠里』から見れば、部活的には『先輩』にあたる。


 男役のためにベリーショートにしているから、平久さんのほうが髪は短い。今は私がベリーロングのウィッグを被っているからなおさらだ。

 胸も今は私のほうが微妙に大きいくらいだし、服もジャージとワンピースだし、視線もちょっと見上げる感じだし、何か妙な気分。


「では、開始」

「セーラ?」


 スタートの合図のすぐあと、その平久さんから呼びかけられる。

 この部のエチュードのルールでは「役名」「役の詳細」は先に言ったもの勝ちぽいから、この劇での私の名前は『セーラ』になったのか。


「はいっ、お姉さま」


 この次は何を言われるのだろう? そんなこと考えつつ、笑顔を浮かべて『お姉さま』に向き直り、返事をする。

 ……って。


「……っ、ごめん、私、もう無理……」


 いきなり顔を両手で覆ってしゃがみ込む平久さん。

 これは演技なのか、それとも本当に何か体が悪いのか? 一瞬判断に悩むけど、演技開始前は特に異常なさそうだったし、とりあえずはエチュードを続けることに注力しよう。


「お姉さま、どうされました? ……アンナ、お医者様を呼んできて?」

「……あっ、はい。ただいま」


 『お姉さま』に駆け寄って、彼女の背中を押さえながら、振り返って『メイド』にそう言うと、ちょっと戸惑ったあと『訪問客』を呼びに行く。

 良かった意を汲んでくれた。

 『アンナ』という名前になった『メイド』役の子が、『訪問してきた医者』役になった『訪問客』の子を呼んでできて、『お姉さま』の様子を見てもらう。

 2人はどんな役にするか内心決めていただろうに、アドリブ押し付けてごめんなさい。


 ベッドに見立てたソファーで横になる平久さんにこっそり聞いてみると、本当に体調を崩したわけではないようでほっと安心。

 『もともと病気がちだった姉を看病する妹』の役を演じて、短いようで長い10分をなんとか乗り切った時には疲労困憊する思いだった。

 ……それでも撮影に比べれば随分楽だな、と思うあたり、多少は鍛えられたのかもしれないけれど。


「そのっ、済みませんっ」

「平久さん、お疲れー」

「いや平久さん悪くない。むしろ頑張った」

「先輩っ、大丈夫ですか?」


 その後の感想でも、必至にカバーした私たち3人より、ほとんど喋りもしなかった平井さんを褒める声が多くてちょっと理不尽。


「悠里ちゃん、ひょっとして自覚なし?」

「そのキラキラ、破壊力が強すぎるからもうちょっと抑えられない?」


 D組の演技のためにもとの場所に戻るなり、涼子ちゃんたちにそんなことを言われてしまうし。


「いや別に意識して出しているわけじゃないからそんなこと言われても……まあ、頑張ってみる」


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