表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

【魔法】

 鞄を取りに行こう。とカアサは云った。君はプロセスを踏まないとすぐ混乱する傾向にある。ひとつづつ説明しよう。そう云うのだ。

 私はカアサの云うまま、学校へと戻る。

 道中、誰も動かない。誰も喋らない。何も動かない。何の音もしない。いつもなら騒がしい大通りが、今はしんと静まって、まるで人形の村のよう。村のみんなのことは知っているのに、知らない世界に迷い込んだよう。

 私は極力、何もわからないふりをした。

 未だに現実は飲み込めない。飲み込んでは、いけない気がする。

 ふと、気になった。

「どうして、私の名前を知ってるの?」

「勇者の名前さえ知らずに、案内人が務まるわけがないだろう」

 答えになってない。

 それでも、そういうものなのだろうか。

 風さえ吹かない道を歩き、学校へ戻る。そこで、ふと気づいた。すべては石のようになってしまった。なら、鞄だってそうだ。

「持ってけないよ?」

 そう云うと、カアサはわざとらしくため息をついた。

「君だけが動いているんじゃない。君に属しているものが動いているんだ。所有し使役できるものは動かすことができる。服と靴が停止してしまっていたら、君はそれに遮られて、動くことすら適わないはずだろう」

 カアサはべらべらと喋るので、私は思わずぽーとしてしまう。

 とりあえず、私のものは動くらしい。そうか、と母を作ってくれた鞄を手に取った。そのふにゃりとした布のやわからない感触にふと泣きそうになった。おかあさん、おかあさん。でも、今は泣いても何にもなんない。歯を食いしばり、鞄を肩にかけた。

 横を見ると、ジュンマがいる。微笑を浮かべ、どこを見ているかわからない視線で前を向いている。ぎゅっ、とその手を握れば伝わってくる冷たい温度。

 いきていない、温度。

 体が一気に冷えた。でも、もう一回歯を食いしばる。

 大丈夫。大丈夫だよ、ジュンマ。私がなんとかしてあげる。君がもう一度、笑えるようにしてあげる。

 そう、自分を奮い立たせるために誓う。

「ギンリ。それは君の所有物ではないから動かないよ?」

「わかってるわよ!」

 カアサを鞄で殴ろうとしたが、するり、と逃げられた。

「乱暴だな。私に怪我という概念はないが、それでも危機を感じることはある。だいたい、この状況で頼るべき相手に暴行を加えるというのは、まったく愚かな選択だと思うがね」

「うるさいなぁ」

「私しか喋る相手がいないのに、よくそんなセリフを吐けるものだ」

 私が勇者と云うのならば、彼はそれに付き従う人物か、あるいは使い魔のはずだ。勇気ある人を助ける役目を持つもの。なのに、今のところカアサはただむかつくだけだった。

「さあ、切り替えてプロセスを踏もうか。ギンリ。鞄の中身はいらない。ここに置いておくがいい」

「いらないの?」

 てっきり、鞄の中身が必要だと思っていた私はクエスチョンマークを浮かべたまま、素直にその言葉に従った。

 私に必要のない教科書。ああ、そうか、この停止した世界では私を馬鹿にする人間もいないのだ。

「全部出したかい?」

「ええ」

「では、はじめよう」

 そう云うと、カアサは鞄の中に潜り込んできた。「やだ!」と叫ぶと「うるさいなぁ……」とため息をつかれた。

 でも、母が作ってくれたものにカアサというよくわからないものが接するのが、いやだったのだ。しかし、そんなことは些細なことだった。

 いきなりぐんっ、と肩にかかっていた鞄のひもが重くなった。よくよく見れば、鞄そのものが膨らんでいる。

「な、何……」

「開けてごらん」

 カアサに促されて、恐る恐る白い鞄の蓋を開ける。ひっ、と悲鳴が喉に引っかかった。

 そこにあったのは暗黒だった。真っ黒な水に似た何かが、鞄にぎっしりと詰められている。私が動くと、たぷん、と揺れた。

「何よ、これ!」

「【魔法】だよ」

「何?」

「知らないのかい? お伽話の中にあるだろう。勇者が使う【魔法】。それの元になるものだ。まあ、この【魔法】という云い方も昔、とある男が――」

「結局、何よ?」

「だから【魔法】さ」

 ごまかされている気がする。そんな思いが顔に出たのか「まったく」とまたため息をつかれた。

「君に理解できるようにわざと簡単な言葉を使っているんだ。この親切がわかるかい? もっと説明しろと云うのなら、この島に蓄えられているエネルギーを凝縮したのがその黒い塊だ。正確には黒の他に様々な色が混ざり合っているが、君の目には黒にしか見えないだろう。エネルギーは有限だが、停止した世界で君が使う分くらいの蓄えはある。日々、微々たる量が備蓄されてきたからな。まあ、私に云わせれば、このエネルギーはこういった際に使うべきもので、後は蛇足なのだがね」

