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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
第三部:おねショタデート 2009年4月
15/47

1 女神さまがやってきた

「オレたちも中二かぁ……」

「中二になったからホラ、厨二病にかからないといかんのかね」

「くっ、オレサマの邪眼が……」

「くらえ! エターナル・フォース・ブリザード!!」


 退屈な始業式を終え、教室に戻りながらのそんな会話をしている周囲。久々に訪れた平凡で平和な日々を、なんだか嬉しく思う。


「五月になったからって必ず五月病になるわけじゃないし、別に無理に厨二病にならなくてもいいと思うよ」

「俊也はいつもクールだなあ……もっと熱くなれよ!」

「いや、春休み前よりずっと大人びた感じだ。……まさか大人の階段を上った?!」

「そういえば俊也お前、結局春休み一度も遊んでくれなかったよな。何してたん?」

「うーん。うちのお姉ちゃんと遊んでた。……いや違うな。お姉ちゃんに遊ばれてた」

「お前の姉貴、すっげー美人だもんなー。いいなー。オレも遊ばれたい(性的な意味で)」

「そうなん? 一度会ってみたいなー」

「ひょっとして、春休みにいっしょにいた茶髪がその『お姉ちゃん』?」

「ああ、あれ見てたんだ」

「どんな感じだった? やっぱり美人?」

「うん、すっげー美人。あり得ないくらい美人。アイドル? 何ソレ? って感じ」

「ありゃもう美人ってレベルじゃないね。“絶世の美女”って、ああいうの指すんだろな」


 「それは、実は僕なんだけど」

 つい言いそうになった言葉を、笑って誤魔化す。


 『男なのに女装して、女のフリをして“絶世の美女”になっていました』


 ──まるで厨二病の妄想か妄言のようなシチュエーション。

 でもそれがつい昨日まで、春休みの間の僕の現実だったわけで。

 でも今日からは、中学二年生の男子としての平凡な日常が、僕の現実。


 女装が嫌いなわけじゃない。

 男物の衣装にはない愛らしさ、柔らかさは大好きだし、その頼りなさにも段々慣れてきた。女の子から同性として、男性から異性として扱われるのも楽しいと思える。

 でもこうやって無事『男としての日常』に戻ってきたことを確認すると。


 ──なんとも不思議な安堵感を覚えていた。


____________



        <<武村亮介視点>>


 3度目の電話。やっぱり繋がらない。

 俊也のやつ、「何かあったらかけてきて」と言ってたわりには携帯の電源を切ったまま。いま何をしてるのだろう。

 待ち合わせの時間からもう30分すぎ。


 かつがれただけかも。

 待ち合わせの場所か時間を間違えたのか。

 いや実はもうこっそりボクを直接見て、逃げ出したのかも?


 そんな考えがぐるぐるする。

 なけなしの勇気をふりしぼってお願いしたのに……いやそれが間違いだったのか。いや、事故か何か、ここに来れない理由が出来たとか……

 何度目になるか分からない、そんなことを考えたとき──


 視界の中、“女神さま”が現れた。


 光り輝く金色の服と金色の髪をひるがえし、ボクのいるほうに向かって優雅に歩いて来る。前、美術の時間に見た、ギリシャの女神絵がなぜか記憶にあがってくる。『美の女神さま』がこの世にいるなら、こんな感じなんだろうか。

 こんなキレイな人、本当にいるんだ。もっとずっと見ていたい。でもどうせ、これから立派な彼氏さんとデートですぐどっか行くんだろうな。

 そんなことを考えながらぼうっと見とれていると……軽く周囲を見回したあと、なんとボクのほうに向かって近づいてきた。


「武村……亮介くんでいいんだよね?」


 あげく、ボクに向かって話しかけてくる。


「あっ、ひゃい!」


 なんとも奇妙な声で返事をしてしまって赤面。


「あ、良かった。待ち合わせ時刻をずいぶん過ぎてたし、もう帰ってたらどうしようかと。お待たせして本当にごめんなさいね。私、俊也の姉で瀬野ユウリです。今日は一日よろしくね」


 そういって、ぺこりと頭を下げる女神さま改めユウリさま。きれいな動きにまたみとれかけたけど、あわててボクも頭を下げる。


「じゃあ、まず確認からいこっか。俊也から聞いてるよね? 私たちはこれから5時間……だから6時35分までか。恋人としてデートする、と。延長とエッチは一切なしで……この条件で大丈夫かな?」

「えっ、あっ、も、もちろんOKですっ。ありがとうございますっ」


 学校が始まってから少し過ぎて、俊也に「お姉さんを紹介して欲しい」とお願いしてみた。「一応伝えてみるけど……今まで相手にしたことないから期待はしないでね?」と苦笑しながら答えていたし、自分でも正直あり得ないと思ってただけに、その条件でもありえないくらいラッキーだ。


