3 実験
最近暑くて動きたくないです。
平穏な昼下がり。魔女たちの住む町、ミゴン。
とある一軒の薬屋、ギフト。
そこには一人の魔女と一匹のドラゴンが住んでいる。
「ねえ、ヴィル」
「はい! 何ですかご主人様!」
私が呼びかけると即座に自分のやっていたことを中断して私のもとへと駆け寄ってくる。
「いや、そんなに慌ててこなくてもいいんだけどさ、角と尻尾はどこいったの?」
そう、今のヴィルの姿は人間と変わらない。
誰がどう見ても人間そのものだ。つまり、面白くない。
「ご主人様がご所望とあるのならば!!」
私が言った瞬間、ヴィルの頭には白い髪とは対照的な二つの黒い角、そしてお尻からは白衣を押し上げる様に立派な黒い尻尾が顔を出した。
「おお、今後はその姿でいるように」
「はいっ!」
右手を額に当てびしっと敬礼するヴィル。
ふふ、ご主人様はこっちの姿の方が好みなのかぁ……とか嬉しそうに呟いているが聞こえない。
うん、聞いてない。
ただ、ドラゴンなのに人間と同じ姿なのが面白くなかっただけだ;
私の気まぐれだ。
よし、じゃあそろそろ実験を行うとしよう。
立ち上がり棚の鍵を開け、いくつかの薬品を取り出す。
手始めはこの辺でいいかな。
「おし、取りあえず腕をだせ」
「こう、ですか?」
言われた通り、魔法金属でできた机の上に腕を出すヴィル。
その上に手に取った瓶の中の液体をかけていく……
ちらりとヴィルの様子を窺いながらかけていくがキョトンとした顔のままだ。
まあ、このぐらいの液体だと人間の肌がただれるぐらいだしな、手始めと言ったところだし?
次の瓶をとる。
この毒は迷宮のヒュドラからとれたものだ。人間なら吸った時点で意識はなく、魔女ですら倒れるような物、しかもそれの原液。勿論私は触れないように、吸わないようにしながらドロドロとした青色の液体をかけていく。これなら流石にドラゴンとはいえ、傷ぐらいつくだろう。はっはっは、せいぜい苦しむがいい。
横目にヴィルを見ると相変わらずの何かしたの? と言わんばかりの呆けた顔だ。
何だと……ヒュドラの毒でもだめなんて。
その後小一時間ぐらい色々なものを試したけれども結果、ヴィルの鱗は溶けなかった。
最終的に直接飲ませもしたんだけれども、
「あ、私どんな毒でも分解するんですよー」
とか言ってけろっと飲み干していく。様々な不気味な色の液体や固形物を飲み干していく姿はもはや壮観だった。
実際、飲み干した後も普通の様子だったし。
にしても嘘でしょ。何の毒も効かないなんて。
「ん、んん?」
足元がおぼつかない、くらくらする。
ヴィルが何か私に言っているが何も聞こえない。
段々私の意識が薄れていく……
そのまま私の意識は闇に飲まれた。
…………
あわわわ、ご主人様が倒れた!? 顔を青白くさせて息を荒くさせているご主人様。
と、とりあえずどうしたら……そうだ! こんな時は人口呼吸!?
