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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第四部:女性モデル初心者 2009年5月~8月
24/47

7.着せ替え人形のように

「そんなに気持ち良かった? また着てみたい?」

「いや、冷静に考えると私が着た水着を他の女の子に着せるのは悪い気がして」

「そんなの気にしなくてもいいのに」

「気にするって。あと、お姉ちゃんが着てるところ、あとでまたじっくり見てみたいし」

「ま、それくらいなら」


 結局私たちが試着した2着分を購入し、子ども服コーナーを後にする。

 先ほど見たお姉ちゃんの水着姿を思い浮かべる。完璧と言って良い美少女の姿。

 私は今、どれくらいあの姿に近いのだろう? 私はこれから、どれくらいあの姿に近づけるのだろう?


「じゃ、次行こうか」


 思考に耽る私の腕を引っ張りながら、その人物が言う。


「……あ、ごめん。その前にトイレ行きたい」



 もはや入り慣れた女子トイレ。

 そもそも男姿でも「お嬢ちゃん、こっちは男子トイレだよ?」と言われることが時々ある自分だ。今まで、ばれるどころか疑われることすらない。

 今日に至っては、万一疑われても下着を見せれば誤解?もすぐ解ける状態。

 それでも入る瞬間には微妙な後ろめたさを感じるし、それは忘れてはいけない感覚だと思う。


 幸い行列の出来ていないトイレを見つけることが出来た。

 お姉ちゃんと一緒、女子の連れション状態で2人入り、個室のドアをくぐる。

 ホットパンツとピンクのショーツを太腿まで下ろす。そこに姿を現すのが見慣れたものではなく、綺麗な割れ目である違和感。

 女性のものは実物も画像も見た記憶はないけれど、お姉ちゃんは『本物そっくり』と言っていた。


 自分のものであるはずなのに、陰毛もない幼女のそれを覗き見しているような背徳感を覚えながら、便座に腰を下ろす。

 特に手で操作しなくても、自然に下を向いているのが多少楽だ。

 毎度定番になった音姫の操作も忘れずに。

 あそこを押さえているテープには穴が開いていて、そこから尿が出ることは昨日確認済みだけど、今日も上手くいくかどうか──良かった。問題ないみたい。

 いつもとはかなり違う感覚。タックで尿道を圧迫されているからか、勢いよく放尿とはいかない。出し終わったあともすっきりといかず、振って切ることも出来なくて、シャワーをかけたらテープが剥げそうで、結局折りたたんだトイレットペーパーで丁寧に拭う。

 いつもよりも余計に『女の子らしさ』を強要されている気分。


 個室を出ると、少し先に出たお姉ちゃんが鏡で化粧を確認しているところだった。鏡越しににっこりと笑いかけてくる様に一瞬見蕩れかけて、慌てて同じように笑みを作る。

 見分けが付かない、瓜二つの姿──に自分には思えるのだけど、客観的にはどう見えるのだろう。出来る限り真似をするようにしながら、自分もお姉ちゃんに倣って化粧のチェックを行う。あ、リップが少し取れている。

