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第三章 紅の闇 3

「さてと」

 ケルベロスとフェンリルは起きていた。

 ニアスとヴリトラも、そいつを見ていた。

 交互に、寝たり起きたりして、周囲を見張っていた。

 ケルベロスは少し困惑する。いつの間にか、レイアという少女が増えている。気にするな、とフェンリルとキマイラに言われて黙る。好き勝手に気分で介入しに来ただけだろうと。何処から来たのか、彼らはケルベロスに答えなかった。

 赤い少女。

 アンサーが壁に打ち付けられている。

 キリストのようだ、と見るには、余りにも滑稽だ。

 顔面の筋肉が萎縮、伸縮を繰り返して。ぐしゃぐしゃに変形した顔になっている。

 顔が完全に崩れていた。ぷつ、ぷつ、と出来物まで出来始める。

 出来物から、大量の膿が零れ落ちていく。

 ニアスは、少し、後ろめたそうに見ていた。思わず、両目を手で覆う。

 何だか、いたたまれない。

 レイアとキマイラは二人して、それを真剣に眺めている。

「なるほどね。やはり、この少女を使って、敵は何か仕掛けてきている」

 キマイラは言った。

 彼女の能力は治癒とは少し違うので、自分の右手が未だに痛いと愚痴っていた。

「反射かしら?」

 萌黄髪の少女は言う。

 先ほど、レイアがアンサーに放った拳が、レイアの下へと返ってきた。

 キマイラにもだ。

「他人の攻撃を吸収しているのかも」

 キマイラが言う。

「フラッシュバックとか」

 ニアスも述べてみる。

「どれかは知らないけれども、分かった事がある」

 フェンリルがヴリトラの方を見る。

「この役目、最初の計画ではお前の役割だったんだろうな」

 猫顔の男は俯いた。

「俺には分かりません。本当です」

「なるほど……。教える必要は無いんだろう、勝手に送り込めるんだろうな。この能力者の全貌は知らないんだな?」

「はい……」

 様子見だろう。

 あちらは、遠くから、此方を観察しているのだろうか。

「幾らでもやり方はあるけれども、何も手段を選んでこなかったら、かなりやっかいね」

「ええ」

 キマイラとレイアの二人は頷く。

「敵は味方にどれだけの犠牲を念頭に入れていると思う?」

 キマイラは煙草を取り出す。

「まだ、不明ね。そもそも、この子が来たのも計算外だったかも」

「言われてみれば、そうかもしれないわね」

 彼女はヘビー・スモーカーなんだろうなあ、とニアスは思った。

「後は、規模だろうな」

 フェンリルが言った。



「そういえば、アンサーが見つかりません」

 ロータスは朝の瞑想を終えて、食事をしていた。

 今日は吸い物だ。

「あら、そういえば何処にいったのかしら?」

 ロータスは箸を置く。

「可愛い子だから、ちゃんと手元に置いておかないと」

 彼女の声を聞いていると、安堵感を覚える。

 そういえば、ロータスが気に入って。優しく髪を撫でていたっけ。

「あれは何なんでしょうね」

 カイリは訊ねた。

「そうね。あの子は、奪われ続ける子。周りのみなに、ずっと酷い事をされてきたのね。きっと、これからも。そうなんでしょう。何度も生き返って。何度も殺される。可愛い子。とても悲しい子なのよ。仲良くしてあげてね?」

 不可解な言葉だ。

「奪われ続ける子ですか……」

 カイリはあの少女の顔を思い浮かべる。

 純真無垢で。何物にも染まれず。それ故に何物でもない。

「わたし、あの子。とても大好きだな」

 彼女は言った。

「そうなんですか」

「ええ、だって彼女は無垢だと思う。誰も彼女に価値や意味を与える資格なんてないんじゃないかって」



「処で、あなた達ってすごく仲良さそうに見えるのだけど」

 ニアスは三名に訊ねる。

 彼女は興味深く、この三名のやり取りを見ていた。

 フェンリルは眉を顰める。

 レイアはせせら笑うような顔をする。

 キマイラは困惑したような顔をする。

「オレは彼女達と仲良くした覚えは無いけど?」

「ええ、まったく同感だわ。おぞましい」

「よく分からないわね」

 そう言いながら、黒白の少女はタロット・カードを取り出して、キマイラ相手に占いをしてあげて。羊角の女はフェンリル相手に、洋服の解れた部分を直してあげ。ゴシック・ロリィタのドレスの男は、レイア相手にダージリンの紅茶を作っていた。

