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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
30/47

2-4.美女4人(うち1人♂)の札幌観光

「つっかれたー」


 部屋に戻り、ベッドにうつ伏せに倒れ込……みそうになったところで、咄嗟に身体をひねって仰向けになることに成功する。

 気が付いて良かった。まだメイクを落としてないから、ベッドのシーツに化粧のあとがつくところだった。

 この旅行中、()が唯一『女を、装う』ことから逃れられるホテルの個室。

 そんな場所でも女装していることから逃れられない事実に少し苦笑する。


 腕を上げるだけでも大変な、ずっしりと重い煌びやかな衣裳。

 白無垢のあとは打掛や引き振袖の撮影もした。

 プロのモデルさんに混じって本格的に撮るのも初めてなのだ。

 肉体的にも精神的にも、全身に疲労が溜まっているのを覚える。普段使わない筋肉を酷使したせいで、身体のあちこちが痛い。


 でも最後のあたりでは余りの大変さに一刻でも早く脱ぎ去りたいと思っていたのに、いざ私服に戻ると『もっとずっと着ていたかった』という思いが募るのは何故だろう。

 婚礼衣装を纏って世界で一番素敵な花嫁の姿になって、賞賛の言葉とフラッシュを浴び続ける時間はあまりに蠱惑的に過ぎた。

 出来ればウェディングドレスも着てみたかったけれども──

 まあ、今日は流石にこれ以上の撮影は無理だと思う。主に僕の体力が持たない。


 ……って、このままだと眠ってしまいそうだ。

 むくりと起き上がり、ユニットバスへ。

 シャワーで済ませようか悩んだけれども、お風呂に浸かったほうが良さそうだ。

 湯船にお湯を溜める時間で、iPhoneの電源を入れてメールなどのチェックをする。


「……むぅ」


 39℃か。

 だいたい健康体で、寝込んだ記憶がないお姉ちゃん。

 熱が上がって昨日の夜から起き上がれないらしい。ご丁寧に体温計の写真の添付までついている。

 新型インフルエンザだろうか。まだ少し流行っていると聞いた気がするし。


 この撮影旅行を僕に渡してまで行くことにしていた演劇部の合宿。この分だとキャンセルだろうか。まさか僕に行けとは言わないだろうし。

 まあ札幌の地にいる僕が出来ることは特にない。

 念のために新型インフルエンザの可能性にも触れておいて、お大事にと返信する。

 ちょうど風呂のお湯もいい塩梅だ。服を脱いで湯船に浸かる。


 ゆっくりと脚を伸ばしてお湯に入りたいけれども、今の自分の姿だと男湯に入っても女湯に入っても問題があるから暫くはお預けか。

 狭いユニットバスの中、筋肉のこわばった脚をマッサージする。

 毛が生え始めるごとに脱毛し、エステにも定期的に通っている僕の脚。

 お姉ちゃんと寸分変わらずとは言えないものの、パッと見には見分けがつかないくらいにはなってきた。最近体育の着替えなどで同級生たちの目が怖い。


 今日この身に纏った煌びやかな打掛の重みと動きにくさ、全身と胸の圧迫感をうっとりと思い出す。

 今回はかなり自分自身不満の残る内容だった。もう一度白無垢や打掛を着てリベンジしたい。

 帰ったら練習用の着物ではなく振袖を買って、和装の着方魅せ方をもっと研究したい──その結果を披露できる日が来るかどうかは分からないけれども。


 僕が振袖を買ったらどうせお姉ちゃんも着て練習するだろうし、その姿も見てみたい。

 目を閉じて、情景を脳裏に描く。

 同じ色合い、同じ柄の振袖を2着買って一緒に着て、化粧も髪型もアクセサリも合わせて、見分けがつかないそっくりの姿になって。