 リップを取り出し、丁寧に塗り直す──


「そんなに楽しそうに、どうしたの?」

「いや、愛里可愛いなあって」

「自画自賛ですか」

「私よりも愛里のほうが可愛いと真剣に思うんだ」


____________



 トイレを出て、暫くフロアをぶらつく。

 私が目で追っているのに気が付いたのか、お姉ちゃんが足を止める。


「やっぱり気になる?」

「……うん」


 それの真正面に移動して、漸く気付く。今は男姿じゃないから、これに素直に興味を示しても問題ないのか。

 ブライダル関連のコーナー。展示されたウェディングドレスを、生まれて初めて真正面からまじまじと見詰める。


「愛里はこういうの憧れる? 着てみたい?」


 お姉ちゃんの問いかけに、内心を探ってみる。


「一番は、お姉ちゃんが着ているところを見てみたい、かな。次善としては私が着て代用にしてもいいけど」

「ふーん。私はあんまり着たいって要求はないし、じゃあまずは貴方が旦那さん見つけないとだね」

「あ、普通ならそんな考えになるんだ。私はモデルになることばっかり考えてた」


 私とお姉ちゃん。お揃いのウェディングドレスに身を包んで一緒に撮影出来たら。そんな光景を思い浮かべるだけで心が躍る。

 ……私がタキシードで、お姉ちゃんがドレスの光景が先に思い浮かんで来なかったのは、女装に慣れ過ぎの末期症状に足を踏み入れて来た証拠なのだろうか。


「モデル……ね。いいんじゃない? 私だって『モデルになってくれ』って言われることもあるから、幾つかお願いしたらモデルにして貰えるかも。声かけてみる?」

「いやいやいや。胸の谷間的に無理だと思うよ?」

「むむう」


 目の前にあるドレス、肩から胸のところまで丸見えのタイプ。これを着たらパッドがはみ出て変な状態になるだろう。

 私が知っている限り、胸が開いていないウェディングドレスはそれなりにレアだ。確かに憧れはするけれど、何か谷間を誤魔化すすべはないか……今度、亜由さんに訊いてみよう。


____________



 結局その場はそのまま立ち去り、ファッションコーナーを中心に幾つか回っていく。


「次はここなんてどう?」


 拒否権はないのを分かって平気で質問してくる。

 思いっきり少女趣味の、可愛らしい感じの衣裳店。お姉ちゃんの手持ちには余り存在しないパターン。色はややシックな系統だけど、襟や袖にはフリルやレースで溢れている。


「こういうの、森ガールって言うんだっけ?」

「どうかな……見た感じ、ここのメインは違うけど、それに近い系統のアイテムも置いてあるのかな? あれとかがそう。まぁ『森ガール』も、もうあれ流行終わって来てるけどね」


 女性のファッション、色々勉強したつもりになっていたけど、まだまだ分からないことが多い……

 「いらっしゃいませ」という声に迎え入れられて、2人でコーナーに入る。ここは店員さんが肉食的に襲い掛かってくるところではないようで、少しほっとする。


「どう? ピンと来るのがある?」

「んー。お姉ちゃんにお任せ」

「それじゃセンスは磨けないよ? 失敗も経験のうち。ほら選んだ選んだ」


 難しい。


「お姉ちゃん、あとで私が選んだの着てくれる?」

「それくらいなら」


 あっけなく了承を貰う。それなら『お姉ちゃんに着せてみたい服』という基準で選んだほうが良いのか。

 もういっそ、『可愛い』に吹っ切ってみようか。頭の中のお姉ちゃんを着せ替え人形にしながら、適当に手に取ってみる。

 サイズ的にこっちのほうが良いとか突っ込みを時にうけながら、幾つか目についたものを選んでいく。


 店員さんに断って、試着室へ。汗が幾らかにじんでいるTシャツは脱いで、下はそのままで着替え始める。

 まずはチョコレート色のブラウスと、それに合うジャンパースカートだ。襟と袖、合わせの部分に控えめながら可愛いレース飾りのついたブラウス。

 普段着で春・夏もの、読者モデルの撮影で冬ものは着たけど、女の子用の秋ものは初めて着るかもしれない。


 男物とは逆の左前のボタンをつけ、袖のところも留める。このボタンも控えめながら飾りがついていてよく見ると可愛い。

 売り物の中では一番小さなサイズを選んだけど、やっぱり胴の部分はぶかぶかか。そして袖の部分はかなり短め。

 おそらく化繊ではないのだろう、柔らかな感触は虜になりそうだけれど、試着はともかく購入するのは無理があるか。少し残念。

 鏡を見つつ首の小さなリボンタイを軽く結ぶ。


 お姉ちゃんが外でたぶん店員さんと会話し始めたのをBGMに聴きながら、スカートを上から羽織る。

 ボディ部分はほぼシンプルな無地で、裾の部分にだけフリルとプリントされた飾りがついている。

 ウエスト部分は自然な感じでくびれ、ふんわりと広がるスカートに続いている。本来なら多分ミモレ丈のスカートかと思うけど、膝がちょっと覗いた状態。これはこれで可愛いから良いか。

