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GLORIOUS DELTA  作者: 虹色レポートブック
EPISODE-03 "BLUE CONSPIRACY"
90/93

CHAPTER-90


 RRCAアクアティックシティ支部112階、支部長室。

 広大な海上都市全域を見渡せる高さに位置するこの部屋にて、2人の人物が黒革張りのソファーに腰かけ、テーブルを挟む形で向かい合っていた。

 その1人は、ネイト・エヴァンズ。幼さを残すその容姿は非の打ち所がない程整っていて、女性なら誰もが見とれてしまいそうな美少年だ。彼はピアニストのようにほっそりとした指でチェス盤に置かれた一つの駒をつまみ上げて別の場所に置き、盤から視線を外さないまま囁くように言った。


「チェックメイト」


 すると間髪入れずに、ネイトの向かいに座った男性が大きなため息をつく。


「恐れ入ったよ、完敗だ」


 負けを認めた彼は、ウィレム・ガーフィールド。RRCAアクアティックシティ支部長を務め、裕介やネイトを始めとする、アクアティックシティのRRCAエージェント達の上司に当たる人物だ。正確な年齢は明かされていないが、豊令線がくっきりと浮かんだその顔から50代くらいだと推測されている。

 ウィレムの趣味は立体パズルのコレクションで、チェスも嗜む。ネイトとはよくこうして対局しているが、未だにウィレムはネイトに勝てた事はない。決して彼が弱いのではなかった、ネイトが強過ぎるのだ。

 オールバックにした茶髪を掻きながら、ウィレムは言った。


「相変わらず強いな、まるで戦略が全部見透かされているようだよ」


 ネイトは盤に置かれた駒の内、一つをその手に取った。

 王冠の形があしらわれた駒、クイーン。他のチェスの駒を用いて例えればルークとビショップ、将棋で言えば飛車と角の両方の動きを併せ持つ最強の駒である。

 

「支部長は少し、クイーンを守る事を意識し過ぎたのかも知れません。切り札をとっておきたい気持ちは分かりますが、クイーンを囮にして罠を仕掛けるという戦術も研究しては如何でしょうか」


 ウィレムも、ネイトと同じように自陣のクイーンの駒を手に取ってまじまじと見つめる。


「なるほど……今後の参考にしてみるよ」


 腕時計を見つめ、ウィレムは呟いた。


「さて、もうそろそろか……」


 と、その言葉に応じるかのように来客を知らせる通知音が部屋に鳴り渡った。モニターが自動的に映し出され、この支部長室に通じる通路の様子が映し出される。

 ウィレムの見知った、2人の人物がそこにいた。

 

「来たようだ」


 ソファーから腰を上げて、ウィレムは彼らを出迎える用意を始めた。



  ◇ ◇ ◇



 自動ドアが、裕介と玲奈を招き入れるように開く。2人をここへ招いた人物が、モニター越しに通路の様子を見て開けてくれたのだろう。

 遡る事1時間程前、自室にいた裕介にウィレムから電話が掛かってきた。用件は伝えられなかったが、質問するまでもなくミッションの事だと裕介には分かる。ウィレムは、『詳しい話はこちらでするので、一先ず集まって欲しい』と願い出てきた。決して強制ではなかったが、拒否する理由は無かった。

 そして自室を出た直後、裕介は同じく隣室を出てきた玲奈と遭遇した。彼女もまた、同じようにウィレムからの招集を受けたとの事だったのだ。

 裕介と玲奈を先導するように歩く1機のIMWが、2人に促した。


『どうぞ、こちらへ』


 小型サイズの、ビーグル犬型IMW。

 警備用としてRRCAアクアティックシティ支部に全部で200機が配備され、ほぼ24時間稼働しているのだ。穏やかな性格と言語機能がインプットされており、その小型のボディは戦闘用とするには少しばかり心もとない。しかし防弾処理が施され、さらに最低限の自衛武装としてスタンガンを搭載しているあたり、間違いなく人工知能搭載式戦闘用ロボット、IMWだ。

 裕介と玲奈を出迎えたのは、ここRRCAアクアティックシティ支部112階に配備された識別番号『12』番のビーグル犬型IMW、通称『トゥエルブ』だ。

 トゥエルブの背中を追う形で、裕介と玲奈は支部長室へと進んだ。すると、


「やあ裕介君、それに玲奈君。今コーヒーを淹れるから、座って待っていてくれたまえ」


 室内に備え付けられたコーヒーメーカーに向かいながら、ウィレムが促してくる。

 その言葉に甘える前に、裕介はまず上司へ挨拶した。


「久しぶりですボス、確かバルツァーの時以来でしたよね」


 コポコポとコーヒーをカップに注ぐ音が聞こえ、ふわりとした香りが裕介の鼻にも届いてきた。


「その通りだね。裕介君、足の調子はどうだい?」


 数か月前、ある犯罪組織の残党によるテロ行為を裕介達は体を張って阻止した。しかしその際に裕介は足に重傷を負い、一時は足の切断を考慮する必要がある状態となったが、どうにかそれを行う事は免れた。

 支部長であるウィレムの耳にも、その事は伝わっているのだ。


「もう大丈夫、ミッションに支障はありません」


「そうか、良かった」


 ウィレムは三つのカップを載せたトレイを持ち、裕介達の方へ歩み寄ってきた。

 ふと裕介がソファーの方へ視線を向けると、ネイトがそこに座っていた。彼の目の前にはチェス盤が置かれていた、どうやらいつも通り一足先に支部長室に来て、ウィレムと対局していたのだろう。

 まずウィレムはネイトと玲奈にコーヒーが入ったカップを手渡す、そして裕介の方へと歩いてきた。


「はい裕介君、いつも通り砂糖5杯入れてあるよ」


 隣にいた玲奈が、くすりと笑みをこぼす。


「何だよ玲奈」


 玲奈はカップを片手に、笑いを隠そうともせずに答えた。


「裕介、リサちゃんみたい」


「よせよ、あそこまで糖分に飢えてねっつの……」


 砂糖5杯入りのコーヒーをすする、やはり裕介にはこの甘さが丁度良かった。

 ネイトは何も言わず、カップに口をつけながらチェスの駒を初期位置に戻していた。しかし、裕介には彼が心の中で自分を笑っているようにも見える。相変わらず子供じみた味覚だな、ネイトのそんな声が聞こえてきそうだった。


「ったく……」


 砂糖を5杯も入れなければ飲めない事は確かに恥ずかしい。恥ずかしいのだが、裕介は上司の気遣いに感謝しつつ無駄に甘いコーヒーを飲み下す。

 と、何かの通知音が支部室内に鳴り渡った。裕介は知っていた、これは来客を知らせる音だ。

 この部屋に続く通路の様子がモニターに映し出される。


「ん?」


 怪訝な声を発した裕介、そしてウィレムが言った。


「来たようだ」






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