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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
33/47

2-7.プリンセスのように

札幌旅行編だけのゲストキャラのモデル3人。


本宮景子:身長172cm、テレビにも頻繁に登場する有名モデル。オーラが凄い。『瀬野悠里』に対しては正直あまり興味を持っていない。

水瀬麗:身長169cm、技術的には一番だがスタイル的に恵まれていない。自制する余裕はあるが、『瀬野悠里』をわりと敵視している。

平井ルシア:身長175cm、スタイルと容姿に恵まれたハーフの美人モデルさん。『瀬野悠里』好意を持っている

 数時間の撮影後、浜辺で遊びに興じるスタッフさんたちに手を振って見送られつつ、再びバンに乗って移動開始。

 待つほどもなく目的地付近の駐車場についてぞろぞろと歩く。


「はい、ここが次の目的地」

「へえ。綺麗な建物ねえ」

「なんか銀行っぽい」

「それ思ったわ」


 看板を見るとヴェネチアをイメージした建物なのか。

 曇った広い空や、夏なのに少し肌寒い乾燥した空気も相まって少し懐かしい感じがしたけれど、昔行ったタンペレとヴェネチアだとヨーロッパ大陸を挟んでほとんど反対側だ。


「あっ、お待ちしておりました」


 皆で建物の中に入ると、受付にいたスーツ姿のお姉さんが立ち上がりこちらに寄って来る。

 案内されるまま一行で移動し、4階事務所で少し歓待を受ける。


 『若くて美しい女性たち』(一人パチモン含む)に囲まれて、ちょっと張り切った様子でこの美術館の説明を長々とする館長さん。

 まあ雑誌の都合で決まっただけで、特にこの美術館そのものに興味があってきたわけでもないのだから、そこら辺は手短にまとめて欲しいなあ、と内心思いつつ、にこやかな笑顔を作りながら耳を傾ける。

 とは言え説明された内容はそこまで退屈な話ではなかった。

 好奇心を隠せない様子でチラリチラリと、あるいはあからさまこちらを見る事務員さんたちの視線に見送られつつ、階下に移動。


 この美術館では、18世紀イタリア貴族の衣装に着替えて写真を撮るサービスをやっているとのこと。

 せっかくこの夏なのだからドレスを着てみたいとは思いつつ、良い機会を作れなかったけれども、こういう形で実現したか。

 本職3人のおまけという形で、私もついでのようにコスプレ開始させられる。


 女性スタッフさんたちに囲まれた状態で、ブラジャーまで脱いで胸を開放する。


「苦しかったら言ってくださいね」

「はい」


 そんな風に声をかけられたから気を引き締めていたけれど、特に何事もなくコルセットの着用終わり。


「最後まで締めましたが……あの、苦しくないですか?」

「全然そんなことはないですね」

「すっごーい」


 本当に中世近世の貴族女性たちが使っていたようなものならきつかったかもしれないけれど、観光客用の緩いコルセットだ。

 特に苦しい感じもしないしむしろ物足りないくらい。

 ……お姉ちゃんのスタイルに合わせるために、コルセットとかを使って体形を調整していなかったら着用はかなり厳しかったとは思うけれど。

 パッドも詰められて押し上げられ、くっきりとした谷間を作るようになった目下の白い膨らみのほうがむしろ気になるくらい。


 大丈夫かな? 中に詰めたヒアルロン酸がおかしなところに移動したり、もとに戻らないようになったりしないかな?

