5 グループデートの女の子(♂)
「ごめ、すっかり遅くなっちゃった……あれ、京介とヨッシーは? トイレ?」
女子トイレから出て戻ってみると、流星と直樹の2人が軽く手を振っているとこだった。
「ああ、化粧直してきたんだ」
「おおっ、流星良く気付いたねえ。好感度3ポイントアップ!(サムズアップ)」
「やったね!(サムズアップ) 今、好感度何ポイントくらい?」
「んー。92かな」
「やっほう。高得点!」
「1000突破でアタシのハート、ゲットだからガンバ!」
「わお! あとチョットだね!」
「あー。すまん。逆に待たせちゃったな」
流星とおバカな会話をしている最中、見えなかった2人がプリクラの台から出てきた。
「なんで男2人? ちょいと見してみ? ……うっはぁこれは」
「フジョに見せたら鼻血吹きそうだなー。高く売れそう。貰っていい?」
結局、長身組がプリクラを撮っていた理由は不明なまま、ペアごとに機体を選んで撮影開始。
アタシと流星は、最初はピースサインしながら普通に。2枚目はコメカミにキスされながら。で、3枚目。頭に手を回して、流星はキスをしかけてくる。『チュープリ』だっけ? 指を二本、唇と唇の間に挟み込んで阻止して、あっかんべしたあと笑いながら言う。
「ゴメンね。アタシはそんなに安い女じゃないんだ」
他の面々も、三々五々プリクラを終えて出てくる。
「ねぇね、どんなの撮れた?」
「顔のデカさの差すげーなこれ」
「落書きしすぎだ顔見えね」
「チュープリ失敗かよ、だっせえ」
「るせぇ。でもそんなガード堅いとこもステキ!」
「これだけ浮いてますねえ。映画の宣伝みたい」
「あれ? ユウコ、撮ったの1枚だけ?」
みんなでワイワイ鑑賞している最中、ふと気付いた疑問を口に乗せる。ほかの組は2、3枚撮っているのに、京介&ユウコカップルだけ1枚きりだ。
「……ユウコ、せっかく直した口紅が取れてるから、リサに直してもらって」
サーシャの言葉の一瞬あと、京介が見せた狼狽は面白くなるほどだった。
結局また、女子トイレに向かうユウコとリサ。その後ろ姿にふと違和感を覚える。少し思考を巡らせて、その正体に気づく。違和感を覚えなかったのが、違和感の原因なんだ。
そのくらい、ごく自然に女性に成ってしまっている後ろ姿。
さっきの女子トイレでの『説得』が効いたのか、眠っていた素質が花開いたのか。
あるいは下着までの完全女装で美女そのものの外見になって、『女』として超イケメンな男性とキスしたおかげで、男として重要な何かを吹っ切ってしまったのか。
心の持ちようだけでこうも印象が変わるのかと、感動に近い思いすら受ける。
『メイク直しのために、女子トイレに向かう』様子も凄く自然。今までチラホラ見えていた『男らしさ』も、皆無とは言えないまでもかなり減っている。
イマイチ、『アタシは女だ』と信じ切るレベルまでいけてない自分も、見習わないといけないんだろうか。
「なあ、サーシャ。ユウコってやっぱ、ああいうメイク慣れてないのか?」
2人の姿が女子トイレに消えたところで、ヨッシーが尋ねる。一見・知性派の眼鏡君は思い込みが激しすぎて微妙にズレてて、パッと見ウドの大木系のヨッシーのほうが鋭いのが、妙に可笑しい。
「クライアントの秘密につきましては、守秘義務の対象とさせて頂いております」
ニヤリと笑って大仰にお辞儀をするサーシャに、ニヤリと笑って返すヨッシー。
「あ、そだ。京介、今のうちに眼鏡かけてプリクラ確認しといたら?」
「あれトシコさん、なんで眼鏡のことご存知なんです?」
「そりゃあ、ねえ。あれだけ目があんまり見えてませんアピールされちゃ、さすがに」
少しためらったあと、スーツの内ポケットから眼鏡を取り出し、装着する京介。吹き出しそうになるのをなんとか堪える。ギャップ激しすぎ。太い黒ぶちの丸眼鏡。超イケメンな容貌だったのに、今はとてもヒョウキンに見える。
「ああトシコさんて、そんな顔だったんですね。みなが超美少女とか言ってたのも納得です」
「その低い声で褒められるとゾクゾクするね。でもユウコも同じくらい美人だし、あの子の前でアタシを褒めるの、厳禁よ?」
「そのスーツとか、誰の趣味? 京介のチョイスじゃないよね」
