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第四章 レイアは夢を見る。 5

 クラスタに突入する前の事だ。


 ケルベロスはフェンリルと、こんな話をした。

「自らの命を使って、何かを成し遂げる事に意味があるのだろうか。たとえ、その結果が無理であるとしても。……」

 ケルベロスはすぐに理解する。

「ヴリトラの事か」

「ああ」

「以前の俺と似ているんだろうな……」

 彼はマルボロの箱を空にしている事に気付く。

 そして、ポケットに手を突っ込む。

「フェンリル。…………お前は煙草は吸わないのか?」

「吸わない。可愛くないから」

 何だか、ちぐはぐな会話。

「困ったな。少し落ち着かない」

 彼は口の中で舌を動かしていた。

「向精神薬ならあるけど」

「そういうのは俺は駄目だ」

 フェンリルは何かを思い出す。

 そして、何かを何も無い空間から取り出した。

 細長い棒状の物が幾つか。

「お香とかじゃ駄目か?」

「……ああ、それでいい、煙が出るなら。礼を言う」

 彼は棒に火を付ける。

 煙が流れる。

「いい匂いだな」

「サンダルウッド。所謂、白檀。煙草に近いかなって」

 彼は笑う。

「ふう。頭が回る。……」

 彼は煙を勢いよく吸い込む。

「……そう、ヴリトラだが。どういえばいいのかな」

 彼は少し、考えて。言う。

「あいつの眼は死ぬ事を怖れていない」

 その理由は自分以上の何か大きな存在に対する使命感。

 ……以前の俺もああだったのだろうか。

 ケルベロスは悩む。

 今はどうなのだろう。

 自分は実直に生きたい。

 そうする事によって、大切なものを守れるならば。……。

 ……………。

 正直、迷っている。

 クラスタを本当に壊していいのだろうか、と。

 だからこそ、話す必要がある。

 ロータスと、そして、おそらくは他の教団の住民達とも。……。

 しかし。

 これも分かっている。

 フェンリルやキマイラ。

 二人は、彼を信用していない。何やら、勝手に行動しようとしているみたいだった。

 実際、いつの間にか、彼らの姿が無い。

 ケルベロスには、彼らを繋ぎ止める力がまるで無い。

 彼らの好きにさせるしかない。

 おそらく、ケルベロスよりも極めて合理的に、目的を達成する事が出来るのだろう。

「リーダー・シップがまるで無いな、俺……」

 先ほどから、ニアスが心配そうな顔をしている。

 何かを言いたそうだが、喉下まで出掛かって、飲み込んでいるかのような。

 しかし、何だか。言えない、そんな表情。

「あの……」

 ヴリトラだった。

 彼は困惑したような顔で言う。

「あのですねえ。ロータスさんの他にも、アーティさんっていう方がいるって言ったじゃないですか。彼のいる建物の辺りに今、来ているんですよ。お会いになりますか?」

 ケルベロスは頷く。



「今日も生きている事に感謝しなきゃな」

 グロウはタオルで、汗を拭っていた。

 自分の手で作り上げたタオルだ。

 丁寧に、ミシンで縫われている。

 此処で、少しずつだが、小さな社会が出来上がっている。

 いずれ、完全にロータス側と分離していくだろう。

 彼の仲間であるゲイズが、同じように汗を拭っていた。

 そして、水道で両手を洗って、泥を落としている。

 ゲイズは細身の筋肉質だった。いかつい顔をしている。

 二人共、農業や工場労働によって、日々、生きている。

 ゲイズはかつて、貨幣や私有財産の無い世界を夢見て、共産主義に目覚め、爆弾で大企業などを吹っ飛ばした事のある男だ。今も然るべき場所では、指名手配を受けているらしい。

 クラスタは何でも受け入れる為、彼のようなテロリストタイプの犯罪者なども存在する。

 ゲイズは、よく昔の事を自慢していた。彼の所属していた組織は、理想国家の建設を願っていた。ある国を傾ける寸前までいって、次々と仲間達が捕まっていき、彼はこんな場所にまで逃亡したのだと。