 答えになっていない答えだ。そして、さっぱりわからない。

「細かいことはそう大事なことではないよ。さあ、使い方を教えよう」

 カアサはそう云うと、私の腕のまわりをぐるぐると回った。虫にたかられている気分だ。

「よし」とカアサが呟いた瞬間、腕がぐいっと動いた。そのまま黒い水のようなものをたたえた鞄につっこまれる。

「ぎゃーっ!!」

 すぐ引き抜こうとしても、腕は動かない。

 叫んだ。黒い水のようなそれは冷たくも温かくもなく、強いて言えば――と、思った一瞬、黒いそれはどろりとした粘性を持つと、刺激臭を漂わせはじめる。

「バカ! バカ! バカ!」

 鞄に腕をいれた無様な格好で私はカアサを罵倒する。カアサは私から逃げられるようにずいぶん高い位置をくるくる回っていた。

「まったく、使い方を教える前に使わないでほしいね。君はプロセスを踏まないセンスがあるな。もちろん、褒めていないがね」

「何とかしなさいよ! バカ!」

「君の思考とは裏腹に私はバカと罵られても傷つく構造は持っていなくてね。ああ、いっそのことカアサ改めバカと名乗ろうか?」

「どうでもいいわよ! バカ!」

 そろそろ息が切れてきた。馴染んだ教室で光を罵倒する。まったく奇妙なことになった。

「ギンリ。よく聞くんだ。それは、水だ」

「はぁ?!」

「それは、水だ。水にとてもよく似たものだ」

「何云って」

「水だ」

 被せるように云われ、文句は喉でつっかえた。

「水と云ったら水だ。いいね、それは、水なんだ」

 云い含められていると、不思議と刺激臭が薄くなっていくようだ。

「水、なの?」

「水によく似たものだ」

 水、なのか。と思って黒いそれを見つめると、手にまとわりつくようだった粘性はなくなり、さらさらとした感触になった。

 温度は常温。確かに黒い何かは水のよう。

「何よ、いったい」

「【魔法】だ。正確に云うと【魔法】の素だ。だから、それは君の思考を反映する。触れた時、ヘドロのようだとでも思ったんだろう?」

 その通りだったので、素直に頷く。

「だから、それは君の思った通りにヘドロを化した。それだけの話だ」

 なんだかすごく文句を云いたかったが、うまく云えそうになかったので、無言で睨んだ。

「自業自得だ」

「うるさい。とっとと腕を何とかしてよ」

 感触は不快ではないが、黒い【魔法】の素に腕が浸かっている、というのは気分が悪い。

「了解した」

 やれやれ、と腕を引き抜いてまた「ぎゃー!」と叫ぶ。ちょうど肘のあたりまで、私の腕は真っ黒に染まっていた。

「何よ! これ?!」

「勇者がその程度のことでたじろぐべきではないと思うがね」

「何なのかを説明しなさいよ!」

 カアサが浮遊する光でなかったら、首を締めてやりたい。

「【魔法】の杖だ」

「はぁ?!」

「【魔法】を使役するための杖。その代わりだよ。一々鞄に手を突っ込むのは無駄な手間だからね。それが君と【魔法】の素を繋ぐんだ」

「説明してからにしなさいよっ!」

「不合理だ」

 吐き捨てられた。私はこいつをカアサと名づけた男に同情した。そして「光」と名づけたその安直さに愕然とした。こいつは「闇」だ。

 ジュンマの半分である精霊では絶対にない。確信した。

「使い方はさっきのでだいたいわかっただろう。黒いそれを意識しながら念じろ」

「…………もっとこう、呪文とか」

「自分で考えろ。使い方は念じるだけだ。だから、考えてもしょせんは飾りに過ぎない」

 そうなのか。叫びすぎて荒れた息を整える。

 私は自分の机に手を置き、精一杯念じた。出来る限り鮮明に。ぐっ、と手に力を入れると、鞄から黒い液体が飛び出していく。

 黒いそれは一回天井に集まると、網状に広がり、そのままカアサに襲いかかった。

 カアサでもすり抜けられないほど細かくした網目。光にしか見えないが実態はあるようで、カアサは黒い網に捕まって、私の机上でじたばたする。

 無言でそれを見下ろし、私は渾身の力をこめて、拳でカアサを叩き潰した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