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睡眠と橋

 覚悟はしていた。黒いものを変化させて食べたあたりから。太陽が沈みはじめてあたりが暗くなったあたりから。

 平たい場所を見つけ、黒いもので私は粛々と布団作った。夜通し歩ける体力はない。だから、これは当然の帰結。

 布団を覆うようにテントも作り、ごそごそと潜り込む。

「……気持ち悪いわ」

 黒いそれらに囲まれて、つい言葉をこぼす。

 それでも冷たくなった風を遮れて、ほんのりと暖かくなって、一息つけた。

「カアサは眠らないの?」

「眠らない。必要がない」

「大変ね」

「私にしてみれば睡眠という無為な時間を過ごさなければならない君らのほうが大変だと思うがね」

「夢も見ないの?」

「当たり前だろう」

「つまらなそうな人生ね」

 二度寝の心地よさも、干したばかりの布団に顔を埋める幸せも、夢の不条理な楽しさも知らないなんて。ついそう云うと思いっきりため息をつかれた。

「ギンリ。君は勘違いをしている。私は喋るが人ではない。あくまで作られた存在だ。君と私では違うことが多いことくらい多少の想像力があれば理解できるだろう」

「私もお母さんとお父さんで作られたんだよ?」

「君の両親は役目など指定しないだろう」

「ふぅん」

 何となくわかるような、わからないような。

「時間軸を戻したらカアサはどうなるの?」

「眠りにつくだけだ。時間軸が動くまで何百年も」

 何百年にも渡る眠りか、と考えてみる。それは暗くて寒いような気がした。

「明日も歩く。早く寝たほうがいい。ギンリ」

「そうね。そうするわ」

 本当はもっとお喋りしたかったが、諦める。カアサしか話し相手がいないとつい依存する。

 こんな混乱した世界で頼れるものはあまりにすくない。

 日常を思い起こすことのできる鞄を枕にして、眠ろうと目をつぶった。

 たぶん、寝られないだろう。そう思ったけれど、停止した世界でずいぶんと疲れていたらしい。

 すぅ、と意識が遠くなっていく。

「カアサ……?」

「何だ」

「いるなら、いいの……」

 それだけ確認して、眠る。

 明日になったら、全部が夢になってないかな。全部が全部が夢で、長い長い夢を見ていただけにならないかな。

 もちろん、そんなわけがなかった。

 強い陽射しで目を覚ました。起き上がりながら何かが変だ、と思う。

 もちろん、いろんなことがいつもと違うのだけど、おかしい、と体が云う。

 違和感に首を捻ってしばらくして気づいた。

「鳥の声がしない……」

 いつも賑やかに騒ぐ鳥の声がしない。すべてが停止しているのだから当たり前だけど、妙に寂しくなった。そうしてぼんやりしているとかかる声。

「おはよう。ギンリ」

「……おはよう。カアサ」

 鳥の声の代わりにカアサの声。それでも一人っきりではないのだと、心を励ます。

 私が起床したと判断したのか、テントと布団が消えていく。

「まずは食事を摂ろう、ギンリ」

 一々云われなくてもわかっている。そう思ってつい声を出した。

「お母さんみたいね。カアサ」

「私の機能の中に母性というプログラムは構築されていない」

「朝っぱらから細かいなぁ」

 云いつつ、また黒いもので果物を作る。次にコップを作り、黒い水を湛える。

「コップを作るということを考えたのは優秀だな、ギンリ」

「お褒めの言葉をどうも」

 まったくもって嬉しくないけれど。異常な世界にどんどん馴染む自分が怖い。

 朝ごはんをとりおえて、歩き出す。

 幾つもの獣道を辿り、道ではない道を辿り、カアサが止まったのは大きな谷間。飛んだところで向こうには届きそうにない。覗きこむと遥か下に川が流れている。これは間違いなく落ちたら死ぬ。

「こんなところがあったのね……」

「感心している場合ではない。新しいプロセスを教えよう。ギンリ」

 驚く時間さえくれないカアサを不服に思いながらそばに寄る。すると、カアサは地面にぺたりと張り付いた。

「ハエみたい……」

「私とハエとは構造が違う。そのくらいのことわかるだろう。今大事なのはそういうことではない。この場所、この位置だ」

 適当に相槌を打った。

「真面目に聞くことだ、ギンリ。ここを掘れ」

「は?」

「掘れ」

 しばらく考えて、おとなしく【魔法】でスコップを作った。犬でもあるまいし、なぜ掘らなければならないのか。わからないけれど、カアサに云う通りにする以外、結局道はない。