 これまでそんな事故は起きていないから問題ないとは思うけれど、不安だ。

 とはいえ今更どうしようもない。

 大人しくパニエも装着し、事前に選んでおいたドレスを着せてもらう。


 ロココ時代のヨーロッパのドレス。

 ピンクのものを勧められたけど、私は本職モデルさんたちのついでの添え物なのだ。ベージュと茶色の中間のような、大人しい色合いのドレスを選択した。

 本格的なものなら着るたびに布を縫ったりして脱ぎ着が大変だったと読んだ記憶があるけれど、さすがにそこら辺は簡略化されていて、5分くらいで装着は終わる。


「うわっ、すっごーい」

「マジお姫様みたい」

「悠里ちゃん、こっち来て。化粧しなおすから」

「あっ、はい」


 自分の姿に興味はあるけれど、鏡に視線を走らせる余裕もなくメイクさんのところに行く。

 動きにくいのは確かだけれど、思ったほどではない。昔はこんなドレスを着てダンスとかしていたのだから当然なのか。

 足を動かすたびにスカートが大きく揺れて、慣れるのは大変そうだけど。


「悠里ちゃん、気合いれてメイクしなおしていい?」

「えっ、あっ、はいっ」


 いきなり真剣な表情でそんなことを言われて気圧される。

 なぜ準備していたのか分からないカラコンに付け替えさせられ、『ここまでやらなくていいんじゃ?』と内心思いつつ、自分の顔が書き換えられていくのをひたすら待つ。

 きちんとしたメイクルームで、変わっていく自分の姿を観察できれば良いのだけれど、ここでは鏡を見ることもできないから、今自分がどんな状態か不安になってくる。

 最後は金髪のウィッグをつけ、細かいアクセサリを調整して完成である。


「ここまでやる必要あったんでしょうか?」

「うん、あった」


 自信満々に言い切るメイクさんに気圧されつつ、ようやく鏡で自分の姿を確認する。


「……」


 少しの間、呼吸と瞬きを忘れる。

 『一目惚れ』、なのだと思う。そのとき感じたその衝撃を言葉にするならば。

 毎日鏡やお姉ちゃんで見慣れたはずの自分の顔。それが衣装やメイク、ウィッグのためか大きく印象が変わってしまっている。

 自分ではない自分。そんな感じか。


 パニエで大きく膨らんだバルーンスカート。布で作られた造花とレース飾りがそれをふんだんに彩る。

 大きな下半身と対比するように上半身は小さい。華奢な体躯を包む、こちらも造花とレースが飾るボディ部分。

 薄い肩から細い腕がすんなりと伸び、大きく膨らんだパコダスリーブの袖口から、小さな可憐な手が覗いている。左手首に巻かれた花飾りがアクセント。

 大きく開いた胸元からは豊かな2つの膨らみと、滑らかすぎるほどに滑らかな肌とが光り輝いて見える。


 細く長い頸はなだらかな曲線を描き、逆三角形の小さな頭を支えている。

 柔らかな光沢を持つ金色の髪型がそれを縁取る。ヘアスタイルはロココ時代にあったような派手なものも覚悟していたけどごく控えめな感じで、慎ましやかな縦ロールが2つ両肩に軽くかかっている。

 取り付けた長く濃い付け睫毛が強調する大きな目。淡い水色の瞳がその中でキラキラと輝く。

 ヴェネチア貴族のコスプレなら瞳は黒いままのほうが良いのでは、と思ったりもするけれど、プラチナブロンドのウィッグと相まって非常に似合って見える。


 フィンランドに行った時に僕たち姉弟が散々似ていると言われた母方の曾祖母。彼女もこんな感じだったのだろうか。

 『目立たないように』と選んだつもりのベージュのドレスが、まるで金色に光を放っているような、それはそんな完璧な美しい少女の姿だった。


「本当、綺麗……」

「すごいねー」

「ビスクドールみたい」


 お姉ちゃんによく似た美しい少女。僕が惚れないわけがない。

 こわばっていた表情筋を意識して緩めて彼女に微笑みを送ると、一面花が咲き乱れるような、可憐な、あでやかな笑みを返してくれる。

 それだけできゃあきゃあと盛り上がる周囲。


「じゃあ、撮影に入らせてもらっていいかな?」

「あっ、はい。すみません」


 もっと魅入っていたかったけれども、無理やり視線を引きはがしてメイクさんの先導に従う。

 ……そういえばメイクさん、ずっと私だけにつきっきりだったけど、ほかの3人は大丈夫だったんだろうか?

 それはそうと、ドレス姿のまま撮影中の場所に移動。いくつか部屋を巡りつつ、ゴンドラの置かれている大きな部屋で合流する。


「うわっ、かわいー」

「中世ヨーロッパのお姫さまだあ」

「ベルばらみたい」


 ほかの観光客もいる撮影現場。私に向かって一斉に視線が注がれる。

 足を引き、スカートを持ち上げ、背筋を伸ばしたまま頭を下げつつ、「お待たせしました」と挨拶をすると、より一層大きな反響が。

 『ベルサイユのばら』は確かフランス革命前夜、18世紀末のフランスの話だから、18世紀イタリアとは近いと言えば近いのか。時代的に近世だから中世ヨーロッパではないけれど。


