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第四章 レイアは夢を見る。 1

世界を思想によって破壊しようとした、暴君『ウォーター・ハウス』は、

過去エピソードにおいて死亡しているのですが。

今後も、彼は他の人間のイメージ世界の中で生き続けるのでしょう。

 その男は、大きな衝撃によって頭を吹っ飛ばされて、そのまま壁のシミになった。

 彼女は死体となった、その男に何の興味も抱いていなかった。


 クラスタの中に侵入した。


 彼女は、他の男に尋問していた。

「で、ロータスとやらは、その部屋にいるのね?」

 淡々とした声音。

 彼女は眼光だけで、男の口を開かせていた。

 男はしどろもどろに、ロータスの居場所を話し続ける。

 それだけ聞くと、興味を無くして、男の下から去っていった。

 彼女は無駄な殺害にも、興味が無いみたいだった。

 壁のシミになった男は、レイアに対して刃物を向けてきたからだった。避けるのも面倒なので、軽く頭を殴り付けてやったら、男が死んだ。

 人間。特に非能力者は脆いな、と思った。

 彼女は人間を人間と認識していない。

 彼女は、ただひたすら、自分の目的の為だけに動いていた。

 何名か他にも、クラスタの住民と顔を合わせる羽目になったのだが、今度は面倒臭いので、『リュミエール』を使って、レイアの姿を認識の外へとすっ飛ばしていった。

 薔薇の蔓を這わせていく。

 どうやら、この辺りにはアーティの能力が張り巡らされていないみたいだった。

 レイアはすたすたと、歩き続ける。

 何名かの人間達とすれ違うが、レイアは彼らには何の興味も示さなかった。

 時折、レイアが侵入者であり、害をなす存在であるのだと気付いた者がいて。彼女を排除しようと襲ってくる者達がいた。

 面倒臭いから、全員、殴り殺して。挽肉に変えた。

 そこに、何の感慨も湧かなかった。

 そして、レイアはその“祭壇”へと辿り着いた。

 神降ろしの儀式となる場所。

 ロータスの瞑想の部屋だ。

 此処に、敵の首領がいる。

 あっさりと、始末するのが、彼女の役割だ。

 さっさと、頭をぶち抜いて、終わらせよう。

 彼女は扉を、乱暴に開いた。

 そして、眉を顰める。



 光と闇を纏う少女は、その女の目の前に立っていた。


 女は、赤い衣の上に、黒い衣を纏っている。

 さながら、黒白の色彩と、赤黒の色彩。

 同じ色も、組み合わせた色、纏う人間によって、色の持つイメージが変わる。

 あらゆる者から、認識される事を厭う少女。

 彼女は、腕を組んで、女の前に姿を現している。


「あら。可愛い女の子ね」


 女は言った。

 少女は少し、眉を顰める。

「可愛い、か。ふうん。まあ、いいか。私は貴方の思想とやらに興味があるわ。少しだけ。本当に貴方ごとき、どうでもよかったのだけれども。貴方の考えとやらに興味が湧いた。何の為に、此処の彼らは貴方を狂信するのかしら? 分からない」

「それは、あなたがこの世界の闇を何も知らないからよ。みんな、私を信じているんじゃなくて、みんな気付いているだけ。この世界はおかしいんだって。みんな、みんな、邪悪さから逃げる為に、闇に貪られない為に、此処に集まってくるわ」

 少女は首を傾げた。


「あなた、傷付いた事無いと思うの。だから、この世界の狂気が分からないのね?」

「何を言っているのか理解出来ないのだけれども?」

 少し不機嫌そうな口調で言う。


「この世界は病気なの。みんな病気に侵され続けている。それを何とかしなくてはならない。ねえ、そうは思わない?」

「抽象的過ぎて、何を言っているか分からないわ」

 少女は鼻で笑った。


 すると、女は傷付いたような顔をする。

「あなたは、綺麗なものに為れる筈なのに。諦めているのね。理想を追えるだけの力がある筈なのに。この世界は悪夢そのもの、あなたはそれから眼を背ける事を選んだ。違うかしら?」

 光陰を纏う少女はまた、眉を顰めた。

 話を煙に巻いていっているようにも思えない。

 とすると。

「なるほど。貴方は貴方の言語で語っているのか。私には分からない。ただ、分かったのは。私の生き方に対して、疑問を抱いている。私の生き方は間違っている、と。随分と馬鹿にされたものね? そもそも、貴方に私の何を理解しているのか? 認識しているのか? 私はそれを判断し兼ねているのだけれども?」

