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第一章 虚無と紅蓮の祭壇にて 2

 ニアスはアサイラムに向かう事を決意している。

 それは“能力”を持つ犯罪者を収容する施設だった。


 そこでは、最大の人権が配慮されていると聞く。

 そして、自らの持つ能力を、何とか秩序の維持や人類の未来の為に貢献出来たら、と。

 そういった者達を収容する施設だった。

 そう、ニアスはそこに出頭する事に決めている。

 先日、犯罪者を狩るハンター組合である、『ドーン』に、名乗り出た。

 そこまで上位ランキングに食い込んでいないニアスは、あっさりと出頭を承諾された。これで、彼女の命は保障された事になる。


 アサイラムに収容されれば、二度と、外の世界には出られないと聞く。

 いわば、小さな一つの街に入れられて、そこで一生を過ごす事になるようなものだ。

 娯楽なども充分保障されている。恋愛だって可能だ。

 アサイラムは、刑務所という場所においての一つの到達点だと聞く。

 受刑者に対して、ベーシック・インカム制度を設ける事によって、最大限の人権に配慮し、犯罪者の能力を社会の役に立たせようと模索する施設。

 ニアスは、暗いバーの中で、アサイラムからの使いを待っていた。

 時計の針ばかりを仕切りに見ている。

 これで、外の世界とはお別れだ。

 今後の人生は、一生、アサイラムの中だ。

 二度と、色々な場所を旅する事など出来はしない。それでも、この界隈では簡単に人間は死ぬし、以前の監獄制度のように暗い牢獄の中で一生を過ごすわけではない。

 そう、分かっている。充分過ぎる程の贅沢なのだ。

 それでもなお、怖い。


 一時間が経過した。

 その男は、バーの中に入ってきた。

 それは、黒いジャケットに身を包んだ体格の良い男だった。

 髪の毛はシャギーに切られており、精悍な顔をしている。顔立ちはまだ、若さが残っている。大体、年は三十代前後といった処だろうか。

 男はニアスの前に立った。

「君が『モーザ・ドゥーグ』のニアスか?」

 彼女は首を縦に振る。

 男はコートのポケットから、マルボロとジッポを取り出して、煙草に火を付ける。そして、煙を吸い込んだ後、言った。

「俺の名はケルベロス。アサイラムの所長をしている。もっとも仮だけどな。ニアス、御同行願えるかな?」

「ええ…………、でも所長って。……あなた自らが来ていいの?」

「人手が足りていない。今は所長が不在だし、看守長も死んでしまった。だから、俺が直接、出向くしかなくなっている。中途半端な能力者だと、殺される危険が高くなるだけだからな」

 そう言って、ニアスをバーの外へと連れ出す。

 既に、ヘリコプターが用意されているみたいだった。

 黒塗りのヘリ、闇に溶け込めるような。

 ニアスはその中へと入れられた。

 鴉のようなヘリは、夜の街を飛ぶ。

 ヘリを運転しているのは、ケルベロスだ。他には誰もいない。

 ニアスは、俯いたまま、夜の街を見ている。

 イルミネーションのような明かりがとても綺麗だ。

 こういった景色も、今日で見納め。


「単刀直入に言うとだな」

 体格の良い男は言う。


「今、アサイラムに向かっていない。ニアス、君に頼みがあってな。君が出頭する際に、自身の能力を明かしてくれただろう? それに興味があってな。これは役に立つんじゃないかと」


 彼女は、面食らったような顔をする。

 言っている意味をつかみかねていた。

 ケルベロスは一気に概要を話す。


「今、俺達が必要なのは精鋭部隊だ。知っているかどうかは分からないが、ドーンという組織は組織というよりも、組合。そして、それぞれハンターが好き勝手に動いている。しかし、アサイラムはアサイラム所属のハンターを欲しているんだ。分かるかな? あの有名な“青い悪魔”を倒す為に覚悟を決めて、うちの看守長と何名かの精鋭が挑んだのだが、みんな返り討ちにあって殺されてしまった。それに次いで、精鋭の一人が、“暴君”という有名な犯罪者でな。看守長がこいつを押さえ込んでいたんだが、看守長が死んでしまった途端、暴君が裏切った。そして、アサイラムを破壊しまくって、逃走した。暴君は、うちの精鋭の一人が倒してくれたんだが。今なお、その傷痕は残っている。だから、ニアス。俺は君を精鋭部隊に推奨したいんだ、一緒に悪を倒していこう」

