第一章 1 新しい家族
「名前は、なんていうんだ?」
少し整った顔立ちだが洋服は安物、この店のVIPルームを利用する客にしては、あまりに不釣合いなやつだとそう思った。
「えー、お兄さんはなんて名前なんですか?」
「…、質問で返されてしまったか」
…訂正。
この客はどうやらこの私と駆け引きをするらしい。
人のよさそうな、かつ、毒気の一つも感じさせないその微笑みは、彼の年齢が小学生くらいならば何の違和感も感じさせはしないが、外見20を超えた大人の男性がする表情には到底思えず。全く裏の意図を感じさせないその様子は、完璧な表情武装なのかそれともただの能天気なのか、この私ですら読むことのできない内面に、心の中で若干の冷や汗をかいた。
「じゃあ質問を変えようか」
ヘルプの子が注いでくれたこの店で一番高いスコッチウイスキーをあまりおいしそうに飲むことのできない彼は、まるで小学生に話しかけるように大きな身振り手振りで提案をする。
「俺が君の名前を当てることができたら、ひとつだけお願いを聞いてほしい」
「ゲーム?いいですよ?」
外の広告塔にも、店内の指名表にも、私の名前は一番大きく書かれていた。
そんなものが彼の目の前にはいくらでも表示されているのに何を馬鹿なことをやるのだろうか?
普通のクラブよりしっかりとした会員制をとっているとは言っても、それでもたまに紛れこむ変態はいる。この男もその類かと疑いながら、いざとなったらすぐに私を一番贔屓にしてくれている支配人に社会制裁をプラスしてもらおう。そこまで考えた上で、横に座る男に微笑んだ。
「はーい。じゃあ、私の名前は何でしょーか?」
若さと愛らしさが一番の武器で、仕事で疲れた後にやってくる殿方たちが、明日もがんばろうと思えるようなそんな明るさを見せるのが私の仕事だ。
自分を必要以上に心配しない、立ち入ってこない一度きりの心地よさを提供し、その対価として、高いお酒とお食事を頼んでいただく。それだけの単純すぎるお仕事。なんの後ろ盾も必要としない自分の力だけでのし上がることができる私の天職。
「ミズキ」
「……、え」
「ミズキ・アマミヤさん。いや、ミズキ・ヒガシノミヤさんといったほうがいいんだろうか?」
人の荒波にもまれ続ける、存外に嫌いじゃなかった生活は、この男のこの一言により終止符を売った。
源氏名のカグヤでなく、彼は私のことをミズキと呼んだ。とおの昔に捨てたその名前を知っているということは、この男は私の素性を知っている、敵だ。
「ご用件は?」
私は出来るだけ冷たく、そして、話を有利に進めるため、自分に興味を持たせようとわざとそっけなく言った。
「ああ、その話し方のほうがいい。とても君に似合っている。」
「…貴方もさっきまでの馬鹿なふりはもうしないのね」
「ああ、あれは…。うん。なんというか、あのキャラは人を警戒させないいい見本なんだが…」
やっぱり本物の天然になりきるのは難しかったか…。
そうつぶやいて苦笑する男は、先ほどまでとはうって変わって、比較的に読みやすい表情を浮かべていた。初めからそうやって来たほうが警戒はされないだろうに。典型的な社会人男性であるその男は、仕事はできるだろうが駆け引きは不得手らしい。
「で。早く用件を言いなさい。誰の差し金?おじいさま?それともあの変態男?」
相手の力量は私の片手にも及ばない。そう判断した私は、惚れさせて、返り討ちにしてやると意気込んだ。酔った表情を作るため彼の飲みかけのスコッチをあおる。
そんな私に、ひどく嫌そうな表情を見せた男は、言いたいことはあるようだがこの場でそのことの追求はやめ、そして、口を開く。
