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僕は、姉になる  作者: ◆fYihcWFZ.c
閑話 5年後のお話 2014年3月~6月
14/47

4 白のお店

        <<(ひいらぎ)久美(くみ)視点>>


「久美ちゃん、お待たせ。ごめんね遅れちゃって」

「いえ、大丈夫です。すいません、無理言ってお邪魔しちゃって」


 そろそろ予約の時間に間に合うかどうか心配になってきた頃合い、詩穂さんの声がしてスマホを見ていた頭をあげて返事する。


 いつもより美人度5割マシの詩穂さん。一瞬別人かと思ったほどの変わりよう。

 そしてその隣に並んで、とっても綺麗な女性が立っている。


 花柄レースの可憐で上品な白いワンピースに、ベージュ色のリネンのジャケットを合わせた涼やかな姿。膝下丈のスカートからすらりと伸びる脚もとても素敵。

 初めて見るような、でもどこかで見たような、と少し考えて思い当たる。


「ゆ……雄一郎……さんですか?」

「兄の知り合いですね。時々そんな風に間違う人、いるんですよ。初めまして、わたし西原雄一郎の妹でユウコっていいます」


 ウェーブのかかったショートボブの髪を揺らし、女らしい仕草で会釈をする彼女(?)。

 頭の上に『ハテナ』を並べる私に、少し悪戯っぽい表情で詩穂さんが耳打ちする。


(凄いでしょ。雄一郎、もう完全に女性に成りきっちゃってるから。久美ちゃんも、この人のことはユウコだと思ってあげて)


「……あっ、失礼しました。初めまして。詩穂さんの従妹で、柊久美と申します」

「あ、雄一郎や詩穂から話はよく聞いてます。どうかよろしくお願いします」


 とても女らしい笑顔で笑いかけてくる、詩穂さんの(近い将来の)旦那様。事前知識がなければ絶対女の人だと信じていただろうし、今でもほっぺをつねりたい気分。

 時間も押しているので、挨拶もそこそこに切り上げて移動を開始。UVカットのサングラスをかけ、バッグから日傘を出して歩き始める雄一郎さん。安産型というほどじゃないけど、豊かで上を向いた綺麗なヒップを揺らして歩く様子にみとれて、少し出遅れてしまったりする。

 スカートさばきも、とても自然で綺麗。隣で談笑しながら歩いている詩穂さんと比べても、ずっと女らしい。

 ──『性別ってナニ? って気になるよね』っていう、理沙ちゃんの言葉を思い出す。

 これが実は男性とか、あまりに反則すぎる。


 交差点の信号待ち、ついついその美貌を見つめてしまう。

 高めのヒールを履いているから、身長150cmない私からは見上げる形になる。でも女性として背が高いというほどでもない。にきびどころか髭の剃り跡すら微塵も見当たらない、滑らかな肌が羨ましい。


「ん? 久美ちゃんどうかしたの?」


 私の視線に気づいたのか、小首を傾げて聞いてくる。そんな声だって女性そのもの。

 雄一郎さん、普段から男性としては高めの声をしているけど、それより高い、本当に自然な女性そのもののトーン、女性そのもののアクセント。


「いえ、肌がきれいだなぁ、ってみとれてました」

「あら、ありがと」


 にっこり笑って答える様子も素敵。私が男なら、これ一発で落ちてしまうレベル。


「久美ちゃんも肌が若くて素敵……って言いたいところだけど、もうちょっとお肌に気を使ったほうがいいかな」


 雄一郎さんが私を見てそう言ったとき信号が青に変わって、そのまま並んで歩き始める。



 丁寧なアドバイスを受けつつ、そのままさほど遠くない目的地に到着。


「予約していた杉本詩穂と、西原ユウコです」


(……男の人に、肌の手入れのしかたを教わってしまった)