「これ、大学の入学式のためにって作らされたんですけど、似合ってませんよね?」
「アンタのセンスが致命的に悪いのは、その一言でよーく分かった。自分らの写真見てみ?」
「──ええっ?! 誰ですかこれは」
「だから、それが京介とユウコ。正真正銘アンタらだよぉ。もう1枚のほうも見てみて」
正直にいえば見せられたそれは、『奇跡の1枚』に近い、実物以上に綺麗に撮れているプリクラ。でも自信と自覚を持たせるためなら悪くない。
隠し持っていたプリクラを2枚取り出し、マジマジと見つめているのを横から覗き込む。少し意外だったけど、ユウコのほうから積極的にキスを仕掛けている。まるで映画の1シーンのような、美男美女のキスにうっかり見とれてしまう。
『成り切ってしまったほうが恥ずかしくないよ』
『雄一郎なんて人、忘れちゃいなさい』
『アンタはユウコ。飛び切り美人の女の子』
『だから女の格好もカレシがいるのも当然』
さっきのトイレで『彼女』に対して伝えた言葉。言った当人はさほど守れてないのに、言われた側はやり過ぎなくらいに守っている皮肉。
「京介さ。なんでユウコのことをナンパしようとしたの?」
「ええと、姉に『度胸を付けてこい』って言われてこんな格好無理やりさせて、顔も見えてない女の人を指さされて『あの子をナンパして来い』って」
そんな偶然で、アタシはナンパ対戦に敗北したのか。
「いい姉貴じゃん。大切にしたげなよ? あ、戻ってきたから眼鏡とプリクラしまって」
このタイミングで戻ってきた2人に、アタシはウィンクしながら声をかける。
「いーね! ユウコちゃんいい感じ! ステキ! ぐれーと! わんだほー!!」
にっこりと女の子らしい笑みを浮かべつつ、ぎこちないウィンクを返すユウコ。ほんの1時間前まで『女装なんてイヤだ』と騒いでいた人物は思えない女ぶりだった。
その後また、今度はカップルの枠を外して、適当なペアでプリクラを撮ることに。何故かアタシだけ全員と撮るハメになって。
で、最後のリサとの撮影中に、「俊也クンってさ。悪女だよね」なんて言われてしまう。『なんのことかナー?』とトボケて返したけれど、でも雄一郎のことなら自覚している。
ファミレスで会った時点で“彼”が自分に対して好意以上の感情を持ったのは分かっていた。あえて意識には載せないよう、努力していたけれど。
今の雄一郎の心の中は、
『好きになった女性に好意をもってもらうために』
『嫌な女装をして』
『女に成りきって』
『他の男相手に恋人のふりをする』
という、意味不明すぎる状態のはず。
その“好きになった女性”が、(彼は知らないとはいえ)実は男だという事実も、混乱に拍車をかけている。
流星も入れて、見た目は男2人女2人、実際には男4人の、そんな奇妙な四角関係。
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「ひゃっほう! まーた大勝利! トシコちゃんマジ、オレの勝利の女神!!」
プリクラのあと、階を上がってダービーゲームに皆で挑戦。2人ずつペアの4組に分かれての戦いだ。
アタシは初めてで良く分かんないので、流星にお任せモード。それでも分かる無茶な賭け方、なのに何故かほぼすべてのゲームに勝利して独走状態。
「すげぇ! 今日のオレすげぇ! トシコちゃんが傍にいる限り負ける気がしねぇ!」
「おっしゃ! 流星、どんどん行こうぜぇ!」
アタシも正直、わけが分からないくらいハイになって騒いでいる。
折り返し、アタシ達に張り合おうとヒートアップしている2位のリサペアともダブル差。セオリー通りに戦うサーシャペアが続き、地味で手堅い戦いを続けるユウコペアが最下位。
その後も熱い戦いが続き、長かったような短かったようなゲームの末の最終戦前。リサペアが半分脱落して、サーシャペアが一発逆転を狙った最後のベット。
そして……
「オレたちはもちろん、全ベットだ!!」
「いぇーっ!!」
「……あーっ、もうこんだけ笑ったの生まれて初めてかも」
最後の最後に無一文の最下位転落。トップはユウコペアでゲーム終了。結果が出た瞬間から何故か笑いがこみあげてきて、流星と2人でフロア中に響く声で大笑いしてしまった。目じりに涙がにじんでいる。
「もうサイコウだったな。……どっちがいい?」