 グロウは彼が好きだ。

 共に、国家や神、資本主義のおかしさなどについて語る時、本当に仲間意識を感じる。

「いやあ。やはり、神様ってのは、俺達を見守ってくれているんじゃないかって思うよ」

 ゲイズは笑った。

 二人共、楽しそうだった。

「しかし、此処は楽しいな。適度な仕事と適度な食事。俺は此処に来れて、本当に良かったと思っているぜ」

 ゲイズには、クラスタに来る住民独特の影が無い。

 彼はいつも前向きに生きてきた為、アーティの思想と波長が合ったのだろう。

 アーティの努力すれば、必ず報われる、という言葉を糧に、これまで頑張ってこれた。

 気配。……。

 異質な気配がする。

 突如、その異邦人は現れる。

「あのね、貴方達。アーティとかいう奴の部下だっけ?」

 その女は、いつの間にか、そこに立っていた。

 異様なまでの空気が、全身から発せられている。

 言うなれば、それは瘴気とでもいうような。

 同じ空間にいるだけで、足が竦みそうだ。

 こんな存在を見た事は無い。

 強いて言うならば、あのロータスの齎す闇に近い。

 第一印象。

 言葉が、一切、通じなさそうだった。

 まず、こいつは、彼らをまるで人間として見ていなかった。

 そもそも、こいつの両眼。まるで、人間のそれとは思えない。

 彼女は畑に植えられていたレタス手にしていた。

 奇妙なものを見るように、眺めている。


「よく頑張っているわねえ。貴方達って」


 彼女はその色形を真剣に眺めていた。

「まあ。後、数年すればもっと立派な野菜を作れるでしょうね。何だか、形が歪だわ。小粒も多いし」

 でも、作れる量が多いから。食べ物には困らないかも、とも付け足す。そして。

「ああ、そうだ。数年後の先なんて無いの。貴方達には」

 彼女は寒気のするような表情をしていた。

 まるで、一切を見下すかのような。

 少しだけ、何処か楽しそうだった。

 唇を指先で撫で続けている。

 グロウは、咄嗟にゲイズを庇うように、彼女の下へと向かった。

「アーティさんに会わせるわけには行かない。どこから入ってきたか分からないが、お前は此処にいてはならない。お前は俺が倒す」

「あら、そう」

 彼女は何か手にしていた。


「貴方が会わせたくなくても、私は会おうと思っていてね。それから、やっぱり貴方は私を倒す事なんて出来ないわね。何故なら、貴方の未来なんてもう何も無いから」


 彼女は、恐ろしい程、優しい笑みを浮かべていた。

 まるで、捕まえてきた昆虫の羽根を摩るような。


「これから、私は貴方に質問したいの。貴方に未来が無い事は決定している事なんだけれども。そうねえ、たとえば、ほんの少しでも、楽に死ねるかも。いいかしら?」


 グロウは、彼女の独白に付いていけない。

 グロウは後ろを振り返る。

 すると、思わず、頭が混乱しそうになる。

 ゲイズが地面に倒れていた。

 一体、何があったのか分からない。

 彼の頭は異様に曲がっている。

 口元から、大量の泡を吐いていた。

「ああ、そうそう。彼、もうすぐ死ぬから」

「お、お前、何をした?」

「何って」

 彼女は、レタスを剥いていき、中から、何かを取り出す。

 それは、赤く染まった灰色の何かだった。

「それは……?」


「これ? そこで眠っている。彼の頚椎の骨」


 そいつは、満面の笑顔になる。

 残虐的な行為に愉悦を感じる者の笑み。昆虫の羽根を毟り取るような。

「処で、アーティって奴は何処かしら? この辺りにいるのでしょう? それにしても、驚いたわ。ビルの中に工場があるなんて。畑も素敵ね」

 他の野菜は駄目だけど。でも、カボチャの出来は良かった。どうやったら、あんなに大きなカボチャが作れるのかしら? と彼女は賞賛する。

 グロウは能力者だった。

『セイント・ブリンガー』という力を持っている、アーティから名付けられた。

 そして、グロウは階級の一つ、“浄化”を纏めている者でもあった。

 咄嗟に、グロウは能力を使う。

 自身の全身が、硬化していく。

 これが、浄化の能力。肉体を硬化していき、更には。あらゆる物質の強度を増していく。


「お前は、お前は何だ?」


「ああ、私はキマイラ。異形の者。処でアーティは何処?」


 彼は拳に力を注ぎ込む。

 自らの能力を発動させている。

「ああ、処で貴方が何をしようとしても無駄よ。何故なら、もう貴方は。私に始末されちゃっているから」

 彼女はポケットから、煙草の箱を取り出す。

 そして、火を点ける。美味しいわね、と呟いた。

 グロウは気付いた。

 足首から下が殆ど、動かせない。

 まるで、地面の中に埋まっているかのようだった。あるいは、地面そのものと同化してしまったかのような。

 感覚が無い。神経が通っていないのか。

 腰から下に、巧く力を入れられない。

 しかし、彼はそのまま硬化させた拳を勢いよく、キマイラへと叩き付けた。鉄槌のような攻撃だ。これで、人間の頭部くらい、簡単に砕く事が出来る。

 べっしゃ、という勢いのよい音がする。

 彼女の顔が溶けるようになって、彼の拳を貫通させる。

 しかし。

「なるほど。お前の能力は大体、分かった」

 グロウの拳を顔面に貫通させたまま、彼女は楽しそうに言った。

 彼の能力は、敵に対して。一切、何の役にも立たなかった。……。頭蓋を粉々に破壊する事が出来ても、このように溶かす事なんて出来ない。グロウの能力は。……。まるで通じない……。