そしてら合法的にご主人様とキスが、とよく考えると普通に呼吸しているしそれは必要ないのか。
しかし、どうしたらいいのだろう。
私の仲間たちは倒れることなんて滅多になかったし。
倒れても次の日にはケロッと復活してたもんなぁ。
でもご主人様は魔女とはいえ人間とそうかわらない体の作りをしている。
確か……人間が倒れた時はどうしていたっけ。確かなんか荘厳な言葉を並べていたっけ。
回復魔法だとかなんとか。
そんなもの私には使えない。
とにかく、誰か頼りになる人は……
私が知っている人自体一人しかいないんだけれど。
「ご主人様待ってってくださいね!」
苦しそうなご主人様をベットの上に寝かせて店を飛び出す。
あの人の匂いをたどる。この分だとそこまで遠い距離じゃない。
すぐさま龍の姿に戻る。周りでドラゴン!? と騒がれていたけれどそんな事お構いなしに飛んでいく。
あっという間に目的の人を見つける。栗色の跳ねた髪、ご主人様んご友人。
「フ、フラム様! ご、ご主人様が!!」
「だからフラムでいいって。アイリスがどうしたの?」
「いきなり倒れて……」
「ふむ? 取りあえず連れて行ってもらえる?」
「はい!」
フラム様を背中に乗せ、家まで飛んでいく。
家に入るとフラム様はご主人様を見るなり、慌てたように自分の鞄から丸薬を取り出し、ご主人様の口へと押し込む。丸薬は喉を通り、ご主人様の中へと取り込まれていく。
「よし、これで大丈夫だと思うよ」
「ご主人様は一体どうしたんですか?」
「毒の吸いすぎだね。アイリスは結構耐性があるはずなんだけど……」
不思議そうに首を傾げているフラム様。
私に毒を使うときにご主人様にも影響が出ていたに違いない。
ということは私のせいで……?
私がそのことを説明する。
「あははは、ヴィルちゃんが気にすることは無いよ。これはアイリスのミスだよ。ヴィルちゃんに夢中になりすぎだね」
笑いながらそう言った。
それでも私は責任感をぬぐいきれない。
「数時間後には起きると思うからそれまで安静にね」
そう言ってフラム様は出て行った。
確かに、さっきよりは顔色もよくて呼吸も安定しているけれども……
私は心配で、ずっとご主人様を見つめていた―――
「ん……」
目を覚ます。私はベットで寝ていた。
窓から見える風景は赤白く、日が下がっていることが分かる。
確か、ヴィルに毒薬を与えて……ああ、そこで倒れたんだっけ。
自分で思っていたよりも夢中になりすぎていたようだ。毒の許容量を超えていたのだろう。
まさかこんな初歩的なミスを犯すなんて。師匠になんて言われるか。
「ん、んん」
私の膝の上に体を寄り添わせ寝ているヴィルがいた。
ひょっとしたら倒れた後、介抱してくれたのだろうか。
あそこまで毒を受けると私でも手当なしには起き上がれないし。
「ご主人様?」
私が起きたのに気づいたのかこっちを見る。そして、
「あああああ、ご主人様が無事でよかったです!!」
涙ぐみながら私を抱きしめてきた。そんな慌てるようなことでもないだろうに。
「私のせいでご主人様が死んだのかと……」
「いやいや、これはヴィルのせいじゃないから。私のミスだから」
「うええええんん」
そう言ってもなかなか泣き止まないヴィル。
ヴィルが泣き止むまでしばらくの時間を用した。
「なるほど、フラムを呼んでくれたと」
「はいぃ、無事でよかったです」
まだ、少し涙ぐんでいるヴィル。でも、実際ヴィルがフラムを呼んでくれなかったら結構危なかっただろうなぁ。
「ありがとうヴィル」
ヴィルにお礼を言うのはこれが初めてかもしれない。
「はい!!」
蔓延の笑みで私を見つめるヴィル。
これからは少し優しくしてあげようかな……
余談
「んんー」
「どうしたんですかご主人様!? ヴィルにできる事ならなんでもおっしゃってください!」
「いや、まだ体に残った毒をどうしようかと。取り出すことはできるんだけど容器がね」
普通なら一つの容器でいいんだけれども今回私はいろんな毒を取り込んでいる。
いちいち容器を分けながら取り出すのは手間がなぁ。
下手に出すとまた倒れる事になりかねない。
まあ、放っておいてもそのうち処理されるし、少し体がだるくなるぐらいだ。
「じゃあヴィルが飲みますよ?」
……ヴィルに毒が聞かないからってそれはどうだろうか。
結局他にいい方法も思いつかなかったのでそうすることにした。
「リソルション」
私自身に含まれている毒を分解し、指先から出していく。
それをヴィルが加えて飲んでいく。
「ご主人様の指美味しいです!」
私の指先を必死でちろちろと、時々にはしっかりと加えなめしゃぶるようにして味わう。
これは……どうなんだろうか?
まあ、ヴィルが嬉しそうにしていたし、よしとしよう。
飲んでいるのは毒なのだけれども。