「私の雇い主は、カグヤ・ヒガシノミヤです。」
今度は私がぽかんと口を開き、表情をさらす番だった。
全く予想もしていなかったその名前に私は上手く反応できずにいると、彼は鞄からファイルを取り出し、一枚の紙を提出した。
「ひとつお願いを聞いてくれると約束したね。」
君には明日から、うちの使用人として働いてもらいたい。
◇ ◇ ◇
「もう、サクヤはどんくさいわね!先に行くわよ!」
「ヒスイちゃん!待って!あ、父さま、母さま。行ってきます!」
コミカドの家は今日も平和である。
本日をもって、13歳になるサクヤは、今日から中学一年生となる。門の前で駆け足で待つ従姉妹のヒスイは早生まれのためまだ12歳だが、彼女もまた今日から同じ学校に通う同級生だ。
桜の舞う中、鈴のような声を転がし、素直になれないながらもちゃんと待ってくれる、自分の自慢の妹に、サクヤは思わずほほを緩めた。
「…なによ?」
「ううん。ヒスイちゃんは優しくて可愛くて私、ヒスイちゃんの従姉妹で幸せだなって思っただけ!」
「ほほほほほ褒めたって、な、何にもでないんだから!!」
「あ、まって!ヒスイちゃん!」
ぼん、と、勢いよく顔を赤くした彼女が、照れ隠しに走り出したその後姿を、急いで追いかける。
運動神経がよく、小学校のリレーの代表選手にも選ばれた彼女に、決して追いつかない、いや、追いついてはいけないと、心の中で戒めながら、私は彼女を追って学校へ向かった。
サクヤたちが今日から通う東都にある普通の公立の中学校である。
サクヤは小学校も公立の一般の学校に通っており、今回も校区内の中学校にそのまま進学した、と言う形だが、ヒスイは宗教系のエスカレーター式お嬢様学校から、わざわざ転入しなおすという形をとって今日を迎えた。
「別に。自分の家柄を鼻にかけてなんの努力もしない箱入り娘たちと並べられるのに疲れただけよ」
そう言って深いため息を吐くヒスイをここ数年見続けていたサクヤは、のびのびとした面持ちで新しい学校へ向かう彼女の後姿にほっとしていた。
明確な序列のあるお金持ちの学校ではいくらヒスイがよく出来る子であったとしても、コミカド流通の名は小さすぎる。自分のように気が弱く、目立つのが苦手な性格なら、上手く立ち回れるのかもしれないが、ヒスイはプライドが高く、それに遜色なく能力も高い。自分を等身大で認めてくれることのない世界に、嫌気が差したのだろう。
サクヤは、今度こそヒスイが楽しい学園生活を送れるよう心の底から祈った。
そのためなら、何だってして見せようと誓った。
さも当たり前のようにそう考えてしまうのがサクヤの悪い癖で。
不幸なことに、まだ誰も、彼女にそのことを指摘できずにいる。
◇ ◇ ◇
「サクヤちゃん!こっち!」
「サクにゃーん!また一緒のクラスだぜ。一年間よろー。」
「アヤノちゃん。リカちゃん。卒業式ぶり!こちらこそよろしくね!」
式が終わり、教室前に貼り出されたクラス表を見ながら、指定された教室に入ると、後ろのほうで固まって座っている小学校時代からの友人をたち見つけた。
天然の栗色の柔らかい髪を肩口にそろえ、小動物を思わせる愛らしい顔立ちで、しかし、その可憐な容姿とは裏腹に存外に性格は毒気の強いアヤノと、ストレートの黒髪を乱雑に一本に束ね、見るからにスポーツ少女で、様々な方言をごちゃ混ぜにした面白いしゃべり方の盛り上げ役のリカ。個性の強い二人におとなしく常識人の聞き手役であるサクヤが加わり、この面白トリオは小学校の中学年のころからずっと仲のよい三人組だ。