 受付でふと我に返って、シチュエーションの理不尽さにちょっと困惑してみる。

 案内された部屋で、スーツ姿の女性のアドバイザーさんと一緒に打合せする。


 ──詩穂さんの結婚相手が、ユウコさんの兄にあたる関係。

 詩穂さんの結婚式と披露宴のドレスを、こちらでレンタルするという話。

 ユウコさんは普段海外に住んでいて、近い日程で海外で結婚式を挙げる予定。こちらは別にドレスを準備済みなので式用のレンタルはいらない。

 ただ、共通の友人を招いて国内で合同の披露宴をするから、その分のドレスを借りたい、と。


 予め決めておいたのだろう。

 最初に嘘と知っている私でも信じてしまいそうな調子で、2人で説明を行う。


 式や披露宴のイメージと概要の説明まで終えて、移動を開始。


 白、白、白。


 たぶん何百着ものウェディングドレスが吊るされた空間。

 外から憧憬をもって覗き込んでいたときとは格段に違う迫力に圧倒される。


「普通でしたらこちらでドレスを選んで頂くのですが、まず初めにご要望のあったドレスの試着をしましょうね。もちろん、ピンと来なければこちらから選んでも大丈夫です」


 笑顔で案内するアドバイザーさんに従って、ドレスルームを通過する。


「式のときはこの下着の予定なんですが、着たままでいいですよね?」

「はい、もちろん」


 到着した広々としたフィッティングルーム。ピンク色の内装、シャンデリアが輝き、カーテンで仕切られたスペースの壁は全面鏡になっている。

 今日は女性ばかり(!)ということで、カーテンは使わずにそのまま着替えを開始。ジャケットとワンピースを脱いで白いブライダルインナー姿になった彼?彼女?が、アドバイザーさんと言葉を交わしている。店員さんは目の前にいる美女が女性であることに、少しも疑問を持ってない様子。

 まあ私だって、最初に聞いてなければ疑うことを思いつきもしなかっただろうけど。


 白いビスチェからはどうやっているのか谷間が覗いているし、ウェストニッパーの括れは見事なものだし、ロングガードルの股間には膨らみも見えない。

 『ユウコさんは雄一郎さんの妹』という本人の言葉が本当で、詩穂さんや理沙ちゃんの言葉のほうが嘘だとか。

 あるいは雄一郎さんが最初から実は男装の麗人だったというほうが、まだ理解できそう。


 とはいえ。


「うわあっ」


 スタッフさんが運んできたドレスに、すぐにそんな考えは吹っ飛んでしまう。


「久美ちゃんが一押しだったって聞いて、選んでみたの」


 その中のひとつを着せかけてもらいながら、にこやかに性別不詳の美女が声をかけてくる。

 先月あったウェディングドレス・ファッションショー。そこで悠里さんと愛里さんが着ていたドレスが、目の前にある。

 ここは、あのショーとタイアップしているブライダルショップ(のうち一つ)。

 モデルさんがデザインしてショーで披露したドレスをレンタルして、実際に結婚式で着用できるという企画。もっとも実際にモデルさん着用したものじゃなくて、レンタル向けに調整したものだろうけど、『憧れのドレスが目の前にある』という事実は変わらない。

 最初に愛里さんが着ていた、右肩を完全に出したアシンメトリーでマキシ丈のドレス。

 ちなみに、ショーのあと販売されていたカタログで、どっちがどっちかは確認済み。ショーの後お姉ちゃんに聞いたら、『だって、黒いドレスが悠里さんでしょ?』と平然と返されたので少しずっこけたけど、黒ドレスが悠里さんだというのも正解だったみたい。


