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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第五部:『妹』としての夏休み 2010年7月~8月
25/47

1-1.静かに暴走中◆

「あ、やっと起きたか。おはよう、愛里(・・)

「……お早う。お姉ちゃん。今から学校?」

「うん、そう。……いい加減愛里も生活リズム合わせたほうが良いと思うよ? じゃ、行くから」

「……そだね。いってらっしゃい」


 ベッドで半起きになったまま、夏休みなのに部活のために学校に向かうお姉ちゃんを見送る。

 睡眠欲はまだある。いつものベッドと違って良い匂いのするシーツにも未練は残る。


 それでも始めよう、『愛里』としての一日を。


____________



 この夏休みのためにわざわざ新規に購入した、お姉ちゃんと色違い&お揃いのパジャマ。

 ピンクのそれを脱いで、同じくピンクのルームウェアに着替える。こちらも勿論女もの。

 夏の間、“俊也”は母方の親戚のいるフィンランドで過ごし、代わりにこの家で暮らすのは『愛里』という瀬野悠里の双子の妹。

 そんな設定の中学最後の夏休みである。


 トイレのあと、日課になった体操、それと新たに日課に加わった胸のアフターケアを済ませ、バスルームへ。

 少し汗ばんだルームウェアを脱いで、全裸の状態で鏡を見る。

 この一年、色々と調べて努力を続けきた。あまり人に言えないようなこと、他人にはお奨め出来ないこともやった。

 本来なら第二次性徴で男の特徴を帯び始める僕の身体。でも今目の前にいるのは少女めいた、女の特徴を帯び始めた身体。


 陰毛を含め、頭髪・眉毛・睫毛を除いて一筋の毛もない輝く肌。

 お尻を大きくする体操のおかげで、ヒップラインもかなり女性のものに近くなってきた。お姉ちゃんが安産型でなく、しゅっと引き締まった小尻であることに感謝する。

 美容運動の積み重ねで手に入れた、高い位置で括れたウエスト。狭く薄い肩。細く長い首。


 指先でそっと喉のラインを辿る。結構な苦労をして手に入れた、僅かなでっぱりもないつるりとした喉。

 去年の冬に声変りが起きた。野太い男の声にはならず、声を出しても女性と勘違いされたままの方が多い微妙な変化。それでも再びお姉ちゃんの声真似がきちんと出来るようになるまで何か月もかかった。

 何度も諦めようと思ったけれども、それを乗り越えたから今の姿がある。


 意図せずに笑みが出てくるのが止められない。

 その顔も相変わらずの女顔だ。

 夏休みの始め、お姉ちゃんとお揃いでカットしてもらった短いながらも女らしい頭髪も相まって、化粧も何もなしに少女のように見える。


 そしておっぱい。

 整形外科医をしている(りく)伯父さんを頼って半ば無理やり作ってもらった偽物の胸。

 ヒアルロン酸とかいう特殊な化合物を注入して出来た、お姉ちゃんと形も大きさも完全に一緒な膨らみがそこにある。

 放置しておいても2ヶ月程度で体内に吸収してなくなるとのことで、一応夏休みの終わりに分解酵素を入れて無くしてもらう予約もしてある。


 パッドで胸に重みを感じるのは慣れていたつもりだったけど、自分の身体と直接繋がっているのは事前の想像以上に違う。

 体操するときも、歩くときも、ただ立っている今でさえ違和感がありまくりだ。

 長年かけて成長していくのと、かなりの短時間で作られたものという違いはあるけれど、Bカップでこれなのだ。Eカップ以上とか本当に大変だろう。

 手触りを確かめるために手を伸ばしかけて、意志の力でなんとか制御する。


 それはお姉ちゃん、瀬野悠里の似姿。

 ほっておけば男らしくなってしまう自然の摂理に逆らって、1年ちょっとの努力の積み重ねで手に入れたまがい物。

 世界で一番綺麗で素敵だと僕が信じる、均整の取れた女性の身体。僕の禁断の片思いの相手の外見。鏡の向こう、手を伸ばせば届きそうなところにそれはある。

 自分の命令に従って色々なポーズを取ってくれる。少し謎めいた笑顔で笑いかけてくれる。


 もっとずっと鑑賞していたかったけど、今日もやることは山盛りだ。

 深呼吸してやや温めの温度のシャワーを軽く浴び、汗を洗い流す。さっくりと出て、たっぷりの化粧水・美容液で肌の手入れを。これに時間を取れるのが夏休みの良いところだ。

 バスタオルを胸のところで巻いて鏡で確認。

 立派とは言えないし『谷間』と呼べるかどうか微妙なところだけど、二つの自前の膨らみが僕の少女らしさに拍車をかけている。


 少しだけポーズを取ったりしてみたあと、タンスに移動。

 中学男子のものとは思えない、色とりどりの可愛らしい下着の数々。お姉ちゃんとは共有していないから、これは僕の私物である。

 なんとなく気分でパウダーピンクの下着の上下を選んで手に取る。男のものでは絶対にあり得ない可愛らしいデザインのセット。


 最初の頃はどちらが前なのかの把握にすら戸惑っていたことを何故か懐かしく思い出しながら、滑らせるように脚を通していく。

 股間をぴったりと覆う三角形の布。控えめにフリルもついていたりする。


 そして『ブラジャーの正しい付け方』を頭に置きつつ、上も装着。

 パッドで身に着けることは慣れてきたけど、今は自分の身体と直接繋がった膨らみがあるのだ。施術から数日経った今でも、今までと違う感覚に戸惑う。

 肩ひもにかかる重量感、圧迫感、肩紐部分の痒さというのは割と耐えられるようになってきた。男子中学生の中ではまず間違いなくトップクラスにブラジャーを付けている人間だという嫌な自覚はある。