実は、サクヤには、母カグヤの勧めで、全寮制の進学校と言う名のお嬢様学校に推薦が来ていたという事実もあったが、それを一蹴した理由の一つが、彼女たちの存在である。ヒスイがそこに進学しないのに自分だけではおこがましい、という思いとともに、アヤノ、リカがいない学校生活が自分にとってあまり魅力的に感じなかったのだ。
「サクヤちゃん。サクヤちゃんの従姉妹さんも今日から一緒の学校だったんだよね?」
「うんそうだよ!後で紹介する…「それよかサクにゃん。やべーべ。うちの兄貴たちがクラスのやつらと騒いでたっペーんだけどさ!」…う、うん。」
「ふふふ。リカったら、その頭の悪そうなしゃべり方やめてくれないかしら?私のサクヤちゃんの話をさえぎって貴方何様のつもり?」
今年度一発目のアヤノ様ご光臨に、比較的脳みその軽めなリカが長いものに巻かれろとばかりに顔を青くさせて「すまん!すまんせん!サクにゃん続けて!」と後ずさりをした。久しぶりのいつもの流れにサクヤが思わず笑みをこぼすと、その様子に毒気を抜かした二人が、しょうがないなあとばかりに苦笑しあう。
「ほら。いいなさいよ。」
「へあ?」
「お兄さんたちがどうしたの?」
「ああ、そうそう。なんか隣のクラスにすっげー美人の新入生見つけたんだと。カチューシャに立て巻きロールのお嬢様風。」
なあにそれ。お蝶婦人?そう言って目を細め聞き返したアヤノとは反対に、その人物に心当たりのあるサクヤはちいさく「あ」と声を漏らした。それに気がつかなかった二人が、さらに話を進める。
「んにゃ。全部じゃなくって毛先だけってくるくるしてた。んですげえ可愛かった。」
「へえ。他には?」
「んーなんか気が強そう。ぴしゃってしてた。ちーとばかし高飛車っぽい感じ。」
「なにそれ。やな感じの女ね」
「うん。ちょっとアヤノに雰囲気似てたわ」
「そ れ は ど う い う 意 味 ?」
再び、言葉の暴力による精神的戦争を始めようと取っ組み合いになりかけた親友たちの間に入り、サクヤはあわてて仲裁をする。冗談だということは十分わかっているが、この二人の論争は冗談でも本気で怖いのだ。クラス内の大半の、アヤノの本性を知らない、まだ彼女に夢を見ている男子の前では到底見せられないほどに。
「サクヤ!」
一発触発のその状況を断ち切ったのは、話の渦中の人物だった。
後方のドアから、がらり、と、大きな音を立てて今日室内に飛び込んできたのは、まさに二人の話にあがっていたカチューシャで立て巻きロールのお嬢様。つまり、私の従姉妹、ヒスイ・コミカドその人である。
彼女は、予想以上に大きく響いた扉の音と自分の声に、クラス中から注目を集めてしまったことに気がつき、あわあわと挙動を小さくしたが、一度集まった視線はそうは戻らない。普通の少女ならともかく、ヒスイは新しいこの中学の中でも飛びぬけた容姿の持ち主だった。
「っさ、サクヤぁ…。クラス分かれちゃった…。」
目に涙を浮かべ、珍しく弱気な表情を浮かべる美少女に、教室がざわめいた。
想像して欲しい。校区内からの進学で、ほとんどが誰かしらと知り合いであるこの中で、だれも素性を知らない、第一印象では視線でブリザードを吹かせることができそうな氷の女王が、その印象を一蹴するかのように守ってあげたくなるようなタンポポの花のような表情を浮かべた光景を。
サクヤは、彼女が目立ちたがりやであるが、それと同時に初対面の人には人見知りを発動させる性質だということも十分知っていたので、突き刺さるような多くの視線をさえぎるように彼女の前に立ち、震える手を握って、落ち着かせようと笑って見せた。
