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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
26/47

1-2.密かに暴走中◆

 ……ふと気が付いて、時計を見るとお昼過ぎ。

 大きく背伸びをしようとして、服がびりっと破けそうな感じがして慌ててストップ。

 そうか。今僕は、こんな格好をしていたんだ。

 椅子から立ち上がり、身体をほぐす意味も込めて鏡の前で色々ポーズを取ったあと、部屋を出る。


 鈴木さんはもう帰ったみたい。

 帰るとき声をかけられたけど集中していて気付かなかったのか、集中している僕を見て声をかけるのを控えてくれたのか。

 誰もいない家の中、意識して『女の子らしい仕草』を演じながら、鈴木さんが作っておいてくれたお昼を食べる。

 相変わらず美味しいけれども、長い髪が食品や化粧につかないかとか、気にすることも多くて気が散ってしまう。それに今はこの服だ。意識が行って食事を普通に味わうことも難しい。


 午後はまた別の服を着よう。せっかく作った胸が活かせてないし。

 この服はもっと時間が取れるときにまた着てみよう。その時には『可愛らしい表情やポーズの取り方』とかも研究・練習してみたい。

 とか考えながら食事を終え、未練を感じながら服を脱ぐ。


 誰もいない家の中。女ものの下着だけをまとった姿で一人うろついて歯磨きとトイレを済ませる。

 ぴったりと脚を揃えて便座に座って小を足すと、今まで以上に意識させられる。

 ピンクの可愛らしいブラジャーに包まれた柔らかい二つの膨らみと、太腿に下ろされた女物の下着。

 『私は女の子だからこれが普通なんだよね』──そう思い込んでみたいけど、この高揚感は隠せない。


 衣裳部屋に籠ってみる。

 もとから大量に持っている上に、今でも月に数着は着実に増え続けているお姉ちゃんの衣裳。もう何度入ったか分からないほどなのに、まだまだ新鮮な発見は多い。

 色々と漁って、何とかイメージにぴったり合うものを見つけ出す。


 黒いオフショルダーのサマーニット。

 数年前に買ったものだからか微妙に小さい。それでも着られなかったり苦しかったりするほどでもないし、何より求めていた『身体のラインをそのまま表す』ことがきちんと出来ている。


 鏡で見ると、さっきよりもぐっと『女らしく』なった自分の姿が映る。

 胸の半ばから上、照明を反射して輝く肩の部分と、何のためにあるのか不明な数センチの袖以外の全部の腕がむき出し状態。男物の服には絶対あり得ないデザイン。その部分に覗くブラジャーの紐も男性なら普通はあり得ないものだ。

 ボディの部分は身体にぴったりと沿って、ウエストの括れとそこから続く女性らしい弧を描くラインと、バストの2つの盛り上がりを強調する。


 でもこれだとピンクの下着は合わないな。あとで変えようと考えつつ、ボトムスを探す。

 確かお姉ちゃんがこのトップスを着たときはこれを合わせていたっけ、という白のチュールミニスカート。穿いてみて第一候補としてキープしつつ他の候補を探してみる。

 白いタイトミニ、いっそ逆にマキシスカート、黒いタイトロング、デニムのホットパンツ、黒いタイトミニ。

 合わせるボトムスでトップスの印象までがらっと変わるのを楽しみながら、着たり脱いだりしてみる。


 結局選んだのは、こちらも身体のラインをぴったりと映し出す黒のタイトミニ。

 これ股下何センチだろうか。下品に見えかねないほど短いのに、スカート下部の透けるレース飾りも相まってむしろ上品な印象がある。

 そしてそのスカートから覗く生足。

 お姉ちゃんに近づける努力を重ねてきただけあって美脚の女性のものに見えるそれに、自分のものだと分かっていても興奮してくる。


 自分の部屋に戻って、この服に合う下着を物色。

 ……あ。


 1年ほど前、『胸の谷間の作り方』を教えてもらったときに購入したヌーブラを発見。

 あの時は結局『無駄な肉』がないせいで上手くいかなくて失敗したけれど、今なら。

 ネットで再度検索をかけながらヌーブラを2枚重ねで取り付け、更にパッドを忍ばせながら紐の黒いEカップのブラジャーを付ける。

 自分の身体についた本来は存在しないはずの隆起が『ぽよよん』と揺れる感覚に、感動に近いものすら覚えてしまう。……まあこれがずっとあるなら邪魔で仕方ないのだろうけど。