 掌と掌を重ねあわせ、あるいは抱き合って。そんな妄想。


 目を開けると至近距離にある、白いふたつの膨らみ。

 お姉ちゃんと同じ形と大きさに合わせてつくった、仮初めの存在。

 今日は出来なかったけど、やっぱりウェディングドレスも着てみたいし……本当に本格的に豊胸して、女性ホルモンも使って、女性モデルの道を選んでしまおうか。

 本来あるはずのない、でも慣れてしまった柔らかなおっぱいを両手で撫でながら、そんなことを悩んでしまう夜だった。


____________



 日が変わって3日目。

 午前中は初日と同じ感じの外での撮影で、相変わらずスタッフさんたちの手伝いで過ごす。

 天気が曇りなこともあり、涼しいを通り越して少し肌寒いくらいの状況。

 札幌の街中。秋冬ものでポーズを取り続けるモデルさんたちにはありがたいだろう。


 まだ残っている昨日の疲労にめげそうになりつつも、慌ただしく働いているうちに時間はあっという間にすぎて。


「よし、じゃあ今日の撮影終わりで、予定より早くなるけどあとは観光な」


 というチーフさんが言ったのが昼少し前のことである。


 まあ『観光』と言ってもお仕事で、『北海道観光の撮影』をするわけだけれども。

 私は、プロのモデルさん3人の間に混じって撮影される側になるそう。

 しかし一点問題が。

 チーフさんがフリーになるタイミングを見計らって質問する。


「あの、チーフさん済みません。私、撮影されないと思って水着の用意して来なかったのですがどうしましょう」


 半分嘘である。

 今日の午後小樽の浜辺での撮影が入ることは、事前に貰っていた日程表で知らされていた。

 『瀬野悠里』もそこにモデルとして参加される可能性もあることも想定していた。

 ただ、男バレの可能性が高まるから、女ものの水着姿で写真を撮られるのは出来れば避けたかったのだ。


 『じゃあ浜辺の撮影には参加しないで構わないから』という、考えると少々無理があるような気もする淡い希望を胸に待つこと数秒。


「よし。なら時間の余裕もあることだし、水着を買うところも撮影するか」


 とまあ、そんな回答が返ってきた。



「お待たせしました」

「わぁ、悠里ちゃんかわいいーっ」

「あ、ありがとうございます」


 軽くシャワーを浴びて着替えを済ませて。メイクもナチュラルな感じに寄せて。

 本職モデルさんからの賞賛に口角が上がるのを止められない。

 待ち合わせのホテルのロビーで合流。といっても今いるのは平井ルシアさんとカメラさんだけで、チーフさんは不在、本宮景子さんと水瀬麗さんはまだみたい。

 『瀬野悠里』に好意を持っている2人だけだったので少しほっとする。


「撮影始めちゃっていい?」

「あっ、お願いします」


 軽く礼をしてポーズを取り始める。

 ノースリーブの白シャツとミントグリーンのチュチュミニスカート。ほとんどむき出しになった腕と脚。それに薄いシャツを透けて見えるブラのラインが妙に恥ずかしい。

 居合わせた人からも注目の的だ。平日の昼間、ほとんど人がいないのが幸い。


 ここ3日間見学させてもらって改めて感じていたことだけれども、読者モデルの撮影と本職モデルの撮影はまったく違う。

 読者モデルの場合、『魅力的な一枚』が撮れるように、スタッフさんたちが気を配って狙って撮ってくれる。

 でも本職モデルの場合には、モデルが自力でポーズや表情を選んで、すべての写真を『魅力的な一枚』にすることが既に大前提で、それを1着につき何十枚何百枚と重ねて『最高の一枚』を生み出さないといけない。