 でもそれは、『お前はまだブラジャーの何たるかを知らない状態』だったのだと痛感させられる。そんな痛感しなくて良かったのに。


 カップの中、すべすべの布に直接肌が触れる感触。Bカップだからそこまで酷くないとはいえ、身体を動かすたびに揺れていた胸が収まり、安心感のようなものに包まれる。

 下を向くと、ノーブラの状態とは違って谷間らしきものが出来上がって見える。

 僕が女として生まれてきたのであれば日常だった、男の僕には非日常的な、でもこの夏休み限定で日常的な光景。

 いっそ女性ホルモンの投与を受けて日常風景にしてしまおうか、という誘惑を振り払うのに少しの時間がかかった。


____________



 着替えに少なからぬ時間をかけて、結局『お姉ちゃんが着そうにないもの』に落ち着いた。

 こんな服を購入していたのかと少し疑問に思うチョイス。ジャンル的には一応ロリィタに含まれるのだろうか。

 パニエで膨らんだピンクのジャンパースカート。肘から袖先まで大きく広がったパコダスリーブ。リボンやフリルは比較的少なく、品が良いレベルになんとか収まっている。

 どうせだからとメイクもそれに合わせてドーリー系にして、軽くウェーブのかかった茶色のセミロングのウィッグをセットする。


 鏡の中にある『お人形さんのような』愛らしい姿に思わず笑みがこぼれる。

 この姿、お姉ちゃんにさせてみたらどうなるだろう? 最近『凛々しい』感じの出て来たお姉ちゃんだからちぐはぐな感じになるのか、あの美貌はそんなものねじ伏せてしまうのか。

 見蕩れるのは後回しにして、そんな姿で遅めになってしまった朝食に入る。


「……あら、愛里ちゃん? おはよう」

「おはようございます、鈴木さん」

「今日はまた一段と可愛いわねえ」


 いつも以上に『女の子らしく』を意識して、ちまちまと食事をしているとことに、家政婦の鈴木さんが顔を覗かせる。

 お父さんと並んで、僕とお姉ちゃんをひと目で見分けられる希少な人物。ある意味生まれる前からお世話になっていて頭が当たらない彼女である。

 この夏僕が『瀬野愛里』として過ごすことは、事前に話して了承を貰ってある。この人に反対されたらこの計画を取りやめるつもりだったけれども、大賛成されてしまった。

 記憶にない幼少期、お母さんと一緒に僕を『愛里ちゃん』と呼んで可愛がっていた人物の一人なのだからまあ当然、とはお姉ちゃんの評。


「急いで食べましょうか?」

「あ、他の部屋から掃除するからごゆっくりどうぞ。……今日愛里ちゃん暇? 色々着せ替えて遊びたいんだけど」

「宿題を終わらせるのにまだまだかかりそうですね。今年は特に早めに片づけてしまいたいので」

「そっか。残念。余裕が出来たら言ってね。どこか遊びに出掛けよう」


 僕の両親より年上で、外見もまず年相応だけど妙に可愛いところがある。

 そんな人物のいつにないハイテンションぶりに困惑しつつ、曖昧に笑って誤魔化す。

 正直惹かれるけれど、本当についていったら酷い目に遭いそうな予感がした。


 ここ1年ちょっとで何度も痛感させられたけど、世の中には『可愛い女の子を着飾らせたい』という要求を持つ人間が、男女を問わず、一定数存在する。

 そして僕ら『姉妹』の外見は、その人たちのツボを突くのに十分なものらしい。

 この鈴木さんにしても、「悠里ちゃんはもう着せ替えさせてくれないからねえ……悠里ちゃん愛里ちゃんの双子コーデとか見たいのに。でも愛里ちゃんも本当に可愛い」とか言いつつ着せ替え人形役をさせられたことが既に何度もあった。


 お姉ちゃんはどうだろう。

 ナルシストなお姉ちゃんのことだ。着飾らされることが嫌いなわけがない。

 でもそれにうんざりしているのもありそう。

 その結果が、箪笥の中にあるやたらに豊富なろくに袖を通していない衣装の山と、普段好んで着ているシンプルな服装という、相反する状況なのだろう。

 お姉ちゃんの場合、身体のラインがすごく綺麗だから、むしろシンプルな衣装でそれを誇示する目的もありそうだけど。


 そして肝心の僕は……どうなのだろう?

 可愛い格好、綺麗な格好、セクシーな格好、大人びた格好、フォーマルな格好、シンプルな格好。

 色々な女性の格好をするのも、それに相応しいメイクや仕草・表情を探求するのは大好きだ。

 多分それはきっと、『自分が着飾りたい』という要望ではなく、『鏡の中の女性を着飾らせたい』という要求なのだろう。


 間接的で、ある意味客観的な、そんな関係だと考えれば、今の自分自身の感覚にピッタリ当てはまる気がする。

 単純な女装趣味に嵌ってしまったのではないと思いたい、そんな願望の顕れだけなのかもしれないれど。



 ゆっくりと食事を終えて、自分の部屋から宿題を持ち出したあとお姉ちゃんの部屋に移動する。

 宿題を広げて開始……の前に、ちらりと見てしまった鏡に視線が吸い寄せられる。

 半ば勢いだけでやってしまった今の服。冷静になって改めて見ると少し恥ずかしい。

 男は絶対に着ない、女の子でも普通は着ないピンク色のロリィタドレス。そこまでゴテゴテしてないけど、これで外を歩けと言われたら勘弁だ。


 まあ、とにかく早く宿題を片付けないと。

 大きく開いた袖と無駄に膨らんだスカートが邪魔過ぎて早くも『失敗したな』と思いつつ、集中することにした。


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