「大丈夫よ、ヒスイちゃん。離れたって言っても隣のクラスじゃない」
「でも…」
「泣かないで。すぐに友達が出来ますよ。」
「…うん」
「大丈夫。もし不安だったら、いつでも私のところにいらっしゃいな」
「……うん」
ぽろりとこぼれた雫をハンカチで拭き、彼女の背中を押すようにサクヤは一緒に廊下へ出た。
そのまま教室に返してしまえば、また注目の的になるのは目に見えていたので、一度お手洗いによってヒスイの目を冷やしてあげた。
数分すると、十分落ち着いたような表情に戻り、「大丈夫」といつもどおり強気な台詞を言えるようになった従姉妹を再度隣のクラスへ送り届ける。彼女が中へ入るときに、そのクラスの様子を見てみたけれど、特に変わった雰囲気も、嫌な空気もない、普通のいいクラスそうだったのでほっとした。小学校のときの児童会長が最前列で何かの文庫本を読んでいるのを横目で確認し、彼がいればもし何かあってもうまくフォローしてくれるだろうと考え、ようやく一息ついた。
「あー、サクヤさん?じゃああの子が…」
「ああ、うん。私の従姉妹。ヒスイ・コミカド」
「まあ、なんというか、すごい子だね。うん」
自分の教室に戻ると、私の机の周りに人だかりが出来ていた。
現場を目撃した全員が、あの美少女は誰だと、真相を知りたがっているようで、話したことのない他校区の小学校出身の子も恐る恐る私に話しかけてきた。
それを順番に並ばせて、質問を捌いてくれた親友たちが、最終的に簡潔にヒスイの正体をまとめてくれた。本当に助かった。
「じゃあ二人ともコミカドのお嬢様なんだね。すごいなあ。」
そう言ったのは、私の前の席に座っていた、おそらく他校出身の子の一人である、八重歯がチャーミングな女の子だった。
「そうなんだよ!サクにゃんはお嬢様なんだよ!全然見えないけど!」
「サクヤちゃんはそんなとこ微塵も感じさせないよね。私たちも初めてこの子の家に言ったときに驚いたの」
二人がその話を広げるように、話題が移ってしまったのを聞いて、サクヤは急いで軌道修正を試みる。
「コ、コミカドって言っても小さな貿易商だからね。苗字持ちでも端くれと言うか何というか…」
「何を言うか。あんたは『古見門』のほうだろ。世界の古見門、科学と革新で世界を豊かに!ほんとサクにゃんのお父さまにはヤマト国民全員が頭が上がらんぜよ?」
「リ、リカちゃん!?リカちゃん、シーっ!シーっ!!」
「ありゃ?言っちゃだめだった?でもどうせすぐばれるよ?」
「…この馬鹿リカが。サクヤが目立つの嫌いなの知ってるでしょ。いつかばれるかもしれないけどあんたが率先的にばらしてどうすんのっ!」
厚い英語辞典が、リカの脳天めがけて落ちるのと同時に、口げんかの天才であり、人を精神的に追い詰めて丸め込むのを得意とするアヤノが、人のいい笑顔で話しに加わっていたその少女に笑いかける。
「ごめんなさい。サクヤの親友としてのお願いなんだけど今のこと聞かなかったことにしてくれるかしら?」
聞かなかったわよね?誰かに言いふらしでもしたらどうなるかわかっているわよね?
言外にそういう意図を含めた、黒い笑みをたたえる、ヒスイと並んでも劣ることのない美少女の圧力に、彼女は「わかってるよ」と苦笑を返した。
「でも、さっきのはすごくお嬢様っぽかったな」
「え?」
「さっきの。ほら。ヒスイさんをなだめたときの口調。サクヤちゃんの口から出ているのがすごく自然なきれいな日本語だったよ」
ちょっと見惚れたなぁ。あ、サクヤちゃんって呼んじゃったけどいい?私もアカリってよんで?よろしく!