 すらりとした『ユウコさん』にそのドレスは良く似合って、まるでブライダル誌からそのまま抜け出してきたよう。サテンの輝きも眩い純白の、それは完璧な花嫁さん。

 微かに上気した顔で、少し驚いた表情で、鏡に映る自分の姿を確認している。


「まあ、本当にお似合いです。とってもおきれいですよ」


 アドバイザーさんの賞賛も、お世辞ではなさそうだ。あらかじめ許可をもらっておいたので、スマホで何枚も写真を撮ってみる。


「私は、朋美ちゃんのお奨めもあったしAKIさんのドレスで。……ユウコのあとに披露するのは、ちょっと恥ずかしいけど」


 ユウコさんに遅れて、詩穂さんの着替えが終わる。

 こちらはアキちゃんの雪のドレス。ミニ丈のプリンセスライン。もともと小柄な人に似合うタイプのドレスなだけに、ものすごく似合って可愛らしい。私の知っている詩穂さんじゃないみたい。2人並んだ様子を激写、激写。


「……悠里さんのドレスに、着替えさせて頂いてもいいですか?」


 鏡に映る自分たちの様子を眺めていたユウコさんが、ふと気づいたようにアドバイザーさんに言う。

 了承をもらって脇にあるジッパーを下ろして、上から脱いで、新しいドレスを上から被ってジッパーを上げる。少し慎重にしたけど1分くらいでお召し替え終了。


「こっちのドレスは、本当に着替え楽なんですね」


 ドレスを運んできたスタッフさんに手伝ってもらいながら、さっきまで少し苦労してドレスを装着していた詩穂さんが、目を丸くして驚いている。

 また2人並んで立ってみる。単品だと愛里さんドレスのほうが良かった気がするけど、スカート丈の関係上、こっちのほうがバランスが取れていて見ていて感じがいい。


「お2人とも本当にお綺麗ですよ。旦那様が羨ましい。きっと旦那様も素敵なんでしょうね」


 えーっと、実は『旦那様』は今、あなたの目の前にいたりするんです……


 それから次のドレスにお召し替え。さっくりとドレスを脱ぎ終わり、次のドレスを受け取るユウコさん。

 予想と違って、ワンピースタイプじゃなくてツーピースタイプ。舞台の上、遠目では分からなかったけど、細かく鶴の刺繍が入っているスカートを穿いて、ベルトで丈の長さを調整する。ガウンのようにトップスを羽織り、襟元を少し調整したあとマジックテープになった帯でピタリとつける。

 白無垢の様式美と、ウェディングドレスの軽やかさ、華やかさを併せ持つ美麗なドレス。さっきのドレスも素敵だったけど、それも簡単に霞んでしまう。


 本当に、これが男性なんだろうか?

 感動的なまでに美しい一人の花嫁さん。このフィッティングルームにいる、他のどの女子よりずっとずっときれいで女らしい。

 アドバイザーさんの賞賛や、私のスマホのカメラのフラッシュを浴びて、陶然とした様子でしばらく鏡に映る自分を見つめていた雄一郎さん。少したって、そのままポーズを取り始める。どの仕草をとっても、男らしさの片鱗も見つけることができない。

 違和感仕事しろ。


「……これ、本当に動きやすいですし、それに着るのも簡単なんですね」

「一人でも楽に着られますしね。海外での挙式ということでしたので、特にお奨めです」


 海外での挙式では普通白無垢は無理なんですけど、これなら近いイメージで式を挙げられますしね、と熱心にプッシュしてくるアドバイザーさん。

 海外分のドレスは必要ないと最初に断ったはずなのに……ってなるほど。もしOKが出たら貸出実績が1件増えるのか。流石はプロである。


 そんな会話がだいぶ弾んだあと、詩穂さんの着替えが終わる。今度はアキちゃんの花のドレス。ただ舞台で見たものよりは随分簡略化してあって、ボリュームも普通のウェディングドレスレベル。