「そう、悲しいわ」

 女は本当に、悲しそうな表情を浮かべる。

 まるで、少女を哀れんでいるようにも見えた。


 それがまた、少女の怒りを買う。一瞬、激昂しそうになる。今までに相対した事の無いようなタイプの相手。

「でも、そんなあなたの弱さは、とても愛しいなあ」

 周囲の空気が震撼するかのようだった。

 暗い感情が、少女の中で湧き上がってくる。しかし、少女はそれを律し、冷静な態度で、女へと話しかけた。

「よく分かったわ。貴方とは話す意味が無い。貴方も私の事を忘れるといい。でも、一応、確認。何故、私の事を弱い、と?」

「弱いわよ。だって、あなたって人を愛せないのよね?」

 少女は、ふん、と髪をかき上げた。

「人を愛せない事が何故、弱い、と?」

「弱いの。だって、強い人間はね。みんなを愛そうとするの」

「…………私は、確かに自分しか愛せないけど。それ故、強いと思っている。弱いと言われる筋合いは無いわ。何なら、今、此処で試してみてもいい」

 空間に満ちている明暗の中に、殺意が混じっていく。

 確実に、目の前の敵を、倒せるという自信。

「その弱さが。美なのよね。その弱さが、正しいの。あなたは、この世界から受ける呪縛を、弱さによって、自らを守っているのよね。それはとっても正しいわ。あなたは、そう、何というか。純潔さを守ろうとしているのね? そう、そうなのよ。あなたとは、ひょっとしたら、お友達になれるのかもしれない、嬉しいわ」

 女は子供のように、無邪気にはしゃぐ。

 少女は背筋に、ぞっと冷たいものが走った。

 寒気がする程の嫌悪感。

 これ以上、会話を続けていると、何か得体の知れないものに蝕まれそうだった。

 気味の悪さばかりが目立つ。

 その嘔吐感にも似たものに対して、激しく迸る殺意で対峙する。

 しかし、女の眼は、更に底無しに深かった。

 暗黒そのもののような、あるいは昼に見る悪夢そのもののような双眸。

「貴方に私の何が分かる?」

 内に溜まる敵意を吐き出すかのように言う。

 今すぐ、目の前にいる女の頭を吹っ飛ばしてしまいたい衝動。

「分かるわ。だって、私も昔はあなたのように、世界を見ていたから」

 それはとてつもなく慈愛に満ちたような。

 あるいはとてつもなく憐れむかのような。

 絶対的な断定の言葉。発した本人は、その言葉をまるで疑っていない。

「そう」

 少女は呟く。

 沈黙。静寂。

 少女はくるりと、踵を返した。

 空間に満ちるかのような感情が止んだ。

 少女の髪は風も無いのに靡いている。

 その足取りは極めて、淡々としたものだった。

 そして、思い出したように言った。

「一つ聞いていいかしら。たとえば、私は傷付いて生きてきたかもしれない。貴方よりも、ずっと。そういった疑問を思ったりしないの?」

「あなたは本当に傷付くという事を知らないのよ。あなたは傷付いた事があるかのように思い込んでいるだけ。本当に傷付いた事があるなら。私の言葉が分かる筈なの、違う?」

「そう」

 少女は振り返らなかった。

 そして、数分後、青年の下へ戻る。

 しばらくの沈黙。

 どうやら、彼女が敵の首領を始末出来なかった事に対する、驚愕のようだった。

 少し、空気が重苦しくなる。

「どうだった? ロータスという女は」

 青年は訊ねた。

 少女は言った。

「大体、分かったわ。たとえば、私は善でも悪でも無いと自分では思っているのだけれども。彼女の場合は邪悪だ。何が邪悪なのかを強引に、敢えて定義するなら、悪人ってのは他人がいないって事。私は他人なんていらないけれど、他人だって私なんていらなくたっていい。むしろ、それを望んでいる。けれど、彼女の場合は、そう、他人を認めなくて他人を支配する。そんな処かしら?」