 遠くで話し声が聞こえる。

 どうやら、アーティの声だ。

 助けを求めたい。

「……ケルベロス?」

 キマイラと名乗った女は、首を傾げた。

 そのまま、彼の腕が顔の中から、離れる。

 顔は無傷だ。

 何事も無かったかのように、キマイラは歩き出す。

「ああ、貴方はそのまま。良かったわね、ちょっとだけ、生きる時間が長くなったわよ」

 グロウは首を捻って、彼女を見る。丁度、彼女が向かっていく位置に、友人がいた。

 見ると、ゲイズが絶命していた。

 口元から、大量に吐血していた。酷い形相をしていた。

「ああ、そうそう」

 彼女は何かを思い出したように言った。

「此処に来る途中、何名か工場労働者風の者達と会って、お話してみたら、襲われちゃって」

 本当に困ったような顔。

「全員、もうお日様を見られない身体にしちゃったのよね。ごめんなさいね? 二度と、彼らはお話する事が出来ない身体になっちゃったわ」

 やはり、満面の笑みだった。

「お、お、おお、お前…………」

 ぽん、と彼女は何かを投げ付けてきた。

 べっちゃ、とそれが、グロウの顔に当たる。

 べちゃ、べちゃ、べちゃ、と次々と何かが顔に当たっていく。

 それを手にしてみた。

 舌だった。

 根元から、引き抜かれている。

 舌。機能としては、声帯の器官だけではない。引き抜かれると、呼吸が出来なくなり、死に至る……。

 その舌が、沢山ある。軽く、十枚を超えている。

「こ、こ、こ、この、この人殺しがぁぁああああああっ!」

 グロウは絶叫していた。

「地獄に堕ちろぉぉおお! 下衆野郎っ!」

 精一杯、腹の底から叫び声を上げる。


 キマイラはまるで、もう何もかも興味を失ってしまったかのように、振り返らなかった。



 ヴリトラには、アーティのいる建物の外で待っているように言った。

 何なら、何処かへ行っても構わないと、ケルベロスは言う。

 どうやら、ヴリトラはもう、捕虜として解放されたのだ、という事らしい。

 猫顔の男は、困惑しながらも頷く。

 そして。

 アーティ。

 ケルベロスは、彼と対話していた。

 アーティは優男だった。

 熱心に本を読んでいた。

 どうやら、野菜を栽培する為の本だった。

「今回は、トマトとナスの栽培を成功させたくてね」

「そうか。凄いな」

「すぐに育つと思っていたけれど、此処の気候じゃなかなか巧くいかなかった。前回は実ったものが小さかった。今回は何とか成功させたい」

 ケルベロスは、真摯な顔で彼の話を聞いていた。

 ニアスは、少し困惑している。

 どうしたものだろうか。

 ケルベロス。

 どうやら、彼はアーティと対話を望んでいるみたいだった。

 そう、初めからそうだった。

 彼は対話を望んでいた。クラスタと。

 ニアスをドーンに引き入れた時もそうだ。

 まず、対話を望んだ。

 彼は戦いを望んでいない。

 ニアスは、だんだん、この男というものが分かってきた。

 彼は。……お人好しなのだ。…………。

 もう、どうしようもないくらいに。

 ケルベロスは彼らが作ったという、畑を真摯に眺めていた。

 様々な野菜、穀物、花などが植えられている。

「来年には、工場で、絹も作ろうと考えていてね。まるで方法とか分からないんだけれども、やってみようと思っているんだ」

「なるほど。なら、アサイラムでも取り入れようと思う。囚人達も、新しい仕事をやりたがっている」

 二人は少しずつ、お互いに、話を合わせていくかのようだった。

 ニアスは困惑し始める。

