CHAPTER-84(LAST CHAPTER OF EPISODE-02)
少年少女達の原因不明の昏倒事件は、その大本となったアプリを製作し、ストア上に頒布した少年の逮捕という形で幕を下ろした。その動機は、彼が想っていた少女を助けなかったRRCAへの復讐。その事実が見えない錘となり、今もなお裕介の両肩に圧し掛かっている。
海浜公園のベンチに腰を下ろし、裕介は物憂げな眼差しを海に向けていた。水面が陽の光を反射し、まるで無数の宝石が水に浮いているかのようで綺麗だ。
例のアプリに手を出してしまい昏倒したRRCAエージェント達も、他の学生達も、全員快方に向かっていて命に別状はないとの事だ。事件は一応の終結を迎えた、しかし裕介には、まだ続いているように思えた。
深い溜息が、彼の口から発せられる。
「ふう……」
その時、不意に後ろから声が掛けられる。
「裕介、やっぱりここにいたんだね」
直接耳で聞くよりも、ヘッドセット越しに聞く事の方が多いかも知れない声。振り向かなくても誰なのかは分かった、でも裕介は振り返った。
「玲奈……」
仄かに潮のにおいを纏った風に、彼女の茶色い髪やスカートが揺れているのが見えた。
玲奈だった。彼女はゆっくりと裕介の傍に歩み寄り、
「きっと裕介、今回の事件の事で悩んでると思ったから……」
裕介の隣に、腰かけた。
爽やかな香りが鼻腔を撫でるのを、裕介は感じた。
不意に現れた玲奈に少しばかり驚きつつも、裕介は嬉しかった。彼女は、今の自分の気持ちを分かってくれる数少ない人物の1人だから。
「なあ、玲奈……」
裕介は、ポケットからRRCAの手帳を取り出した。
そして、限りなく無茶で答えに困ると分かっている質問を、彼女へ投げかける。
「結局さ、オレ達って何の為に戦ってるのかな」
RRCAの手帳を開く。収められたIDカードには、大きく『S』の文字が刻まれている。
「え……」
彼女は困惑したに違いない。やっぱり不毛で無茶な質問だっただろうかと思った時、
「誰かを助けるため……私はそうかな。そんな人になりたいって思ったから、私はRRCAエージェントの道を進む事にしたんだし」
空を見上げながら、彼女は言った。その綺麗な横顔を見つめていると、玲奈も裕介を見つめ返してくる。
「何の為に戦ってるのか、きっとRRCAエージェントじゃなくたって皆悩んでるんだと思うよ、それでも皆悩みながらでも戦い続けてるんだよ。時には理不尽に憎まれたりもして、辛くて苦しくて、何もかもを投げ出してしまいたくなる事もあるけれど……そんな壁を乗り越えてこそ、人は本当に強くなれるんじゃないかな」
今回の事件がそうだったように、RRCAエージェントは時に人から恨まれ、呪われる事もある。
しかし、逃げも隠れもする事は許されない。自身に向けられた恨みも呪いも、引き受ける以外の選択肢は存在しない。
RRCAの手帳を棄てれば、どれほど気が楽になるのか。裕介はこれまで幾度もそれを考えた事があった。そしてその度に思い留まり、RRCAエージェントとして戦い続けてきたのだ。玲奈も同じ思いをしてきたのか……彼女の言葉は、彼女が乗り越えてきた苦難を物語っているようにも感じられた。
祈るような面持ちで、玲奈は続けた。
「裕介は今まで精一杯戦ってきたじゃない、裕介に命を助けられた人は大勢いるし、裕介のお陰で救われた人だって……ほら、群崎さんだってそうでしょう?」
「水琴か……」
群崎水琴、先月の事件で裕介に助けられ、悲壮な思いから解き放たれた少女だ。
玲奈に励まされて、心を覆っていた雲が幾分晴れた気がした。
「負けないで裕介、辛くなったら私達を頼って。友達なんだから」
玲奈は仲間と言わず、友達と言った。彼女の優しさが心に染み渡る。玲奈は容姿だけでなく、心まで綺麗な女の子だと改めて思った。
「ありがとう玲奈、大分気が晴れたわ」
もう、悩んだ顔を見せる訳にはいかなかった。
ベンチから立ち上がって、陽の光を全身に浴びてぐっと背伸びをする。すると玲奈が、
「それにもう、あのアプリで新たな被害者が出る心配も無いから。配信も止めたし、既にダウンロードされた物も起動できないようにしたの」
不意の朗報だった、裕介は玲奈を振り向き、
「ん、止められたのか?」
玲奈は頷いた。
「やったのは私じゃないけどね」
次に彼女の口から発せられたのは、意外な人物の名前だった。
「禾坂君だよ。彼、そこら辺の知識があったみたいで……配信も停止させて、更に配信先の携帯電話も全部特定して、特殊なプログラムを流す事でアプリを起動出来なくさせたの。私でも出来るか分からない事だったのに、すごいよ彼。もうグレードBのレベルじゃないと思う」
禾坂秀文。
少し前に裕介達の通うウエストサイドハイスクールに転校してきた少年で、彼もまたRRCAエージェントであり、グレードはBである。
玲奈と同じサイバー犯罪対策部に配属された事は知っていたが、まさかそんな知識と技量を持ち合わせていたとは思いもしなかった。玲奈でも出来るか定かではない事をやってのける時点で、少なくとも只者ではない事は明白だろう。
「禾坂が……」
もしかしたら、いずれ彼はグレードAに昇格するかも知れない。
ともあれ、今後はもうあのアプリで更なる被害者が出る事は心配しなくて良さそうだ。安堵感が込み上がり、裕介は胸を撫で下ろす。
その時だった、アクアティックシティの市街の方から、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
事件は決して、待ってはくれない。裕介は街の方を振り返り、そして再び玲奈と視線を合わせた。彼女はベンチから立ち上がる。
そして、玲奈は拳を握って裕介の胸をとん、と叩いた。
「考えるより走れ、それが裕介でしょう? しょぼくれてる暇なんてないぞっ」
玲奈が、元気を分け与えてくれたように感じた。
彼女の言う通り、裕介は考えるよりも先に体が動くタイプだ。小難しい理屈はどうでもいい、事件が起きれば解決するために奔走し、困っている人がいたら救いの手を差し伸べる。それでいいのだ。
裕介はデバイスを起動した、水色の閃光が彼の足元で迸る。
「行ってくる。玲奈、バックアップ頼むな」
玲奈が頷いたのを見て、裕介はデバイスの力で跳躍し、パトカーのサイレンが鳴り渡る方向へと急行する。
EPISODE-02 END