 スカートの調整をして、鏡で確認。先ほどまでとは違って太腿が隠れている状態にほっと安堵して、脛が丸見えの状態がもう平常状態になりかけている自分に気が付く。


 全体をパッと見たときにはシックな印象なのに、よくよく見ると可愛い。帽子とか小物にもっと凝ったら更に可愛くなりそうだ。

 袖が足りてない以外はおおむね満足できる出来と満足しつつ、「出来たよー。どうかな?」と言いつつカーテンを開ける。


「わっ、わっ、可愛いーーー」


 試着室に入る前は落ち着いた感じのお姉さんかと思っていた店員さんが、目をキラキラ?ギラギラ?と輝かせてはしゃいでいる。


 「うん、悪くないかな」と言いつつ後ろから覗き込んだりして様子を確認していたお姉ちゃん。一応合格点を貰えたようでほっとする。


「勿体ないなあ。これで袖が丁度良かったら完璧だったのに」

「どうかな? スカートで隠れてるけど、中身もちょっとおかしいし」

「そっか。これに合うブラウス私持ってたかな……」

「次の服に着替えるよー」


 何やら考え込むお姉ちゃん、写真を撮りたがる店員さんにそう声をかけてカーテンを閉める。

 予定と順番を変えて、ベージュ色したレイヤードスカートを穿く。膝下丈くらいの長さの、レース製のふんわりしたスカートが何重かになっている。

 ウエストがだぶついてずり落ちそうだけど、試着の間くらいは誤魔化せるか。

 上はそれに合わせたふんわりしたオーバーブラウス。最初ワンピースかと思った上下の一体感。色々組み合わせてみてもお面白そうではあるけれど。


 袖は姫袖と呼ぶのだったか。多分本来は肘下で、今は肘上あたりから大きく広がった形で、ひらひらとレース飾りが躍っている。

 ブラウスの裾を飾るレースと袖を飾るレース、レイヤードスカートのレースが合わさって、華やかで可憐な印象を作る。

 鏡で見て、一瞬自分の姿に見蕩れてしまった可愛らしさだ。早くお姉ちゃんがこれを着ているところを見てみたい。

 そんな思いに突き動かされつつ、カーテンを開く。


「どうかな?」


 にっこりと微笑んでスカートをつまんでお辞儀してみたり。


「やっ、やだこれ可愛い」

「これまた吹っ切ったなあ」


 ちょっとの間、ポーズを取ったりして鏡の中の自分を見てみる。

 うーん。今までしてきたポーズの練習の形では微妙に違和感あるな。あれはどちらかというと、お姉ちゃんのイメージに合わせた『格好良い系』『スタイリッシュ系』のポーズだったから、今の服には似合っていない。


 と、鏡越しにお姉ちゃんが何やらポーズを取っているのが見える。

 これ、この服に似合う可愛い仕草を教えてくれているのか。見習って両手を胸の前で組み合わせ、小首を傾げて見たりをする。

 ……思った以上に難しい。『お姉ちゃんのふり』をしている時にはほとんど感じなかった、『男が女の子を演じることへの抵抗感』が出て来て、妙に照れてしまう。使い慣れていない筋肉を使っていることもあって、ちょっとプルプルきてしまいそう。


 姫袖もこれ、思った以上に違和感がある。

 腕を動かすたびにフリフリヒラヒラして落ち着かない。持ち上げると常にずり落ちてしまうのが変な感じ。肘下でなく肘上から広がっている分、余計にそう感じるのかも知れないけれど。

 ちょっとした動きも丁寧にしないと、みっともなくなりそうだ。……意外にそれが目的なのだろうか? 動きを制限して、自分の仕草を意識させて、優雅な女らしさを保たせるためという。

 着ている人間に対し、『女』である状態を保たせるための補正具。そんな衣装。自分は今着こなせているのだろうか? お姉ちゃんの『手本』を見てみたい。


「じゃ、これはもう良いとして、次に着替えていいかな?」

「少々お待ち頂けませんでしょうか」


 今までぼっと見ていたのに、私の言葉を聞くなりそう言い捨てて店の中に戻っていく店員さん。待つほどもなく、衣装を選んで戻って来る。


「こちらがその服の色違いになります。お姉さま、是非とも着用お願いします」


 流石プロというべきか、妙な迫力だった。お姉ちゃんには珍しく、妙な笑みを浮かべただけでろくに返事も出来ずに試着室に入る。私は入れ替わりで押し出される形でフロアに。


「背がすらりとしてて、本当に小顔で、ウエストの位置も高いですし、手も足も肌も綺麗で、その上これだけ顔も整ってて……こう、同じ女なのに、どうしてこう違うんでしょう」


