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第四章 レイアは夢を見る。 4

”思想家”である、暴君『ウォーター・ハウス』との対話を、過去エピソードと時系列バラバラで書いています。読みにくいかもしれません。

 神の概念。


 それは、あらゆる神を否定していった先に視たものなのだと。

 自然、都市。物質。粒子。宇宙。

 その中で、確かに神は存在しているのだと。

 そう。

 あらゆる絶望の中においてもなお、神は存在しているのだと。

 そう信じる事によって、救済される。しかし。

 救済だけでは駄目で、いつかこの世界をひっくり返さなければならないのだと。

 この世界に現れている苦痛、悪夢、悲劇。

 その全ては報われない。

 死後の世界は信じてはならない。それでも。

 彼らの苦しみは、浄化されなくてはならない。

 このままだと、報われないから。

 酷過ぎる世界の只中においてもなお。

 希望を持ち続けるという事。

 苦しみは反芻し、反復していく。

 何故、その環から逃れられないのか。

 何も信じられない世界、けれども。確かに思うのは。

 死んだ者達を、死んだままにしていてはならない。

 彼らは呼び覚まされ、受けてきた苦痛を、悲鳴を、再び、この世界で訴えなければならない。

 彼らは復活しなければならないのだ。

 彼らが生きた証として。彼らが存在した証として。

 そう、ロータスは。

 届かなかった言葉達の声になる。

 救われなかった者達の、声になる。

 彼女は、苦しみと対話し続けている。

 それこそが。

 彼らの意志を呼び覚ます為の力。荊の道。

 磔刑への道だ。

 それは、ただ吊るされて、人々に石を投げられるだけの生き方でしかないのかもしれない。

 そこには、未来は無いのかもしれない。

「カイリ。わたしは神託しか出来ない。何故なら、わたしは他に何も出来ないから」

 ロータスは何処か遠い眼をしているように語った。

「それでもいいですよ。みんな、貴方に貢献したがる。貴方は神託を伝えるだけでいい。貴方はみなにとって必要な、言葉、なんだ。それに関して、貴方は決して気負う必要なんてない」