 相棒はそれを聞いて、少し考える。

「どういう事だ?」

「別の言い方に変えるなら。被害者ぶった加害者って処かしら? おそらく彼女の本質はそれね。あるいは、自分にとって都合の悪い存在は、全部、間違いなのよ、彼女にとっては。その存在の全てが間違い」

 と、少女は冷然と自分の見解を述べていく。

 彼は、そんな彼女の話を聞いて、首を捻る。

「なあ、何でそんなにキレているんだ。珍しいな」

「そうかしら。そんな風に見える? 私はしばらく休むわ。面倒臭い」

 彼は少し、たじろいでいた。

 彼女の全身から、無数の刺々しく禍々しい殺意が滲み出ていたからだ。

 まるで、自分という存在そのものを侮辱されたかのような精神の底の底から湧き上がってくるかのような、打ち震えんばかりの怒り。

 しかし、彼女はいつものような氷結したかのように表情を変えていない。

 いつもの冷淡そうな、無感情な顔を。声音を。

 しかし、分かるのだ、彼には。

 腹の底から煮えくり返っているのだろう、と。



 一人。

 一人。闇の中に、佇んでいた。

 彼女は、一人、呟く。

「正直、屈辱なのよ。倒さなければならなくなったじゃない……」

 彼女は虚空に向かって、独り呟く。

 自分の意志も、信念も、自分自身で解答を出さなければならない。

 レイアは、独りだ。

 おそらく、自分の意志を何度も反復して、考えている。

 フェンリルともキマイラとも、おそらくはこれ以上、馴れ合うべきじゃない。フェンリルは仕方無いとしても、キマイラ。彼女とは馴れ合う理由がまるで無い。

 愛する事も出来ないし。他人の愛なんていらない。

 それが答えだ。

 自分の指先を見つめる。

 しゅるしゅる、と音が鳴る。

 指先から荊の蔓が伸び、薔薇が生まれる。

 何故、薔薇なのだろうか。

 思うのだが、薔薇という花は好きなように幾通りにも解釈しやすいのかもしれない。

 どんな人間も、大体、薔薇というのは平均して美しさの象徴だと認識している。

 薔薇とは、女の象徴なのだろうか。

 ある意味で言えば、この花の存在が自分という存在に対する尽きない疑問へと変じている。他人との絶対的な断絶の中で、この花に対する好意が他人と自分の感覚を近付けている。薔薇は普遍的に人類の好きな花だ。……。

 けれども、違和感を感じ続けている。みなが好きだという意味で、自らが同じような感覚で好んでいる事に対する違和感とでも言うべきだろうか。

 レイアは人類でさえないのかもしれない。

 何故、薔薇が好きなのか。

 初めて薔薇は美しいと思った時、それは実体を持って悪意を灯したものなのだと思ったからだ。黒い闇によく似合う花。

 薔薇もまた、自らの意志の象徴だ。そう思っている。

 どうやら、自分は冷たい人間なのらしい。

 生きる中でそれに気付いた瞬間に、世界との大きな断絶が襲い掛かってきた。

 もうどうしようもないくらいに、大きな壁が存在するのだろう。

 冷淡な人形みたいなのだろうと。

 けれども、だからこそ。自らが好きなのだ。

 部屋中に荊の蔓が伸びていく。

 攻撃性、敵意が分散して巻き散っていく。

 これは。自分の弱さでしかないのか? レイアは疑問に思う。

 攻撃性とは、つまる処。自分自身の弱さでしかないのだろうか。

 ロータス、赦せない、不快な女。

 しかしだ。

 そもそも、彼女の言葉に耳を傾ける事自体が、極めて敗北を意味しているような気がする。

 自分自身の在り方そのものに投げられた否定の言葉。

 くだらない。

 彼女の言葉の全てを肯定するつもりはない。

 分かった事は。

 ロータスに対する言葉を思考しなければならない、という事だ。

 彼女を打ち倒す言葉を考えなければならない。

 もう、彼女との戦いは思想の戦いだ、と考えてしまっている。

 負けられない。

 レイアがレイアである為に。

 強く、在る為に。

 ……、おそらくは。

 全ては孤独から始まった。

 世界に対する無関心さはそこにある。

そして、その事に対して、強い意志を持っている。

 …………。

 レイアは鏡の中で眠りに付いた。

 夢が、靄掛かって。

 やがて、人の形を形成していくかのようだった。


 気付けば、暗い廃墟を歩いていた。……。




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