CHAPTER-88
『ミッション完了です、お疲れ様でした。これよりテスターの意識を現実世界へと戻します』
どこからともなく聞こえてくる女性の電子音声、同時に視界が黒く染まっていく。
次の瞬間、耀とリサは装置の寝台の上で目を覚ました。この装置はVRMS、正式名称はバーチャルリアリティーミッションシミュレーター(Virtual Reality Mission Simulator)。あらゆるミッションをVR空間内にて仮想的に再現し、訓練を行う装置である。軍隊との戦闘や迷子のペットの捜索まで、様々なミッションを疑似的に体験する事が可能だ。
元は宇宙のような無重力空間や、ホットスポットのような極めて危険かつ、安易に立ち入る事の出来ない環境を再現する為に開発された装置だが、昨今では改良が重ねられてRRCAエージェントの教育に役立てられている。
VRMSの寝台に腰掛けたまま、耀は両腕を上げて伸びをした。サイバースペース、つまり仮想空間での活動の後は、まるで本当に現実世界で戦った後のように疲れを感じる。隣でリサも、「疲れた……」と声を発していた。
そう。耀とリサは今、VRMSによるミッションをクリアし、現実世界に戻ってきた所だった。2人が戦ったあの場所も敵も、更には耀とリサ以外の仲間達も全てVRMSによって作り出された物なのだ。
先程と同じ女性の電子音声が、ミッションの評価を下す。
『ターゲット拘束までの所要時間、11分42秒。被害状況の内訳、軽度の負傷者2名、死者0名……総合得点、91点。優れた成績です』
電子音声の主、ルーシーに頷き、耀は靴を履いて立ち上がった。
今は、VR実戦授業の時間だ。先程のサイバースペース内での戦闘は言わば授業の一環、RRCAエージェント養成の為に取り入れられた教育カリキュラムなのである。
周りの生徒達が、現実世界へ帰還した耀とリサを拍手で迎えた。
そして教師のジェームズが歩み出て、2人に称賛を贈る。
「流石、グレードSに次ぐグレードAのRRCAエージェント2人だな。高難易度のミッションをこの成績でクリア出来る生徒はそういないよ」
耀は謙遜する。
「いや、少しばかり危なかったし、軽度っつっても負傷者を2人出しちまった……別に褒められたもんじゃないです」
すると耀の友人達が歩み寄ってきた。
一番最初に声を掛けたのは、赤いジャケットを着た少年だった。
「そんな事ないって耀、むしろあんだけ大勢の仲間が居たのに、たった2人しか負傷させなかったって考えていいと思うよ」
この少年の名は、逢原裕介。耀とは幼馴染の間柄にあり、親友と呼べる少年である。
そして残る2人の内、
「耀君もリサちゃんもお疲れ様。2人とも凄かったよ」
続いて2人を労ったのは美澤玲奈、小柄ながらも容姿端麗で、すれ違った者全員が振り返りそうな美少女だ。
ぴらぴらと手を振りながら、リサが応じる。
「やーだレイったらお世辞なんか、あれくらい普通だよー?」
玲奈は首を横に振った。
「お世辞なんかじゃないよリサちゃん、2人とも連携がバッチリ取れててとても息が合ってるもの。流石、同じチームで長らく一緒に活動してるだけあるね」
そして残る1人が、口を開いた。
「僕も同感だね。リサの射撃技術やデバイスの使い方、他にもあれだけの人数の仲間を的確に指揮して、被害を最小限に留める耀のリーダーシップ。それにボスと戦った時の棒術……色々と勉強させてもらったよ」
知的な口調で語ったのは、ネイト・エヴァンズだ。どこか幼さを残しつつも綺麗な顔立ちをし、17歳にして難関大学の入学資格を持つ天才少年である。
逢原裕介、美澤玲奈、ネイト・エヴァンズ。
彼らはリサと耀の友人にして、3人合わせて『GLORIOUS DELTA』と称される凄腕のRRCAエージェント達だ。3人とも耀とリサが有するグレードAよりも上位、最高位の権限であるグレードSを付与されたスペシャルエージェントなのである。
裕介達はこれまでにも多くのミッション、それこそアメリカ合衆国の命運にすら関わる程の事件に携わり、幾度となく多くの人命を救う功績を挙げてきた。そして有事の際には耀とリサも増援として彼らに助力し、事件解決に貢献する事も多かったのだ。
ネイトの言葉に、耀は応じる。
「そうか? まあ、ネイトの言う事なら間違いなんてねーよな」
天才少年と称されるネイトに褒められ、耀は嬉しさを覚える。
耀はリサと共にRRCAアクアティックシティ支部・戦術火器特殊チームに所属していた。銃火器の扱いに秀でている事以上にその行動力やリーダーシップ、更には過去の作戦にて多くの仲間を危機から救った実績が評価され、グレードAの権限を与えられている。
上司や仲間からも信頼されており、とりわけリサとの協調性は高く、玲奈が評した通り息の合ったコンビネーションを見せる事も多かった。
授業の終了を告げるベルが鳴り渡り、ジェームズが手を叩いてVRMS室内の生徒達を注目させる。
「今日はこれまでにする、皆忘れ物に気を付けてな」
◇ ◇ ◇
その日の放課後、耀は家路に就こうとしていた。
単位制であるアメリカの高校では、授業の時間割は各々の履修によって決まる。今日は裕介達が履修していない科目を受けていたため、彼らは既に帰宅している筈だ。
つまり、いつもは裕介達と一緒だが、今日は耀1人で帰宅する事になる。
時刻は15時を回っていた。このまま帰っても暇だし、どこか寄り道でもしていくか……そんな事をぼんやりと考えながら歩いていた時だった。
前方に突如、見知った少女が現れたのだ。
「やっ」
無邪気に手を振りながら、弾んだ声を上げる彼女。
「っと、リサ……」
とうに帰宅していると思っていた、リサだった。