 どうしたものなのだろうか。

 いや、そもそも。

 自分達の当初の目的は、ロータスの捕縛、始末だ。

 しかし、ひょっとすると、ケルベロス。彼は和解を求めたがっているんじゃないだろうか。

 いや、そうなのだ。そうなのだろう。彼は此処の住民との和解を求めている。

 間違いない。……。

「あなたが、此処に訪れたのは。このクラスタの者達が、外の者達に迷惑を掛けているからだろう?」

「あ、ああ……」

「それは、わたし達も非常に困っている。もう、ヴリトラを通して知っているのかもしれないけれども、このクラスタってのは、ちゃんとした組織じゃないんだ。みんなバラバラだ。だから、一応、他の教団や組織を模範して、各人間達を統率する為に、階級なんてものを取り入れてみたけれど、意味が無かった。みんなやはり、バラバラだ。協調性がまったく無くてね。ほら、此処ってどんどん外で疎外された者達を取り入れていくシステムになっていて、やっぱり元犯罪者や、此処を逃走場所に考えている現在進行形の犯罪者も多い。それから、全部を把握しているわけじゃないんだけれども、何処かの国家を破壊しようとしているテロリスト達も確実にいる」

 アーティは流暢な口調で話し続ける。

 寡黙なケルベロスは、ただただ聞くばかりだった。

「彼らはわたし達にとっても、“悪”なんだろうけれども。わたしには分からない、どうすればいいのかを。だから、あなたが協力してくれるならとてもありがたいと思っている。お互いに協力し合えないだろうか。あなた達の“アサイラム”と、わたし達のクラスタ。どちらも、疎外された者達によって、築き上げられたものなんじゃないかな?」

 ケルベロスは唸る。しかし。

 足音。建物の中に、盛大に響いていた。

「意外と優秀だったのね」

 その声音には侮蔑が無かった。

 ただ単に、認識に多少の齟齬を感じている、といったような。

「しばらく、様子見させて貰ったのだけれども。どうするの?」

 キマイラは物陰から、彼らの話の全て聞いていたみたいだった。

 不可思議な人間のものではない、足音が鳴り響く。

 機械音のような、金属音のような。どれでもないような。

「で、ケルベロス。どうするの? アーティは始末しないと、それでいいのかしらね。私は賛同しかねるけれど」

 彼女は、パシィ、パシィ、と指を鳴らしている。

 巨体の男は、少し黙った。

 そして口を開く。

「俺達は、彼らを殺す為にやってきたわけじゃない。話し合う為にやってきたんだ。お前は殺せば解決って考えなんだろうけれども、俺の立場はそうじゃない。未来を創る必要がある。何とかして、法を整えたい。みなが住みやすい世界を創りたい。犯罪者を否定したくない。俺はずっと、そんな考えで生きてきた。なあ、善とか悪とかって赦されるのだろうか? 俺は人間を悪だと思いたくない。正しい社会ってのは無いかもしれないけれども、それの実現の為に少しでも努力したい。だから、俺はずっと救いようの無い者達と、何とかして対話する事を考え続けてきた」

 普段は余り口を開かない為、彼の性格はよく分からない。

 しかし、彼はかなり熱い考えを持っている者だった。

 自分なりの正義を真摯に信じている。

「救いようの無い相手ね」

 彼はすぐに、自分の失言に気付く。

 キマイラを何とか説得しようとする中で、どうも言葉の使い方を間違えたのではないかと焦る。

「勿論、この言い方じゃアーティに対する侮蔑になるな。クラスタに対するな。俺は正直、凄いって思ってしまっているんだ。このアーティって奴を。何とかして、理想を追い続けたい。その気持ちが分かるんだ」