 まあ、あれそのままだと隣に花婿さんが立てないし、しょうがないんだろうか。


「もう、ユウコ素敵すぎ。これで並ぶ自信ないなあ」

「詩穂、そんなこと言わないで。見違えたわよ。とってもきれい」


 今度義理の姉妹になる友人同士という設定。仲良しの女友達というか、どこか百合カップルっぽい様子で、でも見た目はともかく実はノーマルな新郎新婦同士でそんな会話。

 花嫁よりも、結婚相手の花婿のほうがずっと美人で女らしいって、どんな気分なんだろう。そう思って、花のような可憐な花嫁になった従姉の顔をじっと見てみる。

 近い将来、主人となる男性の花嫁女装姿を見詰める視線はとても熱っぽく、ご満悦そう。

 ひょっとして、こだわっている自分のほうが変なんだろうか。そんな気すらしてくる。


 ドレスの具合を確認したあと、カラードレスに着替える。

 悠里さんの、黒のチャイナ風のスレンダードレスを着たユウコさんは、やっぱり美人。もちろん悠里さんには及ばないけど、このままあのショーに混じっても違和感なさそう。

 身体のラインが良く出るドレス。くびれたウェストと上を向いたヒップのラインが、とっても魅力的。セクシーなのに気品がある印象。ついつい引き込まれてしまう。

 さっきとはまた少し別の意味で、反則的なまでに女らしすぎる。美人すぎる。


「ところで久美ちゃん、やっぱりドレス着てみたい?」


 その美女に、にっこりと話しかけられてドキッとしてしまう。


「いや……そんな、悪いですし」


 私、お姉ちゃんみたいに図々しくないし、この場に居られるだけでもう大満足。


 ……そう、思ったのに。

 ついさっきまで雄一郎さんが着ていた、白無垢ドレス姿で鏡の前に立っている私。


「本当はダメなので、他言しないようにしてくださいね?」


 少しいたずらっぽい笑顔で、アドバイザーさんが念を押してくる。

 雄一郎さんがつけていた香水の香りが微妙に残っている。


 私は今、さっきまで男の人が着ていた服を着ているんだ。

 私は今、さっきまでこの美女が着ていた服を着ているんだ。


 心の中、思いが錯綜する。


 もともと調整が効きやすいドレス、不満と言えば帯の位置が下にありすぎるくらい。和服ベースのシルエットは、寸胴気味の私でもきちんと似合っている。

 胸に手を当てる。凄い勢いで心臓がバクバクいって止まる気配がない。鏡の中、悠里さんの素敵なドレスを纏った少女が、私の動きと同じ仕草で動く。

 本当、夢の中にいる気分。


「久美ちゃん可愛い。本当に良く似合ってる」


 と、アキちゃんの月のドレスに着替えた詩穂さんが声をかけてくる。


「……詩穂さん、すっごく素敵です」


 やっぱりスカートのボリュームは減らしてある。それでも存在感あるドレスに目を見張る。

 3人並ぶ形で立って、アドバイザーさんにスマホで記念撮影してもらったり。隣の雄一郎さんが美人すぎて自分の容姿に恥ずかしくなるけど、これは一生ものの宝物。


 「せっかくだから」と他のドレスも選んで試着してみたけど、結局瀬野3姉妹分のドレスを使うことにする。


 きちんと採寸し直したり、小物を決めたり、予定を確認したりとか、細々とした事を終えてブライダルショップを出る。今から結婚式も披露宴も楽しみで待ち遠しい。


「詩穂さん、ユウコさん、ほんっとーにありがとうございました。今日はご無理を言って連れてきて頂いた上に、ドレスまで着せて頂いて」

「いえ、久美ちゃんがいてくれて本当に心強かったし、ありがたかったわよ。素敵なドレスも紹介してもらえたし」


 サングラスの奥で、女らしくにっこりと笑って頭を下げるユウコさん。

 同性なのにみとれしまう笑顔。私もこんな素敵な女性になりたいな。

 ──自分がそう考えたことに気付いて、混乱する。


 もういいや。自分の見たままを信じよう。

 この人はユウコさんっていう、素敵な女性。

 そう心に決めて、出てきたブライダルショップを少し振り返ったあと、私は2人の背中を追って街を歩き始めた。


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