「……悠里ちゃん、だよね?」

「あっ、はい」


 声をかけられたので平井さんに向き直して返事する。

 さすがハーフのモデルさんだ。赤いドレス姿が私以上によく似合っている。


「わぁっ、ヤバい。綺麗。本当似合いすぎ。こりゃ王子様も求婚したくなるわ」

「でしょー。この子21世紀に生まれて良かったわ。18世紀だったら悠里ちゃん目当てで戦争起きてた」


 いったいそれはどういう表現なのやら。


 しばらく水瀬さんの撮影を見学したのち、私の撮影に。

 「カーテシーだっけ? あれもっかいやって」と言われたので繰り返すと、カメラさんだけでなく周囲の観光客さんたちからも撮影音が響く。

 以前練習していたおかげで無様なところを見せずに済んだようで、内心ほっとする。


 この旅行の数日間で見た先輩方の姿から、今この姿に合うものを選んで、可能な限り再現する。

 笑顔や真顔、ちょっと拗ねてみせたり、目を伏せてみたり。真正面や斜め、振り返りの姿を見せたり。

 鏡の中で見たドレス姿の少女を脳裏に浮かべ、『彼女』への恋心をストレートに表現したときの反応が一番良いみたい。

 ギャラリーの反応が分かる撮影現場ってやっぱりいい。


 場所を移動し、本宮さん&水瀬さんペアでの撮影を挟んで、今度は平井さんと組んで2人で被写体になる。


「はいはい、頑張って悠里ちゃんの引き立て役になりますよ」

「どう考えても私のほうが引き立て役じゃないですか」

「完全にヒロインと悪役令嬢状態じゃないですかやだぁ」


 小声でそんな会話を交わしつつ、時間が経つのも忘れてポーズをとり続けた。


____________



「ふいー」


 夕食まで撮影漬けの一日を終え、ホテルのベッドに倒れこむ。

 今まで興奮状態が続いていたので分からなかったけれども、昨日以上に疲れていたみたい。

 このまま寝てしまいたい誘惑をなんとか振り払いつつ、ゆるりと起き上がって風呂にお湯をため始める。


「良かった……のかな」


 メールによると、お姉ちゃんはやっぱり新型インフルエンザだったらしく、診察後薬をもらってひと眠りして、少し落ち着いた状態らしい。

 明日帰る時間にはもう元気にしているだろうか。

 それはそうとして、その次のメールで『すごいねー。かわいいよ。自分でも確認してみて?』とURLが貼り付けてある。

 なんだろうと開いてみると……


「ああ」


 作業が早いなあ。

 リンク先は今撮影している雑誌のblog。今日の昼の浜辺での撮影がもうアップされている。

 このときは正直自分でも不満の残る内容だったから、私の写真はないかともと思っていたけど……スクロールしていくと、私が大きくソロで写っている写真が1枚だけあった。

 ほかは集合写真で1枚、平井さんに急に抱きつかれたときで1枚、あと微妙だけど平井さんの日焼け止めを塗っているときの手だけが1枚。


 海辺の撮影の写真が全体合わせて20枚ないから、その中で4枚掲載されているのは私にとっては十分破格だろう。

 記事の内容も、書きこまれたコメントも、思っていた以上に好意的。

 何より画像に写る『瀬野悠里』の可愛らしさが疲れた心を癒してくれる。


 曇り空に狭い砂浜だったけれどもカメラワークの巧みさはそんなことを感じさせず、輝く空と砂浜の上で水着姿の美少女が可愛らしくポーズをとっているようにしか見えない。

 空色の水着が描く体の曲線は可憐さと優美さを兼ね備え、整った顔に浮かぶあどけない表情が魅力を増幅する。

 わずかに谷間が見える控えめな胸の膨らみ、細い鎖骨。長い華奢な四肢、長い睫毛、艶やかな唇。

 どこからどう見ても、それは完璧な美少女。


(これが、私……)


 何百枚にはならないだろうけど、それに近い数撮影した中での、それはたぶん『奇跡の1枚』の写真。

 これが実は……実は……あれ?


 ああ、そうか。

 実は()であるとはとても思えない、だ。

 ()が男であることを失いかけていたことに気が付いて、内心苦笑する。


 朝から夜までずっと女の子の恰好をして、女の子として振舞って、女の子として扱われて。

 ある意味それだけなのに、随分意識がシフトしていたことに気が付く。

 まあそれも明日でおしまい。

 あとひと月近く胸を膨らませた女装生活は続くけれども、1日ずっと『女性そのもの』として扱われる生活はとりあえず明日までだ。


 風呂のお湯も溜まったようだしと、むくりと起き上がって全裸になる。

 今日もしっかり休んで、この撮影旅行の残り1日頑張ろう。

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