CHAPTER-91
思いもよらない2人が支部長室に入室し、裕介は少しばかり驚いた。
裕介と玲奈がここに到着した後、少しばかり遅れて来たのは見知った2人の友人だったのだ。
「裕介? 玲ちゃんとネイトも……皆呼ばれてたのか」
裕介達を視線に捉えるや否や、耀は開口一番に言う。その言葉から察するに、彼も裕介達を呼んでいるとは聞かされていないらしい。
耀の隣にいた彼女は、特に驚いた様子も無く言った。
「やっほー、皆お揃いだね」
リサだ。いつもと寸分違わず、元気溌溂とした様子である。
耀とリサの分のコーヒーを淹れながら、ウィレムは皆に促した。
「よし、これで全員揃った。とりあえず皆、座ってくれたまえ」
裕介達は各々、テーブルを挟む形でソファーに座った。皆手近な位置を選んでいるので、特に場所の指定は存在しない。
耀とリサにもコーヒーが入ったカップを手渡した後で、ウィレムもソファーに腰を下ろした。彼だけは適当な位置取りではなく、ここに集まったRRCAエージェント達、全員の顔を見渡せる場所だ。
3人のグレードS、そして2人のグレードA。RRCAアクアティックシティ支部の中でも指折りの実力を持つ5人のエージェントの視線を一身に受けながら、ウィレムは語り始めた。
「今日集まってもらったのは他でもない、君達への仕事の依頼だ」
ウィレムが自分達をこの場所に呼ぶのは、ミッションの事以外ではまずありえない。故に裕介はウィレムがそう切り出すのを予期していた。他の4人も同様だろう。
しかし今回は少し状況が異なっていた。裕介と玲奈、そしてネイト。GLORIOUS DELTAと称される3人のグレードSだけでなく、グレードSに次ぐグレードAの権限を有する耀とリサ、この2人も招集されている事だ。
裕介達3人では荷が重いと判断したのか、或いは他に理由があるのだろうか。
神妙な面持ちを浮かべたウィレムの口から、思いがけない言葉が発せられる。
「皆、アルバストゥル王国の事は知っているね?」
「え、アルバストゥル王国?」
カップにぼちゃぼちゃと砂糖を投入する手を一旦止め、リサが応じた。
「最近よくニュースでやってるあの国ですよね、なんか、君主の女王様がアクアティックシティでのパーティーに出席予定だったけど、不慮の事故で亡くなって……てっきり中止になると思ったら、代役に娘の王女様が出席する事になったって」
リサがすらすらと説明すると、ウィレムは感心したように頷いた。
「その通りだリサ君。お陰で説明の手間が少しばかり省けた、礼を言うよ」
国を治める女王が不慮の事故で命を落とした、それは今、最も世間を騒がせているニュースと言って間違いないだろう。
しかしながら詳細は明かされておらず、本当に単なる不幸な事故だったのか、或いは何者かの陰謀が背景にあるのか。様々な憶測が飛び交ってはいるものの、結局真実は不明だ。
ウィレムは年若い部下達に向き直り、真剣な声色で言った。
「単刀直入に言おう」
裕介達は皆、カップを机に置いた。上司が何か、重要な事を告げる気だと察したのだ。
心を決めるような表情を浮かべ、ウィレムは口を開いた。
「2日後にこのアクアティックシティで、そのミリア王女を招いたレセプションパーティーが開催される。シークレットサービスは厳重な警備体制を敷くとの事だが、そこで君達にも増援として警護チームに加わってもらいたい」
「私達が、ですか?」
と、応じたのは玲奈だ。
頷くと、ウィレムは続けた。
「女王が亡くなったのも、単なる不幸な事故と片付けるには早い。もしかしたら何者かが裏で糸を引いていたのかも知れない。だとすれば、王女も狙われる可能性は十分にある。シークレットサービスから協力を要請された時、私は彼らにレセプションパーティーの中止を進言したが、聞き入れられはしなかった。そこで君達を派遣する事に決めたという訳さ」
誰にともなく、リサが呟く。
「王女様を代役にしてでもパーティーを開催するだなんて、何か中止にしたくない理由でもあるのかな?」
女王が亡くなったともあれば、国家の一大事に他ならない。レセプションパーティーなどに気を回している暇など到底無い筈だ。
国のメンツを保つためか、或いは他に理由があるのか。とにかく現時点では、皆目見当も付かない。
「危険が予想されるミッションだ。勿論、受けたくないという声があるのなら、私は強制するつもりは無いが……どうだね?」
ウィレムが、ここに集まった5人のRRCAエージェント達の顔を見渡す。
裕介は拒否しなかった。他の4人も、同様だ。
「……分かった、感謝するよ」
言葉などなくとも、ウィレムは皆の気持ちを感じ取ったようだった。
「では、君達はシークレットサービスの増援ではなく、一般の招待客を装ってパーティーに潜入してもらう。周囲の客だけでなく、ホテルのスタッフやシークレットサービス達にも不審な動きがないか逐一見張って欲しい。もしもの事があれば……分かっているね?」
誰も返事はせず、ただ頷いた。
「よし、大方の準備はこちらでしておく。それでは諸君、よろしく頼む」
要人警護は、裕介もこれまで数度請け負った事があった。しかし今回は規模が極めて大きい、何せ警護対象が王女なのだから。
失敗の許されない重要なミッションが、この瞬間から始まった。