 ショーツも同系色に合わせて変えたあと、スカートに足を通す。

 その後慎重に上をもう一度身に着ける。

 もともと小さめで身体にぴったりと合う服。盛り上がった胸が強調されて凄い状態になっている。

 上から覗き込むと見える、くっきりとした谷間の存在感に、思わず「おぉ……」と感嘆を漏らす。


 ポーズを取りつつ全身鏡で確認してみる。

 中身が中学男子とは思えないような見事なスタイルの美女がそこにいる。

 ただ午前中のロリ系衣装に合わせただけあってメイクが壊滅的に合っていない。ウィッグを取り、一旦化粧を落として再度メイクをし直す。

 今度は大人っぽい感じで。メイク雑誌を引っ張り出してきて、見よう見まねで赤いルージュを走らせてみたりする。自分の不器用さが恨めしいけど、それでも美人の顔と呼べる状態にはなった。


 さっき鏡の前で生足を微妙に感じてしまったので、25デニールのストッキングも着用。

 ほぼ黒な茶系統で、絶妙な透け具合がなまめかしい。

 ウエストが少し寂しい感じだったので、金色のバックル飾りのついた太めのベルトを着用。大き目なイヤリングとネックレスも付けてみる。

 ウィッグをどうするか迷ったけど、特に問題なさそうだったので地毛のままで。


 更に10cmのハイヒールを持ち出して足に装着。

 ヒール部が太くて床を傷めないので、室内の練習用で使っているものだ。

 女物の小さなハイヒール。足の甲も低く、幅も狭く、筋もなく、普通に綺麗な女性の足に見える状態。

 でも前に履いたときよりも靴が少し小さくなったように感じてしまう。


 こう見えても成長期の男子なのだ。

 お姉ちゃんと同じサイズの靴が履けなくなって、大人の男性の大きな足になる。仕方がないことだと分かっていても、それは嫌だという思いが今は強くなってしまっている。

 『お姉ちゃんの似姿としての僕』。いつまでも続けられるわけがないのに、いやそれだからこそ、少しでも長い間続けられるようにとあがきたくなる。


 変な方向に行きそうな意識を誤魔化すために、再び全身鏡の前に立ってみる。

 こんなのが街を歩いていたら目が離せなくなるような美人がそこにいる。

 いつもよりも強調された長い美脚。メリハリの効いた、流れるようなスタイル。黒一色の衣裳がそれを強調する。

 この美女の股間には男のものがきちんと存在しているのが、自分のことながら少し不思議だ。


 幾つもポーズや表情を取る。

 大人っぽい色っぽい表情のあと、あえて可愛らしい表情を取る。年相応さが急に垣間見えるギャップがなんとも愉しい。

 昼食後の腹ごなしの時間を使って、撮影しながらもっと研究しよう……と時計を見ると、予想外に時間が過ぎていてびびる。

 ……うん、確かに色々やり過ぎた。


 心惹かれつつも、大人しく部屋に籠って宿題の続きに没頭してみる。


____________



「……愛里、ただいま」


 肩を叩かれて我に返る。振り返るとすでに部屋着に着替えたお姉ちゃんがそこにいた。


「お帰り、お姉ちゃん」

「随分集中していたね。宿題どれくらい進んだ?」

「うーん、あと2、3日でだいたい終わるかな。どうしようか困っているものもあるけど」

「そこら辺、夕食食べながらしよっか」


 確かに時計を見るとそんな時間だ。

 いったん切り上げて、夕食を温め直して2人で「いただきます」と手を合わせる。


「それにしても愛里、凄い格好ね。それで外歩いたら思いっきり視線集めるんじゃないの?」