そう言って差し出された手を、私はあいまいに握り返す。
アカリ曰く、私はさっき従姉妹の涙に取り乱してしまい、口調が昔に戻っていたらしい。
チャイムが鳴り、担任の先生がやってきて始まったホームルームの最中も、私の心の中は前の席に座る新しい友人の指摘のことばかり考えていた。
もっと、…気をつけなきゃ。
どんなに動揺しても、私は平凡で出来の悪いサクヤ・コミカドなんだから。そうでいなくちゃいけないんだから。
昔に戻ってはいけない。昔のように、身の丈に合わないことで周りを期待させたり、過大評価によって迷惑をかけたり、嫉妬をさせてはいけない。
すべてはコミカドの平和のために。
…彼女はまた、ひとつ、自分に嘘をついた。
◇◇ ◇
『サクヤ、紹介したい人がいるの』
新しい学校生活の一日目が終わり、ヒスイと一緒に帰路についた私は、母から珍しくかかってきた電話に首をかしげながらも、彼女が指定した時間に会社のほうに来るよう言われ、それに素直に頷いた。
一度、家に戻り、制服からなるべくフォーマルなワンピースに着替え、アラタさんが車で迎えに来るのを待った。
「母さまが私に紹介したい人がいるんだって。アラタさん何か知ってる?」
「ええ、まあ。でも私はお嬢様にお伝えすることは許されてませんので何も聞かないで下さると助かります」
「それはもちろん。今からすぐ会わせて貰えるのにわざわざアラタさんを困らせたりはしないよ」
「はは。お嬢様は本当にお優しい。」
父の送迎用のベンツは、目立つのが嫌いなソウジロウらしい、コンパクトで値段の比較的安いものだ。
とはいっても、高級外車であることには変わりなく、乗り心地はとてもよい。
すうっと自然に加速する車内は、アラタさんの好きな洋楽がかけられていて、初めてのことだらけで疲れた今日と言う日を癒してくれた。
「お嬢様。着きましたよ。」その優しい声で私はぱちりと目を開ける。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようで、時計は約束の時間の15分前を指していた。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ。今ついたところです。急に立ち上がると眩暈を起こされるかもしれませんから、気をつけて。」
「は、はい…」
後部座席の扉を外側から開いて、私が外に出やすいように手を引いてくれる彼は、いつも穏やかでかっこよくて、自慢の兄のような人だ。
私の中の定義では、この人もコミカドの家の一員であり、サクヤをずっと見守ってくれているお礼に、いつかアラタさんのためにも何かしてあげたいと思っている。
関係者専用入り口まで導いてくれると、警備員の方に挨拶をして車へ戻っていく後姿を眺めながら、サクヤはそんなことを考えた。
「サクヤ!お誕生日おめでとう!!!」
美しく、おしとやかで、それでいて凛としている私の自慢の母は、社長室で一人クラッカーを楽しそうに鳴らして、私を迎え入れた。
「お、驚きました…」
「でしょう?絶対今日中に言いたかったんだけど、朝はヒスイちゃんと一緒でばたばたしてたし、急に下請工場のほうでトラブルが起きちゃって、会社を離れられなくなっちゃったから逆に呼んじゃった。」
もう三十路をまわった女性のはしゃぎ方ではないと少し引いてしまったが、母が自分の誕生日を大切に思ってくれていることが十分に伝わった。ものすごく嬉しい。
プレゼントは全部アタラ先輩に運ばせたわ。リビングに積んであるから楽しみにね。
そう言ってウインクを飛ばす母のことをいったい誰が大和撫子と形容したんだろうか。小一時間考えたい話題に目をつぶり、私は心の底からの笑顔で「ありがとう、母さま」と返事をした。
「カグヤ、姉さま…。あの、私は…」
二人きりだった部屋の中に、第三者の申し訳なさそうな声が響いたのはそのときだった。
そこには、私が入ってきた後ろの扉の前で、少し呆れたような表情で母を見つめる女性が居た。
とても美しい人だと思った。
足がすらっとしていて、モデルのような体系のその女性は、母のことを姉さまと呼び、そして、サクヤを視界に入れると、表情がないわけではないのに全く読めない顔をして、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、お嬢様」
「本日付でお嬢様のメイドをさせていただくことになりました」
「ミズキ、と申します」
母によく似たガラスの瞳に、困惑した私の顔が映った。