 ニアスは本気で、分からない、といった顔で首を傾げる。

 ……性格のクソ悪い者同士、反りが合うのかしら。

 はたから見ていると、本当に奇妙に映る。

 関係性とは、分からないものだ。

 三人共、微妙にお互いの距離感を探り合っているかのようだった。

「処で、レイア、キマイラ。お前らはどっちが強いんだ?」

 まるで、悪意に満ちた助言でもするかのように彼は言う。

 二人は、しばしお互いを分析し合っているみたいだった。

「二分くらいかしら」

「いや、貴方程度なら、一分で終わる」

「最初の五秒が勝負なのよね」

 キマイラは言った。

 数分間、彼女達は沈黙していた。

「まあ、普通に私が後ろから殴るわね」

「あら。私が何か仕掛けてこないとでも? 頭部は罠かも」

「なら、寸前に既に、私は見抜いているわ」

「でしょうね。……うーん、そうなのよねえ」

 キマイラは飄々とした顔になる。

 そして、羊角の女は両手を広げた。

「私の負けね。色々、練るけど。駄目ね。相性も良くない」

「あら、あっさり引き下がるのね」

 レイアは笑った。

「実際にやってみたらどうなんだ?」

 フェンリルは少し、邪悪な笑みを浮かべる。

「口上だけなら、何とでも言える」

「まあ、最初の一撃を当てた方が勝ちなんだけど」

 キマイラは答えた。

 レイアはくだらなそうな顔をする。

「興味ないわ」

「私も戦う理由が何も無いわねえ」

 二人の関係は、そのような形みたいだった。

 何だか、どっちもお互い、戦う事に意味を感じていないみたいだ。

 仲良さそうだなあ……ニアスは少し羨ましげに見ていた。

 ……うーん。

 ……ヒネくれている者同士、相性が合うのかしら?