「今日は一日引きこもって宿題片づけるだけの日だから、まあ極端にチャレンジしてみただけ。これで外は歩けないかな。第一暑いし」

「それもそっか。それなら良いけど……でもその谷間とかどうやっているの?」

「ヌーブラ使ってこう、寄せて上げて……」

「私にも出来るんだよね? あとできちんと教えて」


 あ、興味あるんだ。お姉ちゃんの谷間……うん、見てみたい。

 そこから少し話したあと、保留にしていた僕の夏休みの宿題の話題に戻って来る。


「そっか。自由研究ねえ……」

「正直、3年になって要求されるとは思ってなかったから、どうしようかなと」

「うーん、舞妓体験とかお姫様体験とかして感想書いてみる?」

「あー……」


 なんでそんなものがすらりと出てくるのかと。

 確かに興味なくはないけど。


「でも、夏休みの間は“俊也”はフィンランドに行っていて日本に居ないことになっているから無理かな。女装した姿を見せるのも色々問題ありそうだし」

「そっか。うーん、フィンランドか。じゃああっちの話まとめてみる?」

「……なるほど。それもありか。むしろなんで思いつかなかったんだろ」

「ヨウコさんあたりにお願いしたら、色々資料まとめて送って貰えるんじゃない? あとで私からメール送っておこうか」


 名前を挙げられて一瞬思い出せなかったけど、僕たち2人のまた従兄弟にあたる人のことか。

 顔と、前に直接会ったときの態度を思い出してみる……うん、張り切って凄い量の資料を送ってきそうだ。


「なるほど、お願い。文面は僕が作っておくから」

「OK。……でも一人称は『僕』なんだ」

「あ、そうだね」


 お姉ちゃんの指摘に、少し考える。

 そもそも今は、喋り方も声も仕草も男のままのつもりだったんだけど。


「……最初はずっと心まで女性に成りきって、一人称にしても『私』で統一するつもりだったんだけど。誰にも会わないで家に引きこもっているときに意識し続けるのは、やっぱり難しいかな。感触とか動きやすさとか、あと匂いとか違うけど、でも着ている布2枚くらいの違いだしね」

「ま、これからどう変わっていくか、かな」


 何か面白いものを見るような目で見られてしまった。



 そんなことを話しながら食事も終了。

 後片付けをして部屋に戻ろうとしたところでリビングに誘われ、ソファに腰を下ろす。

 お姉ちゃんがカメラとモニタを起動させる。モニタに映る、黒ずくめの衣裳に身を包んだ美女の姿。そういえば今はこんな姿だったんだ。

 鏡とはまた違う様子に魅入っていた僕のすぐ隣に、お姉ちゃんも腰掛ける。本当にすぐ隣。体温も匂いも感じられる距離。


 色々なものに気がとられている間に、肩に腕を回され引き寄せられる。

 むき出しになった肩に、むき出しの腕の柔らかい部分がぴったりと合わさる。座高がほぼ一緒だから至近距離にある顔を意識してしまう。

 完全に女性ものの黒一色の衣裳。きちんと化粧した顔、揺れるイヤリングとネックレス。ウィッグはないけど女らしく整えられた髪。ヒアルロン酸注入も受けて膨らんだ胸も合わせて、外見だけなら大人の女性そのものの姿。

 モニタの中には、そんな美女が初心に顔を赤くして上目遣いでこちらを見る様子と、『彼女』を抱きすくめてにやりと笑う美少女の姿が映る。なんとも奇妙に倒錯した雰囲気。


「本当に綺麗……光り輝く肩も、ほっそりしたうなじも、可愛らしい耳たぶも、その下の柔らかそうな白い肌も、滑らかな頬も、長い睫毛も、横顔のラインも、細い髪も、本当に綺麗……照れた顔も素敵……」


