CHAPTER-79
物陰から飛び出した瞬間、洗脳されたRRCAエージェント達が一斉に発砲してくる。
常人ならば既に蜂の巣になっているであろう状況だった、しかし裕介には傷の一つも付けられない。身体能力増強デバイスと超感覚、それらが合わさり、裕介は弾丸を目視してからでも避ける能力を備えている。十数人の一斉射撃をも見切り、ものともしない。
あとはもう、簡単だった。
RRCAエージェントとして培った射撃の腕を駆使し、銃で撃ち倒すか。もしくは接近してその拳で撃ち倒すか。どちらでもいい、敵を全員戦闘不能に追い込めば、このミッションは終了だった。
そう、相手が自分と同じRRCAエージェントではなく、テロリストや犯罪者、つまり悪人だったなら。
(くそ、隙がねえ……!)
仲間を傷付ける事は出来ない、彼らもこの事件の被害者なのだ。
状況は防戦一方だった、近付けない裕介に向けて、RRCAエージェント達は容赦なく銃撃を繰り出してくる。今の彼らに理性は存在しないのだ、洗脳デバイスによって操られ、エディの駒にされているのだから。
RRCAエージェント達をけしかける事で、裕介が存分に戦えない状況を作り出した。単純ながらも極めて効果的で、そしてこの上なく非情な策だった。恐らくエディは、裕介の性格なども調べ上げたに違いなかった。
入念に練り上げられた計画、そこからはエディの歪んだ復讐心が垣間見える。
状況を打破する方法は確かに存在していたが、それは唯一無二にして極めて難しい方法だった。
そう、エディの腕に装備されている洗脳デバイスを破壊する事だ。
(だが、あれを壊せばあいつら全員を助け出せる……!)
身体能力増強デバイスの力で疾風のごとく動き回り、裕介は銃撃を避け続ける。
そして、その瞬間を見逃さなかった。エディの側に立って壁となっている者の隙を突き、デバイスを狙撃するチャンスだ。すかさず、裕介は右手に持ったTH2033の銃口を向ける。引き金を引けば、放たれた銃弾が全ての元凶であるエディのデバイスを破壊するだろう。
チャンスは一瞬だった、だが狙いは確実だ。
しかし、
「無駄だ!」
エディが勝ち誇るように叫ぶ、同時に側に居たRRCAエージェントの1人が歩み出て、エディを守るように裕介に立ちはだかった。
動きを読まれていた、裕介がどこから狙ってくるのか、エディは織り込み済みだったのだ。
「くそっ!」
これでは撃てない、裕介は銃を下ろす以外に無かった。
後退しようとしたその時、後方から気配を感じた。後ろを振り返ると、RRCAエージェント達が裕介の退路を塞ぎ、銃口を向けていた。
もう隠れる必要はなくなった、と言わんばかりにエディが前に歩み出る。
「動くなよ、デバイスを起動しようとしたらすぐにお前を撃たせる。もしくは、仲間同士で撃ち合わせる……まずは銃を捨ててもらおうか」
「っ……!」
デバイスを起動し、その力を発揮するまでには少しのタイムラグが存在する。そのラグを乗り越えてまで洗脳されたエージェント達を守れるか、定かではない。可能性が100パーセントでない限り、無謀な賭けには出られない。
エディにとって、RRCAエージェントは憎むべき相手。殺す事には何の躊躇いも無い筈だ。
冷酷な瞳を向けたまま、エディは命じてくる。
「さあ、まずはその銃を捨ててもらおうか」
裕介は何も動かないまま、ただエディを睨み返した。
すると、エディが凶変する。
「大事な仲間達が全員死んでも良いのか!」
その形相は正に、復讐心に閉ざされた冷酷な犯罪者だった。そうさせた責任が自分にもあると感じ、裕介は言いようのない腹立たしさを感じる。
ヘッドセットから、玲奈の声がした。
『裕介……!』
ただ、裕介の名を呼んだのではない。
それが何を意味する言葉なのか、裕介は一瞬で理解した。
「ああ、分かった」
玲奈にそう返すと、裕介は自身の右手に握られたTH2033を少しばかり見つめる。数秒の後、それを広場のどこかへと無造作に投げ捨てた。その行く先を目で追おうとはしなかったが、銃が床に落ちる耳障りな金属音は聞こえた。
裕介が指示に従ったのを確認すると、エディが続ける。
「誰かに助けてもらおうとしても無駄だ、この広場に続く場所には見張りも配置しておいた、誰かが入ろうとすれば、即座にこいつらを同士討ちさせる。これがある限り、お前は俺に手出し出来ない」
その手首に嵌められたデバイスを、エディは見せつけてくる。
裕介はただ、口をつぐんでいた。
「ジーノ・カルデローネが既に死んだのなら、仕方がない……逢原裕介、お前を殺す事で、俺の目的を成就させる」
「目的だと?」
裕介は険阻な面持ちで、問い返した。
そしてエディは語り始める、それは胸に秘めた恐ろしい真意だった。
「グレードSであるお前を殺せば、優秀なエージェントでも殉職してしまうという事を世間に知らしめる事が出来る、そうすれば人々は思い知るだろう……RRCAがいかに無能で役立たずで、人1人の命も守れない奴らだって事が! 奴らがやっている事は所詮学生生活の『ついで』で、助けを求めている人に偽りの希望を持たせるに過ぎない、口先だけの奴らだって事が! 見てみろ、今お前を囲んでる奴らは全員、ズルした挙句に俺に操られているだろう!」
裕介は薄々気付いていた。エディが頒布したあのアプリは、エディが持つ違法な洗脳デバイスの『マーキング』の役割を持っていたのだ。
使えば成績が上がる、という噂は真実だったかは分からない。しかしそれは恐らく、勉学とRRCAエージェントとしての活動を両立させる事に限界を感じていた者を引き寄せる餌だったのだ。
エディは更に、
「本当ならお前と親しい奴ら……そうだな、美澤とかネイトとかが餌に食い付いてくれれば好都合だったが、それは叶わなかった。だがまあいい」
ヘッドセット越しに、玲奈が息を呑む声が聞こえた。不意に自分の名前が発せられた事に驚きを感じたに違いない。
少年少女達が、一斉に裕介に銃口を向けた。
広場中に届き渡る声で、エディが叫ぶ。
「これで、終わりだ!」




