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辻褄探偵  作者: 遊樹倫
1/1

矢崎邸殺人事件

「妻夫木くん妻夫木くん。このいかにも外界から隔絶された山奥の洋館で起こった殺人事件というのがもしかして今回の依頼なのかしら?」

リクライニングチェアに横柄に腰掛ける少女が俺に向かってそう問いかけた。

「……そうだよ。つか! 妻夫木じゃねぇっつってんだろ! 妻木だ妻木!」

そう言いながら、俺は少女……辻宮沙苗の前に乱暴にティーカップを置く。何が悲しくてこんなメイドみたいな事をしなけりゃならねぇんだ、と、叫び出したくなりそうだ。

「あまりヒステリックな声を出すものじゃないわ。夫に逃げられるわよ」

「だから妻夫木じゃねえ!!」

そもそも、ここ妻木探偵事務所は俺の祖父である妻木直実が始めた、ボロくても歴史ある探偵事務所である。父が早逝したため、今は俺、妻木実朝と祖父の代からの古参である井之頭源五郎さんの二人しかいないが、それでも最盛期には『妻木に頼めば万事解決』とまで謳われたものだ。

それがつい一年ほど前、謎の少女によって伝統ある妻木探偵事務所の実権は掌握されてしまった。この辺りの事を回想するとかなり長くなるため割愛するが、ともかく、齢十六くらいの乳臭いガキに妻木探偵事務所栄光の所長席は支配されてしまったのである。

「……何か不満気な顔ね、妻夫木くん。妻木なんて呼びにくいのよ。いいじゃない、妻夫木で」

などとサラッと言ってのける沙苗。貴様、伝統と格式ある妻木の姓を……。

「で?今回はどんな事件なの?説明してよ」

沙苗は持っていた資料をバサっと机の上に放り出し、俺の方を向く。彼女曰く、長ったらしい資料なんて読みたくない、との事である。そのわりに『辻褄合わせ』の時には資料を片っ端から洗うのだけれど。非効率極まりないとは思うのだが、どうにも彼女はそのやり方を変えようとしない。まぁ事件解決までの時間と労力を考えれば、これくらいの手間は微々たるものなのかもしれないが。

「ったく、妻木が嫌なら名前で呼べばいいじゃねぇか」

そう言って、俺は沙苗が放り出した資料を掴み、目を滑らせる。依頼を受けた段階で一度さらってはいるのだが、人に説明するためには、資料を上から順番に朗読すりゃいいってわけでもない。

「名前って鎌倉幕府第三代将軍みたいなアレ?」

「人の名前をアレ呼ばわりするんじゃねぇ」

「朝という字をともって呼ぶのはなかなかイケてるわよね。じゃあともくん、って呼ぼうかしら?」

「嫌じゃボケ。実朝様と呼べ。何が悲しくて年下のガキにんな呼び方されにゃならんのだ」

「なによ。そのガキがいないと経営が立ち行かなくなるクセに。まぁ確かに、ギャルゲの主人公のようで気に食わないのは確かね」

「お前がヒロインのギャルゲとかどの層に需要があるんだよ」

「あら、けっこうあると思うわよ。私自分で言うのもなんだけど、かなり容姿端麗な方だと思うし、それに生意気娘って、けっこう人気らしいわよ?」

「随分と奇特な趣味だな」

いつも通りの軽口の叩き合い。お前もここがないと行く場所がないくせに、というのは、思いはしたが胸にしまっておいてやる。

「それで、本題は?この洋館で、一体どんな事件が起きたのかしら?」

「えっと……ちょっと待てよ」

俺は資料をぺらぺらと捲り、事件の概要をさらう。


今回の事件が起きたのはY県の山奥にある洋館であった。この洋館は百年程前に建てられ、今から二十五年程前に医療器具メーカー大手会社を創業した矢崎勉氏によって買い取られたものだそうだ。

今回の被害者はこの矢崎勉。先週末の十三時頃、朝食、昼食と起きてこない矢崎氏を不安に思った住み込みメイドの山下加菜氏が執事の岡田俊治氏と共に部屋のマスターキーを使用して矢崎氏の私室に踏み込んだ所、刃渡り二〇センチ程度のナイフのようなもので滅多刺しにされた矢崎氏の遺体を発見。部屋からは金品およそ数千万円相当が盗まれており、警察は当初、強盗殺人事件の方向で捜査を進めていた……。


「ちょっと待ちなさいよ。いくら私でも外部の人間の犯行まではわからないわよ?」

「だから当初っつったろ。最後まで話を聞け」

「むぅ……」

不満そうに口を尖らせる早苗。

「ええと……捜査を進める内に妙な点が見つかったらしいな」

「妙な点?」

「そう、妙な点だ。外部から侵入の形跡があったのは確かだが……」

 それを聞いた早苗は、ふぅん、と呟き、椅子にもたれ掛かる。

「なるほど。その形跡が余りにも綺麗すぎた、という所かしらね」

「正解だ。外部から侵入した形跡っつーか足跡だな。足跡はあったんだが、その足跡は窓から侵入し、矢崎氏を殺害した後一直線に金品のある場所へと向かっていた。明らかにどこに何があるか知っている足取りだったそうだよ」

「なるほどね。でも、空き巣とかなら金持ちが高価なものをしまいそうな場所なんてある程度分かるんじゃない?」

「まぁ金庫とかジュエリーボックスの中身が無くなっていたくらいならそうだわな。でも矢崎氏はそういったいかにもここに高価なものがあるぞ、という金品のしまい方を嫌っていたそうだ。どうも身内に手癖の悪い人間でもいたらしい」

