9 シエルのお仕事
「アイリスー」
「ん、何。シエル」
我が家にシエルがやってきた。
これで我が家に住むドラゴンが二匹になり、家には三人いることになる。
元々私一人で住んでいた家に、三人は少し狭いものがあった。
「私は何をすればいい?」
「あー」
確かにシエルはこの家にやってきてから何もしていない。
毎日ごろごろするか、ヴィルについて行くかだ。
まあ、することがないし。
「うーん、特に何もないからゆっくりしてていいよ」
私がそう言うと口をぽかんと開けて愕然とした顔をこっちに向ける。
んー、何かしたいのかぁ。
……と言っても何も頼むことが思いつかない。
薬品の整理とかは任せることでもないし。料理はヴィルが作ってくれているしなぁ。
どうしようかな。
「ただいま帰りましたー!」
ヴィルが帰ってきた。
聞いてみるか。
「ヴィル、シエルが何かしたいそうなんだけど何かない?」
「何かしたいとは?」
「ああ、自分だけする事がないのが嫌なんだって」
「なるほど……確かに、こっちに来てから何もしていませんね」
頷く、ヴィル。何かいい案がないかな。
「うーん、シエルがする事ですか……」
ヴィルも顎に手をあて悩んでいる。
んー、何かいい案がないものか。
そう私達が悩んでいた時だった。
「やっほー! アイリスいるー?」
扉を勢いよく開け、飛び込むように入り込んでくる。
いつもの騒がしいやつが来た。
「もっと静かに開けなさい。扉が開いている時は私はいるに決まっているでしょう」
「えへへー。それもそうだね」
「全く。で、何の用なの? 何か薬?」
「今回は薬じゃないんだよね。良かったらまた迷宮に一緒に潜らないかなと思ってさ」
突然、とんでもないことを言い出した。いや、まあフレアが唐突なのはいつものことだけど。
私が迷宮にあまり行かなくなった理由を知っているというのに。
「また、どうしていきなり」
「いや、メンバーの一人が辞めるんだよね。私達についてこれる人も中々いないしさ。それにヴィルちゃんもいて心強いからね!」
つまり私は穴埋めか。まあ、それは別に構わないのだけど迷宮かぁ……
「私は行かないかな。やっぱ薬屋があってるよ」
「やっぱそうかぁ。ヴィルちゃんは?」
「アイリス様がいかないなら私は遠慮します」
「そっか。じゃあ仕方ないね」
フレアもそう言うと思っていたのか、残念そうな様子はまったくない。
まあ、取りあえず一応聞きに来た程度だったんだろう。
白衣の裾をちょいちょいと引っ張られる。
シエルがこっちを見つめていた。
「ん、どうしたの、シエル」
「アイリス、私が迷宮に行ったら喜ぶ?」
んーどうだろう。正直迷宮に行く理由は、新しい毒と薬ぐらいだからなぁ。
でも、すぐに手に入るのは嬉しいかも。
こう見えてもフレアのパーティーは最先端を行っている。
手に入るものも新しいものばかりだ。
それに、何よりシエルも何か役に立ちたいんだろうし。
やることがないのなら、これを任せるのもいいかもしれない。
シエルも任されたいみたいだし。
「喜ぶよ。フレア、良かったらシエルを連れて行ってくれない?」
「私は大歓迎だよ! でも大丈夫なの? ヴィルちゃんが言ってた力の暴走とか……」
あー、そんなこと言ってたな。
「どうなのヴィル」
「迷宮ぐらいの距離なら大丈夫と思いますよ。私もすぐに向かえますし」
大丈夫みたいだ。
「行っていいの?」
「いいよ、行っておいで。シエルを頼んだよフレア」
「うん! よろしくね、シエルちゃん」
「ん、よろしく」
なんとか、シエルにもやることができたのだった。
次の日、
「じゃあ、シエルを連れて行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
フレアがシエルを迎えに来ていた。
もちろん迷宮に向かうためだ。
「シエル、迷惑をかけないように。そしてくれぐれも無茶はしたらだめですよ。むかついたからと言ってパーティーの人に炎を吐いたりしたらだめですからね」
「分かってる」
行くと決まってからヴィルはずっとこんな様子だ。
同じことをシエルに言い聞かせている。
「ほら、あんまり待たせたら悪いよ、ヴィル」
「そ、そうですね。フレア様、シエルをよろしくお願いします」
「うん、任せておいて」
まあ、見た目に反してフレアはしっかりしているし、大丈夫でしょ。
「シエルは大丈夫でしょうか……迷惑をかけていないでしょうか」
「大丈夫でしょ」
シエルが行ってからずっと心配しているヴィル。
そこまで、心配ならついて行けばよかったのに。
「いえ、私にはアイリス様の料理を作るという大事な役目が……」
「なら、それに集中してね」
事実、先ほどからヴィルの手は全く動いておらず、料理は進まないままだ。
進まないだけなら何の問題もないけれど、怪我をされたり、何か壊されてしまうのは困るので注意を促しておく。
「はっ、はい。でも……」
私がそう言ってもおろおろと戸惑う。
ふう、やれやれ。
「行ってきなさい。今日のご飯は私が作るから」
こんなにおろおろされていちゃあ、私も集中できたもんじゃない。
こうするのが一番だろう。
案の定、ヴィルは申し訳なさそうにしながらも、私が言うなり扉を開けて飛び出て行った。
でも、あそこまでヴィルが狼狽える姿を初めて見たかな。
それだけシエルの事が大切なんだろう。
少し胸がもやもやする。
ヴィルがシエルの事で慌て始めてからだ。
なんだろう。この落ち着かない感じは。
まさか、シエルに嫉妬している?
いやいや、そんなことがあるわけ……
頭を大きく振りながら、この気持ちを飛ばし料理に集中しようとする。
それでも、私のこの気持ちは晴れることは無かった。
ヴィルが帰ってき、続けてシエルも帰ってくる。
ヴィルの様子を見る限り何の問題もなかったようだ。
夕食の時、シエルは楽しそうに今日の様子を話していた。
頼りにされたことが相当、嬉しかったんだろう。
ヴィルはそれを見てにこにこと笑っている。
まあ、無事にシエルの仕事もできて、ヴィルも今日見てて大丈夫だと分かったみたいだし良かったかな?
私のもやもやとした気持ちは置いてくとしよう。