CHAPTER-81
取り囲まれて幾つもの銃口を向けられている、常人ならば四面楚歌と言って間違いのない状況だったが、裕介にとってはそうではなかった。逃げようと思えば、逃げる事は可能だったのだ。
しかし裕介はあえて、逃げるという手段を取らなかった。下手に行動を起こそうものなら、エディがRRCAエージェント達を同士討ちさせる危険があったからだ。彼らの命を犠牲にする訳にはいかない。
かといって、裕介は自分の命を投げ打つつもりも無かった。
そろそろか……そう思った時、それが起きた。
「うぐっ!?」
何の前触れも無く、突然エディの腕に装着されていた洗脳デバイスが爆発し、粉々になったのだ。同時にエディの腕が勢い良く振り払われ、彼は腕を押さえる。
そしてRRCAエージェント達全員が、糸が切れた人形のようにその場に込んだ。デバイスが壊れた事で、洗脳から解放されたのだ。
「な、何だ……どうなってる、くそ……!」
腕の痛みに苦悶の声を上げながら、エディは言う。
急変した状況に、戸惑いを隠せないようだった。そう、彼は十中八九勝利を手にしていたのだ。仲間と戦わせるという裕介が全力を出せない状況を作り出す、それはこの上なく狡猾で、効果的な策だった。裕介の性格を考慮に入れた上で練られたのが見て取れる。事実、裕介は敗北しても何らおかしくない状況だった。
そう、エディの相手が裕介1人だけであったのなら。
裕介はヘッドセットに指を当て、玲奈に告げる。
「リサに伝えといてくれ、今度甘い物奢るってな」
逆転の立役者に向けた伝言を伝えた。
エディのデバイスは壊れたのではない、狙撃によって破壊されたのだ。
撃ったのは、外に居るリサだ。彼女は視力増強デバイスの力で、僅かでも隙間があればそこから光を感知し、壁を隔てていようとも向こうの状況を知る事が出来る。更にその銃の腕前はRRCAエージェント達の中でも5本の指に入ると噂され、裕介達をも凌ぐのだ。加えてRRCA特製の貫通弾を用いれば、壁越しに狙撃する事が可能である。
突出した二つの能力、そしてRRCA独自開発の装備を掛け合わせる事で、見えない標的をも正確に射抜く。リサは決して、狙った獲物は逃がさない。
「オレがお前に身を晒したのは、外に居る仲間に撃ち抜かせる為でもあったんだよ。お前の洗脳デバイスをな」
「ぐっ、くそ……!」
全ては、RRCAエージェント達を救う為の布石だったのだ。裕介が自ら囮となってエディを引き付け、玲奈が位置情報を伝え、そしてリサが撃つ。
作戦成功だ、洗脳されていたRRCAエージェント達は皆、裕介達の連携によって救い出されたのだ。
エディは忌々し気な瞳で裕介を見ていた、しかし不意にその表情に、ふてぶてしい笑みが浮かぶ。
「お手上げだな……まあ、グレードSのスペシャルエージェントと称されたお前を、この程度の罠で倒せるとは思っていなかったが」
この結末すらも、想定内だったという事なのだろうか。裕介はただ、険阻な面持ちでエディを見つめていた。
するとエディは腕を押さえるのをやめ、姿勢を直す。
そして、語り始めた。
「だけどまだ、俺には最後の切り札が残されているのさ。とっておきの奴がね」
裕介は微かに身動きした。
エディの言う最後の切り札とは如何なる物なのか、もしかしたら、昏倒したRRCAエージェント達を更に利用する術でも隠し持っているのだろうか。
「これで……終わりだ」
万策尽き、はったりを言っているだけなのか。裕介は一瞬そう思った。
しかし嘘偽りなどではなかった、彼の言う所の最後の切り札とは、裕介の想像を遥かに上回る程に厄介な物だったのだ。
エディがポケットに手を入れたかと思うと、そこから何かを取り出した。
拳銃だ。
(銃……!?)
裕介は、エディの思惑を察した。
彼は、RRCAエージェント達を無差別に撃つつもりだ。犯罪者と戦う訓練を受けた少年少女達といえども、今は全員が昏倒していて抵抗する術がない。
エディにとって、今ここにいる者達全てが復讐の対象だ、彼は最後の悪あがきに、手当たり次第にRRCAエージェントを殺害する気なのだ。
――と、裕介は思ったのだが、
「っ……!?」
裕介は思わず息を呑む。自分が想定していた物とは、全く異なる出来事が起きたからだ。
エディが銃口を向けた先は、倒れ伏す幾人ものRRCAエージェント達ではなく、そして裕介でもなかった。
『まさか……!?』
この状況を見ている玲奈も、驚きの声を発した。
事件の首謀者たる少年は、自身のこめかみにその銃口を突き付けたのだ。
その瞬間、無意識に裕介は叫ぶ。
「エディ!」
考えが甘かった。エディの言う最後の切り札とは、他の何でもないエディ自身だった。
彼は銃によって自らの頭を打ち抜き、自決する事で犯人死亡という幕切れを狙っていた。裕介の目の前で自分の命を断ち、精神的なダメージを与える事を狙っているのだ。自らの命を投げ打つ事で、RRCAに復讐するつもりだ。
殺さない程度に動きを止め、エディの自殺を阻止しなくては。裕介は、即座にショルダーホルスターに手を入れて探る。しかし、銃がない。
(そうか、さっき……!)
銃がある筈はなかった、先程裕介自身の手で、彼が愛用するTH2033は床に捨てられたままになっているのだから。そんな事も忘れていた自分自身が腹立たしくなる。
だが今は、一刻の猶予もない。
裕介は、エディに向き直った。
「これで全部終わりだ……何もかも……!」
引き金に掛かった指に力が込められていくのが、裕介の目にもはっきりと見えた。
デバイスを起動するのに1秒足らずの時間を要した、しかし、一瞬と呼べるその時間すらも裕介には惜しかった。
裕介がエディに向かって走り寄る――しかし、その間に乾いた銃声が響き渡った。