 その手癖の悪い人物、というのは矢崎氏の長男の息子、つまり孫にあたる矢崎圭一であったらしいのだが、この人物には当日のアリバイがあり、容疑者リストからは外れている。

「ふぅん、それなのに盗まれた、と」

「それに通帳や財布のキャッシュカード類は手付かず、どころかそこを探した形跡すらないと来ている。こっちは普通にデスクの引き出しに入っていたにもかかわらず、な」

 おそらくは足のつく可能性の低い物品を持ち出したかったのだろう。キャッシュカード類は止められてしまえばそこまでだ。

「なるほど、それで外部犯に見せかけた犯行の可能性が高いという結論に至ったわけね」

「そういうこったろうな。で、そんな事しそうな人間を洗えば事件解決だと意気込んだそうなんだが……」

「容疑者が多くて特定ができない」

「ビンゴだ」

「ふぅん、まぁありがちな事件と言ってしまえばそれまでね。問題は犯行動機が怨恨なのか遺産目当てなのかだけれど……指紋とかは出なかったんでしょう?」

「確実に犯人のものだ、ってのはな。靴の跡なんかも日本全国に卸されている安物の運動靴らしいし、凶器も持ちさられている。こりゃ見るまでもなく計画的犯行ってヤツだ」

「でしょうね。衝動的な犯行にしては不可解な点が多すぎる……で?容疑者は?」

「……もういいのか?」

「事前情報としてならこれくらいで十分」

「そうかい、じゃあ……」


容疑者候補エントリーナンバーⅠ

矢崎氏の次男、矢崎泰雄氏(五十二)……矢崎氏創業の医療器具メーカー社長で独身。執事によると経営能力について度々叱責を受けており、それを恨みに思っている可能性があるとの事。矢崎氏が死ねば会社の実権や遺産が手に入ることもあり殺害動機としても十分であるように思われる。また、度々矢崎勉氏の私室に出入りしていた為、彼の部屋についても詳しい可能性が高い。

容疑者候補エントリーナンバーⅡ

矢崎氏の長男、矢崎孝雄氏(五十四)……矢崎氏の会社の下請け会社の社長で妻子あり。長男でありながら下請け会社へと左遷され、恨みに思っている可能性がある。弟の泰雄氏とは兄弟仲がよいため、矢崎氏が死ねば本社に戻れる可能性が高いという事が矢崎氏殺害の動機となりうる。ここ数年は矢崎氏の私室には立ち入っていないため、部屋の中については詳しくないと思われる。

容疑者候補エントリーナンバーⅢ

矢崎氏の長女、今中里美(四十八)……矢崎氏の会社の専務・今中学氏の妻。娘と息子が一人ずついる。今中氏との結婚の際に当時付き合っていた男性と別れさせられている。動機となりうるものはそれくらいか。泰雄氏と仲が悪い。矢崎氏の部屋については時折入ることもあるため、知らないわけではなさそう。なお今中氏にはアリバイがあるため、犯行は不可能。

容疑者候補エントリーナンバーⅣ

          ・

          ・

          ・

          ・

俺が容疑者ナンバーⅪ、飼い猫のマリーについて話終えると、早苗は閉じていた目を開け、言った。

「犯人……そうね、犯人が分かったわ」

 などと早苗は平然と言ってのける。まるで安楽椅子探偵のように。

 しかし、この少女、探偵に非ず。

「犯人は……三男の矢崎光雄氏。決まりね」

「……相変わらず、早いな」

 驚きのあまり、二の句が継げない諸君の為に説明しよう。辻宮早苗は本当の意味での『探偵』ではない。ここで言う『探偵』というのは己の足と目と……五感の全てを使って捜査を行う者である。そこに介在する一閃。閃きがある者が『名探偵』と呼ばれるのだ。

 しかし早苗は、探偵にとって必要な足を使わない。目を使わない。

この少女が使うのは、最終的に五感以外。つまり勘である。シックスセンスである。

辻宮早苗は、己の勘によって九十九パーセント犯人を当ててしまうのである。

そこに根拠はない。証拠もなければ確信もない。ついでにモノによっては自信すらない。

しかし、辻宮早苗が犯人だと言えば、そいつが犯人なのだ。

「そうか、矢崎光雄が犯人である……じゃあ、次が問題だな」

「……えぇ、げんなりするわ」

しかし、犯人が判明したところで俺たちの気分は晴れない。むしろ俺たちの戦いはこれからなのである。

何故か。

想像してみてほしい。例えば、この結果を依頼人に伝える場面を。


「犯人が分かりました!」

「何!? それはすごい! さすがは探偵だ!」

「犯人はこいつです!」

「なるほど! して、その根拠たるや如何に!?」

「勘です!!!」


ほら、殴られるだろ? しかも殴られるのは俺だ。

結局のところ、早苗の勘は超常現象の類なのである。信じる者にとってはこれ以上ない根拠なのだが、残念ながら信じない者にとっては妄言に過ぎないのである。

九十九パーセントの確率であろうが、妄言は人に信じてもらえない。

ならばどうするか。

妄言に価値を与えてしまえばいい。

『妄言』をそれっぽい『推理』に格上げしてしまえばいい。

妄言につけ加えた妄言を、相手にそれっぽい、と思わせてしまえばいい。

『辻褄』を合わせてしまえばいいのだ。

「じゃあ、今日も始めましょうか……『辻褄合わせ』を」

世間一般において、名探偵には特別な呼称が与えられている。『眠りの小五郎』や『心霊探偵』、『三毛猫ホームズ』などがそれに当たる。そして、俺たち二人のことを、俺は心の中でひっそりとこう呼んでいる。


辻褄探偵、と。


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