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兄妹と少年(前)

 戦争が恐ろしいものであるのは幸いだ、

 そうでなければ私たちは戦争をますます好きになってしまうだろう。

                                  ―――ロバート・E・リー




 都心から少し離れた住宅街、真昼のぎらぎらした太陽がようやく建物の端にかかり、その熱気とまぶしさを和らげ始めた頃、少年は一人自分の家に向かって歩いていた。

 少年の名は神代大和。14歳の中学生だ。先程まで汗だくになって友達とサッカーをしていたせいでシャツがぐしょ濡れであるが、そんな事にはおかまいなしに機嫌良く鼻歌まで歌っている。


 だが、そんな上機嫌は家まで続かなかった。家まで後数百メートルという所でそこで待つ人物を思い出してしまったからだ。


(当然、あいつらいるよなぁ)


 大和の家には今家族以外の人物が二人いる。一人は大和と同じ14歳の少年ニコル・ユピテル。もう一人は一つ年下の13歳の少女ケイト・ユピテル。ファーストネームが同じ事からもわかる通り二人は兄妹だ。

 兄妹は身寄りが無く、兄妹の両親と大和の父親が親友だった事から神代家に引き取られて来た。それが一週間前の事。そして一週間一緒に暮らしてみて分かったのは、大和はどうも兄妹と反りが合わないという事だった。


 まず、兄のニコルだが、彼は足が悪い。事故で神経を痛めたせいで、足の筋肉を思うように動かせないのだ。そのせいで、アウトドア派の大和と正反対に完全なインドア派だった。暮らし始めてから一週間、彼が外出したのを大和は見た事がなかった。毎日、本を読むかゲームをするかしている姿しか見たことがない。何度か話題をふってみたがどうにも共通の話題が無くて会話が続かない。当然、遊びに誘っても首を横にふるばかり。どうやって仲良くなったものか分からない大和は苦手意識を感じていた。


 そして、妹のケイトの方は、兄と違ってインドア派というわけではなかった。引っ越してきてから毎日のように外を出歩き回っている。ニコルが読んでる本は彼女がどこからか買ってきたものだ。だが、彼女と仲良くなるのも難しかった。何しろ相手は一つしか歳の変わらない女の子なのだ。大和は女友達が居ないわけではないが、いきなり同居することになった同世代の女の子とどんな会話をしていいかわからなかった。さらに彼女は神代家にやっかいになる事を嫌がっており、まるで懐かない野良猫みたいな態度なのである。


 そんな雰囲気の兄妹が、少なくとも兄のニコルは絶対に、家いるはずだ。それを思うとつい大和の口からは溜息がもれた。




「ただいまぁ」


 大和が玄関から大きな声を出して帰りを告げると、母親の声が出迎えた。

 母親の声だけで、他には誰の声もしない。

 父親は早くても日が落ちてから帰宅するので、声が聞こえないのはいつもの事だ。しかしニコルは確実にいるはずなのに声がしない。別にニコルが外人だから挨拶の習慣がないというわけではない。大和が彼を苦手に思う理由はここにもあった。


 大和が居間に入ると、そこではニコルがカーペットに正座して待っていた。そして大和の顔をみてにっこりしながら「お帰りなさい」と挨拶してくる。

 礼儀正しい挨拶だ。しかし、大和にはそれがどうにも他人行儀に感じられてしまう。

とりあえず「ただいま」と返すと、それで挨拶は終わりとニコルは携帯ゲームで遊び始めた。


 大和が後ろに回ってちらりと画面を見ると何かのアクションゲームらしい。大和は外で遊ぶ事が多く、親に買ってもらう遊び道具もサッカーボールやクロスバイクなどがほとんどなのでゲームにはあまり詳しくない。


 一週間たってもなかなか打ち解けられない関係にやきもきしていた大和は、ちょっと強引にでも会話のネタを作ろうと決めた。

 そろりとニコルの背後に近づくと素早く彼の持っていたゲーム機を奪い取る。


「えっ、何……?」


 慌てて後ろを振り向くニコルにおかまいなしに大和は手にしたゲーム機を見ながら話しかけた。


「へぇー、これ最近新作が出たゲームじゃん。よくコマーシャルでやってるよな」


「う、うん」


「ちょっとやらせてくれよ。何か面白そうだしさ」


 はたから見るといじめっ子がゲームを取り上げているように見える構図。もちろん大和にはそんなつもりは毛頭ない。ちょっと強引にでも相手との話題作りをしようとしているだけだ。しかし、ニコルの方からしてみればいきなりゲーム機を取り上げられたのだ、意地悪されてると感じてしまうかもしれない。

 ちょっと心配になった大和だが、少しだけ驚いていたニコルはすぐにいつも通りの笑顔を浮かべて、大和にゲームの操作を説明してくれた。


 そのゲームは最近新タイトルが出たもので、商品名を「偉人大戦2」という。

 その名の通り、世界の偉人たちを操って戦争をするという至極分かりやすいゲームだ。使える偉人は数百種類にも及び、それぞれの偉人によって様々な特殊能力を持つ。

 そしてこのゲームの最大の売りは、実際に戦争を行うアクションパートと、戦争の前に軍を増強する内政を行うシュミレーションパートの二つのパートがある点だ。

 

 今、ニコルがプレイしていたのはアクションモードだったので、そのまま続きを大和にやらせる。ただし、敵を最高ランクの敵に変えて大和に渡す。


「一番強い敵にしておいたよ。どのくらい持つかな」


 ゲームをいきなり取り上げられた事を全然根に持ってないわけではないらしい。そう思った大和だが、そんなニコルの態度を逆に好ましく感じた。

 大和としては礼儀正しくて一歩引いた感じがするよりは、こっちのほうが親しみが持てた。


 そしてゲームを始めてすぐに大和は夢中になった。


「すげぇな、このゲーム。キャラが生きてるみたいにリアルだ」


 彼は楽しそうにゲームを進めて行く。

 最初こそ操作に慣れずにちょいちょいニコルに確認していたが、それに慣れると自軍の兵士キャラを手足のように扱って敵軍を蹴散らしていく。始めてこのゲームを遊んだとは思えないような動きだ。

 それを呆然と見るニコル。第一作の頃からこのゲームをやり込んでいる彼でもその敵軍を倒せたことはなかった。それを彼は初見で蹴散らせて見せているのだ。

 ニコルは我知らずのうちに拳を強く握りしめてわなわなと震えていた。


「あーっ、惜しいぃ!後ちょっとで勝てそうだったのに、あんな攻撃ありかよ」


 暫くして、敵将を追い詰めた所で反撃に会い負けてしまった大和は悔しそうに天を仰いだ。そうしてちょっと興奮した様子でニコルの方を向いて話しかける。


「いやぁこういうゲームも面白いな。もう一回やっていいか……?」


 そんな大和の興奮した声は、それ以上に興奮した表情のニコルを見て止まってしまう。

 ニコルはがばっと身を乗り出してくると、目をきらきらさせながら大和の手をにぎりしめてきた。


「すごい!初めてとは思えない指揮の取り方だ」

「おっ、おう(外人はオーバーアクションって本当なんだな)」


 大和の妙な感心にも気付かずニコルは言葉を続ける。


「大和に折り入って頼みがある!今日の夜僕に付き合ってくれないか?」

「え、夜?……まあ、いいけど」


 ちょっと引っかかるものはあったが、興奮気味のニコルの剣幕に押されて頷く大和。

 そこにちょうどニコルの妹のケイトが帰って来た。そしてちょっと引いた顔をしながら言った。


「お兄ちゃん、男同士で手を握り合って何してるの?」


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