 最後の台詞は冗談めかしていた。


 彼の言葉を、たっぷり十数分間掛けて、彼女は理解する。

「あ、あたしなんかで、いいの?」

「頼む。すぐに分かった。俺は君の“良心”を買っている。アサイラムの最高戦力であった看守長が死んでしまった今となっては。それに次ぐ実力者である暴君が裏切って、死んでしまった今となっては。本当に人手が足りない」

「つまり、あたしは……」

「アサイラムの囚人ではなく、俺達専属のハンターとして共に戦ってくれないか?」

 頷いていた。断る理由なんて何処にも無い。

 話はそれで終わった。

 ニアスは眼を閉じる。

 これからの人生。

 思いも付かなかった道。

 ニアスは罪の無い人間を何名も殺した。自身の能力を試す為だけに殺した事だってあった。今ではそれを酷く後悔している。何で、そんな事をしてしまったのだろうか。

 傲慢さからだったのか。あるいは自分の世界に対する憎しみからなのか。

 殺人に対する贖罪の問題。

 それを拭い去る事が、能力者には出来る。

 ケルベロスが言っているのは、アサイラムがやろうとしている事は、つまりそういう事だ。

 ヘリを運転しながら、ケルベロスはジャケットのポケットからメモ帳と携帯電話を取り出す。そして、メモ帳に記載している番号を携帯に打ち込んでいく。



 キマイラは携帯を取る。

 その声には聞き覚えが無い。

 掛けてきた番号も登録されていないものだ。

「あれ、貴方って誰だったっけ?」

「アサイラムの者と言えばいいのかな?」

「へえ。何だっけ? それ」

「……そうか、君は興味が無いのか。ドーンのハンターの間でならかなり有名なのだが。まあいい、キマイラ・ヘッド。君の実力を俺は買っている。チームに加わらないか? 俺達アサイラムは、定期的に賞金首リストで、普通のハンターが中々、狩れずにいる犯罪者を始末する役目を担っている。もっとも可能ならば生け捕りにして、アサイラムに収容する事を理想としているんだけどな。そのチームに加わらないか?」

 羊の角を頭から生やした女は、タールの強い煙草を口にくわえながら、面倒臭そうに息を吐く。

「……胡散臭いわねえ。私の番号は何処で知った?」

「フェンリルから」

「あら、あの子に教えたんだっけ。まあ、いいわ。そのチームってのに入って、私に何のメリットがあるっていうの?」

「効率的に賞金首を捕らえられる。それに、アサイラムからも恩賞が出るぞ」

「へえ。あんまり興味が無いわねえ。それに、私はあんまりこの界隈の間で有名に為りたくないのよねえ。面倒臭いから」

「お前が隠れた実力者であるという事は、もう皆に知れ渡っているぞ? お前の噂もそれなりに広がっている。強いんだろう?」

「まあ、そうかもしれないわねえ。そろそろ、切っていいかしら?」

「“蓮”を潰す。それだけ手伝ってくれないか?」

 キマイラは、妙にその何か確信じみた声に疑問を抱きながら答える。

「蓮って何? 殺す、始末するじゃなくて、潰すって事は何かの組織?」

 携帯の向こう側で、苦笑する声が聞こえた。

「そうか、キマイラ。君は本当にこの界隈の情報に興味が無いんだな。そういう態度は嫌いじゃない」

「だって、どうだっていいんだもの。必要なら、その時に調べるから」

「蓮というのは、カルト団体だ。そう呼んでいる。クラスタとも呼ばれているが、教祖であるロータスの名を指して、蓮、と皆は呼んでいる。あれは反社会組織だ。我々は、彼らの団体を潰し、可能ならばロータスの捕獲を決行する事に決めた」