 よく、分からない。

 しばらくした後。

 朝になって、そろそろ出発する事にする。

 ヴリトラは眠気と陰鬱さの入り混じった顔をしていた。まあ、普通に心労が一番、酷くなるのは捕虜である彼だろう。

 赤い少女は結論として、放置していく事にした。

 下手に破壊するにしても、再生されるし、攻撃が何らかの形で跳ね返ってきているのは確かだった。身動きを取れないまま、そのままにする事にした。

 まあ、何も出来ないだろう、との結論だった。

 クラスタの迷路を作っている、『ライト・ブリンガー』も『コカドリーユ』も、詳細は分からないと、ヴリトラは言う。ただ。

「僕の見解はですねえ。……見えなくするんじゃないかなあ、と。見える筈のものが、見えなくなるっていうか」

 ライト・ブリンガーのアーティという人物の詳細を聞いていた。

「なんですかねえ。俺が言うのもアレなんですけど。みんな、信じたいものしか信じてないっていうか。……見たいものばかり、見たくなっているのかなあって」

 ケルベロスは彼の話を真剣に聞いていた。

 ニアスは困惑したような顔になる。

 何だか、自分自身に言われているようだ。

 他の三名も、一応、彼の話を聞いていた。

「私からしてみれば、人間なんてみんなそう映るけれど?」

 萌黄髪の少女が口を挟む。

 そして、せせら笑った。

「そうそう」

 黒白のドレスの青年が頷く。

「……そうなんですかねえ。僕には分かりません。でも、何ていうか、アーティさんの場合は、見て分かるっていうか」

 フェンリルは、何かを理解して。凄く嫌悪感を露にする。

「ふうん? なら、私はロータスっていう女に会ってくるわ」

 黒白の少女は、嘲笑うかのように言った。

「アーティだっけ。そっちの方には、もう何の興味も湧いてこない。大体、分かった」

「ええ、大体、分かったわね」

 キマイラも頷く。

 そして、羊角の女は煙草の箱を取り出して、火を付けた。

 本当に、煙草ばかり吸っているなあ、とフェンリルは嫌そうな顔をした。

 ヴリトラは首を傾げた。

 レイアは答えない。

 キマイラが持論を口にしていく。

「アーティっていう人。分かりやすい人なんでしょうねえ。分かりやすく教祖になりたくて、分かりやすく所謂、“綺麗事”ってのを言っているんじゃないかしら?」

「綺麗事、ですか」

「そう、愛とか夢とか希望とかお好きなんじゃないの?」

「あら、いいじゃない。面白いくらいに、それを言い続けると、人間って不幸になるわよ?」

「レイア。それを幸福だって思っている人間だっている」

 フェンリルが冷ややかに言った。

 三名の共通認識はこうだった。

 アーティとかいう奴は、どうやら取るに足らないが、人間の弱さを利用するのが巧いみたいだ。

 三名とも、所謂、綺麗事とかいうものの、一切を信じていないみたいだった。

 三人が三人共、それぞれ禍々しくマイナスのエネルギーを周囲に纏っていた。

 言うならば、情念。悪意。冷酷さ。非人間性。そのような得体の知れないものを発している。

 そのような異質なものが、空間に佇み、凝縮されている。

 ヴリトラがさり気なく、黒いローブの女に囁く。

「俺、……あの人達、怖いんですけど……」

「大丈夫。……あたしもだから」

 ニアスは全力で、彼に同意の言葉を言う。

 先ほどから、同じ場所をひたすら迂回している。

 同じ路地に来るが、歩く場所を違えてヴリトラが道を教えている。

 まるで、見えない空間と空間を切り分けているみたいだった。

 五名はどうすべきかを考えている。

 それは、おそらく五名とも違う。

 ケルベロスはまず、何よりもまとめ役と、任務をこなす事を考えている。

 ニアスはニアスで、ドーンで生きるという事を迷いながら模索したいと思っている。

 何が出来るか分からないが、何かを為したい。

 後の三名は何を考えているのか分からない。

 全員、どこか気まぐれのように見えるし。逆に何か独自の目的を見出したようにも見える。

 キマイラは紙とペンを取り出して、何かを書き続けていた。

「こんな処かしらね?」

 おおざっぱだが、地図のようになっている。

 しっかりと、要点は細かく描かれていた。

 レイアとフェンリルの二人は、それを見て神妙な顔をしていた。

「あの城の、『ヨルムンガンド』を思い出すな。奴とどちらが強いのだろうな?」

「こういうのはどうかしら?」

 キマイラは二人に言う。

「私がアーティの方を始末する。貴方達二人は、ロータスを」

 三名は計略を練っているみたいだった。

 ニアスは彼らと彼らの会話を聞いていない、ケルベロスを交互に見る。

 ……リーダー。完全に置いてけぼり。……あの人達って、本当に自己中ね。……。

「この敵の攻撃、大体、分かったわ」

 キマイラは二人に話していた。

「パターンが分かった。迂回の仕方も。それから、おそらくは……空を飛べるなら、飛んでいった方がいいわねえ。空はおそらく、効果の外だ」

 キマイラは書き写した地図を、二人に見せていた。

 レイアとフェンリルは頷く。

「ロータスとかいうの、どうでもよかったんだけど。まず、私が会って話してみるわね。どれだけの奴なのかしら?」

「オレは彼女の周りを固めている奴らの方にこそ、興味があるな。何で、カルトなんかを崇拝するんだろうな。オレは幹部共と話してみたい」

「三人とも、役割が決まったわね」

 キマイラが纏めていた。

 ケルベロスを完全に無視して、勝手に。……。

 ニアスは、もう完全に呆れていた。

 ……どうすればいいのかな、あたしは? ってか、もしかして、一番、振り回されているのって、あたし?

 キマイラは地図に印を付けていっている。

 おそらく、当たりを付けているのだろう。

「纏めてみるわね。色々、迂回していたけど。このクラスタ。ビルが七百から八百の間くらいあって。形は菱形に近い。それは空から確認出来る。問題は、人間が住んでいるのはおそらく、百から二百。大半は廃墟のままなのでしょうね」

