CHAPTER-93
「そうです。父が実業家で、僕も4年くらいイギリスのオックスフォードに留学してて……向こうの友達に貰ったグリーティングカードは今でも宝物ですよ」
パーティー会場内で、裕介は他のパーティー客に自身の経歴を語っていた。勿論全て嘘偽りで、事前に裕介自身が考案しておいた物である。
財閥の御曹司の肩書を持ってこの場に赴いた彼は、その準備にもぬかりは無い。色々と必要そうな知識は仕入れておいたし、苦しくなった際の言い訳も用意しておいた。
「社名はちょっと都合で伏せますけど、うちの会社はアメリカでは5社の支社を持ってましてね。ニューヨークにワシントンにロサンゼルス、シカゴ、それにフィラデルフィア……で、この度アクアティックシティにも支社を創設するプロジェクトが立ち上がったので、その関係で役員である僕も……」
と、その時だった。
裕介のタキシードのポケットから、聞き慣れた着信音が鳴り渡った。
「っと、ちょっと失礼します」
携帯電話を片手に、裕介はそそくさとその場を離れる。
少しばかり会場内を見渡し、
(お、あそこか)
バルコニーに目当ての人物を見つけ、裕介は会場のドアを開けて彼女に歩み寄る。
着信音は、既に止まっていた。
「ありがとな玲奈、ナイスタイミングだったわ」
月の光を浴びながらバルコニーに佇んでいた少女が、玲奈が振り返る。
夜風にその茶髪やドレスを揺らしつつ、玲奈は笑顔を見せてきた。
「そろそろ電話して欲しい頃合いだと思ったの、丁度良かったでしょ?」
先程の電話の主は、玲奈だった。
誰かから電話が掛かってくれば、誰でも周囲の喧騒から離れたくなる。会話を切り上げ、その場から離れる自然な流れが出来上がる。嘘が突き通せなくなりそうならば、仲間のエージェントから電話を掛けてもらえばいい。事前に裕介達が決めておいた策だった。
電話を掛けてくれ、という意味を持つサインも決めておいたのだが、玲奈はそれを使わずとも裕介の心境を察し、助け舟を出してくれた。流石だと裕介は思った。
改めて、玲奈に感謝する。
「恩に着る、助かったよ」
バルコニーの柵に背中を預けて、裕介は小さくため息をついた。
「疲れるわこの演技、財閥の御曹司も楽じゃねえな」
冗談交じりに裕介が言うと、玲奈も隣に歩み寄り、裕介と同じように柵に寄りかかる。
「同感だよ、私も何人もの男の人に言い寄られてちょっと疲れちゃった。で、ここに逃げて来たの。資産家の令嬢じゃなくて、他の肩書きにしておけば良かったかな」
口ではそういうが、玲奈の表情にはどこか楽しげだった。
彼女が多くの男性客を惹きつけるのは、資産家の令嬢という肩書きではなく、その美貌の為だろう……と裕介は感じた。しかし、玲奈にその自覚は無いらしい。初めて見た時も思ったが、ドレス姿の玲奈は会場内でも際立った美しさを放っていた。その姿に魅了される男がいないわけがない、そう感じてしまうほどである。
玲奈は髪をかき上げつつ、夜空に浮かぶ月を見上げた。
彼女の横顔に見とれてしまいそうになった裕介は、いかにも自然なように会場内へ視線を向け、言う。
「とりあえず今の所、異常は無いな」
バルコニーからでも、ガラス越しに会場の様子を見る事が可能だった。
客に、ホテルのスタッフに、シークレットサービス達。今の所不穏な動きは無い。
玲奈が続ける。
「そうだね。でも何かが起こるとすれば、王女様が入場してからだと思う。何も起こらなければいいけど……気は抜かないようにしよう」
会場内の時計を確認した、このパーティーの主賓、アルバストゥルの王女が入場するまで残り十数分だった。
ふと、頭に引っ掛かる事があって、裕介は呟いた。
「それにしても、女王が亡くなるなんて大事件があったのに、パーティーを中止にしないなんてな」
きっと裕介達RRCAエージェントだけでなく、ここに来ている全員が思っている事だろう。
女王が亡くなったという事は君主を失ったという事、国家の一大事だ。普通に考えればパーティーになど出席しているような状況ではない。
玲奈は眉間にしわを寄せ、
「王女様を代役にしてでも出席するだなんて、ボスの言ってた通り、よほど中止にしたくない理由があるのかな……」
裕介は補足した。
「それとも女王が亡くなった事故を含めて、誰かの陰謀か……」
玲奈は頷いた。
悲劇的な事故だったのか、それとも何者かが裏で糸を引いていたのか。現時点では、真相は皆目見当もつかない。
柵から離れ、玲奈が裕介に促した。
「そろそろ入ろう裕介、もうすぐ王女様が入場する時間だよ」
「ああ、そうだな」