「そう。そうなの、凄いわね。でも、やっぱり駄目ね。始末するべきだと思うわ。さっきから、そこのアーティとかいう奴。能力を送っているわよ? 周囲に張り巡らせようとしている。貴方との会話の間に巧みにね」

「……俺だって、その気になればいつだって仕掛けられる。お互い様だ」

「ええ、そう。じゃあ、私が悪人と言うわけね。仕方無いのね」

「お前が分かってくれればいい、俺はお前も否定したくない」

 羊角の女は、首を振った。

「それは駄目よ。ケルベロス」

 キマイラはくっくっ、と笑った。

 そして彼女は服の中から、何かを取り出す。

 バラバラと、沢山の人体のパーツが落ちていく。

 喉仏。心臓。脳の一部。……びくんびくんと、まだ脈打っているものもある。

「私、彼らの仲間を何名も始末しちゃったわ。これから行う事も止めるつもりは無い。アーティは死ぬべきだと思うの。残念だけれども。ごめんなさいね?」

「何故だ?」

「だって、下らないじゃない。みんな仲良く生きようとかってお話って」

 一切のブレが無く、真っ直ぐなまでに歪んだ事を言っていた。

「調和する事が大切なんだ。違うか? 俺は余り死人を出したくないし、みんなが幸福になる事はいい事だと思っている。その為に俺は戦ってきた」

 彼もまた、強い決意を秘めている。

「調和か。みなが仲良くなれる社会、秩序立った共同体。その意味を貴方がどれだけ理解しているのか分からないけれども。まあ、私はそれが素晴らしいと思っていないのよね」

 彼女の相貌から、少しだけ険と陰鬱さが見えた。

 ニアスはそれが何を意味するのか分からない。

「じゃあ、目的はこうかしら? 私は此処の教団の者達、全員を可能な限り皆殺しにしたい。それで、貴方は此処の教団の者達、全員を可能な限り説得したいし、あるいは対話したい。落とし処を見つけたい。そういうわけね」

「ああ、そうなるな……」

「そこで、問題が浮上するのだけれども、私と貴方の目的は異なる事になる。その延長線上として、私と貴方はぶつかる事になるわよね。これは私達は衝突して、対決する、という事になるのかしら?」

 キマイラはこう言っている。

 自分達は戦うべきなのか? と。

「そこの処は、俺も妥協点を考えている。なあ、キマイラ。元々、この仕事は俺の問題だったわけだ。お前を巻き込んで悪かったと思っている。お前の性には合わないだろ?」

 キマイラは余り、納得いっていないみたいだったが、仕方無さそうに両手を広げた。

「分かったわ。私は引く。それでいいかしら?」

「ああ、助かる……」

 驚く程、あっさりと彼女は身を引いた。

 ニアスはそれが、とても不気味に思えた。

「アーティは殺さない。それでいい?」

「ああ、分かってくれたか」

「ええ。妥協するわ、私はアーティは殺さない」

 彼女はクスクスと笑う。

「本当に、それでいい?」

「ああ、そうだ。それでいい」

 それを聞いて。

 キマイラは何処かへと去っていった。

 後で、また連絡を取らなければ、とケルベロスは呟く。

 アーティは険しい顔をしていた。

「何故です?」

 彼もまた、折れなかった。

「何故、ああいう人を仲間にしているんですか?」

 まるで、責めるような口調だった。

「ああ。そうだな……、確かに信用出来ない」

「それもありますけれど。あの人は明らかに人として間違っているでしょう。おかしいじゃないですか? 何で、ああいう人を野放しに?」

 ケルベロスは項垂れた。

 確かにだ。

 アーティの思考というものが、段々、分かってきた。

 アサイラムの形式を話していく。

 犯罪者に敢えて、徹底した人権を認める事によって、可能性を探る装置。

 それは、犯罪者に徹底して人権を認めなかった“地獄の世界”と対比して創られたものだ。

 その話をして、アーティは眉を顰めた。

「わたしには理解出来ないです。明らかにおかしいですよ、その考え」

 きっぱりと彼は言った。

 ケルベロスは一見、優柔不断そうに見えて、頑固だ。

 彼には彼なりの不屈の意思を持っている。

 その中で、どうにか周りとの折り合いを付ける事を考えている。

 そして。ニアスは。

 キマイラの言葉を思い出し、反芻する。

 何となく、引っ掛かるような物言いだったような。

 巧く、説明出来ないのだが。




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