「じゃ、タイマーセットしてと」


 かばんから黒いiPhoneを取り出し、ほっそりした指で何やら操作してる。手も小さくて、爪までピンク色に光り輝いてる。この人、どのパーツを見てもすごくきれいだと改めて感心する。うちのお姉ちゃんたちとは大違いすぎだ。


「では、エスコートお願いね。今日はどこいこっか?」


 iPhoneをしまい、ボクのほうに真っすぐてのひらを差し伸べながら、そんなことを言う。


 なんだろうこの手は。

 握手を求められているんだろうか。

 握ってしまっていいんだろうか。

 そんなばかな。

 このキャシャで白くて細くて節もなくてすべすべそうな手に触れることがボクなんかに許されていいだろうか。


 ──そんな思考がぐるぐるして硬直しているボクを、一瞬だけ首を傾げて見つつ、そのまま流れるような動作でボクに並ぶように立つ。

 良かった。今のうっかり手をにぎってたら恥かくとこだった。そんなことを考えたまま、何も反応できないでいるボクに向かって、再び声がかかる。


「さ、いきましょ?」


 そのまま歩き始める女神様。後ろ姿もとてもすてきだ。

 3歩ほど進んだところで振り返る。ウェーブのかかったきれいな髪の毛がふんわりと。少しフシギそうに首をかしげる。うわ。無茶苦茶さまになってるわ。

 ……っていけないけない。ここでぼっと見とれてるわけにもいかない。

 あの人のきれいな歩き方とは比べ物にならない、半分足をもつれさせたような動きで、ようやく動き始める。


 2人で並んだところで、なんだか手の平に感じるやわらかな感触。湧き出そうになるすっとんきょうな声を、すんでのところで押しとどめる。

 生まれてこのかた、家族と授業くらいでしか触ったことのない異性の手。ボクなんかが半径30m以内に近づくことすら恐れ多いような、飛び切りにきれいな女の人。その人との距離が、今ゼロになっている。

 女の人の手って、こんな感じなんだ。思っていた以上に肌ざわりが良くて、強く握っただけで折れてしまいそうなくらい細い。身体の大きさはこんなに違うのに、ボクの手の平にすっぽり収まる、小さな手。

 そんな感動で動きが止まっているボク。しばらくして、声をかけられていることに気が付いて我に返る。


「大丈夫? どうかしたの?」

「あ、いえ、大丈夫です。すいません、ぼーっとしてて」

「そう? ……まいっか。じゃあ改めて。今日はどこ行くの?」


 わ。近い近い近い。……ってダメだ。これ以上対応できないとボク不審者そのものだ。バクバクいってる心臓をどうにか無視して、この1週間かけて調べまくった成果の第一目的地の名前を口にする。


「なるほど。ちょい失敗したかなあ」

「え、あ。何かまずかったですか?」

「いやこっちの話。遅れた理由もあるし、移動中に説明するね。と、その前に──」


 と、こちらをのぞきこむ俊也のお姉さん。


「最初に言った通り、今日は私たち恋人同士なんだから、敬語禁止」

「えっ?」

「あと呼び方もだね。私のことはユウリって呼んで。私からは……亮くんでいい?」

「えっ? えっっ? ……ああ、はいそれでお願いします」

「だから敬語禁止って言ったよね?」

「あ……そうですね。いや、そうだね。ごめん」

「うん、よろしい」


 そう言ってにっこり笑う俊也のお姉さ……いやユウリさま。

 キリっとした美人なのに、笑顔になるとかわいい、かわいい、かわいい。

 鼻血が出てるんじゃないかとあせって鼻の下をこすってみるけど、大丈夫だった様子。どうやったらこんなきれいな人がこの世に存在できるんだろう。いや人じゃなくて本当に女神さまかも。

