CHAPTER-08
「では、転入生の紹介も済んだ事だし、授業に入るとしようか」
ジェームズは生徒達に背を向けると、壁際に備え付けられた機器を操作し始めた。壁にはめ込まれた幾つかの大型モニターの一つに、ブルーのドットで構成されたルーシーの顔が映る。
『おはよう御座いますジェームズ先生、そして皆さん』
生徒達が、「おはようルーシー」等と返した。
「ルーシー、これからVR実戦授業を行う。VRMSを起動してくれ」
『声紋を確認、VRMSを起動します』
ルーシーがジェームズに返した後、室内の機械が一斉に低い起動音を発する。大型モニターの全てに電源が入り、青い画面に『NOW LOADING……』の文字が表示される。
部屋中を埋め尽くすように設置された、まるで医療に用いるMRIのような機械。その名称は、『VRMS(Virtual Reality Mission Simulator)』。
人間の脳をコンピューターと直結させ、コンピューター内の人工仮想空間内――サイバースペースに人の意識をダイブさせる装置である。元は宇宙のような無重力空間や、ホットスポットのような極めて危険かつ、安易に立ち入ることの出来ない環境を再現する為に開発された装置だ。
完成当初、VRMSはそれらの実地実験の他に軍隊にも支給され、有事に備えての訓練に使用されていた。しかし年月の経過と共に様々な改良が重ねられ、現在はRRCAに属する少年少女達の実習にも用いられているのである。
「さて、では我がクラスを誇る最優秀エージェントに一番手になってもらおう」
ジェームズは、裕介と視線を合わせた。
「え、オレが?」
「転入生に見せてやれユウスケ。それともグレードSは名ばかりか?」
ジェームズの言葉に、禾坂が反応する。
眼鏡をかけた日本人少年は、自身の側に立っている裕介に視線を向けた。
「……グレードS?」
裕介は禾坂が自身を凝視するように見つめている事にも気付かない。仄かに茶色の入った髪を掻きつつ、裕介は応じた。
「はいはい分かりましたよ、でもオペレーターを1人頼んでも?」
「レイナか?」
ジェームズが間髪入れずに返答すると、裕介は頷いた。指名を受けた玲奈は特に驚く様子も無く、裕介を見る。そして裕介も彼女を見返す。
「頼んでいいか? 玲奈」
「もちろん」
玲奈は即答する。裕介は再び、ジェームズを向く。
「先生、因みにデバイスの使用は?」
ジェームズは考える様な面持ちを浮かべた後、裕介にとって聞きたくない返事をする。
「無しだ。今回はデバイスに頼らずにクリアしてくれ」
「……マジかよ」
「よし。じゃあユウスケとレイナ、準備してくれ」
ジェームズが、裕介と玲奈に促す。2人は生徒達の中から歩み出ると、歩を進める。
裕介は靴を脱いでMRIのような機械の寝台に横になり、玲奈はその側に設置された椅子に腰かけ、デスクに設置された計五つのモニターを起動した。
「俺らのエースの戦いぶりが見れるぞ」
「朝から面白くなりそうだな」
クラスメート達の興奮するような声が裕介の耳に入る。
(ったく……)
裕介はVRMS内で『U』の字を描くような形状の装置を頭に装着する。
幾つかのコードが繋がれたその装置は、コンピューターと人間の脳を繋ぐための機器だ。
玲奈はデスク上のフックに掛けられたイヤークリップヘッドセットを手に取り、右耳に装着した。ヘッドセットのフレキシブルアームを調節しつつ、玲奈は、
「こっちは準備完了。裕介、初めていいよ」
玲奈の声を受け取った裕介は、頷く。
「ルーシー」
VRMSの寝台の側に置かれた小さなモニターのスイッチが入り、そこにもルーシーの顔が映し出された。
『今朝はどうも、裕介君』
人工知能の女性の声。
裕介に限らず、ウエストサイドハイスクールに通う生徒は最早聞き慣れた声である。
モニターに映った彼女と視線を重ね、裕介は軽く頷く。
『では、事前検査を始めさせて頂きます。リラックスして』
「……」
裕介は軽く深呼吸をする。小型モニターの画面が切り替わり、『PLEASE WAIT……』の文字が映った。
数秒後、
『血圧、脈拍、脳波、オールグリーン。テスター、RRCA-ID:1765-0986-6402“ユウスケ・アイハラ”にはVR実戦を行うに当たっての身体的障害は見受けられません』
