CHAPTER-86
「こっちだ、急ぐぞ!」
長瀬耀は自身の得物である大型銃を手に、仲間である少年少女達に先んじて廃ビルの中を駆けていた。
作戦目的は、このビルをアジトとしている武装犯罪組織の制圧及び、構成員達の拘束だ。作戦開始から経過した時刻は十数分、進行度は約80%、現在のところ味方に死傷者は無し。状況は順調といっていいだろう。
すぐ後ろを走っている少女が、声を掛けてくる。
「絶好調だね耀、さすがだよ」
彼女の名は、リサ・バレンタイン。
耀と同じ戦術火器特殊チームに属し、これまで幾度も共にミッションに臨んできた少女だ。彼女の担当は主に後方支援だが、その能力を評価されて今回のように前線に回る事も多かった。普段は友達と言える間柄だが、有事の際には最も信頼のおける仲間と言って間違いない。
耀は走りながら、彼女に問うた。
「リサ、この先はどうなってる?」
その細い腕に装着したデバイスを起動しながら、リサは答えた。
「見てみるね、ちょっと待ってて!」
いつも陽気で明るく、ムードメーカー的な存在であるリサも、ミッションの際には立派なエージェントだ。
リサは前方を見やる。そこにはL字型に曲がった通路があり、耀にはその先の状況は見えない。
しかし、リサは違う。視力増強デバイスの力を得た彼女は、隔たりとなる壁さえなければ曲がり角の向こうの景色をも視認する事が出来る。彼女のこの能力も、戦術火器特殊チームの大きな力となっているのだ。
「曲がり角の向こうに敵が集まってるよ、5人……いや10人くらいかな、全員が銃持って待ち構えてる!」
リサの返答に、耀は少しばかりの嬉しさを覚えた。
「よし、こいつが役に立つな」
自身が持つ大型銃を見つめて言う。
通路の曲がり角付近で、耀は片手を上げて仲間達に止まるよう指示を出した。角の向こうからは銃のスライドを引く音や、「来いよ、蜂の巣にしてやる!」などといった挑発の言葉が聞こえてくる。角から身を出した瞬間、一斉射撃を浴びる事になるだろう。
しかし、耀が持つ銃はこの状況を打開する機能を備えていた。
銃に取り付けられたダイヤルを回す、すると銃の先端部分が90度折れ曲がった。
この銃はコーナーショット(CORNER SHOT)と称され、2003年にイスラエルで開発された。射撃手の身を敵に晒す事なく銃撃するというコンセプトで作られ、当初は拳銃を前方に取り付けて使用し、それ自体は攻撃能力を有しない曲射用アダプタに過ぎなかった。耀が持つのは構造的な問題を解決し、更にマシンガンとしての連射能力をも備えたコーナーショットだ。取り回しも簡単で、折れ曲げた銃本体も一振りで直せる。
仲間達を振り返り、耀は指示を出した。
「俺がやる、少し待ってろ」
皆が指示を確認する、耀は曲がり角からコーナーショットの先部分をゆっくりと出した。
搭載されているカメラ越しに状況を視認する、リサの言った通り敵は10名程だ。耀が曲がり角越しに狙いをつけている事には、まるで気付いていない。
時を見計らい、耀は引き金を引いた。
コーナーショットの銃口から毎秒50発の速度で銃弾が放たれ、瞬く間に敵が倒されていく。姿を見せずの弾丸掃射、相手には撃たれた、と気付く余裕すら与えていないだろう。
10名程の敵は瞬く間に倒され、曲がり角の先の通路には誰も居なくなる。コーナーショットに備え付けられたモニターでそれを確認し、耀は仲間達に新たな指示を与えた。
「よし、ついてこい」
無数の弾痕が刻まれた通路を、仲間を率いて進み始める。
リサが言う。
「耀、ターゲットはあそこの資材置き場に潜んでるよ」
彼女が指差す先には、無数のコンテナやフォークリフトやドラム缶に鉄材、更にそれを運搬する際に使用するであろうフォークリフトが保管された場所がある。
