CHAPTER-78
引き留める間もなく、エディはデバイスを起動させた。
その瞬間、彼はもう単なる人間ではなくなった。能力の詳細は分からずとも、人間を超越した力を持つ存在へと変貌したのだ。
何をされるか分からない。燃え盛るような業火をその手から発するか、人間を一瞬で消し炭にする程の電撃を放ってくるか。若しくはもっと恐ろしい何かを仕掛けてくるのかも知れない。
もう説得は無駄だ、拘束に移ろう。そう判断を下した裕介もエディ同様、デバイスを起動する。
危惧していたと言えど、エディの隠し玉は思っていた以上に厄介な物だった。
施設内のどこかから現れた十数人の少年少女達が、裕介に立ちはだかったのだ。
「!」
その全員が、瞬きもせずに裕介を見つめていた。
片手にはナイフや拳銃、それもRRCAが正式採用しているTH2033が握られていた。
紛れもなく、自分と同じRRCAエージェント達だと裕介には分かる。以前遭遇したサム達と同様、洗脳された者達だ。
『洗脳デバイスだわ、まさかあんな違法な物まで……!』
エディが装着していたデバイスには、人間を操る能力が備わっていたのだ。
裕介はギリッと奥歯を噛み締める。あれこそが、今回の事件のファクターと言っても過言ではなかった。以前裕介を襲撃したRRCAエージェント達も、そして今ここにいる少年少女達も、あのデバイスによって操られて差し向けられたのだ。
勝ち誇るように、エディが言う。
「この違法デバイスもIMWも、その気になれば闇ルートから簡単に手に入るんだ……資金源はRRCAからの補償金だけどな!」
裕介はTH2033を抜きつつ、顔を上げた。
「全くふざけた話だよな、妹を救わなかった罪を金で解決しようだなんて……まあ、お陰で今回の復讐の資金源になったよ!」
洗脳された少年少女達が、裕介に向かって歩み出る。その数、ざっと数えて15人程。
裕介にしてみれば別に倒せない数ではない、しかし一つ、気になる事があった。
(エディあいつ、この前みたいな事をやらなければいいが……)
考えている余裕は無かった。
少年少女達はそれぞれの武器を片手に、裕介に襲い掛かってきたのだ。
玲奈からの通信が入る。
『全員がRRCAエージェントだわ、裕介……!』
「分かってる、なるべく怪我をさせないように動きを止めればいいんだろ!」
直後、誰かが裕介に向けて銃を発砲した。
超感覚の力で銃弾を避け、裕介は手近の柱の陰に身を隠す。
(相手は約15人、飛び道具を持ってる奴も大勢いる。厄介だ……!)
思考を巡らせている間にも、銃声が響き渡って攻撃されているのが分かる。
裕介は一先ず、TH2033に銃弾を込め直す。すると、不意に玲奈が言った。
『無駄よ裕介、恐らく彼らには銃は効かないわ!』
「どういう事だ?」
玲奈は言う。
『前にも言ったでしょ、以前私も同じように洗脳された人を拘束した事があるの。その時私も動きを止めようとして撃ったんだけど、その相手は倒れる事も、痛がる様子すらも無かった……きっと洗脳によって痛覚とか、その類の感覚を打ち消されているのよ』
痛みも恐れも知らない、ただ戦う事だけを脳に刷り込まれた少年少女達。それこそが、今裕介が目の前にしている敵なのだ。厄介極まる状況だった、銃が効かない以上、足を撃ち抜いて行動不能にさせる事も出来ない。彼らを鎮めるには恐らく頭を撃ち抜くしかないが、それをすれば当然、命を奪う事になるだろう。
それに何より、同胞であるRRCAエージェントを傷付ける事などあってはならない。
仲間と戦わせる事、それを仕組んだエディの悪意が感じられる、人道など欠片も考慮されていない策だった。
(そこまでオレ達が憎いってか……!)