 今日までに見た本職モデルさんたちのポーズを思い出しながら、自分の身体を使って再現……しようとして、違和感に気付く。

 表情とポーズがこの衣装にあってない。

 意識を切り替え、さっき鏡の前でこの服を着た自分の姿を見た時の感覚を信じることにする。

 くるりと回ると、短いスカートがふわりと舞う。


「うわ、かわいーー」

「うんうん、いいねいいね」


 自分が男である事実を封印して、『心のリミッター』を外す。

 今の私は瀬野悠里。世界で一番可愛い女の子。

 今まで何度も見て脳裏に焼き付いている、『お姉ちゃんの可愛い様子』を体現するように。

 家のモニタで散々と練習した、『私の可愛いポーズ』をなぞるように。


 平井さんとカメラさんからかけられる賞賛とアドバイス、わずかにいるホテルのお客さんとホテルスタッフさんたちの視線が心地よい。

 ……途中やってきた水瀬さんが、こちらをちらりと見ただけで、興味なさげに携帯電話に集中するのを見てがっかりしたけれど。

 それから少し経って本宮さんとチーフさんが一緒にやって来て、短い撮影会も終わり。

 チーフさんの先導に従って6人で街中を移動し始める。


「ねね。悠里ちゃんっていつもこんな感じの服着てるの?」

「そうでもないですねえ。チーフさんに『可愛い格好で』と指定されましたから、精一杯頑張りました」

「へーえ」

「荷物の中を探していて、『こんなの持ってきていたんだ』って驚いたくらいで」

「あはは。でも良く似合ってる。いいなあ。若いって」

「平井さんも十分似合いそうじゃないですか」

「無理無理。仕事ならともかく、プライベートでこんな短いスカート穿けないって。脚まで綺麗だし、羨ましい」


 隣を歩く平井さんとそんな会話。


 でも短い時間だったのに、終わってみるとずしりと疲労感が溜まっているのを覚える。表情筋をいますぐ揉み解したい。

 これをほとんど一日ずっとこなし続けるプロのモデルさんたちを改めて尊敬する。

 そのことを質問すると、


「やっぱりモデルは体力勝負だね。意識してスタミナ付けていかないと。モデル志願の子って、痩せて体力落としてる子が多くて、それじゃ駄目なんだよ、ってね」

「うう、反省します」

「あと慣れもあるわね。やっぱり力が入り過ぎていたのはあるから、力の抜き方とかは悠里ちゃんも勉強していかないとね」

「なるほど」


 先を歩く2人のモデルさんたちの様子を改めて見つめ直す。

 丸くなりそうな背筋をぴんと伸ばし、改めて『綺麗に歩く』ことを意識する。

 この他の3人に少しでも近づけるように。



 さほど歩くこともなく、食事処に到着。

 飯時前だけに他のお客さんはあんまりいない。

 皆で座って、あらかじめ注文済みのメニューを待つ。

 その間もチーフさんとカメラさんは色々打合せを続けていたり。お仕事ご苦労様です。


 録画や動画を見て研究した記憶のある、普段は雑誌やテレビでしか見ることのない美人さんたち。

 その人たちの中に(実は女装した一般中学男子である)私が混じって、食事をする。

 なんとも不思議なシチュエーション。

 脳内にあるお姉ちゃんの動きと比べても、『自分を美しく魅せる技量』において『プロフェッショナル』と『アマチュア』の間にはやっぱり歴然とした差があるのだと感心するほかない。


「悠里ちゃん、ポーズ」


 間に挟むものが何もない至近距離。

 思わずぼうっと見蕩れそうになって、でも私もこの人たちの技術をよく見て学んでマスターしないといけないのだ……

 と改めて気を引き締めていると、向かいに座っている本宮さんが突然デジカメを構えてそんなことを言ってきた。

 慌ててポーズを取り、笑顔を作る。


「んー、もう一枚」


 その声と一緒に、横にいた平井さんがぐるっと腕を回して肩を抱いてくる。

 薔薇の花に似た香水の匂いが強く漂う。

 びっくりして表情を戻せないうちにシャッター音が鳴る。


「こっちのほうがいいかな。blogに載せていい?」

「あっ、ありがとうございます。もちろん構いません」

「わたしも撮るね?」


 取り出したiPhone で、今度は頬同士をぴったりつけた状態でカシャリと撮影する。


「むー。やっぱり悠里ちゃんのほうが顔小さいか……」

「どうでしょう? 髪型のせいで小さく見えるだけだと思いますよ?」

「そかなー。あ、ツイッターに載せるねー」

「ああ、嬉しいです」


 その後食事が出るまで平井さんとiPhone 談義で盛り上がる。

 でもどっちかと言えばiPhone そのものより『ものの持ち方』『指の置き方・動かし方』に注目がいってしまう。

 それだけで、『美しさ』にこれだけ差が出るものなのだな、と感動すら覚える。

 真似してみるけど簡単にはいかない。練習せねば。


 さて。


「うわ、大きい……」


 どんぶりに並々とつがれた海鮮丼が運ばれてくる。

 このあと水着撮影が入っているのに、これだけ食べて良いものなのだろうか。というかそもそも撮影がなくても食べ切れるのだろうか。

 戸惑いながら、本宮さん平井さんと一緒になって食卓の上の撮影会。

 ……水瀬さんのようにクールに何もしないのも格好いい良くて見習いたいと思うのだけれど、食事の記録はあとで口裏を合わせるために必須の情報なのだ。


 カメラさんからの公式撮影も何枚かあって、「頂きます」と食事開始。

 食事の様子も綺麗だなあ、と感心しながら見ていると、2切れ食べた段階で水瀬さんは箸を置く。

 私は半分くらいで食べるのを止めたけど、それでもモデルの中では一番食べたほうだった。

 わりと美味しかったのに、勿体ない。


 と、丁度食事時になったのでドヤドヤっと人が入って来る。

 流石というかなんというか私たち一行、やたらと注目を浴びまくっている。


「うわ、なんか凄い美人」

「モデルさんだっけ? テレビで見た気がする」

「リアル本宮景子さんだ。すっごーい。きれー。頭ちっちゃい」

「他の3人もモデルさんかな。何食べたらあんな美人になれるんだろうなあ」


 札幌に芸能人が来るのが珍しいからなのだろうか。容赦なく写真を撮っている人もいる。

 肖像権はどこに行ったのやら。

 みっともなく映らないように、表面にこやかに見えるように心掛けながら、気持ちを引き締める。


 やっぱり本宮さんの知名度が高くて、男性客でも知っている人がいるらしい。

 水瀬さん平井さんは女性客の中で名前を挙げている人がちらほら。

 私の名前は流石に知名度が低い。良くて『読モの子』。一回だけ『瀬野悠里』の名前を聞いて逆にびっくりしたくらい。


 日本でもトップクラスの美女3人。

 その中に混じって私はどんな風に見えているのだろう。

 違和感ないだろうか。男だとばれたりしないだろうか。

 何回か電話が入って中断が入るチーフさんが食事を終えるまで、気が抜けない時間が続いた。


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