「そっか。嬉しいわ」

 ロータスは、景色を眺める。

 この場所から見える景色は、とても美しい。遠くに見える海原。砂漠と溶け合うビルの群れ。

「青空にも、木々にも。風のせせらぎにも。汚染された大地にも。くすんだビルにも。赤茶けた海にも。戦争によって破壊された瓦礫の街にも。沢山の言葉が眠っている」

 二人の間に、風が吹き抜けた。

 陽光。

 刹那の中に、今が永遠なのだと感じた。

 カイリは絶望している。

 この世界に闇しか見えない。だから、暗い部屋。夜の時間が好きだ。しかし。

 ロータスといる瞬間。アニマといる瞬間。

 昼の時間も赦せるようになる。温かささえ感じる。

 眼を閉じる。風をより強く感じた。

 カイリは知っている。

 ロータスとアーティ。

 どちらも、正しくないのだろう、と。…………。

 それでも、感覚だけで、彼はロータスの側に付いて。

 感覚だけで、アーティを嫌っている。

 実は、正しいとか正しくないとか、どうでもいいのだ、と。

 情緒、感性、美意識。そんなものと正しさは共有するのだろうか。

 それにしてもだ。

 この世界の全てはイメージの連続なんじゃないだろうか。

 誰かを認識し、何かを認識し、イメージを形作っていく。

 分からないのは、そのイメージのズレがあるという事。

 きっと、それは体験なんだろう。

 未来を作り続けるのは、いつだって過去だ。

 過去に根差したもの、それによって人間は自分という存在を形作っていく。

 歴史を構築していく。

 壁一枚を剥がしたような世界。

 一面が瓦礫の山だ。

 全ては無情。無情な死ばかり。

 そこには何も無い。

 叫喚ばかりが上がっている。

 死んでいく感情ばかりがそこには横たわっている。

 何も無い空虚。ある種の開放感さえ伴っている。

 破壊の痕。無情なる死。

 無慈悲。

 横たわる死体。

 腐臭が漂い始め、蝿達の巣窟へと変わっている。

 爆撃。沢山の悲鳴がまた上がった。

 そこにいる者達は、ただただ天を仰いでいるが。しかし、それが届かない事を知っている。

 無情なる死。

 ただただ、みな、自身を一個の悲鳴へと変えようと。

 逃げ惑っている。

 そこに触れる者なんて無い。

 爆弾で飛び散った手足が散乱している。

 断面はぐちゃぐちゃだ

 そこは深い死の空間ばかりが広がっている。

 ある意味、それは極めて創造的でさえあった。

 一つの絵画として、音楽として、その空間は存在していた。

 ……。

汚い緑。

 ヘドロの群れだ。

 死体達の発する臭い。

 蝿の群れ。

 …………。

 カイリは、彼女の能力に触れている。

 イメージが頭の中に浮かび上がってくる。

 そう、それは紛れもない、地獄の世界だった。

 ロータスの無制限のヴィア・ドロローサが唸りを上げる。

 真っ赤な炎が、世界を焼く。

 人々の肉が焙られ続けて。

 腐臭の汁が、ポタポタと流れ落ちていく。

 汁からは、白い蟲達が産まれて、やがて黒い羽虫へと変わっていく。

 沢山の十字架が並んでいる。

 積み上げられた死体。

 …………。

 人間だった形を少しずつ、少しずつ崩していき、爛れて、溶けていく。

 人間の痛みのフラッシュバック。

 荊の道の力。それは、人間の闇を引き戻す事だ。

 かつて、行われた苦痛。虐殺。拷問。

 それらを、再び、この世界に引き戻す。フラッシュバックさせる。

 ……そう。

 ヴィア・ドロローサは、彼女の手で触れた相手に、幻影を見せる。

 そして。

 その能力は、現象として、敵を攻撃する事も可能だ。

 フラッシュバックさせた悲劇や痛みを、そのまま敵に送り込む事が出来る。

 …………。彼は、ロータスの見せた、その光景を思い出しながら、眠りに付いていた。

 カイリはアニマを抱き締めていた。

 同じベッドの中で、彼女の息遣いが聞こえる。

 何で、他の男達にも身体を預けるの? カイリは訊ねる。

 アニマは答えに詰まる。どう言葉に現したらいいか、分からないといった感じ。



「さてと」

 暴君は眠そうに眼を擦った。

 彼の腰の下ではヴリトラが地面に沈んでいた。

「どうするべきだろうな? ああ? 俺はお前を始末するべきなのか? せっかく、カイリと話して楽しめたってのにな?」

 彼は静かに溜め息を吐いた。

 ヴリトラは頭を上げようとする。びくとも動かない。

 まるで、大岩が頭に圧し掛かっているかのようだ。

 屈辱感ばかりがこみ上げてくる。

 暴君は首をこきり、こきりと鳴らす。

 これが、『ドーン』最強の一角。……。

「さてと。お前は何で、ロータスに従うのかな? 俺はそこに興味がある」

 彼は圧倒的な力で、ヴリトラのプライドを挫いていた。

 更に、全身に体重を乗せていく。

 ヴリトラの顔が地面に沈んでいく。

 暴君は立ち上がった。

 そして、おもむろにヴリトラの顔を蹴り続けた。

 まるで、抵抗する気になれない。

 頭蓋が鳴り響いていく。

「質問がある。お前は強い方の人間か? それとも弱い方の人間か?」

 何故か、真面目な口調だった。

 口の中が切れて、巧く喋れない。それでも、暴君はおかまいなしだ。

 ヴリトラは、彼の姿を見て、ロータスやアーティ達に仇なす者と認識して、思わず、キレて飛び掛ったのだった。結果、この様だ。

 こいつは、気分で動いているのだろう、というのは分かった。

 どんなに死ぬ覚悟があったとしても、こいつのような圧倒的な暴力の前では、全てが無意味だった。けれども。

 こういう気まぐれに、秩序を破壊しにくる奴を好き放題にさせてはならない。

 ヴリトラは誓っていた。クラスタを守らなければならない、と。

 ヴリトラは自分を一つの死へと変える事を願っていた。

 自分自身が一個の兵器へと変わる事。

 一個の弾丸をイメージする。

 自分自身は敵を殺す為の爆発物なのだ。

 自分自身の命と引き換えに、主に仇なす敵を殺す為の。

 矛にして、盾。

 自分は死ななければならない、と思っていた。

 主の為に、仲間の為に、死ななければならない。

 自分の死一つで、全てを守りたい。

 いつも、そんな事ばかりを考えていた。

 だから。もっと、強くなりたかった。

 美しく死ぬ為に、強く強く、今よりもより強く。

 そんな生き方をしなければならないし、そんな最期でなければならない。

 くだらない人生だった。

 かつては野心家だった。

 名を上げて、栄光を勝ち取れると思っていた。

 かなり、自尊心が肥大化していたと思う。

 権力さえも、手中に収められるのだとも思っていた。

 結果、ズタボロになった。

 彼は沢山の者達を殺した。罪の無い者達。

 どこかで、友愛や平和などにも憧れている部分があった。

 弱い奴を助けたいだとか、も。

 けれども、彼がやった事と言えば、沢山の人間を殺した事だった。

 余りにも、下らない事。何処までも愚かしい事。だからこそ。

 今は守るべきものがある。

 それは幸せな事だ。

 彼は充分、生きたと思っている。幸せを生きた、と。


 自分は死ななければならないと思っている。死ぬ事が出来るのだと。

 自分自身の命によって、大切な者達を守る事が出来るのならば。自分が生きた意味はある。もし、それが犬死にだとしても。どうにか、意志を残せないのか、と。

 そればかりを、延々と、延々と考え続けている。

 もうすぐ、戦うべき時は来るのだろう。きっとだ。




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