 思わずそう信じてしまえそうな素敵な笑顔だった。


____________



「さっきの話の続きだけど、失敗したっていうのは、最初に行く場所を聞いておけば良かったかな、ってことね」


 1駅分の電車の中、女神さまが先ほどの話を再開する。電車の手すりにつかまって立つ。そんな姿さえサマになりすぎていてビビる。

 4月生まれなのにクラスでも背が低め(こないだの身体測定で154.2cmだった)ボクと比べて、ちょうど頭1つぶんくらいの身長差。


「あそこ、ダメだめだったですか?」

「敬語はやめてね。……いや、いい場所だと思うよ。そういえば私も長いこと行ってなかったし」


 はじめ光の加減で金色に輝いて見えた衣装だけど、当然そんなことはなくて、上から下まで白一色の服。髪も金髪じゃなくて、少し淡い茶色のふわふわ髪。


「今日、本当は間に合うように家を出たんだけど、途中でスカウトに捕まっちゃってさ」

「スカウト、ってすごいですね。よくあるんですか……よくあるの?」

「そりゃ、よくあるけど、あそこまでしつこいのは珍しいかな」


 フトモモが半分以上見える白いミニスカートと、見事な身体のラインを思いっきり強調する白い服。

 その上から、中が透けて見える白くてふんわりとした衣装をはおっている。遠目だとたぶん分かりにくいけど、こうも近くだと中身がよく見えて色々やばい。


「交差点渡ってる時にいきなり腕つかんで離さないから、殺されるかと思っちゃった。『今からデートです』『急いでます』って言っても逃がしてくれないし」


 身長差のせいで、ボクの目のほとんど真正面にある見事なふくらみ。大きさから形からゆれ方までまるわかりという。気を抜くとじっと見つめたくなるのを必死でなだめるけど、それでもチラチラ視線が向かうのは止められない。


「それは……すごいね」


 チラ見がバレないように願いつつ、あいづちをいれる。


「うん。やっと別れて時計みたら、待ち合わせ時間過ぎてるし、俊也から連絡入れようと思ったらあいつ何故か電話切りやがってるし。というわけで、今日は連絡もなしに遅れちゃって、本当にごめんなさい」

「あ、だいじょうぶ。気にしてないから。……事故にあったんじゃないかって、ドキドキしてたけど」


 そのタイミングで駅についたので、2人で降りる。流れる人の中で、少しにらむように駅名の看板のほうを見ながら歩いてるのに気付く。


「ここって、私のうちからだとJRの最寄り駅だからね。最初から目的地聞いておいて、こっちの駅で待ち合わせか、いっそ現地集合で良かったかなあって」


 そうなのか。最初から失敗しちゃったのか。


「あ、亮くんは気にしないで。考えてみたらよくあるデートコースなんだから、最初から考慮に入れてなかった私の経験不足だったな、って」


 真正面から見た姿も、横顔も、後ろ姿もきれい。立ち姿も、歩く姿も、ちょっとした仕草もきれい。真顔も、笑顔も、少し考える様子も、どれもきれい。

 どうやったら、こんなにきれいな人がこの世に存在できるのか。



「大丈夫かな? なんかさっきからぼーっとしているようだけど」


 突然目のすぐ前に、小さくてすべすべ肌の整った顔がのぞきこんでいるのに気が付いて、思いっきりビビッてみたりする。甘さがなくてさわやかな、たぶん付けている香水の匂い。その中に、微かに混じる化粧の香り。ずっとバクバク言いっぱなしの心臓が、さらに激しくなるのを感じる。


「あっ、うっ、ひゃいっ。だっ、大丈夫です元気ですっ」

「……うーん、ならいいか」


 半分頭がぶっ飛んでるうちに、展望台フロアに到着していたよう。ボクより一歩お先に、スカートをひるがえして窓に近寄っていく。

 青い空、青い海の中、白い衣装で立つ姿は、そのまま『女神さま降臨』と言いたくなる。


「うわあ。やっぱりいい眺め。天気もいいし、誘ってくれてありがとう。……亮くんも一緒に見よ?」


 くるりと回って差し延ばされた手に従って、ボクも窓に近寄る。

 さっきここに来るまでに見えた観覧車が足元に見える。地上が小さく小さく見えて怖くなるけど、ここで怖がったら台無しだと足に力を入れて持ち直す。


「ここにも何度も?」

「そりゃまあ、ね。小学校でも来たし、家族でも何回も。けど……前に来たのはもう結構前かな。亮くんは?」

「ボクも小学校以来かな……」


 2人で景色をしばらく眺めたあと、手を繋いだまま連れ添って南西側の窓へ。


「ここから、亮くんの中学見える?」

「あ、見えるはず。ええと……あれかな?」


 普段ボクが過ごす街並みを足元に見る状況。下で暮らすのと、上から眺めるときの違いに困りつつ、微かに分かる道筋を頼りになんとか位置を探り当てる。


「へぇー。あれが亮くんと俊也の通う学校か」

「あ、そういえばユウリの学校は?」

「ん? 私? 私は都内の中高一貫女子校。小学校まではこっちで通ってたけどね」

「あー。なるほど」


 なんというかこの人、やっぱりすごい“お嬢さま”なんだなと改めて実感してしまう。


これにて、書き溜め部分終了です。

以降書きあがり次第の投下となりますので、申し訳ありませんが気長にお待ちください。

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