CHAPTER-87
十分に警戒しながらシャッターを押し上げ、耀はその向こうの区画――資材置き場へと踏み入る。
その直後、1発の銃声と同時に側の壁が抉り取られ、耀は思わず息を呑んだ。
「まさか、ここまで来やがるとはな!」
積み上げられたコンテナの上に、1人の男が立っていた。サングラスで目元は見えないが、耀にはこの男こそが今回のミッションのターゲットである事が分かる。硝煙を上げる拳銃をその手に携え、男は叫ぶ。
「野郎どもやっちまえ、こいつはRRCAだ、ガキだと思って手を抜くんじゃねえぞ!」
直後、後方からの物音を感じ取り、耀は振り向く。
その瞬間、いつからそこにいたのか――大柄な男がその右足を後方へ引き、全身の力を乗せた蹴りを繰り出してきた。避ける暇は無い、ならば防ぐしかない。咄嗟にそう判断を下し、耀は持っていたコーナーショットを盾にする。
蹴りの威力は想像以上だった、銃は耀の両手から弾き飛ばされ、倉庫のどこかへと飛んでいく。
「ちっ!」
まともに受けていれば、戦闘不能は免れなかっただろう。
銃を手放す形にはなったものの、蹴りを防ぐ為には止むを得ない事だった。それに正直な所、銃を失うという事は耀にはさほどの痛手ではない。
男が大勢を立て直し、再び襲い来る。耀は更なる武器を取り出し、構えた。
――警杖。
主に警察組織において、武器ないしは捕具として使用された棒であり、警棒よりも長い全長を持つ。
真正面から襲ってきた男の突進をひらりと避け、耀は横へ回り込む。男が振り返るよりも先に、その腹部に一撃を叩き入れた。
「うごっ!」
奇妙な声が男の口から漏れ出た。
過度に相手を殺傷しない形状になってはいるが、警杖もやはり武器、急所を狙えば相手を戦闘不能に追い込むのも難しくはない。
気を抜く暇は与えられなかった、新手の敵が続々と現れ、耀を取り囲んでいく。ざっと数えて5人程度、ナイフで武装した者が目に入るが、中には拳銃を所持した者もいる。警杖では銃に太刀打ちできない。特別な策でも講じない限り、接近していくまでの間に撃たれてしまうのが目に見えている。
しかし耀は僅かも狼狽えはしない。こういった状況は想定内だし、幾度も切り抜けてきている。
敵の誰かが発砲するよりも先に、耀はポケットから取り出した物を倉庫の床に叩き付けた。爆発音が鳴り渡り、瞬く間に倉庫内が白色の煙で満たされていく。
スモークグレネード(SMOKE GRENADE)、発煙手榴弾。
自身の位置や活動を秘匿する為に用いられる小型の発煙弾だ。発する煙自体は無害だが、数分の間は視界を遮断される事になる。
「ごほっ! くそ……!」
そんな声が至る所から聞こえてくる。男達が煙にむせる中、耀は防煙マスクを装着していたので普通に活動出来た。
集団の敵に取り囲まれたこの状況下で、スモークグレネードという攻撃手段は非常に有効だ。敵の行動と視界を大幅に制限している今、戦況は耀が制圧していると言って間違いないだろう。
耀は更なる隠し玉を繰り出す。敵に悟られないよう気を配りつつ、呟いた。
「サーモグラフィーレンズ、起動」
防煙マスクに搭載された熱線暗視装置が起動し、煙の中に人型の熱源が浮かび上がった。これで敵から耀の姿は見えないが、耀からは敵を見る事が出来る。
警杖に搭載されたスタンガンを起動し、耀は手近にいた敵から順に昏倒させていく。殺傷能力こそ低いが、気絶させるには十分な電圧だ。警杖に触れただけで、相手は声を上げる間もなく一瞬で倒れ伏す。
数分のうちに敵を無力化し、残るはあのサングラスを掛けたリーダー格の男だけになった。晴れない煙の中、男が別の部屋へと逃走していくのが見えた。視界を奪われている中でも躊躇なく走っている様子から、逃走経路をあらかじめ頭に入れておいたのだろう。
(逃がすか……!)
耀は男を追跡し、隣り合った別の資材置き場へと行き着いた。
しかし、男の姿が見当たらない。確かにこの部屋に入った筈だが……辺りを見回していたその時だった。
「うらあッ!」
その声と同時に、横から男が鉄パイプをふりかざして襲い掛かってきた。耀の不意を突く為に物陰に身を潜めていたのだ。
反射的に警杖で防御の体制を取る、咄嗟の行動が功を成し、鉄パイプの一撃を喰らう事は免れた。男は絶縁体で出来たグローブをはめていて、電流が阻まれて効果がない。
相手の武器を弾き返して距離を取り、睨み合いの状態になる。耀が警杖を、男は鉄パイプを相手に向ける。
少しの沈黙の後、戦闘が始まった。男が振る鉄パイプを耀は受け、反撃を繰り出す。時に相手の側方や後方へ回り込み、死角といえる位置から攻撃を繰り出す。
耀と男が同時に武器を振るい、警杖と鉄パイプが擦れ合って火花が散った。そのまま耀は全身の力を込めて相手の身を前方に押し出し、男の背中が壁に打ち付けられる。
「ぐっ、くそ!」
悪態を吐きながら繰り出された反撃を避け、耀は更なる攻撃を繰り出す。
その後も、耀と男は激しい剣戟を繰り広げた。自分以上に力のあるであろう男と耀は互角以上に渡り合い、そして勝負が決する時が訪れた。
打ち払った鉄パイプをハイキックで蹴り飛ばし、耀はそのまま男の腹部に警杖の一撃を見舞った。一瞬の隙を見逃さずに繰り出された、冷静な攻撃が勝負を決める一手となったのだ。
「がっ……!」
地面に膝を着き、男が倒れ伏す。これでも、手加減はしていた。意識を奪う程度に威力を押さえていたのだ。額の汗を袖で拭い、耀は警杖を下ろす。
これでターゲットを確保した――そう思った瞬間だった。
地面に這いつくばったまま、今しがた昏倒させたと思った男がポケットから何かのスイッチを取り出したのだ。
「!」
耀は息を呑んだ。
詰めが甘かった、恐らくは自爆装置か何かに違いない。男は最後の切り札を隠し持っていたのだ。
もしもあれが本当に自爆装置なのであれば、耀だけでなくここにいるリサや、他の仲間達の命まで危険にさらされる事になる。
(くそっ!)
スイッチを押させるわけにはいかない、耀が男を押さえようとしたその時だった。
1発の銃声が鳴り渡り、男の手からスイッチが弾き飛ばされた。
銃声が聞こえた方向を振り向き、そこに立っていた少女の姿を見た耀は安堵の溜息を洩らした。
「減点だね耀」
硝煙を上げる拳銃を片手に、リサが得意気な眼差しを向けていたのだ。
先程、崩れ落ちた瓦礫に阻まれてはぐれてしまった彼女だが、どこか迂回可能なルートを見つけ出したのだろう。
耀は彼女に、最大限の感謝を込めて言った。
「後で甘いもん奢るわ」