リサの言葉によれば、あそここそが耀達が目指していた目的地だ。
「他に仲間はいないのか?」
耀の問いに、リサは資材置き場をじっと見つめる。デバイスの力を得ている彼女には、あの広いスペースの隅々まで見渡せている。
数秒後、彼女は答えた。
「ううん、他に人はいないよ。いるのはターゲット1人だけ」
耀の選択肢は、決した。
「分かった、このまま突入してターゲットを確保する。行くぞ」
リサも、他の仲間達も了解する。
そして耀は周囲を見渡しつつ、資材置き場への入り口を通過した。
その時だった、突如頭上から、ピーッという甲高い音が聞こえた。それが何の音なのか、耀は瞬時に理解する。
「しまった、罠だ!」
それは、対人用爆弾の起動音だった。
迂闊だった、爆弾が仕掛けられている事を想定せず、爆弾のセンサーの範囲内に踏み込んでしまった。しかし耀には、自身の不注意を悔いている余裕すら与えられない。
彼は咄嗟に、後方にいた仲間数名を今しがた通過した入り口の向こうへ突き飛ばした。爆弾は天井に仕掛けられていたので、壁を隔てている場所に避難させれば爆風から逃れられると思ったのだ。
そして自身は、思い切り地面を蹴って前方へ飛び退く。とにかく爆弾の射程範囲内から逃れなくては、そう思っての反射的な行動だった。
直後、後ろから凄まじい爆発音が聞こえ、同時に瓦礫が崩れ落ちる音がこだまする。巻き上がる砂埃に、思わず耀は腕で顔を覆った。
即座に避難した事が功を奏し、爆発や瓦礫を回避する事には成功したようだ。
だが、安心する事は出来ない。瓦礫に入り口が塞がれ、リサや他の仲間達と分断されてしまったのだ。
(くそ、はぐれちまったか)
耀はヘッドセットに指を当てて、リサと電話を繋いだ。
とにかく彼女や、他の仲間達の安否を確認しなくてはならない。今の爆発で、仲間の誰かが負傷しているかも知れないのだ。
頼むリサ、出てくれ。そう願いつつ発信音を聞いていると、程なくして電話は繋がった。
『もしもし、耀? こちらリサ』
応答してくれた事に一端の安堵を覚えるが、まだ安心は出来ない。
「リサ、負傷してないか? お前も他の仲間も……!」
爆発で降り注いだ瓦礫によって、耀だけが仲間達と分断されてしまった。今仲間の状況を確認する手段は、電話以外に存在しないだろう。
『とりあえずこっちは大丈夫だよ、誰もケガはしてない。耀の方は?』
どうやら負傷者は発生していないようだ。耀は一先ず胸を撫で下ろし、応じる。
「こっちも平気だ、どうにか爆発から逃げられたよ」
耀は周囲を一瞥し、現在自身の置かれた状況を確認する。
前方には、ターゲットである人物が潜む部屋に通じるシャッターが見える。だが、今この場にいるのは耀1人だけ、リサを始めとする仲間達は瓦礫の向こう側だ。
『そっか良かった、でも耀どうする? これじゃあたし達、先に進めないよ』
そう尋ねてくる事を、耀は予期していた。だからもう、答えは準備してある。
「時間が無い、このまま俺1人で進む」
『えっ!? でもたった1人じゃ……!』
そこで、リサの言葉は止まった。異議を唱えられると分かっていた、しかしこのまま立ち止まっている訳にはいかないのだ。自分1人だけになってしまっても、ミッションは中断出来ない。
リサもその事は承知している筈だ、次に彼女が言ったのは、耀の決断を後押しする言葉だった。
『……分かった、でも絶対に無茶な事はしないでね。あたし達もどうにかそっちに向かう方法を探すから!』
自分の身を案じてくれているのが分かる。
「ああ、それじゃ切るぞ」
通話を終了し、耀は銃に弾丸を込め直す。
そして彼は目の前にあるシャッターに向き直った、この向こうには武装犯罪組織のリーダーが待ち受けている。




