CHAPTER-92
「あーもう、動きにくいな……」
こんな格好をするのはいつ以来だろう、と裕介は人々で賑わうパーティー会場内で思った。
シークレットサービスに増援として加わり、王女の警護を任された裕介達。RRCAエージェントの仕事としてこの場に赴いているのだが、名目としては一般客であり、それぞれの立場が与えられていた。ちなみに裕介の偽の肩書きは、『財閥の御曹司』である。さすがに、いつもの服装で来るわけにはいかないだろう。
そう、裕介は今慣れないタキシードを着用していた。夜間の宴席で着られる純黒の礼服、男としての凛々しさとエレガンスさを最大限に引き出してくれるアイテム……とウィレムは言っていたのだが(ちなみに、ウィレムがミッションの為に用意してくれた物である)、裕介にとっては慣れない格好で、何となく暑苦しい。
彼も、同じ事を思っていたようだ。
「ホント、何だか落ち着かねーよな」
耀も、同じようにタキシード姿だ。
元々背が高く、大人びた外見をしている彼は、正装すると高校生にはとても見えない。
「2人とも、僕らは上流階級の肩書を持ってここに来ているんだ。迂闊な発言は控えた方がいい」
着慣れないタキシードに難色を示していた裕介と耀に釘を刺したのは、ネイトだ。
勿論、ネイトも裕介と耀と同様にタキシード姿である。その美貌も合わさり、気品に溢れていた。
「分かってるって、IT会社の若き社長さん」
彼の肩書を冗談めかして裕介が言う、ネイトは何も言わずに腕を組み、会場内のどこかを見つめた。
パーティー会場はアクアティックシティ内の高級ホテルだ。招待客は皆実業家や政治家、大会社の役員……特権階級に位置する者ばかりである。若年化した時代故、若者ばかりが目に付くのは相変わらずだ。
そして会場の至る所にはシークレットサービスが配備され、サングラス越しに周囲に目を光らせているのが分かる。言うなれば彼らは警護のプロだ、有事の際には身を挺してでも要人を守ろうとするだろう。
裕介達は今素性を隠し、彼らシークレットサービスの増援という形でここにいる。タキシードの下には拳銃も仕込んでいるし、RRCAの手帳も所持している。
今の所、会場内に異常はない。
と、後方から声がした。
「あ、いたいた。やっほー皆」
振り返ると、見知った少女が裕介達の方へ駆けてきた。しかしながら、その服装は決して見知ってはいなかった。
思わず言ったのは、耀である。
「何だリサ、その恰好」
彼女、リサは腰に手を当てて答えた。
「普通でしょ、パーティーに出るのにいつもの服装なわけないじゃん。ていうか耀、自分の格好見てから言ってよね」
リサは赤いパーティードレスに身を包んでいた。胸と背中と肩が開き、丈は膝が少し見えるくらいで、フェザー柄の刺繍が施された、派手で可愛らしく、そしてセクシーなドレスである。スタイルの良いリサとは相性が抜群で、周囲の男性客が何人か彼女に視線を向けているのが分かった。
一見すると実戦向きな様相ではないが、リサはミッションでこの場に赴いているという事を忘れてはいない。彼女の履いているパンプスはワンタッチでヒールを取り外し、別の低いヒールと換装する事が可能な物、お洒落さと動きやすさを両立させた靴だ。さらに素人目には分からないだろうが、ドレスの内側には拳銃を隠し持っているのが裕介には分かった。
ふと裕介はある事を思い出し、リサに問う。
「そういやリサ、玲奈はどうした?」
玲奈はリサと一緒に来る予定だと聞いていたが、その姿が見えないのだ。
「ん? レイならもう来てるよ、ほらあそこ」
リサが指差す方向を、裕介は目で追う。すると何やら、男性達が数人集まっていた。
一体何だ? そう思った裕介は視線を凝らして見てみる。すると人々を掻き分けるようにして、1人の少女が姿を現した。
遠くで声は聞こえないが、男性達が彼女に言い寄り、彼女はそれをやんわりと断っているように見えた。と、彼女は足早に裕介達の方へと駆け寄ってくる。
綺麗な女の子……と思っていたら、
「皆ごめん。何か男の人何人かに話し掛けられちゃって、遅くなっちゃった」
彼女が玲奈だと気付くのに、裕介は一瞬の時を要した。
リサと同様に、玲奈もパーティードレスを着用していたのだ。といってもリサが着ている派手な赤色ではなく、薄いベージュ色で露出の控えめな、上品で美しいドレスである。上に羽織った茶色いボレロや、胸元に煌めくネックレスやそれとお揃いのブレスレット、その手に提げたミニサイズのハンドバッグも当然のように似合っていた。いつもは下ろしている茶髪を、今日は洒落たバレッタで留めている。
冗談めかして、リサが言う。
「なに、レイもしかしてナンパされてたの?」
「よく分かんない、適当に逃げてきちゃったから」
苦笑いを浮かべながら玲奈は答えた。
瞬きも忘れて、裕介は思わず玲奈を見つめてしまう。元々、玲奈が綺麗な女の子だとは思っていた。しかし初めて見たドレス姿の彼女は、これまで見た事がない美しさを放っていたのだ。周りには美人な女性客が大勢いるが、その中でも一際抜きん出ていた、彼女に言い寄る男性が現れるのも頷ける気がした。
「裕介、どうかしたの?」
不意に彼女から問い掛けられて、裕介は内心慌てた。
「あ、いや、何でもない」
玲奈はきょとんとしながら、さらに歩み寄ってくる。
「あれ、裕介ちょっと顔赤くない? 風邪でも引いた?」
「なな、何でもない何でもない!」
自分でも不自然すぎる応答だと思った、しかし幸い、玲奈はそれ以上追及してはこなかった。
「そう、ならいいけど」
裕介は胸を撫で下ろした。
その後彼女が横目で自分を見てきたような気がしたが、気のせいだったと思う事にした。