「反社会組織ねえ。何が社会なのか分からないけれども、たとえば、ドーンやアサイラムは違うの?」

 彼女は何気なく言う。

 電話の向こう側の相手は、意表を付かれたかのようだった。

「何が社会か、反社会か、か……」

 何かしらの韜晦を勘ぐったらしい。彼女としては普通に思った事を言ったまでなのだが。

「確かにその通りだ。何が社会で反社会か分からない。でも、俺達は秩序ってものを、取り合えず作った。それを維持しなくては為らないと思っている。まあ、法の番人という奴なのか。この世界においては、国家ですら既に曖昧だ。しかし、話を戻すが、蓮という団体。彼らのせいで、死ぬ人間、不幸になる人間が増加し続けている、そろそろ踏み切らなければならない。蓮はロータスを含めて、能力者が何名もいる。奴らの戦力は未知だ。どうしても、此方にも戦力がいる」



「お断りだ」

 一応、友人と呼べる人間からの電話だった。

 今日は買い物の為、ブティック街を歩いている。

「フェンリル。頼む、信頼出来る者も必要だ。俺が勧誘している相手の中には、キマイラ・ヘッドなんてのもいる。彼女は信用出来ない。しかし実力者なのは確かだ。だから、バランスを取って、お前も必要なんだ。お前は強い、それは自信を持っていい」

「興味が無いんだよ。オレと相棒は、“在り得ないもの”を探す旅をしているんだ。そうだな、たとえば、“メビウス・リング”や“自由に死を。”やら“ルルイエ”やら、オレが今まで出会った。この世界の外側からやってくる何者かにしか興味が無い。なので、悪いけれど、今度にしてくれないかな?」

「……蓮、あるいはクラスタと呼ばれている教団を知っているか?」

「知らないな。オレはこれからイノセント・ワールドの新作を見に行きたいんだ。それから、ベイビー・スター・シャインブライトや、アンジェリック・プリティーにも興味がある。面倒事は後にしてくれないかな?」

「今すぐ来てくれとは言ってないじゃないか。出来れば、明日、会いたいのだが」

「面倒だな。正直、君達アサイラムが狙う相手って、割に合わないんじゃないのか? 大体がドーン全体を通して、持て余している勢力じゃないか。君の師に至っては、寿命が近いからって、“青い悪魔”に挑んだ。正気の沙汰じゃない。それどころか、その後の君の師が残した指令は何だ? “死の翼”と“アヌビス”の打倒、どちらも解決出来たか? 結局、出来なかったし、有耶無耶になってしまっただろう。だから、今度もそんなものなんじゃないのか?」

 フェンリルと呼ばれる青年が引き合いとして名前を出している者達は、どれも在り得ない神に近い存在や、この世界を丸ごと破壊しかねない程の強さを持った能力犯罪者達だった。

 遠回しに、アサイラムのやっている事は、愚行だとも言っている。

「そうか。そうだよな、お前はいつだって気まぐれだ。何処にだって、好きなように飛んでいける。悪かった。他を探すさ」

「待てよ。オレが捻くれ者なのも知っているだろ? やって欲しいと言われれば、やりたくないと言う。でも、お前はやはりいらないと言われれば、それは少し腹立たしい。話は聞く。蓮、とは何なんだ? その教団は一体、何をしている?」

「この世界に革命を引き起こすと考えているらしい」

 フェンリルは首を傾げた。

「教団という事は教祖がいるんだな? ヤバイ、能力者なのか?」

「ああ、教祖であるロータスはAランクに位置している。能力が正体不明なのにも関わらず、その危険性、規模を重視して、Aランク認定だ。少なくとも、この教団は所謂、テロ組織と考えた方がいいかもしれない」

「未知数か……、少し、携帯を離していいかな?」

 彼は、人のいない場所まで歩いていく。

 すると、いつの間にか、そこには白と黒のファッションを纏った少女が佇んでいた。

 まるで合わせ鏡のような雰囲気を持つ二人。

 フェンリルは彼女に、ケルベロスの話を振る。

 彼女はその話を吟味しているみたいだった。

「私は強い敵と戦いたい。それから、“神の世界からやってくる存在”とも会ってみたい。どちらも、私自身の存在とは何なのかに関しての疑問に対する返答になる可能性があるから。でも、そうね。その蓮、教団というものは、どうなのかしらねえ? 強いて言うならば、その教祖の話には少しだけ、興味があるわ」