 幸い土は柔らかい。たまに出てくる石を除けつつ、どんどん掘り進める。

 汗が地面に滴って、はぁ、と大きくため息をつく。

「まだ?」

「何も掘り当てていないのにまだ、という疑問を発することに自ら違和感はないのか、ギンリ」

「こういうことが必要ならあんたにも腕くらいあってもいいんじゃない?」

「昔は露出していたんだ。必要なかった」

「管理ぐらいしときなさいよ」

「私にそのような機能はない」

「胸を張らないでよ」

「おかしなことを云うな、ギンリ。張る胸などないことなどひと目みればわかるだろう」

 ダメだ、会話していると疲れが増す。

 黙々と掘り続けていると、かつん、とスコップに何かがあたった。また石かとしゃがんでそれを取ろうとし、固まる。

 それは金色に光るプレートだった。手のひらに収まるサイズで、細かい彫刻がなされていて、表面を撫でるとでこぼこが指に伝わる。

「きれいね」

 拾い上げながら云うと、カアサは「ふん」とだけ答えた。

「これが必要なの?」

「そうだ。そこに座るといい」

 地べたに直に座るのが嫌だったので、【魔法】でシートを作り、そこに座る。

「プレートも地面に」

「はい」

「プレートに手を」

「はいはい」

 カアサのすることに疑問を挟まなくなってきたなぁ、としみじみしつつ指示に従う。

「プレートに【魔法】を込めろ」

 ふむ、とプレートに触れている指先に力をいれ、【魔法】を注ぎ込む。

 すると、ぶわっ、と黒いものが立ち昇った。

 咄嗟に手を引きそうになった私を「そのまま!」とカアサが怒る。

 膨れ上がった黒いものは谷間に飛んで行く。

 圧倒されて見ていると、それは谷の間を縫うように進み、向こう岸へたどり着いた。

 それから黒いそれは雲のような形から糸状に変化していく。

 呆然と見ていると、何千とありそうな糸は風に舞いながら、すっかり橋の形になった。

「何これ?!」

「設計図だ」

 堂々と云われ、思いっきり顔を歪めてしまった。

「だから何なのよ、それは!」

「設計図だと云っているだろう。自分の想像力でしっかりとした橋を作れる自信はあるのか。あるのならば必要なかっただろうから、もしそうなら詫びる。だが、実際のところはどうなんだい。ギンリ」

「長々喋っているくせに情報量がすこしも増えないのがすごいと思うわ。カアサ」

「私を侮辱しているつもりなら、それは愚かなことだ。なぜなら私にはそういった感情を受け取り激高する機能はついていない。設計図は設計図だ。君を導くために必要なものだ」

「……つまり、時間軸はこの谷間の向こうだった、と?」

「当たり前だろう。そんな質問をするなんて疲れが出たか? ギンリ」

 久しぶりにむかっ、と来たので【魔法】で仕返ししてやろうかと思った。だが、どうせ傷を負わすことはできないのだ、と諦める。

 深呼吸をして、出来上がった立派な橋を見ていると、疑惑のように胸に広がるもの。

「……まるで、仕立てたようね」

「何がだ、ギンリ」

「崖はまだ納得できたけど、この谷間なんて、まるで【魔法】を使わせようとしているみたい」

「なるほど。そういう意見もあるな。確かに時間軸は【魔法】がなければ辿りつけない場所にある。ただ、それが何を意味するのかは、私が知るところではない」

 なんだか嫌な感じがした。うまく言語化できないけれど、なんだか嫌な感じ。強いていえば、望んでない舞台で滑稽に踊っている気分。

「まあ……いいわ。行きましょう。このプレートは?」

「そのまま置いておくがいい。次の勇者が使うだろう」

「次なんて、なければいいわ」

「それは私の感知するところではないな」

 カアサの云う「前」は別の文明が栄えていた頃だ。ならば、こんなことになるのは本当に珍しいことなのだろう。限りなりゼロに近いのなら、本当にゼロでいいのに、と願う。

 黒い橋は布で作られたかのような質感だった。細い糸が幾重にも絡まったかのように毛羽立っている。

 【魔法】で作った橋は設計図があるせいか頑丈で、歩くところも黒く覆われている。まったく下が見ないから怖くない。

 それでもゆっくりと気をつけつつ橋を渡る。渡りきって一息つくと、橋は砂のようになって消えていった。

「なんだかもったいないね」

「再利用は不可能だ」

「わかっているけど……」

 カアサは【魔法】は有限だと云った。一度たりとも注意されたことはないが、無駄遣いすべきではないのかもしれない。

 ふと、鞄に目をおろすと違和感に気づいた。

 ぱんぱんに膨らんでいたはずの鞄は、今はすこしぺったりとしている。蓋をあけて確認すると、黒いものは確かに減っていた。

「…わお」

「何を驚くことがある、ギンリ。使えば減る。当然だ」

「そりゃそうだけど……」

 カアサの云うことは納得はできるが、なんだか一々もやっとする。

「でも、こんな異常な世界で当たり前や当然が、本当に当たり前や当然かなんて、わからないじゃない」

「なるほど。一理ある」

 頷かれてもやっぱりもやっとする。

 だからといって、云いたいことも思いつかなかったので、無言で足を進めた。

 眼前には鬱蒼とした森。もう人影はまったく見えない。

 しばらく進んでいくと、大きな獣に出会った。黄色い毛皮が太陽を浴びてきらきらと光る。

 怖いはずの獣が、今はただの置物のようだ。

「我ながら、悲鳴をあげないのは偉いと思うわよ。カアサ」

「悲鳴をあげる理由のほうがわからないな。ギンリ。止まっていると云っているだろう」

 云われて、やっと得心いった。そうか、私にとってはこの事態は異常そのものだが、異常の時にしか出てこないカアサには、異常こそが正常。

「難儀ね、カアサ」

「何がだ、ギンリ」

「なんでもないわ」

 説明できる気もしない。それがかわいそうなことだと指摘したところで、どうせ「そんな機能はない」と云われるのがまざまざと想像できた。

 私たちは同じ目的を持ってはいるけれど、立っている位置が違う。

 それがどれほどの意味を持つかは、うまく考えつかなかった。

 獣と別れ、鬱蒼とした森を歩き続ける。

「あとどれくらい?」

「もうすこしだ」

 カアサがそう云ってくれたので、すこし気分が楽になった。そのもうすこし、があと一日以上かかる意味だと知るまでは。


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