VRMSの起動などの操作も、ルーシーが管理しているのだ。
『事前検査、全て正常終了。これよりテスターの意識をサイバースペースにダイブします。準備は宜しいですか?』
「オッケー、いつでも初めてくれ」
裕介が寝そべる寝台を囲むように、半透明のカプセルが現れる。室内と、裕介の居るVRMS内が隔離された状態となった。
『声紋を確認しました。ダイブ……開始』
ルーシーの声と同時に、裕介は頭に装着したデバイスが電子音を発するのを聞く。
途端――彼の意識が、急に遠のいていった。
◇ ◇ ◇
気が付いた時、裕介は自身が埠頭に立っている事に気付く。
巨大なガントリークレーンや、幾つも積み上げられた様々な色の貨物コンテナや、コンテナの側に乗り捨てられたフォークリフトが裕介の視界に入る。
「フィールドは……埠頭か」
辺りを一瞥した後、裕介は誰にともなく呟いた。
現在彼が居る埠頭――そこは現実の世界では無く、VR空間、別名はサイバースペース。人工的に造り出された、コンピューター内の仮想空間だ。
『裕介、聞こえる? こちら玲奈』
「ああ、よく聞こえる」
ヘッドセットなどの通信装置を付けていないにも関わらず、裕介には玲奈の声がはっきりと聞こえた。耳に届く声と言うよりも、頭の中に浮かぶ、といった表現が正しいだろう。
現実世界とサイバースペース間は、特別なヘッドセットを通じて連絡を取り合う事が可能である。
『フィールドは……埠頭みたいだね』
裕介は、今一度辺りを見回した。海が放つ潮の香りや、カモメの鳴き声、立っている地面の感触。その全てが現実の物と全く以て遜色が無く、ここがコンピューター内の仮想空間である事を裕介に信じ難くさせる。
進歩したVR技術は、人間の五感を完璧に再現するまでに至っているのだ。
(……相変わらず、酔いそうな気分になるな)
VR空間の完成度が余りに高過ぎ、いずれ現実との区別が付かなくなってしまうのではないか――裕介はそう思った。
同時に彼は、それがとても恐ろしく感じる。人間がコンピュータを操作している筈が、逆にコンピューターに人間が支配されてしまうように感じたからだ。
「ああ、オレは初めてのフィールドだ」
裕介はその場で発する。彼の発した言葉は、現実世界の玲奈の耳へ届いていた。
『初めてかあ……でも大丈夫、私は何回か経験してるから』
VRMSを用いた訓練では通常、フィールドはランダムで決定される。
そのバリエーションは多種多様。街中であることもあれば荒野であることも、時には軍の格納庫内という事もあるのだ。
『間もなく実戦が開始されます。テスター、及びオペレーターは準備をお願いします』
今度は、ルーシーの声。
同時に裕介の視界中央に、『GET READY』という文字が。裕介からは、まるで自身が透明なガラスのケースに入り、内側からガラスに書かれた文字を見ているような感覚である。
VR空間内では、ルーシーはテスター即ち被験者に向けて、任意でメッセージを表示する事が可能なのだ。
「さて……やるか」
裕介が呟くと、『GET READY』の文字が消失する。代わりに、彼の視界の上部に別の文字が表示された。
ENEMIES 100%
意味は、敵勢力100%。同時に再びルーシーの声。
『実戦内容は戦闘訓練です。致命的な怪我を負う事無く敵を全滅させれば、ミッション成功となります』
裕介は、右手首を軽く解すように捻った。
彼の視界中央に再び、ルーシーからのメッセージが表示される。
Defeat all of the enemies!
敵を全滅させろ、という意味の英文である。
その文字はすぐに消え、彼の視界には上部の『ENEMIES 100%』という文字と、埠頭の景色。さらに突如、裕介の眼前に男達が現れた。見るからに柄の悪い、ナイフを手にした男達。
「!」
男達は視界に裕介を捉えているが、彼に襲い掛かる様子は無い。
『それでは実戦訓練を開始します。……カウントダウン開始』
裕介の視界に、数字の5が表示され、4、3、2……と減少していく。
そして――数字が0になった瞬間、『ACTION!』というメッセージが裕介の視界に大きく表示された。
同時にナイフを持った男達が一斉に地面を蹴り、裕介へと走り寄る。VR空間内での実戦――裕介の戦いが今、始まった。