しばらくそうやって笑い転げたあと、自販機から買ってきたらしい缶ジュース2本を流星が差し出してきたので、「サンクス」と言って、片方をありがたく頂く。
「いや、もー、楽しかった」
「どうする? みんなは他の階行くって言ってたけど……オレらばっくれちゃう?」
少し離れてだべっている皆に聞こえないよう、小声で囁く流星の言葉。それもいいな、と思うのと同時に、現実に引き戻される。
「魅力的な提案だけど、でも今日はダメかな。夕方待ち合わせしてる人がいて、その人の連絡がリサの携帯に来るから、リサと別行動できないんだ」
「シンデレラの魔法が解けちゃうとか、そういうこと?」
「うん、そんな感じ」
ふと、何故か『トシコ』を意識してしまう。あと数時間の命しかない、仮の自分を。
ずり落ちかけた豹柄で女もののトップスを軽く整え、ブラとキャミの位置を直し、短すぎるデニムスカートの裾を伸ばして、ウィッグを手串で梳いてみる。
「んー? 流星、何? じっと見てさ。どっか変なとこあるかなー?」
「いやあ、トシコってマジかわいいなあって。改めて惚れ直してた」
「んふ。ありがと」
「そこのバカップルども。俺ら階登るけど、おまいらどうする?」
「あ、行く行くー。ごめんね気を遣わせちゃって」
3階に上って、メダルゲームを皆で適当にプレイする。幾つか遊んで次に遊ぶ機体を選んでいるとき、声がゲーム機の後ろから聞こえてきた。
「おねーさん、かっこいいね」
「マジ美人」
「一人? ヒマなの? 俺らと付き合わない?」
なぜか気になり回り込んで覗き込むと、ユウコが3人のナンパ男たちに囲まれていた。
駅前でナンパされた時とはまるで違う『余裕のある大人の女』の態度で、賞賛の言葉を受け入れているユウコ。黒いタイトスカートの中、(僕と同じく)女物下着に包まれた男性のシンボルが隠されているとはなかなか信じがたいくらいの美女ぶりだった。
それにしても──男の時には、言われたくても多分聞くことのできなかった賞賛の言葉、『かっこいい』。それを女の時には、至極あっさりと手に入れているという皮肉な状況。そのせいかは分からないけど、満更でもなさが表情に表れてしまっている。
順応力高すぎ、と呆れるけれど、でも経験値のなさも同時に見え隠れしている。放置しても大丈夫なのか、助けに行ったほうがいいのか、いやそれだと二次遭難に合いそうだ、と悩んでいる最中、トイレのほうから戻ってくる京介の姿が見えた。
「お姫様をほっぽり出して何してるの。王子様の出番よ?」
戸惑う京介の袖を引き、救助に向かわせる。男たちの間を縫って京介に近寄り、これ見よがしに腕を絡ませるユウコ。相変わらず、映画の1シーンのような美男美女カップルぶりだ。
「……おれのツレに、何か用でもありましたか?」
190cm近い長身、ほりの深い目鼻立ち、眼鏡がなくて目を細めているせいで睨んでいるような目つき、低くてよく響く声。本人にその気はないんだろうけど、怖いお兄さんが凄んでいるようにも見える。
「あ、いえ。彼女さんとっても美人ですね。羨ましいです」
「お邪魔してすいませんでした」
慌てた様子で退散する3人組。様子を覗いていたアタシと目があってしまう。性懲りもなく近寄ってナンパしに来そうなので、慌てて引っ込んで流星と合流。
「良さそうなのあった?」
「これどう?」
「ちょっとやってみるね」
「やったことあるの?」
「んにゃ、初挑戦。わ、わ、これってどうやるの?」
コインを投入したあとで、慌ててやり方を教わってみたりもする。
そんな感じで遊び倒して、ふと時計を見る。6時を少し過ぎたくらいの時刻だった。詩穂さんは『夕方』としか言ってなかったけど、もういつ呼ばれてもおかしくない状態。
「んー、どったの?」
「なんて言えばいいのかなぁ。『トシコさん』に嫉妬してた。こんだけ自由で、楽しくて」
「それに、こんな素敵な彼氏まで居て」
「ナマ言うんじゃないの。──でも、まあ、それも入れていいかな」
「おおっ、ひゃっほい。……でもそろそろお別れの時間かぁ。また会えるよね?」
「どうかなぁ……分かんない」
今日はどうやらバレずに済んだみたいだけど、次はバレずに済むかは分からない。流星は、“僕”が男だと知ったらどんな反応を示すだろう?