 クラスタは、元々は。戦争下においての集落地だったとも聞いている。物質、兵糧の保管場所だったとも。

「アーティは多分、相当、人間心理に付け込むのが巧い。私は大丈夫だけど、もし鉢合わせたら、貴方達、気を付けなさいね」

「愚問ね、私を何だとでも?」

 レイアは相変わらずの調子で返す。

「同感だな。カルトに嵌まる奴の心情なんて理解するつもりもない」

 彼らはケルベロスに聞かれないように、打ち合わせをしている。

 ニアスはこのチームのリーダーに、彼らのやり取りを話すべきかどうか悩んでいた。

 彼らは別にリーダーに悪意があって、このやり取りをしているわけではないように見えた。何と言うべきか。合理的に物事を進めようとした結果、ケルベロスとニアスの二人を置き去りにするという決断を下しているような……。

 ニアスは思い切って囁くように訊ねた。

 フェンリルに近寄る。

「え、えと、あの。ケルベロスさんの指示は……」

「駄目だろうな、彼は」

 フェンリルは飄々と言う。

「えっ?」

「迷っている。ヴリトラを見てからなのか。それとも、この任務に入る前からなのか。このクラスタってものの存在に対してな。今、ケルベロスが死ねば確実にアサイラムはヤバいだろうな。じゃあ、申し訳無いが、彼には道化でいてくれた方が有り難い。オレ達、三人で、ロータスとアーティを始末する」

 羊角の女がニアスを見た。

「そうよ。かなりヤバイのよ。この敵は。貴方とあの男じゃ無理ね。甘い。それが、かなり命取りになるわよ。言っていいのかしら? 引き返した方がいいって。貴方達は」

 キマイラは淡々と告げていく。

「……そうなんですか?」

 ニアスは困惑したが、何故か、このキマイラという女に対しては、萌黄髪の少女のような腹立たしさは感じなかった。

 目的を達成させる為に、合理的に思考した結果辿り着いた結論を述べているだけとでも言うべきか。……。

「まず、あの赤い少女を使って攻撃が跳ね返ってきたのも謎なんだけど。それから、アーティの“結界”。歩く道筋を誤ったら、多分、周囲の空間がまるで認識出来なくなるとか、見えなくなるとか、って状態になるんでしょうけど。問題は規模。こんな何キロもあるビルの密集地帯にかなり複雑に張り巡らされている。かなり、やっかいな能力者なのよ。ひょっとすると、他の応用の仕方があるのかもしれない。だから、私が始末しなければならない。私なら、攻撃を受けても抜けられる可能性が高いから」

「あの男、ロータスとかいうのに対峙した時に、本当に殺せるのかしら?」

 黒白の少女が口を挟んだ。

 ニアスは少し、ムッ、とする。

「そういう事だ。だから、三名で倒す。お前らはヴリトラを適当に見張っていてくれ」

「あのね、あんた達……」

 段々、腹が立ってきた。人を何だと思っているんだ。

「重要な役割だ。ニアス。あのヴリトラ、……かなり強いぞ。猫被っているが。いざとなったら、ケルベロスが始末しなければならない。お前の力も必要かもな?」

 三名とも、真剣な表情だった。

 一歩も引くつもりはない顔付きをしていた。

 ニアスは気付いた。

 ヴリトラ……。

 クラスタに仕掛けられた能力の性質上、捕虜にして道案内せざるを得なかったが、キマイラは早めに始末しておきたそうな顔を、ずっとしている。

 そして、彼は未だ、一切の能力を明かしていない。

 更に、気が付いた事。

 ケルベロス。……。

 彼は本当に、甘い。

 優し過ぎる。

 それが、裏目に出る可能性が高い事を、彼ら三人は示唆している。

「まあ、大体、ヴリトラの能力も推測している。ケルベロスは彼の能力を何処かで見聞きしていたみたいだったな。エ……何だったっけ。その筋では、有名なのか? 知らないが、彼が極めて、ストレートに破壊力のある能力を持っている、って事だけは分かる」

「そうなの?」

「うん、立ち振る舞いだけで分かるんだ。あいつ、面と向かって敵に挑んでいく事に、絶対の自信を持っている。策略なんか練らずとも、ストレートに強いんだろうな」

「正面切って、全力でやったら、私じゃ勝てないかもしれないわね」

 キマイラが少し後ろ向きに言った。

 そして、付け加えた。

「そもそも、私達四名をヴリトラだけで始末させようとしていた事を忘れちゃいけないわよ。他の能力者の小細工を抜いても、そういう自信はあると見ていいわ」

 ニアスは思わず、絶句していた。

 何か、反論してやりたいが、反論の言葉が思い浮かばない。




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