 熱い吐息と共に語られる言葉。

 それは僕自身にかけられた言葉のように思えてそうではなく、『お姉ちゃんの、瀬野悠里の似姿』に対して投げかけられる、倒錯した自画自賛だと分かっている。

 それでも、『自分なのに自分ではない存在』に対する賛美の嵐に、悦びが全身を満たしていくことを止められない。


「この脚も本当に綺麗……」


 もう片方の手を伸ばし、太腿の間の柔らかい部分を撫で上げてくる。

 黒く透けるストッキングの上からたどる指先と掌。自分で撫でてその感触にうっとりしたことは多々あるけれど、他の人から愛撫される感覚はまた別格だと初めて知った。

 異性として(同性として?)愛しているお姉ちゃんの、細い指と小さな掌だから特にそう感じるのかもしれない。


「あっ……」

「うん、可愛い鳴き声……」


 完全に意図の外で零れた声に、ご満悦そうな評価。

 肩にかかっていた腕の圧力が外れ、パッドとかで無理矢理底上げした胸を軽く持ち上げながら揉み始める


「わ。ちゃんと柔らかい」

「……や、ちょ、ちょっと止めて……」

「かわいいなあ、もう。……うわ。こっちも手触り凄い。『乙女の柔肌』って感じ」


 更に手を移動させ、今度は胸の谷間部分に指を差し入れたり、つっ……と指先を辿らせたり、撫でたり揉んだりし始める。


「いやっ、それ以上はダメ。本当にダメだからっ」

「いいでしょう? 私たち、女の子同士なんだから。普通普通、平気平気」

「いや、だから……」


 なんとか正気をかき集めて、お姉ちゃんの腕を取って引き離す。


これ(・・)、中に詰まっているのは脂肪じゃなくて薬品だから、変にいじると怖いんだって」

「……あ、ああ、ご免なさい」


 少し涙目になりながら、半分露わになってしまった肩から胸のラインを元通り服に収める。狼藉にあった女性になった気分。


「それは良いとして、本当に女の子同士ってこんなことするの?」

「するわけないじゃない。当たり前でしょ?」

「……」

「でも愛里、あなたも残念だと思っているでしょう」


 あんまり図星を指さないで欲しい。



 それから暫く話をしたあと、胸の作り方を教えることになる。


「1枚目のヌーブラをくっつけて、そのあと、こう……」

「ふんふん」


 オフショルダーのサマーニットを脱いで上半身裸になって、作り物の胸をお姉ちゃんとカメラの前にさらけ出す。

 一週間前なら男として気にも留めなかったシチュエーションだけど、今はなんとも恥ずかしさが募る。

 そんな羞恥心を抑えつけて、昼過ぎに見た動画を思い出しながら順を追って説明する。


「へえ。それでこんな風になるんだ。本当に柔らかいし」

「だから止めてって」

「あ、ごめん。……じゃあ、私もやってみるからそれ貸してね」


 戸惑う僕をしり目にさっさと上半身裸になるお姉ちゃん。

 一切躊躇いもなくブラジャーも取り外して、こちらに手を差し伸べてくる。


愛里(・・)。あなたは今女なんだから、そんな風に顔を背けない。何度言ったら分かるの」


 今は良いけど、男のときに咄嗟に反応できなくなったらどうするのかという。脳内にスイッチがあって一瞬で切り替えることが出来るなら良いけれど、そんな便利なものはないし。

 口には出せない言い訳を心の中で呟きながら、自分もブラジャーとヌーブラを脱いでそちらに手渡す。

 この施術を受けてから、お姉ちゃんから『男として扱われない率』が上昇しすぎなような。

 望むところではあるのだけれど、同時にそれで良いのかと不安にもなる。


「こうやって……こうだっけ?」

「うん、まあ。大体そんな感じ」


 ヌーブラを普通通りつけたあと、少しだけ悪戦苦闘しながらヌーブラを更に重ね、パッド入りのブラを装着する。

 自分がさっきまで付けていた下着を、憧れの女性が今付けている。喜んで良いのかどうか、微妙な気分。


「おお、本当に谷間が」

「そうだね谷間だね」


 白い肌に黒いブラ。くっきりとした谷間も眩しい、なんとも煽情的な光景。両手で包んで持ち上げて確認していたりするし。

 これ見ていて良いのだろうか。いや視線外すと怒られるしな。


「こら、そんなに凝視しない。もっと自然に」


 自然? 自然ってなんだろう。

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