それを恐れるほどに、彼のことを好ましく思っている自分に気づいて驚く。
特定の男性から異性として思われ、仮初の恋人として過ごした、生まれて初めての数時間。
自分が本当に『トシコ』だったら良かったのに。そんなことまで考えてしまう。
「ね……流星はさ、女装した男ってどう思う?」
「んー、よく分かんないけど、ユウコが実は男とか、そういうこと?」
「──リサでもサーシャでもいいけどさ。まあ、例えばアタシがもし男だったとしたら」
「それ、オレの愛が試されてるのかな? 男でも女でも、トシコなら関係ないぜ、って言いたいけど──正直難しいなあ。トシコちゃん似の女の子、3人は産んで欲しいし」
「相変わらず気、早すぎ」
「でも、仮定としても考えらんないな。こんだけカワイイ女の子が男とか、あり得ないから」
本当の性別を一蹴されて少し困惑しているところに、リサがひょいと顔を覗かせながら、「トシコ、ここに居たんだ。姉貴から電話あったよ」と言ってきた。
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「トシコちゃん、やほーー」
待ち合わせの場所、待ち合わせの時刻。ギャル系のファッションでばっちり決めた小柄な女性が、陽気に手を振っていた。
「おーっ、シホじゃん。すんげー久々。寂しかったよー」
「なんだ、あんたらサーシャと遊んでもらってたの? サーシャ、おひさー」
……理沙さんの姉の、詩穂さんだったらしい。昼に会ったときからの余りの差が、意外というか納得というか。
「この中に一式入れといたから。着替えた服はこのロッカーに突っ込んどいて」
そう言って見覚えのある鞄と、駅のコインロッカーのものらしいキーを渡してくれる。
「鍵は駅の忘れ物預かり所に『これ落ちてました~』って言って預けてもらえればいいから。あ、あとこれはロッカー代」
「ところでトシコちゃーん。なんか忘れてないかい? ナンパ最下位の罰ゲームとか」
と、サーシャがひょいと顔を寄せて、小声で割り込んできた。
「あーあー。あったねえ。……またの機会になんない?」
「もう帰るから、すぐ終わる簡単なので。──トシコちゃんの本名おせーて?」
しばしの逡巡ののち、覚悟を決めて「瀬野、俊也です」と耳打ちする。びっくりした様子も見せずに、ニヤリと笑うサーシャ。『やっぱねえ』と顔に書いてある。
「いつから気づいてた?」
「ファミレス入る前から、ちょい怪しいなあとは思ってた。確信したのはリサの態度かな」
「ん、何の話?」
「ヒ・ミ・ツ。……名残惜しいけど。ごめんね、アタシはここで。じゃーまたー!」
興味津々といった感じで近寄ってきた流星に投げキッスをして、皆に手を振る。口々に別れを惜しんでくれる声を受けながら、駅に向かって歩く。
振り返ると、詩穂さんが僕の代わりに加わって、次の遊びに向かう様子。
障碍者用のトイレに入り、鞄を空ける。朝着てきた通りの衣装がそこにあった。
なかなか落ちないギャル系の化粧を、クレンジングジェルを何度も使って念入りに落としてさっぱりしたあと、服を脱いでそれに着替える。この服に袖を通すのは数ヶ月ぶりな気もするけど、実は今日の昼過ぎまで着ていたのか。
スカートの裏地のポリエステルの肌触りを、心地よくも頼もしく感じてしまう。今日はもう、スカートの中を覗き見られる心配はしなくても良いみたい。男なら決して感じないはずの不安と、それと裏腹な不思議な安心感を面白く思う。
簡単にリップだけの化粧をしてウィッグをかぶり、鏡の中の自分を見つめる。
少女にしか見えないように思える、女装した僕の姿。それでもサーシャさんにはあっさりと見破られていた。『女に成りきれてない、中途半端な女装』の域を抜け出すには、まだまだほど遠いらしい。
誰からも男だと見抜かれないよう、素敵な女性としか思われぬよう。帰ったら、もっともっと魅力的な女の子に成りきれるよう練習しないと……そう考えたところで思い出す。
春休みの宿題、まだ終わってないや。