 いや、実は私、『同じ女』じゃなかったりするのですが。


「お姉さんも十分綺麗だと思いますけど」

「ありがとうございます。慰めでも嬉しいです。モデルか何かされてますか?」

「私じゃなくて、姉が読者モデルやってますね。もうそろそろ掲載誌が発売されるのかな」

「なるほど。是非買わないとですね。でも妹さんも、先ほどのポーズの取り方とか、相当モデルの練習してません?」

「……うーん、姉に付き合わされてちょっと練習したくらいですかね」

「もしそれが本当なら、妹さん凄く素質ありますよ。プロのモデルを是非目指しましょう」


 しまった誤魔化し方として微妙だったか。「いえ、その。姉から聞いた話だけでも、私にモデルは無理って分かってしまったので……」と、適当を言って逃げを打つ。


「でも、うちの商品がこんなに可愛いとは思いませんでした。良いものを見せて頂きました。どうでしょう。その服をプレゼントいたしましょうか?」

「えぇと、その……いえ、正直サイズが合ってないので微妙かなと」


 いきなりこんなそこそこ値の張りそうな服一式を無料プレゼントとか言われても困るし、受け取る気は勿論ない。

 断るため咄嗟に思いついた言い訳だけど、しかし事実でもある。紐かベルトで縛るタイプだったら良かったかもしれないけれど、ゴム製のウエストがずり落ちてきてお尻で引っかかっている状態で正直落ち着かない。

 そんな私の言葉を聞いて、私の姿を上から下までまじまじと見詰め直す店員さんである。どこかにバレるきっかけがあったりしないかと微妙に緊張。


「なるほど、スタイルが良すぎるというのも問題あるんですね」

「それなりに、ですねえ。丁度あう服ってなかなかなくて」

「なるほどぉ」


 そんな会話をしているうちに、着替え終わったお姉ちゃんがカーテンを開ける。

 ぽかんとして、時間が止まったような気分。久しぶりに見る、『可愛い』衣装に身を包んだお姉ちゃん。今私が着ているのとまったく同じデザインで、色合いだけが違う。ウェディングドレスを思わせる、純白の衣装。

 それは本当に可愛くて可愛くて、今まで惚れていたのが更に惚れ直してしまう勢いだ。最近可愛い服を着ている姿を見てなかったから、不思議なくらいに新鮮に思える。

 『流石、本物(・・)は違うなあ』と、思わず見とれる愛くるしさ。着ている服に合わせて、ポーズとかきちんと可愛く出来ているのも凄い。


「お姉さまも可愛らしくて良いですねえ。どうぞお二人並んでください」


 押し出されるようにして試着室に入り、お姉ちゃんと並んでみる。狭い空間だから、かなり密着する形。レースが肌にあたって微妙に痛いけどそこは我慢か。

 内心最愛の人と、布数枚を隔てて身体を合わせている状態。表情は取り繕えても顔色は隠せていないような気がする。


「あっ、あのお2人の写真撮らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 興奮した様子の店員さんが、デジカメを構えながら声をかけてくる。どう返事しようと悩む間もなく、『他には決して公開せずに、個人だけで見ること』『私たちの分も撮ること』を条件に許可してしまう。

 先ほどの会話を思い出し、モデルの練習の成果を表に出すかどうか少し迷って、いっそ吹っ切ることにしてポーズを取る。


「可愛いなぁ、もう。この双子コーデ、反則すぎ。天使みたい」


 そんなことを呟きながら、持っていたデジカメで、お姉ちゃんが手渡したiPhoneで、何枚も写真を撮影していく店員さん。

 一旦休憩時に見せてもらうと、小さな画面上に2人の美少女の姿が映る。ベージュとアイボリーホワイト、服が色違いなだけでコピー&ペーストしたような瓜二つの姿。


「やっぱり愛里のほうが可愛いなあ。私、完璧負けてる」

「いやそんなことないでしょ?」

「お姉さん、正直に判定お願いします。私と愛里、どっちが可愛いと思います?」

「お2人ともどちらも素敵で可愛らしいと思いますが、あえてどちらが、と言われると……妹さん?」

「ほらね」


 お姉さま、何故にあなたは勝ち誇ったような顔をしていらっしゃるのでしょう?



 その後も別の服に着替えながら、そして色々お店を回りながら、お姉ちゃんや店員さんの着せ替え人形として弄ばれる時間が続く。そしてそれを楽しいと思っている自分がいて。

 私が『瀬野愛里』として、お姉ちゃんの妹として生まれていたのなら日常だったかもしれない、そんな一日だった。

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