「なるほど。なら、この話に乗るか?」

「貴方はどうなの? 私はどうだっていい」

「……直感だが、危険な感じがする」

 それを聞いて、少女は何処からともなく、タロット・カードを取り出して、切っていく。

 そして、一枚のカードを取り出した。

「『魔術師』の逆位置か。一枚指しで大アルカナか。となると、良くも悪くも、関わってみるだけの価値はあるかもしれないわね」

「カードの意味は?」

「始まりとか創造性とか色々あるのだけれども、今回の印象としてはコミュニケーション。しかし、ひっくり返っているって事は、この魔術師を象徴しているものは、詐欺などのイメージが出てくる。そうね、その教祖と出会った時は気を付けた方がいい」

「オレ達は誘いに乗るか? それとも断るか? それともオレだけが乗る方がいいか?」

「…………私は様子見して。面白そうだったら、介入するわ」



 教団の人間同士、あるいは幹部同士、仲が良いかどうかは分からない。

 カイリとクライ・フェイスはいつもつるんでいる。

 しかし、余り反りが合わない相手もいる。

 そいつは、第二階級の久遠を統治しているアーティという男だった。

 カイリと泣き顔の男は、彼を裏で嘲っているが、それは口には出さない。

 クラスタの中の、ビルとビルの部屋の中を刳り貫いた場所で、そいつに出会った。

 緑の衣に、青い帽子を被った茶髪の男。

 そいつは、いつも何処か張り付けたような笑みを浮かべている。

 にこやかだが、何処か裏があるかのような。

「あ、カイリさん。クライ・フェイスさん、今日もお揃いだね」

 アーティは、何処か夢見るような顔をしていた。

 彼の持つ気配は異質だ。

 それは、彼自身がまるで気付いていない。

 カイリは微妙な笑顔を返す。

 クライ・フェイスは、同じように張り付けた笑みを返した。

 少しだけ、何だか幸せそうな笑み。

 彼がクラスタにやってきたのは、いつの頃だろうか。

 気付いたら、教団の中にいた。

 かつて、逃げ込んできた殺人者の襲撃にあって、教団の階級を作った、『久遠』を統治していた男が殺された。その後、しばらくの間、久遠の統治者は欠員していたが。何年かして、この男、アーティが久遠を統治する事になった。

 何故、その役目を担う事に決めたのか、カイリは訊ねてみた事がある。

 帰ってきた答えは。

 ……愛をみんなに教えたいから。

 ……人を愛する大切さ。人を好きになる大切さ。

 そんな事を語るこの男の眼は、幸せに包まれている。自身の思想が決して揺ぎ無いものだと思っている。

 カイリはこの男が苦手だ。

 もうどうしようもないくらいに、苦手だ。

 彼はこの世界を何も見ていない。

 彼が見ているのは、彼にとって都合の良い世界だ。



 教団とは一体、何なのだろうか。

 カイリは考えている。

 たとえば、此処に来る者の多くは、社会から除け者にされた人間達だ。

 社会を厭い、嫌った者達。

 色々な地方からやってくる。色々な国から。

 だから、様々な言語が混ざっている。

 彼らは口々に社会に対する怨嗟の言葉を放つ。

 中には、犯罪者だっている。精神病患者も多い。

 それから、国家を潰そうとしたテロリストの残党だっている。

 教団は彼らを快く向かい入れる。

 行き場所を失った者達の場所。

 アーティは夢見るような口調で言った。

「愛の為に生きようと思うんだ。人間、誰でも良い部分を持っている。みんなそれに気付いていないだけ、人間が生きる理由は、日々の成長にこそあるのさ。人を愛し、隣人と共に生き、労働や奉仕が日々の生活の糧になる。そうやって人間は日々、成長して幸福をつかみ取れる、僕はその事をみんなに教えたいね」

 そういう彼は気付いていない。

 カイリは彼がこんな話する度、自分自身の考えを楽しそうに述べる度に、いつも思うのだ。

 お前は本当は、ロータスの代わりになりたいだけなんだろう? と。

 アーティの眼は嫉妬に溢れている。ロータスに対する嫉妬だ。あるいは、自分よりも優れている者に対する嫉妬だ。自分自身にすら、そのような感情を誤魔化して生きている。

 アーティの言う愛とは何なのだろうか。

 正直、カイリには分からない。

 しかしアーティという男の周りには、彼を慕う人間が集まっているのも事実だ。




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