柱の陰から遠目に、裕介はエディを睨み付ける。
その間にも、RRCAエージェント達は攻撃を続けている。いつまでもこうして隠れては居られなさそうだ。
裕介は無力の筈の武器を、TH2033を構え直した。
イヤークリップヘッドセットに指を当て、玲奈に言う。
「エディのデバイスを壊す、どうやらそれが唯一の方法らしい……玲奈、バックアップを頼む!」
『待って裕介、それなら外に居る耀君とリサちゃんにも援護を頼んで……』
玲奈の提案を、裕介は拒否する。
「駄目だ! もし大勢でかかれば、エディの奴はRRCAエージェント達を同士討ちさせる筈だ、恐らく奴の狙いはオレを殺す事じゃない、オレを精神的に叩きのめす事なんだからな!」
目の前で仲間を死なせる、それ以上に裕介の心を抉る手段は存在しない。エディはそう考えたに違いなかった。
どこまで悪知恵が働くのか……胸糞の悪さに、瞬きすら忘れてしまう。
とにかくここで増援を呼べば、エディはRRCAエージェント達を同士討ちさせるのは目に見えている。それだけは何としてでも防がなければならなかった。
それには、エディの装着している洗脳デバイスを破壊する事。
しかしそれは容易ではない、大勢のRRCAエージェント達が立ちはだかっている中、裕介でもエディに近付くのは容易ではない。拳銃で狙い撃ちしようにも、エディの前に立ったまま動かないRRCAエージェントが数名居る。どうやら、銃でデバイスを狙われる事も織り込み済みのようだ。
何より下手に動いてエディに危機感を感じさせれば、その場でRRCAエージェントを撃ち殺す可能性もあった。エディの前から動かないRRCAエージェント達は恐らく、エディにとって盾であると同時に人質でもあるのだろう。
(動き回って隙を見つけ、デバイスを撃ち抜く……それしかねえな)
裕介はデバイスを起動し、敵の攻撃に身を晒す事も厭わずに柱の陰から飛び出した。
◇ ◇ ◇
第23オペレーティングルームにて、玲奈はモニター越しに商業施設、中央広場の様子を見ていた。
状況は、裕介にとって圧倒的に不利だ。理由は単なる人数の差だけではない、仮にただ人数が多くとも、裕介の強さならばものの数秒で一蹴できる筈だ。
今彼が押されているのは、同胞であるRRCAエージェントと戦わされていると言う事と、痛覚を取り除かれて銃による攻撃が一切通じない敵であるという事。状況を覆すには裕介の言う通り、エディのデバイスを破壊する以外に無い。そうすれば、洗脳は解けてRRCAエージェント達を解放する事が出来る。
だが、敵もそれを危惧しているに違いない。事実、エディの周囲から全く動かないRRCAエージェントが数名居る。恐らく彼らは盾となって、裕介の攻撃からエディを守る役割を与えられているのだろう。
「いけない、このままじゃ……!」
何か方法は無いか、玲奈はモニターを見つめながら状況を探っていく。
増援を呼ぶ事は難しい、下手に人員を投入しようものなら、エディが何をするか分からないからだ。例え増員を少人数呼ぶとしても、決してエディに悟られないようにする必要がある。
しかし、それではエディに近付く事すら出来ないだろう。
(近付けない? それなら……)
玲奈はモニターを操作し、エディの周辺の状況を探った。
そして彼女は、策を見出す。
「これなら……!」
玲奈はイヤークリップヘッドセットを耳に押し込み、
「リサちゃんに電話!」
その声紋を認識し、リサと通話が繋がる。
『レイ、どうしたの?』
リサは今商業施設の側で待機している、玲奈から連絡が来る事は予期していたのだろう。たった1度の発信音を経ただけで、玲奈の電話に応じてくれた。
ヘッドセット越しに聞こえるリサの声に、玲奈は応じる。
「リサちゃんお願い、やって欲しい事があるの」




